聖の性本
二人が住んでいる場所は、交通の便が良いわけではない。
車を使わないとなるとそれなりの距離を歩く。
練習の疲れを感じさせない猪瀬のタフさにも、名神は病みかけつつ。向かいながら訪ねる。
「スーパーじゃないのか?」
「そこじゃ売ってないんで。コンビニです」
「コンビニ?」
コンビニを分からないわけではない。
しかし、何故コンビニに……。20分くらい歩いてようやくたどり着くところだ。
こーいう不便さ。慣れた地元だったら、違うんだろうけれど。余計に心に来た。
「何を買うんだ?」
名神は荷物持ちで呼ばれたかに思えたのだが、猪瀬が買いたい物はそーいう意味ではなかった。
目的地に着くまでに確認したのが、ある意味幸いなのか。
「エロ本です」
「は?」
「俺も18歳になったんで。買ってみよーかなって」
一瞬、固まる。
「……ごめん、何を買うって?よく聞こえなかった……」
「だから、18禁本です。スーパーじゃ売ってないじゃないですか」
いや、誰しもあるけれど……。
この生真面目な猪瀬がそんなことを人に頼むという。クソ面白いのに全然笑えない名神は、表情が固まっていた。
「一緒に買いませんか?」
「…………動画で良くない?ネット上には色々転がってるよ」
野球をひたすら真面目に取り組んでいる男が、こんな一面を他人に……。
いや、猪瀬の場合は9割以上がただの興味なんだろう。
「俺もそれは知ってます」
「うん」
なんなんだ、このぐだぐだした会話は……。
徒歩だけが進んでいく。
「なんていうか、コソコソやってるのも良くないなぁって」
「堂々としてるだろうが!しすぎじゃねぇーか!!」
「でも、1人でエロ本持ってレジに行くのって、恥ずかしいというか、勇気がいりますよね」
「それで俺の付き添い!?赤信号を一緒に渡ろうというノリか!?」
動揺。謎の動揺。
なんつーか、高校生のノリである。良く思えば、一流プレイヤーであっても、猪瀬は高校を卒業したばかりか……。
「共学でしたけど、スポーツ課は男子ばかりでして。野球部なんて特にそーじゃないですか」
「まぁ、な」
「俺は野球一筋でずーっとやって来ましたけど、野球以外の事は疎くて。家族もそーいうものはあまり好んでなくて、こーいう環境で得た自由で何をしようかなと」
「それでそこに行く?」
「単なる興味です。父上も大学だったら遊び覚えろって、麻雀やタバコを始めたとか。でも、ギャンブルは楽しいけれど良くないなって」
真面目にも息抜きが必要なんだな。
「父上が結婚したのは30過ぎで、女の扱いは25歳までには覚えた方が良かったって。俺に教えてくれました。その扱いまでは教えてくれなかったけれど」
「うーん……」
俺も分からないんだけどって、野球とはまったく違った方向で襲い掛かってきた、屈辱。
お互い彼女なんてモノはいないという共通点はあるにして。
「遊びは大事だよな」
「ですね」
「程々に肩の力を抜かないと」
浮かれてしまうものか。
「純真さだけじゃ足りないんです」
何かをするならば、何かを得る必要がある。
そんなサイクルを成長と共に感じる。
野球をやってきただけではなく、野球で得られる者、守る者がなければ強くはなれない。難しいバランスに選手、人間は崩されていく。
プロであろうと、大学生であろうと、高校生であろうと、社会人になろうとだ。
「桐島さんみたいな選手には絶対にならないですけれど。あの人は行き過ぎ」
「フライデーされる人か。いや、凄い打者だけどな」
生真面目さを少しは欠点として、自覚するのだろう。
野球しか分からない事ばかりと、猪瀬は口にする。
「今度の休日。本格的に料理を教えてくれませんか?美味しかったですよ」
「一般的なものしかできないぞ」
「始めるにはちょうどいいですよ」
短い間というのが、彼をホッとさせているのだろう。
同時に名神の悩みを和らげているのも知らずにだ。
ガーーーーッ
「いらっしゃいませー」
そして、辿り着くコンビニ。
猪瀬は着きましたって感じのサバサバした感じであるが、名神は後輩を連れてきた感じのドキドキに見舞われた。
猪瀬の話が自分の気持ちを和らげてくれるせいで忘れていた。
女性店員しかいない事で極度の緊張もある。分かっているだろうが、書いておく。
俺も、エロ本を買った事はないんだけれど。
本棚へ向かう時間だけが長く感じ、数少ない雑誌を見てしまう。
「ふーん……」
猪瀬はなんとも思わず、軽ーく。一冊、手に取った。
野球漫画が掲載された、週刊誌を獲るかのように、軽やかな感じだ。……いや、それマガジンじゃねぇか!!
グラビア表紙であっても、差がある。これとこれの差。
「どれにします?」
それ訊くか?
「…………」
名神は2,3冊。手に取った。何が可愛いとかより、こーいうのは性癖が現れる。
買った事はないし、知らない雑誌を手に取るならもっと軽い奴が良い。
「今週のマガジンと週べも買いますね」
猪瀬。俺に買わせる気か!?
せこいんだが、天然なのか分からん!!
しかし、結局買うのがエロ本であるのなら、表紙を見た感じエロい方を買うに決まっている。
モデル女性を見比べて……。年上の大人の魅力が詰まった、表紙の雑誌を買う事に。
「じゃあ、俺はこっちで。あとで回し読みしましょ」
「宇佐満んって、本が好きだろ?」
決断して選んだ自分が恥ずかしくなった。なんというか、考えすぎなんだろう。
男二人がエロ本持ってレジに行けば、妙な顔をされつつも会計が済む。
「ありがとうございました」
ガーーーーーッ
「思うに……」
「はい?」
「通販で良くない?電子版でもいいさ。同居じゃん」
少しとぼとぼしながら、家に戻っていく名神。一方で猪瀬はいつ買ったのか、コンビニのから揚げを摘まみながら、帰っていく。
「確かに、買う手間が無駄でしたか」
「納得してくれたか」
なんで自分がそーいう提案をしなかったのか、少し猛省する。
まぁ。猪瀬自身にも理由がある。
「俺。週刊誌でしか、漫画を読んだことないんすよ。というか、コミックは捨てられてるんで」
「……もしかして、ゲームやスマホもしねぇとか?」
「家ではそうでしたねぇ。寮の娯楽室のPS3を仲間と取り合っていたかな。家にはもちろん、なかったです」
だらけられるという喜び、心地よさに魅入られそうになる。
良い事であり、悪い事である。
エリート一家は凄いもんだと思うが、そーいった自由がないとしたら、色々と大変なんだなって名神は猪瀬の事を思ってあげた。
その上で猪瀬らしい生真面目な言葉を聞く。
「休める時はただ休むだけじゃなくて、こーして話したり、何よりも野球以外で楽しんでから、寝るのが一番なんです」
「じゃあ、まさか。宇佐満ん……お前、野球だけを考えてきたわけじゃないんだな。お前ってさ」
「そうですね。むしろ、つい先ほどって事くらいで」
悩みの質、中身が違えど。みんな、そーいうものだった。
猪瀬は今。野球だけでなく、野球で得られる物で何かを捜していた。成功で得られる、別の功。
まだそこに至らない名神にとっては、夢の事かもしれない。
羨望してしまう。……のに……




