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人の心の景色はね

 朝八時。

 少年は目が覚めると、大あくびをした。

 まだ眠そうな足取りで、ベッドを抜けるとトイレに行く。

 壁の模様は青空で、ヒーローのポスターやカレンダーがいくつも貼ってある。

 子供が好きそうな色や形を使っているのにもかかわらず、どことなく無機質で暖かみを感じない部屋であった。

 少年がトイレから出てくる。

 少年の格好はパジャマのズボンに半裸の姿で、外着に着替えるためにタンスを開ける。ズボンばかりが出てくる。

 少年はお気に入りの青い半ズボンを選ぶと、パジャマのズボンをベッドに投げ捨てて、用意した半ズボンと交換した。

 上半身には何も身につけずに着替えはおしまい。少年に取って、ズボンこそが身につけるべき服のようだ。

 この裸の少年は瀬良太と言った。

 やんちゃな元気者で、愛嬌者。甘え上手で周りから可愛がられるタイプだ。

 着替えが終わると、元気に部屋の外に飛び出した。

 部屋を出るとすぐに広い部屋がある。

 少年の部屋と同じく無機質さのある子供の広場。

「おはよう、瀬良太。相変わらずお寝坊さんだね」

 からかうように一人の少年が現れた。

 この少年は伊野央利と言う。

 大人くて気立てのいい子だ。 

 瀬良太とは同じ年だが、央利の方がすっかりお兄さんである。

 瀬良太はいつものように愛嬌のある笑みを浮かべだした。

「おはよう。央利。でも、今日は割と早起きなんだぜ」

 いつもは寝たいだけ寝る。誰も咎めないので、寝たい放題なのだ。

「朝のキスして」

 お兄さんのようだが、恋人である。

 瀬良太は言うままにキスしてあげた。

「全く、毎朝毎朝同じ事やりやがってよぉ」

 見ちゃいられないとばかりに言ったのは竜清と言う少年だ。

 二人の少年とは明らかに風貌が違った。

 老人のような白髪頭に、出来の悪いぬいぐるみのような縫い目が体の関節と言う関節にあった。

 作り物かと疑ってしまうほどの容貌である。

 この三人は仲良しで、いつも一緒にいる。

 そして共通の能力がある。それは精神感応者と言う事だ。

 人の心に同調して精神を読み取る事が出来る不思議な力だ。

 この能力に目覚めた人間はその能力を必死で隠す。

 精神感応者であると言う事はそれだけで人の精神の脅威になるのだ。

 しかし、この三人はそう言う訳にも行かなかった。

 この青空模様の壁の建物は超能力研究所で、三人はその被験者。

 超能力研究所には多くの子供達が住んでいるが、やはり同じ能力者でも精神感応者は避けられる。

「今日は検査の日だっけ」

 瀬良太がぼんやり言った。

「そうだよ。もうすぐね」

 央利が瀬良太にいちゃつきながら答えた。


 瀬良太の検査の番が来た。

 白衣に身を包んだ研究員が慣れた手つきで瀬良太のこめかみの部分に精神波測定器を取り付けた。

 ペタペタといくつも超能力を感知する機器を腕に、胸に取り付ける。

 瀬良太は新世代と呼ばれる人工的な超能力者だ。

 優れた超能力者の遺伝子を掛け合わせて作られたため親はいない。

 外の世界を知らず、好き勝手を許されてきたので上半身裸を普段着にしており(本人曰くアマゾンキッド)ヒーローごっこに明け暮れる毎日だ。

「さあ、今日は意識の中層まで精神感応を伸ばしてみようか」

 言われた瞬間、瀬良太は不安げな表情を浮かべた。

「オイラには、どうがんばったって表層までしか無理だよ」

「訓練を積めば今に深層まで進むことが出来る。央利はそうだろう?」

 瀬良太は目を閉じて意識を集中させる。

 精神感応の能力を開放したのだ。

 瀬良太に光が閃いて、オレンジ色の海に気泡が広がる。

 うまく同調出来た。研究員の精神に文字通り感応している。

 途端に胃が気持ち悪くなる。そして軽い吐き気と、強い眠気。

 徹夜明けの体が、コーヒーで胃もたれを起こしているのだったが、瀬良太には理解できない体調だった。

 そうして触れた意識の表層。

(訓練を積めば超能力は伸ばせるはずだ。そういった論文も発表されている)

 そして瀬良太には理解できない高度な内容の論文やら何やら出てくる。

(瀬良太は中層まで進むことが出来るだろうか)

