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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第2章 学園に忍び寄る影
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桜並木 後編

 桜並木の遊歩道に堂々とそびえる自転車の巨大集合体。

 桜の木の高さに迫ろうとするモニュメントは異様で、見る者に確かな恐怖を植えつける。

 有機は携帯をブレザーの左ポケットへ押し込むと、右手の魔法一つで自転車に殴り掛かった。有機のガントレットが当たると自転車は吹き飛ばされ上空で粒子状に四散する。自転車のコピーはモニュメントから一定の距離を離されるとその形を維持できなくなるようだった。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 有機が吠え、がむしゃらに自転車を殴りつける。

 増殖を続ける自転車の中には元になっている本物の自転車も含まれているだろう。

 だが、ダミーにまぎれた本体を殴りながら見分けるのは困難だし、気にしている場合じゃない。と有機は割り切った。大事なことは携帯を壊さずにこの暴走を止めることにある。

 そんな有機の思いを軽くあしらう様に、自転車の群れは黒光りする携帯の液晶モニターから無限に増殖を続けていた。その勢いは衰えることなく、まさに無尽蔵という言葉が相応しい。

 手当たり次第に有機もガントレットを振るうが、右腕一本ではどう考えても手数が少ない。


「くそ! せめて左手も使えたら……」


 それは叶わない望み。

 有機の少ないポイントでは右腕だけでもかなり無理をした高度な魔法である。

 携帯のバッテリーが切れればこの暴走も収まるだろうが、いつ切れるともわからないバッテリー残量をあてにするのは少し楽観的すぎる考えだった。

 頭ではわかっていても目の前の絶望的状況に弱音が漏れる。


「駄目だ。これじゃ暴走を止めるどころか、携帯にすらたどり着けない……」


 有機の額に汗が滲み、焦りが見えはじめた、その時だった。


【通信番号0002 魔法『翡翠の射手アーチャー・オブ・ジェイド』を起動するで!】


 刹那、有機の耳元を一陣の風が突き抜ける。

 有機の視界を覆っていた自転車の群れに風穴が開き、吹き飛ばされた自転車は一瞬で空に消えた。

 とっさに有機が背後へ振り向くと、


 ――そこには緑の燐光を纏う武者小路撫子の姿。


 武者小路は赤髪の少女、中森の横で悠然と弓を構えていた。

 弓の形状はシンプルそのもの。

 カワセミの美しい羽を連想させる青々とした弓は、武者小路が引くと周囲から光を収束させ翡翠の矢を形成する。


「アホ! よそ見すんなや! お前は暴走を止めることだけ考えろ! 援護はウチがしたる!」


 いつになく声を荒げる武者小路の眼光は鋭く、眼鏡越しの彼女の目はそのまま有機すら射抜く勢いだ。


「お、おう!」


 怒涛のように押し寄せる翡翠の矢は見事に有機をかわし、その奥の自転車群へと突き刺さる。

 自転車は次々に空中で分解され、その大きさは確実に縮小していった。


「いける! この状況ならうまくいく!」


 有機はこの機を逃すまいと発生源である携帯めがけて自転車をかき分ける。武者小路の矢は携帯を破壊しないように地面の近くへ放たれることはない。それでも武者小路のお陰で自転車の増殖を気にしなくて済むというのは数分前の状況と比べれば雲泥の差があった。

 ようやくゴチャゴチャとしたストラップと赤い携帯電話が自転車の隙間から見えてくると、有機は左手でブレザーの内ポケットから長財布ほどの大きさの黒いタブレットを取り出し、器用に片手で開いて電源を入れる。上部はモニターで下部にはキーボード。さしずめ小型のノートパソコンといったところだ。


「ちっ! 細かい作業はこの右手じゃ無理か」


 有機は躊躇なく左手でポケットの携帯を操作し、同時に右手のガントレットを解除する。

 今の有機は敵地のど真ん中で丸腰の状態。

 有機を守るのは武者小路の射る翡翠の矢のみである。

 武者小路に対する有機の強い信頼がなければ成立しない行動だった。

 有機はタブレットから有線ケーブルを引き伸ばし、中森の携帯へと繋ぐ。すると、タブレット上にウィンドウが立ち上がり、その中に警告を表す赤い英字が並ぶ。


「暴走したのはパーキングの魔法。ウイルスの類か……なら、管理者権限を発動、外部の粒子情報とのアクセスを遮断。パーキングのアプリを隔離して他の情報の保護を最優先――」


