第4話 ハイエルフ覚醒
(しかし、さっきのは……)
ゴブリンの行方は気がかりだったが、それ以上に七色を帯びた何かが気になった。
試しに、なんとなく、でろ~、でろ~、って感じてやってみた。
「――うぉ!」
本当に出た。
驚いた拍子に、また霧散してしまったが。
「い、今のは……『魔力』?」
一度、祖母の『魔力』を見せて貰ったことがある。
七色ではなかったが、赤、青、黄色の三色で、やはり風のような形態だった。
試しに、と言って、庭先の木を燃やして曾祖母に酷く怒られていた。
祖母曰く「所持者の思惑一つで、物体の生殺と存在のあり方を変容できる」らしい。
次に、曾祖母が焼け焦げた木を『魔力』で包み、元よりも大きな大木にした。
そのときの曾祖母の『魔力』も七色だった。
その後、母親の『魔力』で木は元に戻った。凄い手品を見た思いだった。
『次はお主の番ぢゃぞ?』
曾祖母にそう勧められた。
『そろそろ春ぢゃから、こやつを桜に変えたら花見ができるの~』
結局、ぼくの『魔力』は弱すぎて、庭先の木の枝先も変えられなかったが、さっきの七色を帯びた何かは、前に見せて貰った曾祖母の『魔力』とそっくりだった。
『魔力とは理に反逆する力ぢゃ。無に有を生み、あらゆるものに理不尽を強い、不合理を是とする、まさに「魔」の「力」。「魔力」なきものに抗う術はないのぢゃ』
ふと曾祖母の言葉が蘇った。
(なら「死ね」と命じたら「死ぬ」ってことか?)
まさかね~、と心の中で笑いながらも、目はしっかりとゴブリンを追っていた。
――試してみたい。
渇望にも似た衝動に、ごきゅんと生唾を呑み込む。
これが本当に『魔力』なのか。
本当に『魔力』だとしたら何ができるのか。
今からでも遅くない。ゴブリンを追いかけていって色々と検分するのだ。
夏休みの自由研究みたいに、きっと楽し――
(いやいやいやいや……)
全力で頭を振って阿呆な考えを追い出す。
(まずは脱出だ!)
調子づいた冒険者ほど長生きできないと聞いたことがある。
ありがたい先人の教えだ。
ぼくがどう変わろうと先人の教えを蔑ろにすべきではない。
(……まずはマップデータで現在地を……そういえばM/Mは?)
右を見て、左を見て、飛び散った体操着の切れ端と一緒に落ちているM/Mを見つける。
ちょっと遠いので魔力で、と便利使いしようとして辞めた。魔力がやけに重い。
やれやれ、と徒歩3秒の距離を歩き、M/Mを拾い上げる。
見た感じ損傷した様子はない。M/Mを起動させてみた。……う゛ぃぃん、と無事起動。
「……おや?」
起動画面に「通知」を告げる赤ランプが点滅していることに気がついた。
M/Mには自動検知機能があり、持ち主に何かあった場合――例えば、毒などの状態異常を受けた場合――などには、自覚がなくても、このように通知してくれるのだ。
キーボードで操作して通知ログを開いてみる。
【ハイエルフに覚醒しました】
いきなりそんなメッセージが飛び込んできた。
「……。……。……。……は?」
……はいえるふ?
エルフなら知っている。耳が尖っていて、男女ともに美形で、銀髪か金髪をしていて、ただい、他の種族を見下して、傲慢ちきな連中だ。陽キャグループの半分がそう。
「……なぜ、そうなる?」
よく見ると、ログにはまだスクロールする余地があった。
一番最後までスクロールしてみる。
【種族特性により成長補正がつきました】
さらに、
【覚醒により能力値にボーナスが附与されました】
「ぼーなすだなぁ?」
半信半疑でM/Mの画面に冒険者カード情報を表示させた。
画面の1枚目は簡易情報で、よく身分証明書に使われるものだ。
顔写真が張られ、年齢、性別、種族、状態の基本情報。
その下に、アリンコのような字で能力値が簡単に表示されているのだが、
「……まじか?!」
いつものとおりオール一桁の情けない数字が、ない。
「ん? ん? ん? んんんっ?!」
目を擦り、頬をつねり、更新ボタンを指先でちょんちょんと突く。
「魔力85?」
何一つ変わることなく表示されるのは、能力値の限界は「99」とされる現代で、トップクラスと言っても過言ではない数値。
他の能力値もおおむね「50」を越えるか越えないかの高水準。
「なっ、なぜ?」
自問に自答する代わりに、視線は自然自然と「種族」の欄に吸い寄せられる。
そこには【ハイエルフ】とあった。
ちょっと前に見たときは【人間】だったはずだ。
「訳わからん!」
不可解が過ぎる!
