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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第三章 天才至上主義者『ドラゴンライダー』
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幕間――八年前の話


 少年は父親譲りの臆病者だった。


 小学校では『悪童』と呼ばれ、かっこうのいじめの的だった。

 悪童と呼ばれるのは別に何か悪いことをしたからではない。


 ――ただ、天才だったから。


 数一〇年前なら『神童』と呼ばれたはずの少年は悪魔の子に成り下がった。

 少年は不器用で嘘が苦手だ。

 八年後の彼はいくらかマシになったものの、当時の少年はとにかく正直で真面目な男の子だった。

 そんな純粋な少年に対する周囲の態度は残酷極まりない。


 頭がいいから。

 運動ができるから。

 なんでもできるから。


 人間の想像出来うる全てのいじめを体験したといっても過言ではない。

 天才であることを隠そうとしてもいつかはばれてしまう。少年は何度も転校を繰り返した。


 ――そして、八年前。

 少年はある少女に出逢う。

 ありきたりな言葉ではあるが、その出逢いが少年の運命を変えた。



 ◇◆◇◆◇



 少女はとあるコンプレックスを抱えていた。


 それは自分の容姿。

 アメリカ人の祖父を持つ彼女は、美しい金色の髪と透き通るようなマリンブルーの瞳をもっていた。

 八年後にはファンクラブすら存在する彼女だが、小学生の間はその容姿をからかう者も多かった。

 少女は思う。


 ――自分は中途半端な出来損ないだと。


 六才までをアメリカで暮らした彼女は『偽物』と後ろ指を差された。

 日本に来ても周囲の反応にそこまで大差はなかった。

 アメリカ人でも日本人でもない。

 彼女はそんな自分の容姿にコンプレックスを持っていた。


 そんな折、少女はある少年に出逢う。

 ありきたりな言葉ではあるが、その出逢いが少女の心に大きな変化をもたらした。



 ◇◆◇◆◇



 とある小さな公園。

 その砂場を取り囲む小さな集団が一つ。


「う、ひっく! やめてよぉ……。どうしてこんなことするんだよ」

「へへっ! 決まってんだろ! お前が天才だからだよ」

「ひゃっはっはっは!」


 泣きじゃくる有機を六人の少年が取り囲む。中心でうずくまる有機は靴下を泥だらけにしていた。六人組のリーダーとおぼしき少年がその手に掲げているのは、有機の靴だろう。残りの五人はその光景を見て笑っていた。


「どうして? 天才と何の関係があるの?」

「どうしてだって? 変なこと聞くんだな。これからこの公園で俺たちが遊ぶんだ。だから天才は邪魔なんだよ」

「なんでよ、一緒に遊べばいいじゃないか」

「一緒に? はぁ? 冗談! だーれが天才と一緒い遊ぶかよ! 同じ空気を吸うことすら嫌だっていうのに」

「ひどい……」

「まあ、お前が遊んだ砂場なんかじゃ遊ばないけどな!」

「ひゃっはっはっは! そうだな! 菌がうつる」

「おい、お前いつまでも天才の靴なんか持ってたら菌に汚染されちゃうぞ?」

「うわっ! やべっ!」


 少年たちは口々にそう言うと有機の靴を思い切り投げ飛ばした。


「あぁ……」

「ひゃっはっはっは! 今日は裸足で帰るんだな。ついでに靴下も投げてやろうか」


 少年たちが有機を羽交い絞めにして靴下を脱がせていく。


「おいおい、早くしろよ? 羽交い絞めにしてる俺たちにも菌がうつっちゃうだろ」


 一対一なら有機にも抵抗の余地はあったかもしれない。ただ、取り巻きの五人に押さえつけられては抵抗しても何もできない。有機はただただ、その頬を濡らすしかない。


「やめなさいよ!」


 それは天使にも似た少女の声だった。


 ただ、その声色には怒気がこもっている。その場にいた全員が声のする方を見た。

 公園の入口に仁王立ちしているのはブロンドの長髪が美しい少女。

 白のワンピースが風になびき、夕焼けをバックにした彼女は、当時、有機が観ていたアニメに出てくる妖精の名を冠した戦乙女のようで、何人たりとも侵すことのできない優美さと凛々しさを備えていた。


「なんだ? 誰お前。外人?」


 少年たちの一人がそう言った。露骨に少女の顔が歪む。


「あんたたち、揃いも揃って恥ずかしくないの? 六対一なんてダサすぎるわ。弱い者いじめも大概にしなさいよ」

「ああ? お前に関係ないだろ! それにこいつは弱くなんかねえよ。だって天才なんだぜ?」

「ひゃっはっはっは!」

「…………」


 少女は黙る。美しい少女が何を考えているのかは、誰にも分からない。


「なんだったらお前も混ざるか? 今日だけ仲間に入れてやるよ。特別だぜ?」

「…………」


 少女は沈黙を破らず、ただ視線だけを動かした。羽交い絞めにされている有機を見る。有機と視線が合うとすぐに視線を集団のリーダーに戻し、有機たちのほうへ向かって歩き出した。

