始まった逃避行
「やだよ。外なんかに出たくねー」
竜清はだるそうに布団をかぶった。
「竜清」
央利はあるサインを竜清に見せたくて、竜清に呼びかけるが竜清はふとんをかぶったまま昼寝をしようとしている。
誰も近くにいないことを確認すると、央利は竜清に言った。
「ぼくに精神感応を使って」
「やだよ。疲れてるんだよ」
「いいから」
大人しい央利の強い語調。竜清の好奇心を刺激し、竜清は央利に精神感応を試みる。
竜清の洞窟に大きな光が漏れている。央利が強く思っている事だ。竜清はそれに触れる。
央利の回想。邪悪な男がサイムズと言う超能力者のデータを使って作った武器が完成させ、データ元でもあり、対抗しうる力を潰そうと超能力者や研究員を明日の朝抹殺しようと言う心の声だ。
(瀬良太にはもう荷造りをさせている。明日の朝と言わず今すぐ逃げた方がいい。なるべく遠くに行くためにも)
概要が分かった竜清は央利に深くうなずいた。
竜清は外着に着替えるが、なんとそれの派手な事。
真っ白頭を隠すための帽子。
まず耳の付け根の縫い目を隠すための耳当て。
同じく首の縫い目を隠すためのマフラー。
縫い目をカバーしようと、長袖のシャツ。手袋。
長いズボンに帽子やマフラーに釣り合うようにコートを羽織る。
「竜清。その格好は外に出てからにしない?」
「……確かにな……」
着る前から想像していた事ではあった。暑い。
結局、竜清のリュックは結局着替えだけになってしまって、日用品が持って行けなくなってしまったが、仕方ない。
央利も荷造りを済ませ、私物を一切持って行かず、役に立ちそうなものだけを持って行くことにした。瀬良太がシャツを持って行かないと困るので余分に二枚のシャツを用意したが、着ないだろうなとも思った。
脱出するのは簡単だと踏んでいる。
裏口には誰もおらず、たまにくるトラックのために常に開放してある。
そこから三人は何度も外出した。門限までに戻ってくればお咎めなしだったからだ。
だからユニバースジャーニーごっこもいつもの遊びにも見えるだろう。
幸い誰にも見つからず、三人は超能力研究所を脱出した。
日が暮れるまで歩き続ける。
研究所は山奥にある。
山を下りて街に行けば、電車とバスがある。
央利は自分の生家に戻ろうと思っていた。
避難場所として最適、更に両親とも会える。正にこの状況にうってつけ。
研究所が襲撃されると聞いて、一番最初に行きたくなった場所でもある。
研究所が見えなくなるくらいの距離になると、竜清は今まで我慢していたがついに散歩をする時の歌を歌い始めた。
ならば瀬良太は棒きれを拾い、振り回しながら進む。
途中で怪人が出てきたらしく、歩みを止めて一人チャンバラを始めてしまった。
「瀬良太、行くよ!」
言っても無駄だ。終わるまで周りの音が聞こえなくなるか、聞かなくなるか。
仕方ないので央利と竜清は座って休憩を取る。
「ヒケンアーツ! ストーム燕返し!」
「き、効いてない……!」
「うわああぁぁーっ!」
繰り広げられる一人芝居。央利と竜清は何なんだと瀬良太の精神を覗いてみる。
すると自分が知っているヒーロー番組のパターンを貼り合わせているようで、今はパワーアップ回をやっているようだ。長くなりそうで、央利も竜清も顔を見合わせた。
それから十分ほど瀬良太はやられ続け、ついに逆転の時が来た。
「ぐ……」
よろける演技が驚く程リアルだ。それもそのはず。瀬良太は遊びではあるが幻覚の中の怪人と本気のバトルをやっており、実際にダメージを受けた気になっている。
「こ、こうなったら……、一か八かだ」
命と引き替えの最終奥義を繰り出すのだ。
「ハイパーアーツ! 金の鏡の銀光……!」
瀬良太は大きく飛び上がると、カッコいいポーズのキックを放った。
幻覚の怪人は散った。さあ、行こうかと央利と竜清は立ち上がったが、まだ続きがあるらしい。
瀬良太はバッタリと倒れたまま動かない。
「なげーよ!」
竜清がついに言うと、瀬良太はむくりと起き上がった。
「これからがいい所なのに」
遊びながらの瀬良太を央利は急かしながら歩かせる。
「こんな調子じゃ今夜は野宿しないと行けないよ」
「そう言えば、どこまで行くの?」
「ぼくの家までさ」
央利が言うと、瀬良太はびっくりして飛び上がった。
「央利の家ってすっごい遠いじゃん!」
「だからユニバースジャーニーなんだよ」
瀬良太はすぐに納得したが、一つの疑問がわき起こる。
「黙って出てきちゃって良かったの? 門限守れないよ」
央利は事情を話してもいいかも知れないと思ったが、瀬良太が猛ダッシュで戻ってしまうことを考え、別の言葉で言い換えることにした。
「いいんだよ。じゃないと何にも楽しいことが出来なくなるよ」
遊ぶ元気も徐々になくなっていき、三人とも口を開かなくなっていた。
それでも歩くこと二時間。
「もー疲れたよー! 帰ろー、おなかへったー!」
瀬良太はだだっ子のようにぐずり始めた。
「もうすぐ街に着くから、そこで一息いれよ」
すっかり日は落ちていた。
門限もとっくに過ぎていて、もしかすると研究所は大騒ぎかも知れない。
だからギリギリまで出発を粘ろうかと思ったが、乗り物がないので、距離を稼げない。すぐに追いつかれてしまう心配があった。
