四月一九日③
「暇だ……」
「……何かお話でもしますか?」
四月一九日。午後四時一八分。文芸部部室。
机に足を載せパイプ椅子を絶妙なバランスで揺らす梓は天井を仰ぎ見ながら、ぼそりと呟く。
絵依はその呟きを無視できず、作業中のノートパソコンを閉じて梓へ話しかけた。
放課後の部室には梓と絵依の二人だけ。有機も武者小路もいない。
「有機も撫子も最近部活に顔を出さないな。なんか聞いてるか?」
「撫子さんはわかりませんけど、有機が来ないのは……」
「?」
梓が首をかしげ、絵依は有機のことで自分の知る限りのことを梓に話した。
「なるほど、友達が怪我ね……。有機はでかい図体のくせに繊細だからなぁ。そうか、噂になってるあの事故で怪我をしたのは有機の友達だったのか」
梓は腕を組みながらうんうん唸る。それを真面目に見ていた絵依が、
「梓さんだったらどうやって有機を元気づけますか?」
と聞いた。最近の絵依はそのことばかり考えていた。梓は有機のことが好きだと公言している。そんな彼女だったらどうやって有機に接するのか、絵依は興味があったし、これから自分のとる行動の参考にしたかった。
「それを聞いてどうするつもりだ? 私と絵依では立場が違う。私がすることをそのまま絵依がやっても意味がないと思うぞ?」
「え、あ、そ、それは……。さ、参考にしようと思っただけで、真似をするつもりは……」
と梓は簡単に絵依の考えを看破した。しどろもどろになり、机とにらめっこを始めた絵依を視線の端にとらえながら、あくまで窓の外に向かって梓は口を開いた。
「まあ、アタイが有機に対して出来ることなんて一つしかない」
「一つ? ですか?」
「アタイに出来ること。それは、この部室で有機の帰りを待つことさ。いつか元気になってこの場所に戻ってくる。それを信じて待つ。それだけだよ」
「……ほんとにそれだけなんですか?」
絵依は不思議だった。梓ほど行動力のある人間ならば、待つだけじゃなく、もっと具体的な行動に出るとばかり思っていた。それは絵依の持つ梓の印象からはかなりかけ離れた答え。そんな絵依の考えすらも見抜いたように梓は笑って続きを話す。
「『天才とは応用力である』なんて言葉があるらしい。どっかの『馬鹿』が言ったらしいがそんなのは嘘っぱちさ」
「嘘っぱち?」
「一見、器用そうに見えるけど、あいつらは生きることにとにかく不器用だ。
常に他人を意識し、自分に自信がない。まあ、こんな世界なら当たり前かもしれないな。
……あいつらはな、認めてもらいたいんだよ。
自分の才能を、自分の努力を。
だからアタイはそんな有機や撫子の帰る場所を守ってやるんだ。帰れる場所があるっていうのはな、当たり前のようだけど、とても大事なことなんだ。そういったものは持っているときは気づかないけど、無くしたとき、その大切さに気付く。
いいか絵依……。
帰りを待つことが出来るのは、その者を本当に大切に想える奴の特権だよ。
どうでもいいと思っている奴に出来ることじゃないんだ」
(同じだ……)
絵依は過去の自分を振り返る。
誰にも認めてもらいえないことが辛くて、それをたった一人の少年に認めてもらえたときの喜びを。
そこに自分の居場所を見出したあの時を。
「アタイらは間違えちゃいけない。天才だろうが馬鹿だろうが同じ人間なんだ。根っこは一緒なんだよ。それを忘れちゃいけないんだ」
「はい……」絵依が小さく頷いた。
「で? 絵依はどうする? ほっぺにチューでもしてやればきっと有機の奴も元気になると思うぞ?」
「な、な、な!」
絵依の頬が急激に紅潮し、シリアスな空気が一変。
部室はコメディーパートへ移行していく。
「ん? ほっぺじゃ不満か? 絵依は見かけどおり大胆だな! あっはっはっは!」
「ま、ま、待ってください! 色々ツッコミどころが多すぎます! 見かけどおりってどういうことですか!」
「そりゃあ、黒輪が可愛いってことさ! がっはっはっは!」
「表裏!」
「表裏さん!?」
声の先。右脇にノートの束を抱え、ショルダーバックを下げた大男が部室の入口に立っていた。
「がっはっは! 二人とも久しぶりだな!」
「表裏。盗み聞きとはあまり感心しないな。こっちは真面目な話をしていたんだぞ?」
(えー! 今のはまったくもって真面目のまの字もなかった気が……)
「誤解するんじゃねえ! オレが聞いたのは『見かけどおりってどういうことですか!』のくだりだけだ。あとは勘で言ってみた!」
「なんだ、勘か! そいつは愉快だな! あっはっはっは!」
「だろ? しかも黒輪の太ももの絶対領域は健在か! 相変わらず刺激的な良い太ももだ! がっはっはっは!」
「!」
絵依は即座に両手でスカートを引っ張って太ももを隠そうとした。だが、スカートがそこまで伸びるわけもなく、無駄な抵抗に終わってしまう。
「いいじゃないか絵依。減るもんじゃないんだから。太ももくらい有機以外にだって見せてやれ! あっはっはっは!」
「まったくそのとおり! がっはっはっは!」
(これだからこの二人は……。二人揃うと手に負えない……)
二人の笑い声が支配する文芸部部室で絵依は頭を抱えるしかない。
結局、絵依がどうすべきか、その答えは出ないままだった。