その場に両手両膝をついてうなだれた。
頭の中がごちゃごちゃだった。
何から考えれば良いのかわからない。何をすれば良いのかもわからない。
「ほぉ~、立派になったのぉ~」
……ん?
「爺さんの若い頃に似ているような気がする。血かのぉ~」
「――え?」
顔を上げると、そこには、
「重畳♪ 重畳♪」
古めかしい語り口がよく似合うお婆さん――ではない。
妖精だ。
目が大きめの人形ような見た目で、薄緑の花びらのドレスを纏い、背中には透き通るような蝶の羽を生やした、羽妖精と呼ばれる種類の妖精が浮かんでいたのだ。
その愛らしい見た目に嬉しくなるより先に、その不可解さに眉を潜めた。
「なんでナビ妖精が?」
彼女は本物の妖精ではない。「ナビ妖精」と呼ばれるM/Mの機能の一つだ。
戦闘中など通知ログを読む暇がないとき、彼女たちが口頭で知らせてくれるのである。
ちなみに彼女は実体ではない。ホログラムだ。
しかし、ぼくが彼女を活用したことは、ほとんど――いや、まったくない。
ぼくがナビ妖精と一緒にいると、女子に「絵柄がヤバい」「犯罪の臭いがする」「事案?」などと言われるので、設定でナビ妖精を呼び出さないようにしていたはずだ。
「魔力はわしに似たか。一族のいいとこ取りって感じで、なお良き良き♪」
「……」
ナビ妖精の口調に、ピンとくるものがあった。
というか、もうそれしか思い当たらなかった。
「もしかしなくて……曾婆ちゃん?」
「セシルちゃんぢゃ!」
ナビ妖精がぷんすかと両手を上げてそう主張した。どうやらアタリらしい。
「どうして曾婆……や、セシルちゃんが? あっ、もしかして――」
思い当たる事案が過去に何件があった。
「またぼくのM/Mをハッキングしたんでしょ!」
「わしがあげたものぢゃ! わしがハッキングして何が悪い!」
「個人情報だって入ってるのに!」
「路傍で撮った野良猫の写真のことか? それともアマソンで買ったいかがわしいゲームの購入履歴のことかの?」
ししししっ、と可愛い顔して意地悪く笑うセリルちゃん……いや、ナビ妖精。
……紛らわしいので、もうセシルちゃん妖精でいいや。
「そういうとこ! いったい、何の用?」
「なに、強力な魔力の勃興を感知したでな、ちょいと様子を見に来てみれば……ししししっ、なにやら楽しいことになっているではないか!」
「ぜんぜん、楽しくない!」
立ち上がり、新しい服を披露するかのように両手を広げてみせる。
この場合、新しい服ではなく、脂肪がなくなった自身の体をだが。
「人間じゃなくなったんだけどぉ!!」
「ふむ、ネフェリム因子が覚醒したのぢゃな」
「ねふぇりむいんし?」
「平たく言えばわしの血ぢゃ。第4世代とはいえ、可能性は低くないのに、なかなか覚醒せんから気を揉んでおったが、重畳~、重畳~♪ ようやくハイエルフの仲間入りぢゃな」
「どういうことよ? ってか、ハイエルフ、って何さ?」
「おかしな事を聞くの」
セシルちゃんは腕を組み、さも不思議そうに首を傾げた。
それから、あざと可愛く両手の人差し指で自分を指差して、
「わしらぢゃろ?」
「『ら』?!」
「おぬしぢゃろ? セシリアぢゃろ? セリアぢゃろ? あとは――」
「ちょっと待って、ちょっと待って。――【エルフ】とは違うの?」
「えるふだぁ~? あんな愛玩動物と一緒にするでない! まったくの別物ぢゃ!」
「どっ、どういう――」
意味、と言いかけた、そのときだ。
「……何か来る」
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