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馴染な男  作者: 孤独
大学2年
18/52

敗北が北


試合は、最終回。2点リードで迎える局面は2アウト、ランナー1,2塁。一発が出れば逆転サヨナラ。

エースの大鳥は相手の粘りによって、ヒットを重ねられての状況。大会での連投の疲労に加え、この試合120球を超えたこの状況。

名神はタイムをとって、大鳥の元へ駆け寄る。


打席に立つのはあの、広嶋健吾だ。



『宗司』



ここはお前しかいないんだ。

あと1人。

あの悪魔を打ち取れるのは、ウチには、俺にも、お前しかいない。

投げ抜こう。



…………



そんな鼓舞が浮かんだ。

試合をとれば、ここで敬遠だ。逆転の走者を出しても、この打者との勝負は避けるべきだ。

確率をとれ。安パイをとれ。


『敬遠しよう。次の打者を抑えるんだ。次で終わらせよう』


あいつが凄すぎる。勝ち目がない。こんな状況で勝負をするべきじゃない。勝つにはそうする事が賢明な判断。

納得する。

投手の面子、チームの勝利。どちらをとれるか、分かっているだろう。


『和』


分かってくれる。でも、尋ねられる。


『俺達は、あいつ等を超えることも、並ぶこともできないのか?』

『…………』

『ここが最後なら』



大鳥がその後、何を言ったか。どんな表情をしていたか?

何も聞きたくなくて、名神は目を覚ました。



◇      ◇




「ああぁっ、ああ」



名神は悔しさで飛び起きた。

あの日の試合は結局、1-5で敗れた。大鳥は本塁打を許した後で降板。そこから後続の投手も抑えられず、集中打を浴びてダメ押しを喰らう。

明らかな大誤算は異常な3打席連発本塁打、あの打者だった。

チームは先制の流れを活かせず、打線がプレッシャーを感じてしまった。



「……………」



限界を知った。そして、大鳥にはその先がある事も知る。闘志が依然よりも、燃え上がっていた。なぜ、自分は気付けなかったのだろう。

もし、であるが。

自分が大鳥と組んでいなかったら、あの局面。抑えていただろうか?それとも、勝負を避けるという懸命な判断ができただろうか?

試合はいつだって読めない展開の連続。

登板する投手と相性が良い捕手が必ず良い出来となるかは、分からない。



それよりも打力のある捕手を置く。

リード、捕球性能、盗塁刺殺率の高さ、リーダーシップ。いくらでも捕手が求められる能力は高くて、多い。名神の自信や研鑽を超す、捕手というのは世の中には多い。早くその人と出会い、大鳥を託したい気持ち。

もうこれ以上、大鳥と組むことは彼の成長を阻んでしまう。



あの敗北が、大鳥の落ち度ではなく。自分のミス。


同じミス、似たミス。


蕁麻疹、アレルギー。


マニュアル人間なんて、平時でしか役に立たないもの。それは病気のように流行はやり出す。勝負所で弱い人間は、スポーツという一芸に限らず、人間そのものにある弱さを曝け出していることだ。抜きつ抜かれつの競争の中、確実に経験値を得られる勝負をしたというポイントは溜まる。

恐れる、不安、喪失が、どれだけ心身に影響を与え、勝負という場に敗北を招く。知らぬわけがない。知らないというのなら、もう人間という機能を保っていないという生物、ゴミクズ。



それが悔しく、思える自分に。もう少しだけの可能性を求む。一つ目の男泣き。

歳を重ねていっても、泣いて強くなることもある。

男が、友達が、1人の人を応援する事。良き事だ。




◇        ◇



「名神、元気ねぇな」



呟いたのは大鳥だった。?マークすらなく、決めつけってのは凄い自信だった。

いつだって一緒に練習しているだけに相方の様子には敏感だった。中間の上、3年だ。先輩もいて、後輩もいる場所だ。


「元気出させればいいじゃないですか」

「というか、俺達には普通やいつも通りに思えるが」


周囲の人達には分からない。

元々、口数が大鳥の前以外じゃ少ない。

見た目がり勉そうに見えて、勉学はからっきしだったりする名神。捕手として組むという感じではなく、大切な親友として大鳥の球を受けている印象。



「大鳥先輩にも同じこと言えるけど」

「まぁな。あいつとは昔から意見も合ったし、思った事が上手くいってたし、信頼以上のものがあるってもんだ」


決して雰囲気が悪いわけじゃない。最低限ぐらいのコミュ力でなんとかやっている2人。向上心の高さに加えて、2人が幼馴染ってのは大きいだろう。周りもそれについて、嫌らしく言わない。


「ボールを受けてくれたら、指摘してくれるわ。一緒にキャッチボールしよーって、声を掛けてくれたり、分かっているのにサインチェックなんかしたりよ。今日はそれがなかった」

「気持ち悪い」

「じゃあ今日は、大鳥先輩から言っているんですか?」

「いや、お互いに言うぞ。けど、今日は体のケアも俺の方から言ったな。俺が言われる役なんだけどな」



相思相愛ってこの事か……。



「打つ構えを作った時もなんか考えていて、集中していない感じで分かりやすかったな。外で見てよく分かった」

「分かるもんなのか?俺達には分からない」


何気ない返しの後に、それはもう繊細ってレベルで大鳥は名神の違和感を語る。


「シャドウとはいえ、視線が投手に向いていないし、バットの位置がわずかに下がっていた。あれは事前に見逃す時にやる、名神特有の打者としての傾向だった。打者として戦う雰囲気じゃないんだよ。ブルペンの時も、ミット構えてくれると、いつもの頼れる奴になっていたが。それは俺の前だから無理してる感じ。体や癖に出るんだよな。スライダーばっかり要求したり、やたら低めに要求して、大鳥は凄いんだぜって。俺にアピールする感じ。なんか考えているって、俺には分かるんだよ」



ホントにこいつ等、できてんなぁ。



「この前。俺が不甲斐ない投球をしたからか。俺に幻滅したかもな」

「いやいやいや。むしろそれで落ち込むのは、投手のお前の方だろ。お前の方が元気なのが不思議なくらいだ」


1人の打者に3打席連続でホームランを打たれるのは、投手としては屈辱だろうに。

あまりそのことを触れず、試合を作ってくれた事を褒めていたチームメイト達だ。

でも、大鳥は割と元気で、すぐに反省を済ませていた。


「確かに2打席目までは油断や奢りがあった。だが、3打席目の一発でちょっと変わった」

「え?」

「あの時、かずはスライダーを要求していたんだ。俺はそれに首を振った。和は打者が読み打ちしてくると教えていたのに、俺は無視しちまったんだ。俺は和にもっと信頼されたいって、思ってたんだけどな。和は、もっと俺を信じて欲しいって、気持ちだったんだろう。俺があいつの気持ちを気付けなかったのが、敗因だってのは分かった」



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