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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
44/52

大好き名



”負けたくねぇ”



その気持ちがどれだけ人を強くさせ、辛い思いのままいるものか。

しかし、強いっていられる心に。不思議に当然と、人は命の在りかを知って、幸福を作る。



「宗司」



さすがにタイムをとって、マウンドに駆け寄った名神。大鳥の肩は今すぐに始めたいほど、興奮していた。

状況に怖じていない。

練習では、その緊張感に平静を装うくらいのことだ。ついこんな場面だから



「野球。面白いよな、和」



実践と本番の中で、大鳥はこんな場面で立ち上がっている男だった。


「…………」



名神が少し大鳥宗司に見惚れていた……。


「で、どーいう配球で行くんだ?」

「!あ、ああ」



我に返って、名神はキャッチャーマスクをどこに置いたら良いか分からないような、動作をして。

自分が色んな意味で動揺していたと、情けない姿を晒してしまった。

言葉にしてもだ


「……特にないや」

「ないのかよ!」

「心配なかった事だ。俺があたふたしていた」



マウンドの2人。


「はははは」

「ふふふふ」



この大ピンチに笑っている。作戦も何もなく……。

それが作戦ってのも、あるかもしれない。こっちの方が不安だったけれど、和らいだ。

気持ちだけじゃない。エンジンが掛かったバイクが、良い感じに温まって調子が良いといった具合。この大ピンチで立っているのは、万全かつ絶好調の大鳥宗司であるという紛れもない事が、名神を前向きにさせた。


「戻るな」

「おう。好きに決めてくれ」


大鳥はやっぱり、自分の捕手パートナーは和じゃないといけなかった。今だからこそ、ずっとずっと思えること。

強がっていないって2つの意味を、さらっと感じ取ってくれた。

任せてくれって言葉に、任せるという言葉で還す。信頼を持っていられる、かけがえのない仲間。



「2番、セカンド、海堂」



試合は再開する。



「プレイ!」



名神のミットが構えられる。迷いなく、サインを送る。

何を想っている?何を求めている?

声にも言葉にも出さなくたって、俺達は分かっている。そうやって、大鳥と名神は繋がっている。



スパァンッ



キレキレのスライダーである事を伝える、爽快なミット音。



「ストライク!!」



外角のスライダーで初球のストライクをとる。堂々たる投げ。

海堂が2人の様子を図り、これまでも振り返る。


「…………」


俺のヒットは外角のスライダーを捉えたものだ。

ここでこのバッテリーは外に俺の意識を向かせて、最後は内角で打ちとる狙いだろう。1点覚悟、その最少失点で抑えるだろう。内野も外野も、前進守備をしいていないのが、証拠だ。大鳥のコントロールは凄い。だからこそ、その勝負で持ち込むつもりだ。



1点では物足りない。ヒットが欲しいという事は、大切なものだ。

名神にもその警戒はなかった。海堂の予想は当たっている。1点覚悟って、大切な意思そのまま。

大鳥は気持ちを込めて、投げ続ける。海堂も慎重に球を選んでいく。

ファールを挟み、カウント2-2に持ち込んだ7球目。




「ここまで全球、外に球を要求してきた」

「ストレートも、スライダーも、シンカーも投げ尽くした」

「海堂がよく粘っているぜ」



見守る者達も”勝負”に来る球の、出来が決めると理解した。打席に立つ海堂も、マウンドに立つ大鳥も。この”勝負”が決めると判断し、覚悟した。

名神は大鳥に対して、要求。彼もここで勝負を仕掛けた。



「!」



それでこそ”勝負”だよな、和。

俺もそー思っていた。受け取れよ。


「っ」


大鳥の覚悟ある表情と強い腕の振りが、海堂に勝負をもたらした。

この球が内角を突く。それを弾き返す!

