2-22
転送が完了してすぐ、俺の目の前に居たのは、船員に指示を出すヒュリューカだった。
「君、いったいどこへ行って……どうした? その傷は、どこで?」
「大丈夫だ。危険はない。ピュナは……どこだ?」
事情を知らない者たちは、急に満身創痍で現れた俺の姿に不安を覚えるだろう。
だが、説明している時間はない。
「アラタ!」
ロウラが駆け寄ってきて、俺の体を支える。
「やり遂げたのですね?」
「……残念ながら、逃げられた。でも、成果ありだ」
「十分! さぁ、元の世界へ戻って治療を」
ロウラへの報告は、あとでじっくりすればいい。
今は、ピュナに謝りたい。
「アラタ様! ジェラコ!」
ロウラの後を追って、ふらふらとピュナが近づいてくる。
万全ではなさそうだが、もう歩けるほど元気になったようだ。
「お嬢に言いたいことがあるんやろ? エピローグはあんたに譲ったる。ウチはまだこっちの世界にいるつもりやし」
ジェラコが、ポンと軽く背を押した。
ロウラも、俺が倒れないようにゆっくりと手を離した。
「そ、その傷は!? 大丈夫なのですか!?」
「ピュナ、最後に言いたいことがあるんだ」
俺は、残された時間を有効活用するために、ピュナの心配に応えることなく口を開いた。
「最後? そんなこと言わないでください! 暫くすれば、救援が参ります。魔法医療を受けられれば、きっと元気に――」
ピュナにとって、俺の言葉は死に際の遺言に思えただろう。
「俺たちは、元の世界に戻る」
「しっかりしてください!」
言葉の意味は、正しく伝わらなくてもいい。俺が言いたいのは、そんなことじゃない。
「10年前……俺は君に、”自分勝手に生きろ”と、そう言ったろ?」
「はい、しっかりと憶えています」
「あれは、忘れてくれ……」
「え?」
「俺は、嘘つきなんだ……」
俺の余計な一言が、ピュナの人生を変えてしまった。
人生、自分の意思を貫けないこともある。
その中で、ピュナは中途半端に俺の言葉に囚われた。
家の意向を無視した婚約破棄。それなのに、令嬢として家の威厳を保つ義務にも縛られた。
様々なしがらみが、逆方向へ彼女を引っ張っている。
俺はそれを謝りたい。
「悪かった、ピュナ。ずっと俺のことを好きでいてくれて、ありがとう」
「なんですの、その言い方……。それではまるで、根性の別れのようではないですか……」
ピュナは、何かを察して声を震わせた。
「好きに生きろ。自分のためでも、誰かのためでもいい……この世界は、君の物だ。君の人生だ」
俺は懲りずに、ピュナへ言い残す。
自分勝手に生きると決めてもいいし、貴族としての矜持を持って生きると決めてもいい。
誰かの言葉に惑わされるのではなく、自身の決めた道が正解だと信じて欲しい。
「言いたいこと……伝わったかな?」
ふと不安になって、俺は格好悪く聞いた。
「えぇ、ええ! 伝わっています!」
ピュナは頬に涙を伝わせながら、眉間をひくつかせて笑った。
「……良かった」
紫色の光が、俺の足元を照らす。
優しくピュナの体を引き離すと、透かさずロウラが俺の背を抱いた。
「アラタ様……、ロウラ……!」
ピュナが再び近づこうとすると、ロウラは小さく首を横に振った。
「またいつか、必ず逢いましょう!」
ロウラの言葉が、ちゃんと最後まで届いたのかは分からない。
次の瞬間には、いつもの異世界保全課のオフィスが広がっていた。
***
それから3日。
「ロウラちゃーん、お見舞いのフルーツ持ってきたよ」
イグルが大きなバスケットを持って、個室の扉を開けた。
「げっ、何で休みの日にスーツなんですか?」
ソファに腰掛けた俺を見て、イグルは嫌な顔をする。
「別にいいだろ。服持ってないんだよ」
おしゃれなんかしない。というより、する機会がない。
「わざわざありがとうございます! 美味しくいただきます!」
ロウラは舌で唇の端を舐めてから、それを受け取った。
「なんか明後日には退院らしいね」
「えぇ。私はもう万全のつもりなのですが、アラタが安静にしろと……」
骨折、脱臼、内臓損傷。更には毒による視神経の異常までかかえて尚、ロウラは全治5日。
高度な医療技術があっても、普通こうはいかない。
「ホント、丈夫な奴だよ」
対して俺は、全治10か月。元々6か月で治る予定が、更にプラスされてしまった。
幸いなのは、左腕以外は無事なことだ。
「それで、話したいことって何ですか? アラタさん」
「あぁ、じゃあ、良い話から」
「うわっ、悪い話もあるんですね……」
俺はリラックスした体勢のまま、病室の隅を見つめる。
「ロウラの世界を元に戻せる。方法は分からないが、嘘じゃない」
まだ分からないことが多すぎる。
あまり満を持したかのように発表してしまうと、期待を募らせすぎるかと心配して、敢えて呟くように言った。
「アラタ」
ロウラは俺の名前だけ呼んで、続きを話そうとしない。
だからチラリと、目線だけ向けた。目が合うと、ようやく口を開く。
「ありがとう」
いつもの勢いに任せた感情ではない。
噛み締めるように面と向かって言われて、俺は顔を反らした。
「あとは悪い話だ。境界技研は……いや、久能コーポはこの世界を消滅させかねない」
オワリが異世界を消す理由。それがこの世界の均衡値を平常に保つためだという話が本当なら、由々しき事態だ。
「そう、ですよね。この世界の均衡値を参照できるのは、きっと特異探索課の人間だけです」
境界技研の中で、最もその業務内容が秘匿されている課。
社長の直属でもある。まぁ、俺たち異世界保全課第三班も、オワリの件で社長直々の命令が下ったわけだが。
「何か裏がありそうだ。かといって、聞いて教えてもらえるようなことじゃない」
一企業としての闇なら、興味はない。しかし、これは世界の存続に係わることだ。
「何か手がありそうな顔してますね」
そう言って、イグルは目を細めて俺を睨む。
「まぁ、なんだ。作戦、だな」
「作戦?」
「俺たちで、久能コーポを丸裸にする。そのために、千年記録基盤を手に入れるぞ」
それは、西暦2724年以前の、千年間のあらゆる情報を俯瞰的に記録した媒体。
「そ、それ、ただの都市伝説なんですけど……」
イグルは呆れて溜息をついた。
でも、俺はいたって真剣だ。
「協力者は手配済みだ。行くぞ、大阪へ――」
いつ、オワリが復活するか分からない。
その前に、異世界もこの世界も、全部救ってやる。