 少女はその顔にうっすら微笑みをたたえていた。それを自分たちの誘いへの同意と受け取ったのか、少年たちもつられて笑いだした。


 有機はこの場の全ての笑いが自分を蔑むものだと思った。

 その目に一度は止まったはずの涙が込み上げてくる。


 ――抗えない運命。


 生まれながらにして決められた苦痛しかない道筋を、これからどうやって生きていけばいいのか。

 この先もこんなことが続くのなら、生きていても意味なんかないじゃないか。


 誰も自分のことなんか――。


 バシンッ! 鋭い衝撃音が有機の思考を遮った。

 目を背けていた現実に立ち戻った有機の目に映るのは、


 少年たちを平手打ちしていく少女の姿。


「天才だから何? それがいじめをしても良い理由になるの? 私はね、努力をする人や根性のある人が大好き。それ以外はまるでどうでもいいの。だから、あんたたちみたいな根性無しは大っキライ!」


 言うと少女は舌を出して「ベー」と少年たちを挑発する。


「てめぇ……女だからって容赦しないからな!」


 頬をさすっていた少年たちが全員で少女に手を出そうと襲いかかる。

 彼らにとって、もはや有機はどうでもよくなったのか、その場に有機を置き去りにしたまま、少女一人対少年六人の喧嘩が始まった。

 少女は強かった。

 きっと負けない自信もあったのだろう。でも、多勢に無勢なのは誰が見ても一目瞭然だった。


「きゃ! 何すんの! 離しなさいよ!」


 一人が少女の美しい金髪を掴んだ。

 このままじゃ……。

 自分を助けに来てくれた女の子が怪我をする。

 天才だとわかった後も、そんな事とは関係なく自分を助けてくれた。

 初めて天才だとかの区別なく自分を扱ってくれた人。

 その少女が、もしかしたら怪我じゃ済まされないかもしれない。


「そんなの……絶対だめだー!」

「!」


 無我夢中だった。

 有機はがむしゃらに走り、一人にタックルをみまう。

 周囲に驚きの感情が溢れ返る。

 きょとんとした少年たちをしり目に少女だけは嬉しそうに笑った。


「そうよ! やればできるじゃない! さあ! 反撃よ!」


――


「くそっ! おぼえてろよ!」

「「はあっ……はあっ……」」


 息を切らして公園に横たわる有機と少女。

 互いに服装はよれよれで、少女の白いワンピースも泥だらけだった。


「ありがとう。助かったわ」

「え?」

「一人でもなんとかなると思ったんだけどね。危なかったわ。あはは」


 少女は照れ臭そうに笑う。

 無邪気な笑顔がとても可愛い。有機はそんな風に思った。


「そ、そんな! 僕の方こそ助けてくれてありがとう」

「ふふっ! いいの。私がしたくてしたんだから。ああいう状況見ちゃうと、いてもたってもいられなくて……。いっつも見境なく飛び込んじゃうのよね」

「へぇ! 正義のヒーローなんだ」有機は素直に感心する。

「そ、そんな大層なもんじゃないわ」


 有機の羨望の眼差しを浴びた少女は照れながら言う。


「だから強くなろうって決めたんだけど、まだまだね」

「そんなことないよ! 僕は助けてもらったもん! お姉さんすごく強かった! かっこよかった! きれいだった!」

「へ? きれい?」

「うん。すっごくきれいだった。そんでさっきの笑った顔はすごくかわいかった。だからお姉さんは、きれいかわいい人なんだね」


 へへへ、と有機が屈託のない笑みを少女へ向ける。

 間違いなく自分へ向けられた純粋な笑顔に少女の顔が赤く染まった。


「そ、そ、そうかな……そんなこと、初めて言われた」

「え? そうなの?」

「うん。私、おじいちゃんがアメリカ人で、その血を結構強く受け継いでいるんだ……。アメリカでも日本でも、この姿かたちをからかう人が多いの。もう気にしてないけどね」


 小さな強がりだった。でなければ、少年たちに外人と呼ばれて苛立ちを覚える訳がない。


「ふーん。でもお姉ちゃんはきれいだよ。それって血とか生まれとか、日本人だとかアメリカ人だとか、関係ないんじゃないかな」


 有機の言葉に少女は目を丸くした。

 こんな簡単なことなのに、少年に言われるまでの自分は何を気に病んでいたのかと。

 いや、わかってはいたのだ。

 ただ、誰かに認めてもらいたかった。生まれや人種なんか関係ないということを。


「うん……そうだね。私もそう思う」


 突然、少女が立ちあがった。そうしなければ不意に込み上げてきた涙を少年に見られてしまうから。それではせっかくのヒーローが台無しだ。

 有機も後に続いて立ち上がる。


「急にどうしたの?」


 有機が少女の顔をのぞき込むが、すでに涙を拭った後だった。


「ううん、なんでもないよ。あ、そうだ。私の名前、絵依って言うの。君は?」

「あ、僕は有機だよ。九歳」

「…………」

「お姉ちゃん?」

「九歳?」

「うん」

「私と同じ……」

「ええっ!」

「あなた、ちょっと小さすぎよ」


 後に、互いの両親が知り合いだったことや、その他もろもろいろいろあるのだが、


 それらのすべてはこの出逢いから始まった。


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