遊びながらの瀬良太を連れてでは、日が落ちるまで歩いて研究所のある山をやっと下山だ。
夜に抜け出していたら瀬良太は眠たがって、同じ時間歩いて下山する事は難しいだろうと想像は容易に出来た。
ヘリコプターの音がした。ライトが辺りを照らし出す。
「まずい、追っ手だ! ほら、隠れて!」
央利は瀬良太と竜清を促して、木の陰に隠れる。
「遅すぎたんだ……」
央利は爪を噛んだ。
「ねー、なんで隠れるの? 迎えに来てもらおうよー!」
疲れと空腹で瀬良太は駄々をこね出す。
「おい、瀬良太に事情を話した方がいいんじゃないのか」
竜清は言った。央利もそうした方が瀬良太を黙らせると思えた。
しかし、瀬良太が研究所を守ろうと立ち上がる事を考えれば、黙っておく方がいいと思った。
「ねえ、瀬良太。おもちゃ屋さんに行ってみたくない?」
「おもちゃ屋さん?」
瀬良太は途端に興味を示し出す。
「そうだよ。研究所に支給されるようなものじゃなくって、今やってる旬のおもちゃがいっぱいだよ!」
外から来た央利は研究所で取り扱うテレビ番組やビデオが、超能力者に外の世界の情報を知らさないようにするものばかりだと気付いている。
瀬良太が好きなヒーロー番組も時代の写し鏡の役割を成さない全く古いものか、全く地球とは違う世界のものだったりする。
竜清の歌のレパートリーも子供向けの歌番組のものが殆どだ。
「オイラおもちゃ屋さんに行きたい!」
「じゃあ、見つからないようにしなきゃね。絶対おもちゃ屋さんに行っていいよって研究所の人は言わないでしょ」
超能力を全く使ってなかった事が幸いして、ヘリコプターをやりすごす事が出来た。
「いい? 超能力は絶対に使っちゃダメだよ。反応が出るからすぐに追ってくるからね」
央利が二人に言うと、瀬良太も竜清もうなずく。
「精神感応もダメだよ」
更に念を押す。
「疲れるからやらないよ」
瀬良太は精神感応が苦手なので、真っ先にその可能性を否定した。
「おれはお前が使わないかの方が心配だぞ」
竜清も言う。央利がリーダーっぽいのが気に入らなかったからだ。
周りを警戒しながら街まで歩く。
「ねえ、おもちゃ屋さんって夜開いてないよね」
さすがの瀬良太もそれくらいは知っているようで、つまらさなそうに言った。
「明日のお楽しみ。ごはんどうしようか」
三人とも空腹は限界で、央利は自分のリュックにスナック菓子があるくらいしか食べ物の心当たりはない。
「寝る場所も考えなきゃな。おれは堅い地面に寝るのは嫌だぞ」
竜清はハッキリ言った。
央利は竜清のベッドが特別柔らかく作られたものだと今更ながら思い出した。
「とりあえず街に行ってみようよ。何かいい考えが思いつくかも」
央利はそう言っては見たものの自信はなかった。
持ってきたお金は少ない。電車とバスで使おうと思っているが、三人分足りるかどうか怪しいので、お金はないものと考える。
竜清と瀬良太がいくら持ってきているのか知らないが、この二人のお金も電車とバスで使いたい。
竜清はともかく瀬良太が言うことを聞かなさそうで困る。
しかし、瀬良太が沢山のお金を持っているとは考えにくいので、竜清だけ協力してくれればいいと思った。
「ねー、休憩しようよ」
瀬良太が言った。「もうすぐ街でしょ」央利は瀬良太を歩かせる。
「お腹減ったってばー」
「うるせーぞ、黙って歩け!」
竜清が怒鳴ると、瀬良太は本当に嫌な気分になる。
おもちゃ屋さんに行ったら、すぐに帰ろうと瀬良太は堅く心に誓った。
やっと街が見えてきた。
「見てみて! 街だよ!」
螺君町と言う山沿いにある小さな街だ。
竜清は街に入る前に用意したあの厚着に着替えた。
央利は瀬良太にシャツを着るよう促したが、瀬良太は拒否した。
田舎町なので、街の灯りは既に消えかけていて、明るい方にと歩いていく。
いわゆる夜の街だ。風俗の店がいくつか建ち並び、目に付いたのが『ホテル白濁荘』
「ホテルなんてあったんだぁ! しろ……、なんて読むの?」
瀬良太は嬉しそうに声を上げた。竜清も央利もラブホテルとは気付かない。
「読みなんて何でもいいじゃないか。とりあえず野宿だけは避けられそうだな」
「……ねぇ、竜清。お金持ってる?」
竜清は三千円を取り出した。
「これで全部だ。お前も当然持ってきたんだろうな?」
央利が持ってきたのは八千円だ。だが、これは交通費だ。
「瀬良太はお金持ってきた?」
竜清は央利が何を考えているのが精神感応したくなったが、ぐっと我慢した。超能力を使えば痕跡として残ってしまうからだ。
「オイラすげーんだぜ!」
瀬良太が取りだしたのは、やけにくたびれた千円札四枚、じゃらじゃらの五百円玉と百円玉。瀬良太の話だと全部で一万円あるらしい。
貯金でもしていたのだろうかと央利も竜清も思った。
「央利、お前はいくらなんだ」
「八千円。でもこれは交通費にって考えてるんだ」
「二万一千円あるんだな。入るぞ」
竜清は白濁荘へと入っていく。
「あっ、竜清……!」
央利は料金次第では諦めてもらおうと考えながら竜清に付いていく。
瀬良太は自分の一万円が使われないようにと慌てて追いかけた。




