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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
46/52

一巡狙い



「ふーっ……」



8回表。大鳥はベンチに腰掛けて、ドリンクで水分と栄養補給。

試合の疲労がたまり、ここらが大鳥の正念場というところ。球数はまだ100球に到達していない。



「次の回が勝負。行けるな」

「もちろんです」


いつも通りの言葉である。

監督の言葉に、即座に応える大鳥。



「このまま、完投」

「やる」



全部言い切れなくても、エースたる受け答えをする、大鳥。

美談じゃなく、大鳥しかいない現実だ。負けていいものじゃないんだ。

これ以上、話そうとしても無理だろう。監督としては



「任せる」



名神にも伝えた言葉だ。



「完投。やろうな!」

「あったりまえだ!」



関西学院、慶応大学。いずれも、全国レベルの頂点ともされる、打線と戦った大鳥。

ここでの試合は、スカウト達の注目も集める事だろう。夢持って、名神は。大鳥のサポートに尽くす。

難所は、やはり猪瀬。

唯一、今日の大鳥がまったく抑えきれていない相手。サイクルヒットのリーチまで掛けられる。



「猪瀬と同じチームだったけど」

「ああ?」

「あいつはサイクルヒットなんて、記念的な記録は狙わない」



打者の性格を熟知しているような言い方に、ちょっと大鳥は怒っていた。



「甘い球投げたら、ホームランを打たれる!ツーベースにはしてくれないからな!」

「……締めていくさ。失投なんてぜってーしねぇ」

「宗司の全てに信頼をしているからな」

「俺を信じる和の信頼に応えてやるさ。抑えてやる、今度こそ」



◇          ◇



慶応大学は2点を追いかける場面。

ただ1人で投げ抜いていく、大鳥の姿。

打たれたヒットは5本。しかし、1~3番まで。均一ではない。

打線と呼ぶには、あまりにも力の差が浮き彫りとなった現状。


必死にやっても、勝ち目のない事だ。その今日で終わる野球人生もある。空振り三振でも良いだろう、しかたない。



けれど、



「0、じゃあない」


渡辺レイも知っている。

打率1割だろうが、それを切ろうが。出塁する確率は、打率よりも高いものだ。

意地を見せるのは猪瀬ではなく、その周りの方であろう。コテンパンに大鳥に抑え込まれても、このイニングまで対峙している。



カーーーーンッ



慶応大学、9番の打撃は偶然というレベルで片付く、その差まで近づいたスイングだった。

もう上がり目のないスイングであったが、大鳥の縦スライダーを捉え、セカンドの頭上を越えるセンター前。




「打ったーーーー!」

「猪瀬の前に走者を置いたーーー!」

「一発が出れば、同点だぞ!!」

「慶応大学の意地だーー!!」



最後の最後の抵抗であり、その記念が。反撃の口火を切るきっかけのヒット。



「1番、ショート、猪瀬」



あの6回裏を上回る、大熱狂の状況。たった1人の走者で、球場の雰囲気を変える。猪瀬の打席で走者を置けたことはそれほどに大きいのだ。



「猪瀬くーーーん!ホームラン!ホームラン!」

「サイクルヒットはツーベースだぞーー!」

「ぶちかませーーー!!」



予想したくはない場面。しかし、覚悟はできている。

猪瀬と対峙する時、走者がいようがいないが。こいつを抑えるという、覚悟はずっとずっとしてきた。



「おー、面白ねー」

「なになに!?猪瀬、ここまでサイクルヒットのリーチなの!?すごーい!」



球場の異様な盛り上がりに驚く、レイと寺。

とはいえ、そんな盛り上がり。レイの眼から見ても、猪瀬は気負っておらず、大鳥と名神のバッテリーも気後れしていない。

両方、大学レベルという枠に入れてはいけない。熱い存在だった。



「その次が海堂、八木かぁ」



どちらもそのステージを超えた打者が続く。目がイッてしまう、展開だ。



「大鳥の疲労がきたか。出しちゃいけない、走者じゃないか」

「かもしれないなぁ。しかし、投手が問われる場面だ」

「猪瀬を敬遠するか?」

「同点の走者は出したくないだろう。併殺の可能性も、……わずかにある」



スカウト達も固唾をのんで見守る。


「……………」


バクンバクン。来る緊張が、強い力みを生んでいく。ミットが震えていちゃ、宗司が狙えない。

いつも目の前にいるその投手は打者を含めた、全ての相手と対峙している。

ありえないだろう。って、誇れるものだ。



名神のミットは外側に構える。そして、大鳥のクイックと同時に。さらに外へスルッと、動く。



「ボール!」



その初球。俊足の走者なら盗塁を警戒してのことか。

だが、打者はここまで猛打賞の猪瀬だ。確実に敬遠を思わせる。



「逃げるか!?」

「いや、そりゃそうだろ!!猪瀬だぞ!四球でも勝ちだろ!」



これに猪瀬はどんな表情になるだろうか。逃げるのか、って。悔しい気持ちか?