 心配の感情ではない。好奇心だ。今の瀬良太に取って、自分は他人になっている。

 完全に研究員の精神と同化している。

 瀬良太は精神の海を泳ぐ魚。意識の中層まで潜ろうと精神を集中させる。

 しかし、もうこれ以上潜れない。どうにも心が押しつぶされそうな感覚がする。海で例えるならば深海の水圧だろうか。潜れば潜るだけ光が消えて、自分の精神も消えてしまいそうだ。

 もうちょっとだけ頑張ろうとしたが、もはやこれまで。

 瀬良太は精神感応を強制解除して、目をカッと見開いた。

 体中は汗でまみれて、呼吸も荒い。

 精神の半分以上がすり減ったようだ。

 胃のもたれ、睡眠不足の症状は解消されている。

「だ、ダメだよ、やっぱり……」

 精神感応の目的である読心もろくにできず、瀬良太は取り込まれそうになるのから逃げてきただけであった。

「いい数値出ていたよ。訓練を続ければ今にきっと中層まで辿り着けるよ」

「オイラは精神感応より、自己強化の方を鍛えたいな!」

 汗を拭って瀬良太は言った。

「じゃあ、自己強化の方を試してみよう」

 研究員は用意した鉄パイプを差し出した。

「これを蝶結びにしてほしいな」

 瞬間、瀬良太の手には変身ベルトが握られていた。

 それを腰に巻く。ふうーっ……、と力を込めて息をつく。

「リバース・アップ!」

 ポーズを取るついでにバックルに付いた変身スイッチを押すと、瀬良太は無敵のヒーローに大変身!

 ベルトや変身した姿は瀬良太の想像上のものにすぎず、瀬良太はいつもの裸のままの姿だ。

 無敵のヒーローに変身した、と言う自己暗示が瀬良太の自己強化能力を開放する仕組みになっている。

 まるでスポンジの棒を曲げるように、瀬良太は硬い鉄パイプを蝶結びにした。

 力だけではない。ジャンプ力も走力も。パンチの破壊力だって上がっている。

 ヒーローの強化スーツを纏っていると思っているので、皮膚だって石や鉄のような強靱さを持っており、正に人間兵器である。

「想像以上の力だ! よし、運動テスト室に行って詳細なデータを取ってもらって」

 研究員はここで他の超能力者の検査を続けなければいけないのを残念に思いながら、携帯電話を用いて運動テスト室のスタッフと連絡を取る。

「じゃあ、行ってきて」

「う、うん……」

 ここにいて竜清達の検査を見守りたかったのだが、検査や研究の事になると瀬良太のわがままも通じなくなるので、仕方なしに瀬良太は言われるまま運動テスト室に向かった。

「竜清、入ってきて」

 次は竜清の番だ。

 竜清も瀬良太と同じく新世代の人工超能力者だが、一度体を全部バラバラにされ、五人分の精神波を増幅する神経を移植され、体をつなぎ合わされたと言う大いなる実験が試みられた。

 五人分の神経を持っているのだから、五つ超能力を持つことが出来るのではないかと竜清に期待がかかったが、竜清が持っている超能力は精神感応と念動力の二つだ。

 どんなにがんばっても一人に二つが限界かと随分と議論が繰り広げられた事もあった。

 研究員が精神波測定器を取り付けようとすると竜清は怒鳴った。

「やめろ! 自分で付ける!」

 怒鳴った訳は、竜清は極度の痛がり症だからである。

 五人分の神経は主に竜清の痛覚を暴走させてしまっている。

 本当は縫い目なんて全て覆い隠してしまいたいのに、重い服や、服がこすれる度に強い痛みを感じてしまうのだ。

 そのため瀬良太の裸までとはいかずとも、竜清は薄手の服を着けざるを得ない。

 竜清はおそるおそる精神波測定器を取り付ける。肌に機械を押し当てるだけでも、強くつねられているようだ。

「竜清、君は意識の中層まで行けるんだったね。深層まで行けるかどうか試してみよう」

 竜清は精神感応の対象である研究員を少し見つめ、精神を捕まえる。瀬良太程集中しなくてもいい。

 暗い洞窟が見える。光が漏れている。その光を竜清は確かめる。

(あぁ、瀬良太の自己強化がどれくらいのものか確かめたかったなぁ)

