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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
35/52

優し苦留


その試合はとっくに終わっていた。

良い参考資料となるため、後輩に教えながら試合の映像を流す。



「捕手にも必要なことだ。鬼島、勉強しとけ」

「ピザ食いながらでいいっすか?阪東さん」

「……いいよ、それで!つーか、20分前に寿司食ってたろ!?まだ食うのか!?」



野球に限らず、スポーツに限らず。勉学、芸術にあることだ。

各々に限界があるということだ。


名神は己にそれを自覚しているが、他者にはそんなものないなんて。夢見て思っている。

自己評価は低く、他者評価は高く。

それは誰であれ、”人の良きところを見つめる”という、優しさが溢れる視野を持っていることだ。

大鳥を成長させた捕手として、彼であった事が最大の要因である。そーいう特徴。

選手個人の能力だけではなく、選手がこれまで培って築いた、精神メンタル面。



名神は捕手としての非情さが足りていない。むしろ、それが0に近いと言えるほどだ。

無論、非情さが全てに重要というわけではない。もっとも、それが欠けているというのに彼がこれから先、どーなろうと養えないというのが、最大でどーしようもない限界である。それが問題であり、欠点。



「名神はどんな投手でも、投手の最大の力を出そうと務める」



悪い事じゃない。

問題があるとすれば、投手の力不足という根本。

次にそれが悪い事と思う事すらできない、名神自身だ。



「上手く嵌った時は良いが、急にもつれると一気に試合を決められる。また、試合展開への見切りが遅く、投手を懸命にカバーしてしまう」



体力切れを除けば、名神は投手を庇う傾向にある。

それはこれまでずっと、大鳥という大きな存在とコンビを組んでいた影響が強い。



「じゃあ、どーすりゃいいっすか?阪東さん」

「トーナメントや短期決戦じゃダメだが、長いペナントレースならばこの試合を放棄する事だ。これはペナントレースだ」

「マジで言ってるっすか!?」



くっちゃくっちゃとピザを食いながら……真剣さが足りていない鬼島。

この男が本当に日本球界の捕手を担う選手で良いのか、不安に思う。しかし、桐島よりかマシだ。

連日のようにフライデーされております。



「頭の柔軟さが必要だ。鬼島もどっちかと言えば、名神のようなリードだろ」

「ボールはパーンッ来て、ドンッて俺が捕りゃあいいんすよ」

「捕手として感覚が先に行き過ぎてるな」



投手にできるって伝える事は大事である。それは人にあってもだ。

しかし、その限界を観ず。伝えてしまうのはキツイのだ。精神的なショックは起き、どのような改善さえも見失う。

ある種の諦めさえもだ。



「初回の投球フォームを観ろ。片足になった時、体重がしっかり乗っていない。やや前傾姿勢のまま放るから、ボールのコントロールと力が定まらないんだ。セットポジションではそこまで差が出ていないが、気の焦りが自分の力を半減させる投手の乱調の一つ」

