各々の壁
独立リーグでの公式戦が始まった。
第1試合目から猪瀬がスタメン。それはもう告知されていて、彼のファンが集まって来た。
名神はベンチスタート。控え投手の球を受ける、ブルペンキャッチャーの役割。
練習で見て来た猪瀬の凄さ。試合の緊張感を簡単に呑んで、プレイする様はいつも通りと言わざるおえない完璧なもの。
カーーーーンッ
「いきなりヒットーー!1番起用に応えたーー!」
1回に先制のホームを踏むきっかけとなるヒットと、7回に左中間を破るツーベースを放って2安打を記録。
評判通りの実力を見せつけて、チームの勝利に貢献。
「格が違う」
独立リーグ担当のスカウトも、その一言である。
打力、守備力、走塁。
3つのどれかならば、プロに通じる野手がチラホラいる独立野球の世界で、その3つが完成している。高校時代からもそうであり、大学に入ってもなお、通じている実力者。華やかな経歴と渡辺レイに次ぐ逸材であると踏まえれば
「プロに行って欲しかった」
そう思う。
しかし、それに対しての指摘の声が上がった。
「猪瀬に長期的な活躍は見込めるか、どうか」
「!阪東さん」
自分以上に野球を積んだ者達はどーいう気分であろうか。
「猪瀬はさすがだな。”実力”だけ見れば、俺達と並べる。同じポジションの八木よりも上だ」
「……阪東さん。今、投手として、猪瀬と3打席勝負したら全部抑えます?」
「ウォーミングアップをすれば、抑えられるな」
立ちながら小話を阪東。
猪瀬を上回る選手がスタンドの外にいるというのは、奇妙なものだ。
「先ほどの”実力”で上と見るならって言葉は?」
「”経験”と”体力”、”管理”が足りていない」
プロに通じるほどの実力を有する猪瀬ではあるが、彼はついこないだまでは高校生だった。
甲子園にも何度か出場しているが、それだけではまだ”経験”が足りてはいない。阪東は自慢じゃないが、1年から3年までの全てで、選手として甲子園に出場し、優勝投手も経験している。阪東の功績に比べれば、猪瀬が小さいとも言えるのだ。
仕方のない事でもあるし、どーしようもない事でもあるが。プロのペナントレースを戦い抜いた”体力”もない。
「高校生の奴は素材という事だ。無論、場所や人によってそれがどうなることか」
「どっちが正しいんでしょうかね?」
「それは猪瀬がこれから決める。大学で頑張るにしろ、プロで頑張っていたという事も、通せば変わりはない」
猪瀬宇佐満。
”実力”は間違いなく、プロに通じる。内野の花形、ショートを守る好選手。
高校時代において、同ポジションでは誰一人彼と並ぶ事も、挑む者も現れなかった。
唯一、野手としては鬼島という存在がいたが……彼があまりにも猪瀬とは正反対の野球選手であるため、ライバルと言えるものでもない。
「同じポジションのレイがアメリカに行ってしまうからな。せめて、ライバルでもいれば……と」
「………あの。すみませんが、八木は?どこにいるんですか?」
「あいつは踏み台になっちまう。猪瀬の……」
「あ、今後の展開そうですけど。酷い」
「八木は阪東さんの元チームメイトじゃないですか。今年のドラフトの目玉ですよ!」
◇ ◇
ドバアァッッ
気持ちいい、ミットの音。
捕手の能力によって、投手もまた能力が変わる。上がるも下がるもだ。バッテリーって言葉の通り。
「サインは……」
名神のリードは投手を信頼し立てる事が中心である。
自分が受ける投手の傾向を把握し、思う理想に合わせる投球を要求。
幼馴染の大鳥とのコンビが抜群に良いのが、名神の良さである。
捕球していれば、投手の良し悪しを把握できる。
「ストレートはここで……」
それは投手に対策を練られると、名神のリードにも対策を成される事にも繋がる。
とことん優れた投手と組む際には抜群の力を発揮するが、見合わない投手とのコンビは不利という分かりやすい弱点がある。
「じゃあ、今日は!お願いします!!」
猪瀬以上の経験不足である名神は他の投手とのコンビが少なく、短い期間で投手という生物を理解する事も出来ていない。それは大鳥宗司という最高の親友の事は分かっても、投手である大鳥宗司を分かり合えない事と同じである。
「7番、キャッチャー、名神」
名神の初出場は公式戦の3試合目の守備固め……。ではなく、敗戦の展開での登場。
8回からマスクを被り、1人の投手をリード。2安打を打たれるも、猪瀬の好守もあって無失点のリード。
4試合目は出場はなかったが、5試合目にスタメン出場を果たす。
「頑張りましょう!名神さん!初スタメンじゃないですか!」
「宇佐満ん。ここまで全試合スタメンは羨ましいな」
1か月の選手契約であり、名神と猪瀬が出場できるのは公式戦では9試合目までである。
半分経ってようやくのスタメン。2試合目。それに対して何も思わなかったわけではない。しかし、ようやく巡ったチャンスに準備できてませんでした。なんて言い訳をしたくない。