その揺さぶりはさらに続く。大鳥は1塁走者を警戒するように牽制を入れる。

クイックの早さに、名神の送球を頭に入れてれば、盗塁は博打にすらならない。打者に集中できるメリットであっても、あえて使わない。



「いや、使っている」

「ほよ?レイさん?」



八木を抑えた時のように、走者を警戒した素振りをみせて、打者の集中力を乱している。

問題はそんな状況で自分の集中と投球を切らないかどうか。

全てを使ってやろうとする、大鳥と名神のバッテリー。観戦するレイは、ここからどうやって猪瀬が対応するのかが、注目した。


猪瀬をただ歩かせる事は、結果。抑えているとも言える。

カウントの不利はハッキリ言ってないに等しく、大鳥と名神は承知で戦っているのだ。



「ボール!」



今度は外のスライダー。バットをピクリとも動かさない、ボールの要求だ。

カウント0-2。猪瀬は定石通り、基本通りに行くだろう。



「!!」



名神和が思う、大鳥宗司。最大の長所。

狙っている打者の読みを外れさせる。タフな精神力メンタルで投げ込める、制球力コントロールだ。



ズパァァッ



猪瀬の反応がわずかに感じられるほど、”手を出さない”。その一つ。アウトローいっぱいのスライダー。



「ストライク!!」



たった一つのストライクであったが。



「おおおお!!」

「勝負か!やっぱり!」



猪瀬が無理にいかないのも当然だった。打ち損じで、自分の最終打席を終わらせたくない。

ヤマが当たっていれば、ホームランにできた。それ以前にアウトローにスライダーを見た感じ、飄々と投げてくるのはさすがだった。

2ストライクは追い込まれ、フルカウントは四球を含めて、対処が必要になる。



猪瀬はきっとコースを決めずに、決めに来る。

ストライクと判断すれば、打つ。

カウント2-2でも、カウント1-3でも。差はない。どっちの判断をとる?



大鳥の投じる球は、名神が要求した球は。猪瀬の打撃は、



「!!」



低めのボールの軌道!

縦スライダーやシンカーで落としに来たか!?それともストレートで差し込みか!?

そして、猪瀬は明らかに打ちに来ていた。それが猪瀬が知れた、初めて味わった”とある敗北”だった。



「…………」



実力や強さのみが、活躍できるものだと思って来た。

しかし、あなた方2人は信頼というモノまで詰め込んで。俺を超えて来た。

だから、俺は。あなた方が信頼をしているという事を、信頼して打った。

そして、2人を超えられずとも勝つ。

ありがとうございます。2人以上に強くなって、恩返しをする。



カーーーーーーーンッ



猪瀬のスイングは、”最初からアウトローのスライダー”を狙っていたとしか、言わざるおえない読み打ちであった。

落として外しても良かった。力で抑えても良かった。

なぜ、名神がスライダーを要求し、大鳥も迷いなく投げ込んだか?

信頼というものがあるからだ。

3球目の球が、大鳥と名神に込められた、熱いものであったことが猪瀬に敗北を伝えた。



ガシャアアァァ





「フェンス直撃!猪瀬、ツーベース!!」

「サイクルヒット達成!!」

「1アウト3塁2塁の、一打同点の場面だーーー!」



この試合。猪瀬宇佐満、4打数4安打。サイクルヒットという、偉業達成。

”輝星”に相応しい活躍。この試合の最中で進化を遂げる、大鳥と名神を上から叩きのめしてみせた。


「あれれ~」

「試合は終わってねーよ。負けたまま」



名誉挽回か。



「八木、決勝打はあげるよ」

「旨いところ、ゴチになるぜ。海堂」



再びの、海堂と八木。

全力勝負に敗れた大鳥。そして、名神はどーする?




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