第6話 変わりゆく世界
ダンジョンの入り口まで戻ると何やら係の冒険者が大わらわだった。
「なんだろ?」
半裸で外に出るわけにはいかないのでM/Mを操作して学生服に着替える。
「さあ、なんぢゃろな~」
吹けない口笛を吹くふりをしながらあさって方を向くセシルちゃん妖精。
「誰だかさんがゴブリンを消し去ってしまったからではないか~?」
「ははっ、まさか、そんな、――!?」
例の女冒険者と目が合った。ぼくを目の敵にする、あの受付の女冒険者だ。
「おっ、お疲れ様で~っす」
無慈悲な罵詈雑言が飛んでくる前に足早に彼女の前を通り過ぎる。
いや、通り過ぎようとしたのだ。
「あ、あの!」
呼び止められた。
聞こえないふりをして通り過ぎる、という選択肢もあったが……、
次に会ったときに何をされるかわかったものではない。
「な、なにか?」
相手の心証を多少でも良くしようと、できる限りの愛想笑いでそう応えた。心証を良くすれば、無体なことをされても、ちょっとは加減してくれるかもしれないからね。
「え、え~と、その、あの……」
なぜか、もじもじとしだした。……トイレかな?
心なしか顔が赤いようも見える。……風邪かな?
「わ、わたし、時津楓子といいます!」
「――え?!」
なぜ、いまさら自己紹介?
よく似た別人? いや、違う。ダンジョンに入るときに受付をしてくれた人だ。
しかし不思議なことにぼくに対する悪感情を感じない。
むしろ好意的? ……いや、そんな馬鹿な!
「今、ダンジョン中のゴブリンが突然消失する、という事件が起きてまして――」
「……、……、……ダンジョン、……中?」
「ええ、それで冒険者の方に聞き取り調査をしているのですが、何か普段とは違う異変のようなものを見たり聞いたりしていませんか?」
「え、え~っと……」
何気なくセシルちゃん妖精を見ると、ぷいっとそっぽを向かれた。
この反応、って……まさかっ!! ぼくのせい!?
「統合冒険者本部でも事態の把握ができていない状況でして――」
「は、はあ……」
「あっ! お引き留めしてしまい、すみません! 冒険帰りでお疲れですよね! 任意の事情聴取なので、どうぞお帰りください!」
女冒険者――時津さんの好意に甘え、その場をそそくさと後に、
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
呼び止められた。
「な、なにか?」
「こ、これ、わたしのM/Mのアドレスです」
「――はぃ?」
ぴこぉん、と電子音を鳴らし、視界の端っこ――【バロール】の片隅に「時津楓子のM/Mアドレスを入手しました」の文字がポップした。
「な、何か思い出したことがあったら連絡ください!」
「は、はあ……」
「そうでなくてもご連絡待ってます!」
「――はぃ?」
どういう意味だろう? 情報以外に何を連絡しろと?
「では道中、お気をつけて!」
「はあ……」
斜め九十度の見事なお辞儀をする時津さんに見送られ、今度こそダンジョンを後にする。
「なんなん?」
「よかったではないか、無体に扱われずにすんで」
「そうなんだけど……ちょっと対応が変わりすぎでは? ぼくを誰かと間違えたとか?」
「どうぢゃろうな~」
しっしっし、とどこかの犬みたいに笑うセシルちゃん妖精。
明らかに何かを知っている風なんだけど……本当に、なんなん?
妙なことは続いた。
いつもの帰り道を、いつもの帰っているのに、やけに人の視線が気になる。
のっしのっしと街の大通りを歩く185センチの巨漢が目立たないわけがないので、いつものことと言えばそうなのだが、今日は何やら視線の色が違う……ような気がする。
いつもは好奇多めに、嫌悪が少々、侮蔑を隠し味にした、不快しかない視線なのに、今日の視線は、憧憬と好意と敬意が絶妙にブレンドされた、背中が痒くなるような視線だ。
「ぼくの顔になんかついてる?」
不安になったので、隣でふわふわ飛んでいるセシルちゃん妖精に聞いてみた。
「目と鼻と口がついている以外は、特に何も」
「眉毛は? 片方だけ剃れてない?」
「両方ちゃんとあるぞ。もみあげもな。鼻毛がもうちょっとで飛び出しそうぢゃ」
「じゃあ、違うか」
鼻を弄りながら首を傾げる。
「あ、あの! ちょっといいですか?」
そのとき、見知らぬ女の二人連れに声を掛けられた。
「……な、なにか?」
突然のことに、思わず警戒心むき出しで問い返してしまう。
「写真一枚いいですか?」
どういう意味? ちょっと意味不明だ。
そうしている間に、女の人は携帯電話を向けてきた。
ああ、そういうこと……
なるほど。女の人はぼくの写真を撮りたいらしい。
同時に、こうも思った。
(ぼくの写真を撮るのにわざわざ許可を取るなんて奇特な人だな)
前に写真を撮られたときなんて無許可だった。
無許可で撮られて、無許可でネット記事に上げられた。
『オーク、街中をトン走中!』
酷い見出しがつけられ、しばらく近所では悪い意味で有名になったものだ。
「だ、ダメですか?」
無言を否定と思ったのは、女の人は酷くしょんぼりした様子で聞いてきた。
「ね、ネットとかに上げないのであれば……」
正直、写真を撮られることに良い感情がないが、しょんぼりした女性が可愛そうに思えたので、思わず許可してしまった。
またネットとかSNSに上げられて、笑いものにされるに決まっているのに……。
「あっ、ありがとうございます! 10倍くらいに拡大して額に飾らせて貰います!」
「んなっ、大げさな……」
「いつ頃デビューですか? 映画ですか? テレビのドラマですか? あっ、よかったら、お名前を聞いても良いですか? あっ、あっ、サインなんて貰っても?」
「でびゅ~? さいん?」
何やらぐいぐいとくる。意味不明。B級映画にも出演の予定はないのに。
でびゅ~ってなに? ぼくのさいんなんて何に使うの?
昔、祖母が貰ってきたという某有名俳優のサイン色紙は、現在でも鍋敷きとして役立っているが、果たして自分のサインは何の役に立つのだろうか、とんと想像がつかない。
メモ帳代わりに使われて、うっかり捨てられるのがオチのような気さえする。
「せめてお名前を聞いても?」
「え、いや、それはちょっと――」
「春空、早く帰るぞい!」
絶妙なタイミングでセシルちゃんが声を掛けてくる。
絶妙――いや、目が合うと「しししっ♪」と笑ってる。確信犯の笑みだ。
「ハルクさんって言うんですね! 緑の化物みたいで格好いい名前ですけど、全然似てませんね!」
「そ、そうかな?」
昔は全身を緑に塗ればそっくり、と言われたものだが。
……痩せたからかな?
「応援しています。がんばってくださいね!」
「は、はぁ……」
とりあえずこの場を逃げるように去る。
(何を応援されるのだろか、ぼくは?)
不可解さにいくら首を捻っても、答えなど1つも出なかった。
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