スライダーでも、シンカーでも、ストレートでも……。



「!?」



大鳥のスライダーはベースよりも遥か手前で、変化を始めた。甘い内角に来たと思われたその球が、厳しい外角を掠めるようにキレキレの球だった。

海堂の振り切ったスイングは、ボールの上を通り過ぎる。



「ストライク!!バッターアウト!!」

「海堂!!空振り三振!!最後も外のスライダー!!大鳥の意地が、海堂を仕留めたーーー!!」



外を続けて、最後まで外での勝負。

我慢比べで海堂を完璧に抑えた。鬼門の1人を抑えた。そして、球場はとてつもない声で揺れた。


「ここで三振を獲ったーーー!!」

「最高の結果だ!まず1アウト!!」

「外を続けての勝負!!普通じゃできねぇぞ!!」

「大鳥、崩れねぇな!!」



その大半はやはり、この勝負を成した大鳥への言葉だった。しかし、マウンドに立つ大鳥は、名神じゃなきゃ、きっとそこにミットを構えてくれなかった事を知っていた。

俺はそれを分かっている。



「3番、サード、八木」



アナウンスされる声すら、小さくされる。大きな1アウト。

だが、八木だって海堂とほぼ同じ条件で、打席が回って来たのだ。



「よろしくな」

「!」


八木に声を掛けられる名神。たった一言であったが、心が揺さぶられる。やってくる雰囲気。海堂以上の打力。猪瀬と同等と考えていいものだ。

先ほどは、名神が知っている大鳥宗司で、切り抜けられたが。2度も通じるものじゃない。

猪瀬を抑えられていないという事実を受け止め、まだ知らない高みにいる大鳥宗司が必要だった。

海堂の打席とはうって変わり、名神はいきなり内角に構えた。



ガツッ



「ファール!」


142キロのストレートをアッサリと当てる。

真後ろに飛んだところを見れば、タイミングは合っていたということだ。


「……………」


大鳥は元々、セットポジション状態からのクイック投法だ。走者を背負ったくらいでは、崩れないのは分かっていた。

ここでも140越えのストレートを投げるのはすげぇが、やはり圧力は感じない。

やはり、俺をスライダーで仕留めに来る。今のファールで分かったはずだろ?



感覚で打つタイプでもあり、読み打ちもできるタイプ。八木の非凡なセンスにして、傑出している才能は。様々な状況、状態に対して、対応できるというところだろう。複数ポジションも卒なくこなせるところも、彼らしい長所だ。

どれが来ても対応できるという意識が強く、投手に対して対等とは見ない強打者の鑑だ。

しかし、大鳥も名神も。八木がどれだけの打者であろうと、挑んでいく。真っ直ぐに……



パァァンッ



138キロのストレート。球威、球速はイマイチ。しかし、八木は手が出なかった。

ここしかないってコース、外角低めギリギリに貫いた、ストレートだったから。



「ストライク!!」

「追い込んだ!」

「八木もやれるか!?」



この想像以上の強い攻めで、球場内はどよめく。しかし、八木は落ち着いていた。見逃したわけだが、打ちに行くような球じゃなかった。その判断に間違いはなかった。打席すら外さず、集中している。

感覚で打つ状態ならば、甘い球を打つ傾向にある。対して、読み打ちの状態はコースが難しくても、読みが当たれば、フルスイングして仕留める。

球種の多い大鳥に対して、八木は追い込まれても感覚で打つ状態を選んでいた。

来た球を打つ。突き詰めれば、ヒットにできる球を打てばいい。

ファールやボールを含めればチャンスはまだまだある。



「!…………」


そして、大鳥と名神。

この試合初めて。2人の意思疎通が割れるサインのやり取りがあった。

名神は大鳥の驚きも想定し、それでも頷く。信じてくれという言葉は要らない。こんな時、大鳥だって分かっていたこともあるし。体験もしていた。もう、首を振らないって分かっていたら、どーいうことを名神は思うだろう?


このミットに対して、全力で投げてこい。

気持ちのいいサインばかりだから、和が好きなんだ。



大鳥はその勝負球を投じた。


「!!」


八木の予測をとうに超えていた、名神が求めた大鳥の球。

一瞬の高さに惑わされ、スイングの始動は停止を選んでいた。



ドパァァッ



大鳥の気迫に体がついてきたのもあった。

2球目とは違い、145キロを計測したストレートは、八木の胸元、インハイギリギリを通した……。



「ストライク!!バッターアウト!」

「なっ!?マジか!?」



それは八木も手が出なかった事実もあった。

わずかに高いと思って、見逃した。その判断が招いたのは、この好機にやってはいけなかった見逃し三振。



「おおおおおーーーー!!」

「八木まで三振で抑えたーーー!!」

「3球勝負!」

「145キロのストレートをインハイに要求するか!?」

「もっとやべぇのは、あれを完璧なコースに投げ込んだ事だ!!」

「打てば凡打にするコースへの、ストレート!」

「八木も振れねぇよ!さすがに!」



ノーアウト3塁。海堂と八木という強打者を相手に、大鳥と名神は両者に対して、何もさせない三振で封じ込めてみせた。


「……………」


3塁ベースでただただ待っているだけの猪瀬だった。

崩したと思ったが、すぐに立ち直り、こちらの攻撃を断ち切った。大鳥と名神の確かにある絆の強さを知り、同時に妬みとは違った。羨ましさを2人に感じた。自分のやっている野球と2人のやっている野球の違いで、どうして。自分以上の力を発揮するのだろうか?

慶応大学が喰らったダメージも、相当デカイ。

そして、大鳥は続く4番打者も。自慢の奪三振技術を持ってして、



「ストライク!バッターアウト!!」



仕留める!



「ノーアウト3塁の大ピンチを!三者連続三振で切り抜けたーーー!!慶応大学、無得点!!」

「大鳥がこの大一番で最大最高の投球!!」

「慶応大学をここまで抑える投手がいたのかよ!!」



観客がこの大番狂わせの予感に盛り上がった。



「左打者に特別、強いわけではないが」

「このピンチにここまでの投球をする投手、プロに何人いる?」

「プロでやれる実力があるのは間違いない」



スカウト達も大鳥の凄みを理解した、この瞬間であった。




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