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第2話 いざダンジョンへ

 今日も今日とて赴くのは「G-20357号ダンジョン」。

 学校から徒歩五分のところにある裏山にあるダンジョンだ。

 タイプは、よくある洞窟型で、生息する魔物はゴブリンとオークの下級種の――、


 ――え? なんでそんなところにダンジョンがあるのか?


 もちろん、魔神の軍勢が元々あった廃鉱山にダンジョンコアを植え付けたからだ。


 本来なら「冒険者」によってダンジョンはすぐに攻略されるのだが、ある程度の――攻略しようと思えばいつでも攻略できるレベル――のダンジョンは、ぼくらのような「学生冒険者」の教習用に残されることがある。今日赴くダンジョンもそのひとつだ。


 ゴブリンとオークは他のダンジョンにもわんさかいるが、ここにきたのには理由がある。 ここのゴブリンとオークは一つのダンジョンを巡って熾烈な縄張り争いを繰り広げているのだ。

 つまり戦闘となればゴブリンかオークのどちらか一方しか戦闘ならず、そのうえ、ゴブリンとオークが争った後のおこぼれに預かれるかもしれないのである。


(この前みたいに死にかけのオークがいてくれるといいんだけど……)


 淡い期待を夢見ながら、ダンジョン入場口でいくつかの書類に署名する。


 内容は、死亡時の「死体回収依頼書」と、あとは、自らの意思でダンジョンに入場したこと、ダンジョンで受けた被害は自己責任であると宣言する「宣誓書」。


 書き終わった書類をパイプ椅子にふんぞり返る、係と思しき女性に差し出す。

 ブランドものの革の鎧を着込み、腰にショートソードを佩いた女性だ。

 一目で冒険者だとわかる。

 このダンジョンを管理するために派遣されてきた冒険者だ。


「ふんっ!」


 一顧だにせず、書類を分捕られた。さらに、顎で「さっさと入れ」のジェスチャー。

 軽く会釈し、そそくさとダンジョンに入る。

 酷い態度だが、……今日は運が良い。ほっと一息。


 前に目が合ったときは、虫の居所が悪かったのか、特に何かをしたわけでもないのに喧嘩をふっかけられ、この世の中の罵詈雑言のオンパレードに、「なんで生きているの?」まで言われたものだが、今回はなんとお優しいことか。


(今日はついてる、ふひひひ)


 この調子で出会うゴブリンがみんな瀕死だったら良いのだが、などと不埒なことを考えながらダンジョンの入場口から少し進んだところで足を止めた。


 それから、左腕の制服の袖をめくる。

 筋肉とは無縁そうなぶよぶよとした腕には小型のキーボードがあった。


 通称「M/M」――「マジック・モバイル」と呼ばれる機器だ。


 300年前の次元衝突以前は、魔法を使うのに煩雑な魔方陣や難解な呪文を要したものだが、現代人の魔法はM/Mのエンターキーの一押しで事足りる。


 M/Mにインストールされている魔法プログラムが、個人の魔力を目的の魔法として発現できるように何から何までサポートしてくれるからだ。


 もっとも、魔法の使えないぼくのM/Mの使い道は酷く限定的だ。


 キーボードを芋虫のような指でちょいちょいと弄る。


 ……ぴぃこん! 


 と空中に半透明の画面が浮かび上がる。


 さらに、ちょいちょいとキーを弄ると、M/Mの圧縮空間ストレージから武器防具が転送され、学校指定の制服は、体育着の上に板金で急所を覆っただけの粗末な鎧姿に変わった。


「これでよし、と」


 腰に佩いていた棍棒を構え、背中に背負っていたバックラーを左手に持つ。

 愛用の棍棒を何度か振り、その感触を確かめた。


「とりあえず今はゴブリンだ」


 鎧代わりの板金が急所からズレていないかを確認しながら四方に目を向ける。


 急所を守るだけの板金だが、本来の姿は「スケルトンジェネラル」という魔物が着ていた鎧だった。


 高校入学の時に、有名ギルドで一番偉い人をやっている祖母から入学祝いに貰った物だが、ぼくの能力値では完全装備できなかったため、板金だけという姿になったのだ。


(いつかは、ね)