 瀬良太の場合、精神を擬似的に一体化させてから読心を試みるが、竜清の場合はある程度自分と相手を分離させての読心が可能だ。

 そのため、研究員の体調が悪い事も分かったが、竜清の気分まで悪くなることはなかった。

 一つ一つの光を確認していく。

 奥に進めば進む程、意識の深層に近づいていく。

 光は一向に差し込んでいない。読めないのだ。

 それでも進んでみるが、ふと、入り口が崩れていくような予感がする。

 一歩進んでいく度に、洞窟が崩れていくような恐怖感が襲う。

 限界が来たと悟り、竜清は意識を戻した。

「深層は無理だ。央利が出来るんだから、おれはやらなくていいだろ」

「うーん。いつも通りの数値だねぇ。本気じゃないって言うか」

「精神感応はお前らが思ってる程楽じゃないんだぞ」

「でも、意識の深層まで読めれば、相手の過去の記憶や無意識まで探れるんだよ」

 素晴らしいじゃないか、と研究員が言うと、竜清は一蹴した。

「本能レベルでこの体が気持ち悪いって思われてるの知るだけだぜ」

 思わない訳がないのだ。この呪われた体に忌避感を覚えない人間がいたら、それは人間として欠陥しているか、究極に竜清に関心がないだけだ。

「じゃあ、念動力の方を行ってみようか」

 重さが三十キロにもなる鉄球を強化ガラス越しに操れるかと言う実験だ。

 竜清は念動力ならもっと鍛えたいと思っていた。

 動かし方が悪いと苦痛を訴えるこの体を出来るだけ動かさないようにするには、念動力をもっと鍛える必要があるからだ。

 対象物を精神波を送るために、じっと見つめる。

 強化ガラスが邪魔をして、うまく精神波が行かない。

 鉄球がぐらぐら揺れる。作用はしているが弱すぎるのだ。

「ちくしょーっ! 飛べーっ!」

 渾身の力を精神波に込めて、竜清は叫んだ。

 瞬間、鉄球は飛び上がって強化ガラスにひびを入れた。

「すごい! 浮かせるくらいだと思っていたのに!」

 研究員は測定器の出した数値に目を見張った。

「疲れはどう?」

 瞬間的に強い力を出せても持続力がないと高い評価は出来ない。

 竜清はかなり疲労しているようだ。

「ちょっと疲れたけどまだ平気だ」

 精神感応など使わずとも強がりだと分かったので、研究員は竜清を休ませることにした。

「検査は終わりだよ。部屋に戻って」

 竜清はまだ続ける気でいたので不満に思った。席を立って部屋を出るまでに出来るだけの精神感応を試みた。

(出力はすごいが、持続力に問題があるのか。かなり無茶な、実験的な調整だったからなぁ。再強化して、再調整すればもっと伸ばせると思うけど、本人は嫌がるだろうなぁ)

 竜清は面白くなくて舌打ちをした。

 再強化、再調整。どちらも体や脳を直接いじって、精神波の調整をするものだ。

 研究員達は超能力者にもっと努力を訓練をして超能力を伸ばそうと言っているが、そんなものは建前に過ぎず、先天的なものから特に変動しないと言う結論に落ち着きつつある。

 訓練を続けて力が強くなったように感じるのは、単に使い方が上手くなっただけである。

 ドアを開けると央利がいた。

「どけ」

 仏頂面で央利を端に追いやると、竜清はのっしのっしと戻っていった。

 検査の後の竜清は機嫌が悪いので央利は別に気にもしない。

 一度気になって心を覗いてみたが、モルモット扱いされているのを精神感応で知ったか、精神力を消耗し痛覚の制御が出来ないかのどちらかだったので、今回もどちらかだろうと結論づけて、央利は検査を受けに行った。


 央利も精神波測定器を取り付けられると検査が始まる。

 央利は瀬良太や竜清とは違い、天然の超能力者だ。

 持ってる能力も精神感応一つだが、超能力研究所を満足させるだけの力、人の意識の深層にまで感応することが出来る。

 調整や手術なしでのこの力は大いに研究者達をかせた。

 今でも央利のデータは頻繁にやりとりされるくらいだ。

「じゃあ早速検査を始めようか」

 央利は精神感応を始める。

 研究員はじっと測定器の数値を見る。今回の検査はこの数値が全てなので、どのように精神感応を行っても差し支えない。読む内容も問わない事になっている。

 央利は白鳥となって、精神の空に羽ばたいた。

 どんよりと暗雲がたれ込めている。

 体調が悪い、気分が悪い事が伺える。大人の精神世界は大体そうだ。

 楽しみや嬉しい事は真っ白な雲。悩みや不安なら黒い雲。

 今の瞬間強く思っている事なら、大体が雲の大きさで分かる。

 恋をしている雲なら、光を孕んで輝いている雲だ。央利は一番興味のあるこの雲に突っ込んだ。

(メールの返事が三日来ない……。興味ないのかなぁ……)