「はぇ~」

「2回も3回も同じだ。それで適度に抑えられたのは名神のリードとフォロー、……打者にも救われていたな」


まぁ、そんな細かな投手へのダメ出しはともかくだ。

捕手として、この投手をなんとか6回4失点でリードをした名神の悪いところ。



「投手に調整し直せと、ドンと突き放す度胸も捕手には必要だ」

「阪東さんがリードしても無理っすか?」

「俺が投手をやるに決まってるだろ!!」

「でも、投手可哀想じゃないですか」



ピザ食いながらの奴に言われたくねぇんだけど。



「捕手はゲーム内の監督だ。勝つか負けるかを左右する投手を知れるポジション。投手がダメなら試合の9割は終わる」



厳しい声であり、当然の事である。非情と思えば、それが甘さとなる。

試合とは勝負なのだ。



「試合を壊させる事で掴めるものはある。適度に励ましたくらいでは、知る事すらない。名神のリードは”この試合だけ”のその場しのぎ」



結果主義という勝負の世界。

正しいかどうかは結果が決まる事。



「チャンスは循環させねばならず、どんなチャンスにもごねるのは失うことと同義。”管理”する力が問われる」



スタメンは9つ。しかし、彼等だけの試合ではなく、勝負ではない。

野球の発展、成長と共に。常に最高の9人を揃えるだけではなくなってきた。

各々が持つ可能性と、適材適所の配置。

もちろん、全てが噛み合い、上手くいったとしても。敗れるのが野球という試合なのだ。



「鬼島。短期決戦でこーいう場合。速やかに投手を降ろせ。試合がぶっ壊れる前にだ」

「!いっ……」

「監督もコーチも当然、判断する。お前がその時、試合展望や投手に気を利かせる必要はない。例え、俺が投手として立っていてもだ」

「大先輩にそんな真似できんですよ」

「しろ。できるようになれ。朝からラーメン、ちゃんこ、パスタ、寿司、ピザまで食えるならできる」






◇          ◇




報告。


名神和の独立リーグでの成績。

4試合に出場。スタメンマスク、2試合。フルイニング出場、1試合。12打数2安打。

捕手として19イニング、失点、8。捕逸、0。

4試合合わせて、5人の投手をリード。

盗塁企画数2回、盗塁阻止数、2回。



打者としての成績は散々であるが、それは致し方ない。大学とは少しレベルが上。対戦経験がないのもある。

しかし、捕手として期待されながらも、19イニングもマスクを被りながら、8失点を喫する。



「………………」



1イニングでの大量失点こそはないものの、コンスタントに得点を許している。



「宇佐満んの守備に助けられた時もあった」



それもある。大崩れしなかったのは、ショートが猪瀬であった事もある。名神は傷つくし、自覚している。

捕手としての自信が崩れた。

重たい、現実という結果。


こーいう時。開き直って、投げる投手が悪かった。

そーいう強い精神力が時に必要だろう。投手という女以上にめんどい生物をヨイショする捕手であろうとだ。

だが、名神にそんな切り替えはない。他者であれば、そうやって考えてしまう。

自分の何が悪いのか、分からずに探る帰り支度。



「名神さん」

「!」

「お世話になりました!料理や掃除、洗濯まで……色々と教えてもらって、ありがとうございます!」



猪瀬宇佐満の成績。

10試合出場。57打数28安打。打率、0.491。本塁打、3。打点、17。四球、3。

ショートとして、フルイニング出場。

失策、3。


打者としての成績は、10試合だけで見れば独立リーグでトップの成績を収めた。本塁打は少ないが、甘い球を着実に捉えてヒットゾーンに飛ばしていた。積極性のアピールで四球は3つと少ないのが、気が掛かりか。



そして、守備。

堅実な守備を意識している猪瀬が、10試合をフルイニング出場して失策、3つは悪い数字であった。

その失策が、9試合目と10試合目。それも8回以降の大事な場面での失策。

高い集中力は賞賛されるべきであるが、それを維持する体力や適度に力を抜く技術も必要であったという収穫があった。



猪瀬には明確な弱点を知れた、収穫ある出来事であった。野球だけでなく、私生活という面で名神から学べた事もあった。

一方で名神にとっては、事実を突きつけられたキツイ出来事だった。

もう終わりだなって時。


「……宇佐満ん、さ」

「はい」



まだ先のある彼に訊いてみる。



「野球が好きでさ」


1つ、1つ。

震えている声である。聞く側であった猪瀬にも、伝わった純のある声。



「それを辞めるって事。どう思う……?」



いつか、……。誰にでも訪れる、辞める瞬間。

名神は限界を悟った。悪戯に引き延ばしても、それが為になるか。


「……うーん」


猪瀬も悩んだ。相手が年上だから、そーいう悩みがある。そーいう同期達がいたのも知っている。


「名神さんには野球を引いて、何が残ります?今、辞めてからできる事は確かに多いですよ。そーいうチームメイト達もいました」


猪瀬と比べれば、名神の成績はハッキリ言って赤点である。さらに言えば、3つも先輩。

出来の悪い先輩だなって思われても、おかしくないだろう。


「でも、今だからできるって事があります。それが俺には野球であって、名神さんにも野球じゃないんですか?」


1か月という共同生活。

プライベートでもそれなりの交友を持てて、名神の人物像も分かってきていた。

優しくて、気が利いて、学び意識も高く、教えるのも上手く、誰かを引き立てるのに向いている。

ただ、身体能力の限界と、勝負という世界では不向きな性格が災いしている。どちらかのタガが外れれば、面白かっただろうに。



「大鳥さんにも訊いてみたらどうですか?俺、長い付き合いがあって、野球を続けている同期はいないんすよ」


意外な一面……。というより、猪瀬にとって。同格と呼べる選手と出会えていないからこその、こーいう言葉を出すのであろう。

名神が受け取る情報と、猪瀬が出した情報には違いがある。



「……そうだな」


元気なくて、結果が出てない俺に。

あいつはそれでも組もうと、言うのだろうか?一緒に組もうって。




現実とぶつかり。超えられない壁と出会い。

それでも、無理だって分かっていて。登ろうとするか?


名神は悩むという種ではあるが、収穫できた事もあった。本人が苦悩と知っても、それが人としての収穫なのだ。

決断をするという答えに近づく事。



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