敗北が北
試合は、最終回。2点リードで迎える局面は2アウト、ランナー1,2塁。一発が出れば逆転サヨナラ。
エースの大鳥は相手の粘りによって、ヒットを重ねられての状況。大会での連投の疲労に加え、この試合120球を超えたこの状況。
名神はタイムをとって、大鳥の元へ駆け寄る。
打席に立つのはあの、広嶋健吾だ。
『宗司』
ここはお前しかいないんだ。
あと1人。
あの悪魔を打ち取れるのは、ウチには、俺にも、お前しかいない。
投げ抜こう。
…………
そんな鼓舞が浮かんだ。
試合をとれば、ここで敬遠だ。逆転の走者を出しても、この打者との勝負は避けるべきだ。
確率をとれ。安パイをとれ。
『敬遠しよう。次の打者を抑えるんだ。次で終わらせよう』
あいつが凄すぎる。勝ち目がない。こんな状況で勝負をするべきじゃない。勝つにはそうする事が賢明な判断。
納得する。
投手の面子、チームの勝利。どちらをとれるか、分かっているだろう。
『和』
分かってくれる。でも、尋ねられる。
『俺達は、あいつ等を超えることも、並ぶこともできないのか?』
『…………』
『ここが最後なら』
大鳥がその後、何を言ったか。どんな表情をしていたか?
何も聞きたくなくて、名神は目を覚ました。
◇ ◇
「ああぁっ、ああ」
名神は悔しさで飛び起きた。
あの日の試合は結局、1-5で敗れた。大鳥は本塁打を許した後で降板。そこから後続の投手も抑えられず、集中打を浴びてダメ押しを喰らう。
明らかな大誤算は異常な3打席連発本塁打、あの打者だった。
チームは先制の流れを活かせず、打線がプレッシャーを感じてしまった。
「……………」
限界を知った。そして、大鳥にはその先がある事も知る。闘志が依然よりも、燃え上がっていた。なぜ、自分は気付けなかったのだろう。
もし、であるが。
自分が大鳥と組んでいなかったら、あの局面。抑えていただろうか?それとも、勝負を避けるという懸命な判断ができただろうか?
試合はいつだって読めない展開の連続。
登板する投手と相性が良い捕手が必ず良い出来となるかは、分からない。
それよりも打力のある捕手を置く。
リード、捕球性能、盗塁刺殺率の高さ、リーダーシップ。いくらでも捕手が求められる能力は高くて、多い。名神の自信や研鑽を超す、捕手というのは世の中には多い。早くその人と出会い、大鳥を託したい気持ち。
もうこれ以上、大鳥と組むことは彼の成長を阻んでしまう。
あの敗北が、大鳥の落ち度ではなく。自分のミス。
同じミス、似たミス。
蕁麻疹、アレルギー。
マニュアル人間なんて、平時でしか役に立たないもの。それは病気のように流行り出す。勝負所で弱い人間は、スポーツという一芸に限らず、人間そのものにある弱さを曝け出していることだ。抜きつ抜かれつの競争の中、確実に経験値を得られる勝負をしたというポイントは溜まる。
恐れる、不安、喪失が、どれだけ心身に影響を与え、勝負という場に敗北を招く。知らぬわけがない。知らないというのなら、もう人間という機能を保っていないという生物、ゴミクズ。
それが悔しく、思える自分に。もう少しだけの可能性を求む。一つ目の男泣き。
歳を重ねていっても、泣いて強くなることもある。
男が、友達が、1人の人を応援する事。良き事だ。
◇ ◇
「名神、元気ねぇな」
呟いたのは大鳥だった。?マークすらなく、決めつけってのは凄い自信だった。
いつだって一緒に練習しているだけに相方の様子には敏感だった。中間の上、3年だ。先輩もいて、後輩もいる場所だ。
「元気出させればいいじゃないですか」
「というか、俺達には普通やいつも通りに思えるが」
周囲の人達には分からない。
元々、口数が大鳥の前以外じゃ少ない。
見た目がり勉そうに見えて、勉学はからっきしだったりする名神。捕手として組むという感じではなく、大切な親友として大鳥の球を受けている印象。
「大鳥先輩にも同じこと言えるけど」
「まぁな。あいつとは昔から意見も合ったし、思った事が上手くいってたし、信頼以上のものがあるってもんだ」
決して雰囲気が悪いわけじゃない。最低限ぐらいのコミュ力でなんとかやっている2人。向上心の高さに加えて、2人が幼馴染ってのは大きいだろう。周りもそれについて、嫌らしく言わない。
「ボールを受けてくれたら、指摘してくれるわ。一緒にキャッチボールしよーって、声を掛けてくれたり、分かっているのにサインチェックなんかしたりよ。今日はそれがなかった」
「気持ち悪い」
「じゃあ今日は、大鳥先輩から言っているんですか?」
「いや、お互いに言うぞ。けど、今日は体のケアも俺の方から言ったな。俺が言われる役なんだけどな」
相思相愛ってこの事か……。
「打つ構えを作った時もなんか考えていて、集中していない感じで分かりやすかったな。外で見てよく分かった」
「分かるもんなのか?俺達には分からない」
何気ない返しの後に、それはもう繊細ってレベルで大鳥は名神の違和感を語る。
「シャドウとはいえ、視線が投手に向いていないし、バットの位置がわずかに下がっていた。あれは事前に見逃す時にやる、名神特有の打者としての傾向だった。打者として戦う雰囲気じゃないんだよ。ブルペンの時も、ミット構えてくれると、いつもの頼れる奴になっていたが。それは俺の前だから無理してる感じ。体や癖に出るんだよな。スライダーばっかり要求したり、やたら低めに要求して、大鳥は凄いんだぜって。俺にアピールする感じ。なんか考えているって、俺には分かるんだよ」
ホントにこいつ等、できてんなぁ。
「この前。俺が不甲斐ない投球をしたからか。俺に幻滅したかもな」
「いやいやいや。むしろそれで落ち込むのは、投手のお前の方だろ。お前の方が元気なのが不思議なくらいだ」
1人の打者に3打席連続でホームランを打たれるのは、投手としては屈辱だろうに。
あまりそのことを触れず、試合を作ってくれた事を褒めていたチームメイト達だ。
でも、大鳥は割と元気で、すぐに反省を済ませていた。
「確かに2打席目までは油断や奢りがあった。だが、3打席目の一発でちょっと変わった」
「え?」
「あの時、和はスライダーを要求していたんだ。俺はそれに首を振った。和は打者が読み打ちしてくると教えていたのに、俺は無視しちまったんだ。俺は和にもっと信頼されたいって、思ってたんだけどな。和は、もっと俺を信じて欲しいって、気持ちだったんだろう。俺があいつの気持ちを気付けなかったのが、敗因だってのは分かった」