 かわいそうに。かなり惚れ込んでいるが、どうにも積極的になれず休憩室に一緒になった時にコーヒーをご馳走するのがせいぜいで、この前メールアドレスを思い切って聞いたはいいが、上手くメール交換が出来ていないようだ。

 相手は同じ研究員なので、ただ単に忙しいと言う可能性を考え、己を慰めているようだ。

 央利は意識の深層まで羽ばたき、この研究員の恋と言う恋を探る事にした。

 典型的な奥手で、付き合う所まで進めても刺激がない、つまらないと言う理由で振られてしまうことが多いようだ。

 一時は体を鍛えてもいたが、根本的な恋愛オンチで女の気持ちを考えられない性分のようだ。本に書いてある事を鵜呑みにして色々やってはみるが、やはり形だけなのを見抜かれ振られてしまったらしい。

 央利はつまらないと思った。もっと身も心も焦がすような熱い熱い恋が見たかったのに。愛してると言う魔法の言葉で高揚し合う精神が見たかったのに。

 つまらないので央利は意識を戻した。

 恋愛経験のない大人なんて央利に取っては無価値も同じだった。

 央利は恋愛を異常なまでに求める。

 そう言う性分なのだと言ってもいいが、超能力者の場合ともなると少し話が違ってくる。

 未だにメカニズムは解明されてはいないが、超能力者は各々が強いこだわり、妙な癖を持っている。

 央利の場合は異常なまでの恋愛への興味、関心、実践だ。

 瀬良太と恋人をしているが、央利自身がホモセクシュアルだからではない。瀬良太しか恋人をやってくれないからの妥協である。

 もし年の近い女の子が恋人をやってくれると言うなら央利は喜んで瀬良太を捨てる。

 そして、その計画も考えてある。

 瀬良太に女の子とよろしくやってる所を見せて、瀬良太を激しく嫉妬させる。そしてドロドロの一悶着の後、新しいカップルが誕生すると言うものだ。

 瀬良太の性格を考えれば、嫉妬なんてせず、肩の荷が下りたと言う感じだろうから、なんとかして瀬良太を嫉妬させてドロドロの一悶着を作り上げねばならないと央利は常日頃から考えている。

 瀬良太の場合はヒーローごっこだ。

 遊びたい、つまらないと思った瞬間、怪人が人を襲う幻を見る。

 その幻はもはや現実で、瀬良太は変身アイテムを片手に躍り出る。

 パントマイムなので、微笑ましい子供の遊びにも見えるが、遊ぶことが許されないシチュエーションの場合でも瀬良太はヒーローごっこを構わず続ける。

 竜清はその風貌に似合わず歌う。

 朝起きた時の歌。朝ご飯を食べる時の歌。ごちそうさまの歌。遊びを始める時の歌。数え切れないほど細分化されて、シチュエーションに合わせて歌う。

 検査の時は竜清が歌を始めるタイミングを上手くずらしてから行うので、今回の検査の時竜清は歌わなかったが、もし歌のシチュエーションになっていたら、検査なんてほっぽり出して竜清は歌っただろう。

 ただの癖や趣味ならいいが、超能力者のそれの場合、我慢する事に極度のストレスを覚える。

 瀬良太がヒーローごっこを止められた場合、幻の怪人が人を殺し続ける。教われる人々の悲鳴や血に瀬良太は発狂しそうになる。

 竜清が歌を止められた場合、大地はひからび、空は枯れ、世界は豊かさを一切失ってしまう。

 央利の恋愛が止められると、行き場のない愛が虚しく彷徨い、人形や動物に愛を語り始める。

 これらは超能力者の発作とも呼ばれる。元々超能力者自体表立ったものではないので、研究者達の間でだけそう呼ばれている。

「もういい?」

 央利は淡泊に言った。つまらない大人だと感じると、無意識的に央利が取る態度だ。

「じゃあ、精神感応はしなくていいから、精神波だけ強く出してみて」

 精神波の数値を測定すると央利の検査は終わり。

 退出していいと言われて、央利は瀬良太を探しに行った。

 運動テスト室に行ってるのはドア越しに聞こえたので、央利はまっすぐ運動テスト室に向かう。

 この超能力研究所には、大人から子供まで数多くの超能力者が存在する。

 央利の事を知っている者が央利を見ると、足早に通りすぎていく。

 いつもの光景。央利は気にもしないが、たまに思う事がある。

 それは精神感応を行うのは、超能力を使う、つまり精神力を高め、消耗する事だ。

 相手の事をじっと見ただけでは心を読むことは出来ないし、楽でもない。

 央利は意識の深層まで感応する事が出来るが、竜清は今何を考えているかの中層、瀬良太は強く思った表層しか読むことが出来ない。

 そして、央利の何倍も精神感応を行うのに苦労する。

 なのに超能力を使う苦労を知っている者でさえ、精神感応者と言うだけで央利達を避けるのだ。

 相手の弱みを見つけようと精神世界を隅から隅まで探索するのは、それだけで体中のエネルギーがからっぽになってしまうのに、そうだと言った事もあるが、やはり避けられるのに変わりはなかった。