 いつかは完全な姿で装備できることを夢見て、慎重に一歩踏み出す。


 洞窟内は真っ暗闇だが、瞳に装着されている「コンタクトレンズ型デイスプレイ」――「バロール」の暗視モードのおかげで不便はない。

 M/Mからアップロードされた情報が、視界の隅っこに次々と投影されていく。


 集音センサーの感度を上げて、ゴブリンかオークの足音を探す。

 入場口近くというだけあって反応は薄い。

 さらに奥に向かう。やはり反応は薄い。

 地図データを開き、一本道を選んで進む。

 ぼくの実力では複数方向からの敵に対処できないからだ。普通に死ぬ。

 背中から襲われるのもごめんなので、壁に背を預けて、慎重に、慎重に進む。


(――んっ?)


 十分ほど歩いたところで、集音センサーに感あり。

 音の波長から、これは……足音?

 足音に先んじて人の声が幾重にも木霊して聞こえてくる。

 なにやら言い争っているかのような声。


「だから無理だっていったじゃん!」

「自分だってのりのりだったくせに!」

「いいから! 走れ走れっ!」


 そして、どたどたどたっ、と慌ただしい足音。

 ダンジョン内では極力足音を控えるように推奨されているのに、まるで遠慮がない。


(……嫌な予感)


 咄嗟に岩陰に隠れ、足音の方を凝視する。すると、「バロール」の遠望モードが働き、暗闇の中に、男女五人組の姿を浮彫にした。


(あれは……)


 金髪に、イケメン、お洒落な装備品の数々……。

 間違いない。陽キャだ。スクールカーストの上位組。

 陰キャなぼくを奴隷とするなら、彼らは王族に違いない。

 事実、彼らとパーティを組んだときは酷い目に遭った。


 戦闘には肉壁にされ、撤退時にはしんがりをさせられ、罠っぽいところがあれば押しつけられ、魔物がいればおびき寄せる囮にされ、そのまま見捨てられたこともざらにあった。


 パーティのお役に立てるのならそれでもいいのだが、彼らには難点が1つだけあった。


 ぼくを不老不死の化物か何かと勘違いしているのか、ぼくの生死に頓着しないのだ。


 瀕死の重傷であろうと完全に死なない限りは病院で復活可能なご時世ではあるが、はたして彼らは130キロもあるぼくをわざわざ病院まで運んでくれるだろうか?


 いや、運んでくれないだろう。


 ぼくが怪我をしてもポーション1つくれない彼らのことだ。

 ゲラゲラ笑いながら当たり前のように見捨てるに違いない。

 下手したらぼくを魔物をおびき寄せる撒き餌にしかねない。


「――っ!」


 呼吸さえ忘れて岩陰に張り付いた。

 彼らとの思い出は思い出すだけで冷や汗が止まらなくなるが、


(今日は本当に付いている)


 不幸中の幸いと言うべきか、本当にそう思うことができた。

 このまま岩陰に隠れて彼らをやり過ごしてしまえばいいのだ。

 彼らを先んじて発見できたのは、まさに幸運以外の何ものでもない。


(……しかし)


 ふと気になった。


(あいつら、一体、何を?)


 彼らは、陽キャで、褒められた人柄ではないが、座学の成績は悪くなかったはずだ。


 中間試験で上の中くらいの成績を取ったとき、彼らのひとりに酷くやっかまれたから、良く覚えている。確か、上の下か、中の上くらいの成績だったはずだ。


 なら「ダンジョンで足音を立てれば魔物が寄ってくる」なんて常識を知らないはずがない。


(ううぅ……嫌な予感)


 岩陰から顔出すと、五人組の男女が目の前を通り過ぎた。

 全員が必死の形相で、髪型を乱しに乱した全力疾走。誰もぼくに気づいた様子はない。


「……なんだ?」


 彼らの背中を追い、それから彼らが来た方に顔を向けて、


「んごっ!」


 変な息が鼻から出た。


 ゴブリンだ。

 目の前に広がる暗闇いっぱいに、数十、数百のゴブリンが犇めいていたのだ。


お読みいただきありがとうございます

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