打て名神
当たり前であるが、敗北の多くとは挫折である。
自分が敗れるとは、自分が進めないこと。
春大会が終わってから、大鳥は態度とは裏腹に調子が上がらない。
「5回2失点、被安打6、四球2つ」
なんとか、辛うじて。
そんな言葉を紡いで、投げているエース様の大鳥だ。まだ1年あることでチームとして、良いこともある。
監督としてエースがそんな状況だから
「後輩や先輩に出番を回せるから、監督・指導者としては良いんだがな」
酷使とは縁のない投球をしている今シーズン。
それとは違い、深刻なのは捕手である名神の不調。実際のところ
「お前、ホントに大鳥専用の捕手だな」
「……できれば、大鳥の捕手も降りようかなって」
「何を言ってんだ」
投手から信頼される捕手は当然いるものだ。壁性能が高く、強肩。
打撃が現状深刻であるが、守備面ではこのチームナンバー1。他の投手だって、後輩の捕手だって、名神の良さを知っている。
この捕手と組める事は幸せだ。
「大袈裟に言うが、名神。お前は人の良いところばかりを、見つけやすい。それがきっとお前の長所だよ。勝負したいって時、最高の球を要求できる」
捕球技術がしっかりしているから、投手だって思い切り良く。内角への要求だって投手は怖気づかない。
投手の不安を一掃できる捕手というのはなかなかいない。
だからか、その捕手が調子以前に、集中を切らしたプレイが続くというのは投手全体、守備全体に響く。
「お前が考えごんじゃ、お前の良さが出ないだろ?お前は、お前自身の良さを出せよ」
「言うのは簡単でしょうけど」
「卑屈になるな」
投手以上に変えの効かないポジションだ。
だが、彼の幸いとしているところはリーダーシップの欠如と責任を感じ取れている、使命感。
これで次期主将なんて事までショイ込んでいたら、どーなる事やら。基本的に投手達の管理のみを担っている名神だ。
話しを逸らす体で
「……ところで、お前は今後どうする?」
「今後。進路についてですか」
「独立行くか?それとも社会人か?誘いはいくつか来ているぞ。まぁ、野球を辞めるのも選択だ」
ほぼ野球だけだった高校生活とは違う。
就職活動なり、学業も励む大学生活である。自分にも大鳥にも、そんな話は嬉しく受けている。とはいえ、”同じく”ってのは未だにない。
またそれを捨てようとしているのは、名神の方だ。
決め兼ねているとしていた。
「進路の決断は早い方がいい。決められるほどの好条件は互いに来てないが」
「!」
「私生活で悩んでいると、プレイに出てくるもんだ。プロからなんてとてもまだ来ていないが、プロ目指す気持ちで社会人や独立に行くって表明。悪くないと思う。大鳥に相談するのも手じゃないか?」
監督の方から言われる。進路については、そんなに悩みではない。むしろ、
「大鳥と一緒にプレイする事が、あいつのためですかね」
「分からないな。事実を言えば、大鳥をもっと活かせる捕手は数多くいるさ。だが、そんな捕手と出会うにはお前も一緒に行く必要。あんじゃねぇの?見ず知らずの女に、旦那を渡す女房がいるか?はははは」
そーいう不安。
特別なんだろうって、事しか分からない。
「冗談はいいとして。まぁ、なんだ。チームが負けてちゃ美味しい話も来ない。集中できないのも分かる。だが、そーいう時の練習ってのは決まっている」
「?」
「素振りしてこい。ガンガン打て。投手も捕手も、守備全体において、チームメイトが関わる。だが、打者だけは自分との戦いだ。自分に納得できるまで振ってこい。打撃もできなきゃ、独立も社会人でもできねぇ」
「……………」
そー言われた。同時に悩んでいる事が分かっている。
監督に発破をかけられて、グラウンドに戻った。
名神がバットを持った時、隣に待っていたかのように大鳥もいた。同じくバットを手に取っていて
「俺も付き合って良いだろ?和」
「宗司」
「俺が悩んでいる時はお前が助けてくれた。お前が悩んでる時に、俺が助けておかしいか?」
「………いや」
「隣でバットを振ってやるくらいだけどよ。気の済むまで、野球をやろうぜ」
ブンッ ブンッ
自分のために、時間を割く。それが励みになるか、苦しくなるか。
まだ先……とは言えない。もう近いはずだ。
初日はなんてことはない。ただただ、バットを振り続けたくらいだ。ふと思った。お互いに打撃練習をしているなんて、珍しかった。投手と捕手の関係であったから、気付けなかった。
友達であったが、こーやって並んでバットを振るうのが一番、友達らしい。
「そーいや、和!」
「なんだ?」
「お前、バットを振る気がない時。バットの位置が下がるよな」
「!そうだったのか?」
「気付かなかったのか?」
大鳥が知っていた名神の癖は、当人すら気付いていない事だった。
「まー、見逃すって感覚はあるよ。早打ちは好かないからな」
「ははは。和らしいよ、そーいう考え」
「ふふふ。宗司もさ、二塁牽制の時」
「?」
「セカンドの位置を確認するだろ。胸回りで牽制するから、目で分かるセカンドに捕らせようとしている。俺も上手い牽制のタイミングを掴めないからだけどよ」
「刺す牽制はムズイんだよ!細かいところ見てんだな!牽制は走者を自由にさせないための手段だろ!俺にはお前から教わったクイックがあるんだ!お前の肩もある!」
「だな。でも、刺す牽制だってアウト1つだろ?また一つ上手くなろうぜ」
お互いの弱点じゃない。癖を共有する仲間。話せない事はあっても、話せる事はいくつもある。
その度に頭の中にある重圧が消えていく。
悩んで振り抜くバットと、気持ちよく振り抜くバットには違いがある。
ブンッ ブンッ
1日、2日、3日。続けていく。
それが積もれば、ぶつかり合うのが壁。もっと打つために、どのようなものが必要か。
強く振り抜く技術は掴めても、他者との差に絶望的な開きがある。己の限界を知り、短く握って、長打を捨てる。
空振り三振が恥じゃないフルスイングは、できないと悟っている。
前の試合で反省という意味をここで活かすのなら、名神がとった案は妥当なところである。
相手の良いところを見る力がある事は、相手を知る事に長けているわけだ。
己にも然り。
打撃というシンプルそうで複雑なことを一つに絞る勇気は、自己分析から成り立つ。
駆け引きなどは得意ではないし、むしろ苦手であるが。相手の得意を封じる打撃にはなれる。
「目標打率、3割」
難しいことだが、ガチャで見たら高いレベル。
相手の得意なやり方で自分が出塁すること。名神がイメージしたのは、小賢しいと言える打者のレベルであるが、立派な1人の打者だ。
空振りを避ける打者と言えば、感じ悪いが。
短いスイングで、ライナー性の打球をイメージし、内野の頭を超える理想像。特別に苦手と言えるコースを持たず、選球眼への意識も必要。
どんな投手だろうと、投げてくる球に苦手を持たないこと。
難しいことで華があるものじゃない。
速球打ち、厳しい内角打ち、外のボールの見極め。自分でも捕れるかどうか、分からない投手の球もあるだろう。
自然にやれるとしたら、打撃技術の向上は必然。
身に付いていく技術に、知恵の工夫は凡人達にとっては必要である。気付けることもまた成長。
気分転換でも没頭した打撃練習は、名神の抱えた不安をふっ飛ばした。それが守備などへの影響も出てくる。ハツラツとした動きを作る。
自分を信じた自分のまま、打撃に昇ろうとしていた。