 人に見せたい正の自分のイメージ。それを精神感応者は根本から崩してしまうらしい。

 心の中で毒づく事も、悪く思う事も出来なくなる。

 一切の心の自由の剥奪になってしまうようで、一方的に見透かされていると言う見下されているにも似た劣等感。

 お互い精神感応者同士ならそんな事も起きないのに、と本来社交的な央利が常に残念に思うことだ。

 ふと足が止まった。

 研究者用の車しかここには来ないのに、黒い高級車。

 一人の太った中年の男が、ボディーガードなのだろうか。屈強な男達に囲まれ、案内され出てくる。

 そのまま行ってしまっても良かったが、お偉いさんなのだろうか。

 妙に気になって、精神感応を試みる事にした。

 この距離なら行けて中層までだ。何を考えているのか、どんな人格なのか少し読むだけなら差し支えないだろうと考えた。

 央利は白鳥となって中年の男の精神世界に飛び込んだ。

 真っ黒な空だ。気分が悪いわけではない。邪悪な人格だと象徴しているのだ。

(気持ちの悪い異常者の豚箱か)

 超能力研究所をそう思っているようだ。

(本当は来たくなどなかったが、出資者として最後の挨拶くらいはせんといかんな)

 最後の挨拶……? 央利は詳細を探るため中層にまで潜り込む。

(サイムズが完成した。もはやこの研究所は不要だ)

 どす黒い思念に央利は気分が悪くなっていく。取り込まれないように細心の注意を払いながら心を読み取っていく。

(ここの超能力者とそのデータ。それを知っている職員を明日の朝処分する。そうすれば、超能力の力はサイムズの中にしか存在しない事になる。ここの超能力者は最高の力を持った者達ばかりなので、仮に超能力者を処分しそこなったとしても反抗できるものなどいないだろう。そう、ここの者達さえいなくなれば)

 急な息苦しさ、恐怖感を覚えて央利は急いで精神世界を脱出した。

「あ……明日の朝だって……?」

 もう二度と飛び込みたくなかったあの邪悪な精神。

 うかつに深層まで飛び込めば、間違いなく央利の精神に異常をきたしたであろう邪悪さと我の強さ。

 もっと探りたかったがこれが限界。構えていなかったのもある。

「大変だ……」

 サイムズと言うものがどんなものかは分からなかったが、武器、破壊、強いと言うイメージで、それを使いここにいる者達を皆殺しにすると言う。

 どうすればいいのかすぐに思いついた。

 央利、瀬良太、竜清の三人で逃げるのだ。

 だが、瀬良太は嫌がるかも知れない。悪い奴らが攻めてくるなら、ヒーローとして戦うと言いかねない。

 なら戦うか? ここには超能力者は数多くいる。

 しかし、指揮するものがおらず、超能力者は超能力が使えるだけで戦闘訓練を受けていない。

 軍隊のようなものが乗り込んできたとして、太刀打ちできるとは到底思えない。

 央利の手に余る。職員の誰かに知らせてみるか?

 あの邪悪な男の耳に入るかも知れない。内通している者もいる可能性がある。

 あの男が帰った瞬間、外出禁止令が出される、最後の晩餐のような催しが開かれて外に行けなくなる可能性もある。

「央利、大丈夫? なんか顔色悪いよ」

 瀬良太が心配そうに央利の顔を覗く。

「あ……、瀬良太……」

 今精神感応されたらまずいと思い、必死で自然に瀬良太を外に連れ出す方法を考える。

「瀬良太、ユニバースジャーニーごっこしない?」

「なにそれ!」

 ユニバースジャーニー。一昨日見た映画だ。子供達だけで宇宙旅行をすると言う内容で、大事な荷物を集め、誰にも内緒で遠出をすると言う正に逃げるための名案だった。

「誰にも見つからずにリュックサックに荷物を詰めてね、旅行するの」

「おもしろそー!」

「いい? 誰にも見つかっちゃダメだよ」

「うん!」

「リュックサックには着替えとね、大事なもの。それとおやつ」

 野宿が予想されたが、手に入る食べ物と言えばお菓子くらいなもので、央利はそれが心配だった。

 瀬良太は何を詰めるのか考えながら急ぎ足で部屋に戻った。

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