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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第2章 学園に忍び寄る影
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有機vs騎衛瑠 前編

「やっぱり君たちの仕業か……」


 三人の背後から呟くような、嘆くような声がした。

 三人は声のする方へ向きを変え、そこにいた人物に有機と武者小路は息をのんだ。

 欅並木の方から歩いて来るのは紫の髪をした小柄な少年。

 名は紫丈騎衛瑠。

 顔立ちは整っていて天使と呼ぶクラスメイトもいるほどの容姿の持ち主である。


「君たちの仕業?」有機が聞く。


 張り詰める空気。

 桜並木に言い知れぬ緊張感が漂いだしていた。


「しらばっくれなくてもいいよ……。連日起こっているアプリの暴走事故。あれは事故なんかじゃない。誰かが意図した故意による事件だ。そしてその犯人が君たち武者小路撫子と無灯有機」

「「なっ!」」

「僕はね、通信省から今回の件で調査をするためにこの学校へ転校してきたんだ。まさかクラスメイトが犯人とは思わなかったけどね。ちょっと悲しいな……」

「ということは紫丈っていうのはそのまんまあの大臣の血縁者ってことか」

「そうさ。通信省大臣の紫丈瑠華は僕の姉さんだよ。綺麗な人だろ? よく言われるんだ」

「本名で潜入するアホがおるなんて……勘ぐりすぎたみたいやな……」

「おい、撫子、その言い方は大臣まで侮辱してないか? まあ、その所為で何かとんでもない勘違いをされているみたいだけどな」


 武者小路と有機の顔がひきつる。

 間に挟まれた中森はまるで現状を理解していない。


「さて、どうして僕がこんなに素性をぺらぺらと話すと思う? 別にお喋りだからっていうわけじゃないんだよ?」


 騎衛瑠のたたえた笑みが有機の体に悪寒にも似た戦慄を走らせる。


「撫子。この子を連れてこの場を離れてくれ。ちょっとやばいかもしれない……」

「アホ! うちらは敵やない。むしろあいつは味方や。話せばええやろ」

「あいつの顔みろよ……。こっちの言い分を聞くと思うか? 完全に俺たちを犯人だと思い込んでる」


 武者小路の視線の先、ゆっくりと距離を縮める騎衛瑠は等しく万人に恐怖を与えるに殺気を放ち、満面の笑みを浮かべている。


 それは天使の顔をした死神。


 少年の一歩一歩がまるで絶望へのカウントダウン。

 張り詰めた空気の中で武者小路が言葉を絞り出す。


「……あんた一人で何とかなると思ってんのか?」

「いや……思ってない……。だけど撫子はさっきバッテリーを使いすぎてる……せめて関係のないこの子だけでもこの場から離さないとダメだ」


 有機は武者小路から視線を中森に移す。少女は何が何だかわからず当惑した表情を浮かべている。仕方がないことだった。少女はただ巻き込まれただけにすぎないのだから。


「この場で君たちを捕まえるからさ! 0001 『伝説のガエボルグ』!」


 騎衛瑠が嬉々とした表情で高らかに叫ぶ。そして、その手に赤紫の長槍を顕現させた。


「行け!」同時、有機が叫ぶ。

「くそ! 部室に予備のバッテリーがある。それを持ってくるまで持ちこたえるんやで!」


 有機の合図で武者小路は中森を抱えるように走り出した。


「逃がさないよ!」


 騎衛瑠が持つのは切っ先の鋭い刃に鋸のようなギザギザの切り込みが入った赤紫の槍。

 その構造上、突かれた相手はより深い傷を負うが、槍そのものはそこまで深く突き刺さらず、簡単に引き抜くことができるようになっている。

 騎衛瑠が起動した魔法。

 それは人を殺めることのできる魔法だった。

 二人の少女を背後から強襲する騎衛瑠の槍。

 そこへ有機が間に割って入り、真っ向からなぎ払う。

 有機の腕には再び白銀のガントレットが起動していた。二つの武具の衝突は橙色の火花とともに甲高い金属音を立てて校舎に反響し、学園の広い敷地の隅々まで響き渡る。


「くっ! 死ぬんやないで!」


 武者小路も叫び、その場を駆けていく。


「うーん。なーんかさ、僕が悪者みたいじゃない?」


 激突の折、二人が一定の距離を保つと騎衛瑠は槍を回転させながら小首を傾げた。


「どうかな、善悪なんてもんは視点によって変わるもんだろ」

「へえ、いいね。そういうアニメ的な台詞。嫌いじゃないよ?」


 騎衛瑠はあどけない顔でケラケラと笑う。対する有機は表情を崩さずに会話を続けた。


「ガエボルグって言ったよな。確か古代ケルト伝説における最大の英雄クーフーリンの愛槍だったか……」

「そうだよ。さすが、文芸部。良く知ってるじゃん。部室の資料にでも載ってたのかな? 人間と神の間に生まれたクーフーリンは相当な怪力の持ち主らしくてね。本当は槍自体も重量があって大きい物だったらしいよ? まあ、きっとアプリの製作者が伝説にあやかったんじゃないかな。実際、凄く良いアプリだしね。名前負けはしてないと思うよ」