こうして、プロの世界に入るのである。むしろ、そーであったのだと気付かされる。
大鳥という存在がいたから、捕手としてのスタメンがあった。そーいう気持ちをいつか捨てる事が自分に必要なもの。
あとは結果だけ。
一番。野球をやってきて。自信を持っていけるのは、捕手としての力であると名神は思っている。
大鳥がいなくても、自分が捕手として進む必要がある。
今日、名神と組む先発投手は典型的な本格派。
右のオーバースローであり、140中盤のストレートにスライダーとフォークを投げる。多少の制球難と立ち上がりに難がある。社会人野球を経験してからの独立に挑戦した選手。名神の2つ、歳が上。
レンタル選手である名神は、かなり気を遣っていた。
投球練習で球を受け、ストレートの手応えはお互いによく感じた。大鳥以上にパワーがあるため、ストレート主体でいける。
初回。
パァァンッ
「ボール!フォアボール!!」
先頭打者を四球で歩かせてしまう、つまらないスタート。
投球練習で受けていたストレートは走っているが、制球が定まらない。変化球も安定せず、活路が見えてこない。
投手自身の問題。しょい込む事でもないが、捕手ってのがそー簡単じゃなく。名神にも捕手としての意地がある。なんとか活路が欲しい。
「……………」
宗司みたいに空振りを獲れる球はない。
打たせて捕るのが持ち味だ。そのためには打者の中に球を要求をしなきゃいけない。
恐れちゃいけないです。まず、ファーストストライクをとりましょう。
高さはいいです。右打者の内角にそのストレートを……。
四球の後、ストライクを獲りたいのは投手だけの心情じゃない。捕手も欲しいのだ。
ノーアウトからバントをしてくれたら嬉しいと、バッテリーが思えることに。簡単にはとれない重たいアウトが転がり込んでくるからだ。
特に序盤。
パァァンッ
「ボール!」
欲しいストライクが獲れない。ストレートが右打者から逃げるように外に行ってしまう。
サインを無視しての事じゃない。制御できていない。
投手はストレートの力を殺したくないのだ。しかし、名神はここでコントロールを要求したいのだ。打てない球を投げるのも投手の仕事ではあるが……打たせなきゃいけない事も理解しなきゃいけない。まぁ、理解はされない。
自滅気配。
長いペナントだ。たかが1敗が左右するわけではないが、日々の選手の成長には繋がる。
立ち直るという、普段の実力にも記されるが、改善が難しいことだ。
叱りつけるか。続けるか。
名神がとったのは、自分なりの。投手像からによる改善だった。
カッ
「ファール!」
乱調気味の投手の特徴として、ストライクかボールがハッキリしていることだ。
試合が始まってから乱調すると、ちょっとやそっとじゃ拭えない。
思ったボールが投げられないという意識を自覚してしまえば、その感覚に囚われ、ボールが甘くなる。打たれるという予感が恐怖に、未来視になって現実となる。
ファールを挟んで1-1のカウントで3球目、
『フォーク』
ストライクの有無はどちらでも良かった。
盗塁してきたなら刺す。
……まぁ、盗塁のようなギャンブルを乱調気味な投手にやる事はないので、考慮していないな。
ボスッッ
「ボール!」
打者が振りにもいかない、まさにクソであるフォークだった。
それを名神はしっかりとグラブに抑える。
受ける捕手がこうして球を捕る。どんな球でも捕ってやれる者が、構えているのだ。遠慮しないでいいのだ。
あとは
「打者集中です!」
「!」
エールは届く。
投球の中で自信を持たせること。
バントはない。カウントも1-2と、まだまだのカウント。有利にも不利にもできる。
コースは思ったところには来ないが、打者が振ってくれるアウトコース。
ガツッッ
鈍い、ファーストゴロとなる。進塁打となったが、バントと同じであり。
「1アウト!」
「おー!」
この1アウトが大きい。ひとまず、一息のアウト。
名神のリードは良い。初回から乱調気味の投手で、1アウトをまずとったのだ。すぐに改善はされないであろうが、投手の力を引き出そうとする安定した捕球能力と気配りが、投手の気持ちを良くしてくれる。
名神のリードは捕手として、80点ってところ。
綱を握った馬をご丁寧に操っているもの。馬の力を引き出す、ごく普通で基礎をジワリと固めるもの。それで登れる高みは分かれど、標高は知れず。
カーーーーーンッ
「打たれたーー!初回、タイムリーヒット!」
3番にライト線に打球を運ばれ、早々に失点。
しかし、なんとかこの1失点で初回を乗り切る。
「大丈夫です!1点なら許容範囲ですよ!」
今、名神は自分の最大の欠点を曝け出した。
しかし、本人は絶対に自覚をしないだろう。それが強いプライド……というより、そーいう人格だからだ。




