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馴染な男  作者: 孤独
大学4年
33/52

聖の性本


二人が住んでいる場所は、交通の便が良いわけではない。

車を使わないとなるとそれなりの距離を歩く。

練習の疲れを感じさせない猪瀬のタフさにも、名神は病みかけつつ。向かいながら訪ねる。



「スーパーじゃないのか?」

「そこじゃ売ってないんで。コンビニです」

「コンビニ?」



コンビニを分からないわけではない。

しかし、何故コンビニに……。20分くらい歩いてようやくたどり着くところだ。

こーいう不便さ。慣れた地元だったら、違うんだろうけれど。余計に心に来た。



「何を買うんだ?」



名神は荷物持ちで呼ばれたかに思えたのだが、猪瀬が買いたい物はそーいう意味ではなかった。

目的地に着くまでに確認したのが、ある意味幸いなのか。



「エロ本です」

「は?」

「俺も18歳になったんで。買ってみよーかなって」



一瞬、固まる。



「……ごめん、何を買うって?よく聞こえなかった……」

「だから、18禁本です。スーパーじゃ売ってないじゃないですか」


いや、誰しもあるけれど……。

この生真面目な猪瀬がそんなことを人に頼むという。クソ面白いのに全然笑えない名神は、表情が固まっていた。


「一緒に買いませんか?」

「…………動画で良くない?ネット上には色々転がってるよ」


野球をひたすら真面目に取り組んでいる男が、こんな一面を他人に……。

いや、猪瀬の場合は9割以上がただの興味なんだろう。


「俺もそれは知ってます」

「うん」


なんなんだ、このぐだぐだした会話は……。

徒歩だけが進んでいく。


「なんていうか、コソコソやってるのも良くないなぁって」

「堂々としてるだろうが!しすぎじゃねぇーか!!」

「でも、1人でエロ本持ってレジに行くのって、恥ずかしいというか、勇気がいりますよね」

「それで俺の付き添い!?赤信号を一緒に渡ろうというノリか!?」



動揺。謎の動揺。

なんつーか、高校生のノリである。良く思えば、一流プレイヤーであっても、猪瀬は高校を卒業したばかりか……。


「共学でしたけど、スポーツ課は男子ばかりでして。野球部なんて特にそーじゃないですか」

「まぁ、な」

「俺は野球一筋でずーっとやって来ましたけど、野球以外の事は疎くて。家族もそーいうものはあまり好んでなくて、こーいう環境で得た自由で何をしようかなと」

「それでそこに行く?」

「単なる興味です。父上も大学だったら遊び覚えろって、麻雀やタバコを始めたとか。でも、ギャンブルは楽しいけれど良くないなって」



真面目にも息抜きが必要なんだな。



「父上が結婚したのは30過ぎで、女の扱いは25歳までには覚えた方が良かったって。俺に教えてくれました。その扱いまでは教えてくれなかったけれど」

「うーん……」


俺も分からないんだけどって、野球とはまったく違った方向で襲い掛かってきた、屈辱。

お互い彼女なんてモノはいないという共通点はあるにして。



「遊びは大事だよな」

「ですね」

「程々に肩の力を抜かないと」



浮かれてしまうものか。



「純真さだけじゃ足りないんです」



何かをするならば、何かを得る必要がある。

そんなサイクルを成長と共に感じる。

野球をやってきただけではなく、野球で得られる者、守る者がなければ強くはなれない。難しいバランスに選手、人間は崩されていく。

プロであろうと、大学生であろうと、高校生であろうと、社会人になろうとだ。



「桐島さんみたいな選手には絶対にならないですけれど。あの人は行き過ぎ」

「フライデーされる人か。いや、凄い打者だけどな」



生真面目さを少しは欠点として、自覚するのだろう。

野球しか分からない事ばかりと、猪瀬は口にする。



「今度の休日。本格的に料理を教えてくれませんか?美味しかったですよ」

「一般的なものしかできないぞ」

「始めるにはちょうどいいですよ」



短い間というのが、彼をホッとさせているのだろう。

同時に名神の悩みを和らげているのも知らずにだ。



ガーーーーッ



「いらっしゃいませー」



そして、辿り着くコンビニ。

猪瀬は着きましたって感じのサバサバした感じであるが、名神は後輩を連れてきた感じのドキドキに見舞われた。

猪瀬の話が自分の気持ちを和らげてくれるせいで忘れていた。

女性店員しかいない事で極度の緊張もある。分かっているだろうが、書いておく。



俺も、エロ本を買った事はないんだけれど。



本棚へ向かう時間だけが長く感じ、数少ない雑誌を見てしまう。



「ふーん……」



猪瀬はなんとも思わず、軽ーく。一冊、手に取った。

野球漫画が掲載された、週刊誌を獲るかのように、軽やかな感じだ。……いや、それマガジンじゃねぇか!!

グラビア表紙であっても、差がある。これとこれの差。


「どれにします?」


それ訊くか?


「…………」


名神は2,3冊。手に取った。何が可愛いとかより、こーいうのは性癖が現れる。

買った事はないし、知らない雑誌を手に取るならもっと軽い奴が良い。


「今週のマガジンと週べも買いますね」


猪瀬。俺に買わせる気か!?

せこいんだが、天然なのか分からん!!


しかし、結局買うのがエロ本であるのなら、表紙を見た感じエロい方を買うに決まっている。

モデル女性を見比べて……。年上の大人の魅力が詰まった、表紙の雑誌を買う事に。



「じゃあ、俺はこっちで。あとで回し読みしましょ」

「宇佐満んって、本が好きだろ?」



決断して選んだ自分が恥ずかしくなった。なんというか、考えすぎなんだろう。

男二人がエロ本持ってレジに行けば、妙な顔をされつつも会計が済む。



「ありがとうございました」



ガーーーーーッ



「思うに……」

「はい?」

「通販で良くない?電子版でもいいさ。同居じゃん」


少しとぼとぼしながら、家に戻っていく名神。一方で猪瀬はいつ買ったのか、コンビニのから揚げを摘まみながら、帰っていく。


「確かに、買う手間が無駄でしたか」

「納得してくれたか」


なんで自分がそーいう提案をしなかったのか、少し猛省する。

まぁ。猪瀬自身にも理由がある。


「俺。週刊誌でしか、漫画を読んだことないんすよ。というか、コミックは捨てられてるんで」

「……もしかして、ゲームやスマホもしねぇとか?」

「家ではそうでしたねぇ。寮の娯楽室のPS3を仲間と取り合っていたかな。家にはもちろん、なかったです」



だらけられるという喜び、心地よさに魅入られそうになる。

良い事であり、悪い事である。

エリート一家は凄いもんだと思うが、そーいった自由がないとしたら、色々と大変なんだなって名神は猪瀬の事を思ってあげた。

その上で猪瀬らしい生真面目な言葉を聞く。



「休める時はただ休むだけじゃなくて、こーして話したり、何よりも野球以外で楽しんでから、寝るのが一番なんです」

「じゃあ、まさか。宇佐満ん……お前、野球だけを考えてきたわけじゃないんだな。お前ってさ」

「そうですね。むしろ、つい先ほどって事くらいで」



悩みの質、中身が違えど。みんな、そーいうものだった。

猪瀬は今。野球だけでなく、野球で得られる物で何かを捜していた。成功で得られる、別のこう

まだそこに至らない名神にとっては、夢の事かもしれない。

羨望してしまう。……のに……



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