(ガエボルグ……。伝説の槍を持ちだすなんて……。一体どれくらいポイントを積めばあんなの使えるようになるんだ? 俺は残りのバッテリーでどこまでやれる?)


 少ない情報から相手の戦力を分析しつつ有機は手元の携帯モニターを確認した。

 左上には慎ましくバッテリー残量が表示されている。

 そこには四九パーセントの表示。

 ――属にロールプレイングゲームの世界で言えばDKポイントはより強力な魔法を使うための『魔力』を表し、携帯電話のバッテリーは魔法の使用回数『マジックポイント』を表す。

 朝フル充電をしてきた有機だったが、彼の魔法トゥウィンクル・ライトは強力であるがゆえにバッテリーを著しく消耗する。先ほどの使用ですでにバッテリー産量は半分を割り込んだ。

 騎衛瑠のバッテリー残量はわからない。さらに伝説を冠する槍も一筋縄ではいかないだろう。

 加えて始業式の日の鬼ごっこ(有機には鬼ごっこという認識はなかったが)のことが脳裏によぎる。

 総合的にかんがみて長期戦が不利なのは必至だ。


「さて、おとなしく捕まるつもりがないなら、実力行使するけど構わない?」

「ああ……こっちの言い分は聞いてくれないんだろ?」

「刑務所でなら聞いてあげるよ。あぁ、少年院か……」

「そうか。なら少し相手をしてやるよ、転校生」

「おかしいな、相手をするのは僕だよ。勝手に上から目線でバカにするのはやめろよな」


 騎衛瑠の表情が歪む。

 少年を包む禍々しい殺気がさらに膨れ上がり、槍を持つ騎衛瑠の手に力がこもる。

 有機も魔法の起動している右手を前衛に構えた。


「…………」

「…………」


 瞬間、騎衛瑠は刃を有機に向け突進する。

 槍の利点はその長さ。

 相手の攻撃が届かず、自分の攻撃だけが届くという圧倒的優位性を保つことが出来る。

 それに対し有機も臆することなく前進する。


『いいデスカ? 槍を相手にするときは絶対に臆してはいけまセン。大事なことは常に前を向くことデス。左右でも後ろでも、ましてや上にも逃げ場はありまセン。逃げの行動は相手の優位性をより確かなものにするダケ。その切っ先を恐れず相手の懐深く潜り込む勇気こそ槍を制す最大の武器なのデス』


 公園のフランス人、シャルの言葉を頭の中で反芻する。

 閃光の右腕は素早く槍をいなし、有機は騎衛瑠の懐へと突き進む。


「へぇ! やるじゃん! でも!」

「!」


 体がグラリと揺さぶられる感覚。同時、槍の柄を使った横殴りの一撃が有機を襲う。

 有機の体が桜の木に激突し、僅かに残っていた桜の花びらが宙を舞った。

辛うじてガントレットで防御していたが、鉄製のバットで殴打されたような鈍い痛みが全身を突きぬける。それでも桜の木を支えに有機はなんとか立ち上がる。


「槍への対処は良いね。前進する勇気は買うよ。でもそれだけじゃね」


 騎衛瑠がニヤリと笑う。

 まるでこの戦闘を楽しんでいるようで、そこには余裕と絶対的な自分の実力に対する自信が漲っていた。

 有機は携帯をポケットから取り出し、再度バッテリーを確認する。四一パーセントの表示だ。


「迷っている暇はないか……。どのみちこのままじゃ勝ち目もなさそうだし」


 それはある種の決意表明だった。

 総合力で騎衛瑠に劣っていると判断した有機は、携帯側面のショートカットキーを押し、入力画面で『♯♯♯♯』と入力する。それは『音声認証モード』へ移行するための手続き。

 左手の携帯を口に寄せると、有機は静かに言葉を紡ぎだした。


『その光、約定を束ねる絆の光。悔恨を照らす救済の光――』



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