 有機は独り言のように言葉を紡ぐ。口から発することで、現状を素早く整理する。同時に小さなキーボードへ両手をせわしなく動かし続け、タブレットのモニターは目まぐるしく状況を変化させた。


「まだか! アホ!」

「うるせえ! もうちょっとだ!」

「うるせえとはなんや! 今、誰が援護してるとおもっとる! 口を慎め!」


 中森は武者小路の魔法の起動の勢いに押され、その場で腰を抜かしていた。

 中森が唖然として見上げる先、突如現れた関西弁を話すおさげの眼鏡っ子は、暴力的な日本語を吐きながら休むことなく弓を引き続けている。その額からは一筋の汗が流れ、狂いのない正確な射撃は想像以上に集中力を酷使しているのがわかる。対する有機は中森の位置からだと立ち膝でなにやら作業をしているように見える。


「いったい何者なの?」


 中森の中に当然のように湧き出る疑問。

 ただ、有機や武者小路がそれに答えることはない。

 切迫した今の状況で、呟く様な中森の声は二人の耳には届かなかった。


「よし! これで終わりだ!」


 有機の中指がすかさずエンターキーを叩く。すると、中森の赤い携帯電話はその黒光りする闇を晴らし、愛らしいキャラクターが前面に出る普段の待受画面へと切り替わる。並木道の状況にも変化があった。自転車のモニュメントは黒い粒子状になり空気の中に溶け込んでいく。並木道に残されたのは地面に倒れる本体の自転車と赤い携帯電話。

 半ば放心状態の有機の元へ弓の魔法を解除した武者小路が歩み寄る。


「おつかれさん。まあ、六割はウチのおかげやけどな」

「お前……どうしてここに……」


 有機が武者小路を見上げる。思いのほか二人の距離が近く、絹のように滑らかな武者小路の太ももが有機の視界にちらついた。


「成績が悪かったんはあんただけとちゃうってことや」


 武者小路は肩をすくめてそう言った。彼女もまた有機と同様にテスト結果の罰として桜並木の清掃を言い渡され、桜並木に着いたところで魔法の暴走に遭遇したのだ。理解の早い武者小路はすぐに弓を構え、これに応戦した。

 有機にとってはこれ以上ない助っ人だった。彼の『立場』を理解し、的確な援護ができる者など、この学園で武者小路以外に有機は思い浮かばない。


「……ついに学園内で起こっちまった」


 一瞬の間をおき、目の前の並木道を眺めながら有機が言った。


「逆探知はどうやったん?」

「すまん、それどころじゃなかった……。それに詳しくは解析してみないとわからないけど、おそらく起動時に作用するタイプだ。発動後に逆探知をかけても意味はないだろう」

「暴走したアプリは隔離したんやな?」

「ああ、今は俺のタブレットの中で凍結してる。起動しなければ、たぶん影響はないと思う」

「まずはそのアプリの解析やな。今までは携帯を破壊してきたから暴走したアプリのサンプルがなかった。今、お前が持っとるんは貴重なもんやで?」

「ああ、わかってる。撫子も手伝ってくれ」

「あのー……」


 二人の神妙なやり取りの中、取り残された者が一人。


「「あっ……」」


 有機と武者小路は顔を見合わせ、ようやく緊張が解けたように表情を緩ませた。

 有機が中森の携帯を持ってゆっくりと立ち上がり、少女の元へ歩み寄ると携帯を手渡した。


「携帯は無事だよ。暴走したパーキングのアプリはその携帯には残ってないけど、しばらくは新しいアプリの取得はしない方が良いと思う。まだ不具合が出るかもしれないからね。少しの間は魔法を使うのも出来るだけ控えてほしいかな」

「特に黒魔法。これに関しては一切使わない方がええな」


 武者小路が有機の言葉に続き、中森はコクコクと頷いた。


「あ、ありがとうございました」


 中森は立ち上がり二人に対して深々ときれいなお辞儀をした。

 顔を上げた中森と有機の視線が合うと、赤毛の少女は驚いたように視線を逸らし、頬を赤らめた。


(あーあ、やってもうたな……)


 武者小路はやれやれと首を横に振り、深い深いため息をつく。



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