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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第1章 始業式――転校生
15/46

幕間――とある紛争地帯にて

 コロンビアとエクアドルの国境線。


 そこでは熾烈な紛争が起こっていた。もともと問題の絶えない両国の国境で、笑ってしまうほど些細な出来事がきっかけで紛争が始まった。現在の紛争では重火器はもちろん魔法も使われる。その光景は想像を絶するもので、この世の終わりを見た者も多いという。


 エクアドルの国境ツルカン。


「ひゃあ! た、助けて!」


 日本から遠く離れたエクアドルの地で日本語の叫びが木霊した。

 男は背中に背負ったリュックに潰されてしまいそうな細い体格。背は低く、レンズの大きな眼鏡をかけ、自分の分身ともいえる一眼レフカメラを首からさげている。


 ――彼の名前は無灯仁むとう じん


 いちおうプロの戦場カメラマンである。昔は女性モデルや自然を写すことを仕事としていたが、ある日、思い立ったかのように、「私の仕事はこれじゃない! 世界の人々を写す! これが私の使命だ!」と、戦場カメラマンへ転向した。


 その時の周囲の反対は想像を絶した。

 賛成する者など誰もいなかった。

 なぜなら、彼は極度の怖がりで臆病者だったから。

 ゴキブリを見ただけで泡を吹いて倒れる人間が戦場になど立てるわけがない、と誰もが彼の戦場カメラマンへの転向を反対した。

 ただ一人を除いて。

 ――無灯優理むとう ゆうり 仁の妻である。


 仁とは雑誌の撮影で知り合い、交流を深めていった。優理は仁の視野の広さや、仕事への思いを語るときの熱のこもった話が好きだった。なにより自分を愛してくれていることがすごく伝わってくる。不器用なりに高級店を予約して、不器用なそれでいて愛のこもった言葉プロポーズとともに渡された指輪は今でも優理にとって一番の宝物だ。

 その最愛の夫が「戦場へ行く」と言い出した時、彼女は心臓が止まるかと思った。そのとき、お腹の中には有機という名の命が宿っていた。これから始まる家族三人での夢見た暮らしは儚く散った。


 それでも……、

 彼女は仁に反対しなかった。泣きながら「わかった」と一言告げた。

 優理は仁の仕事にかける情熱を大切にしたかった。だから彼女はたった一つだけ条件を出した。それさえ守ればどこへでも行って来いと仁の背中を力強く押した。


「必ず生きて帰ること」


 それが優理の条件であり、二人の交わした約束である。


「嫌だ、嫌だ! 死にたくない! ゆりりんと約束してるんだ! ぎゃあ! で、でも怖い!」


 逃げ惑い、叫び、もがきながらもカメラのシャッターを切る。その眼差しは常に戦場に立つ人々に向けられている。最新の兵器や魔法を見るために紛争地域に身を置いているわけではない。


「うわっ!」と仁は瓦礫につまずいて地面を転がる。

 その際も両手でカメラをしっかりと抱えた。

 仁が呻きながらよろよろと立ち上がるが、そこへ運悪く迫る火の玉。

 戦場では流れ弾として火の玉が襲ってくることがある。それがリアルの戦場だった。


「( もう駄目だ……。でも、死にたくない!)」


 目の前に迫る死の恐怖。

 いや、仁にとって死ぬことはさほど怖いことではなかった。

 周囲に臆病者と罵られても彼なりに覚悟を持ってこの場に立っている。

 ただ、最愛の妻と交わした約束を破ってしまうことが怖かった。

 だから、仁は生きることをあきらめない。

 しかし、どうすることも出来ない現状に、仁はその場で身をかがめるしかない。


「…………あれ?」


 ――結局、仁に火の玉が当たることはなかった。


「おい、仁さん大丈夫かよ」

「す、すめらぎ君!」


 うずくまる仁が顔を上げると、直径四、五メートルはある火の玉を皇と呼ばれた少年は素手で掴んでいた。


「そいっ!」


 皇はそれを軽々と放り投げる。

 火の玉は数一〇メートル先の戦車に激突し、煌々と大きな爆炎を上げた。

 当たる直前に戦車の中から驚愕の表情を張りつけた操縦者が逃げ出していくのが見えた。


「……皇君、どうしてこんな紛争地域に?」

「仁さん、話はあとだ。とりあえず撤収するぜ! こりゃ、ちょっと激しすぎる」


 皇はひょいと仁を脇に抱えると軽いフットワークで戦場を走り出した。


 ――皇表裏すめらぎ ひょうり


『豪快奔放』 彼を一言で表すならこれにつきる。


 仁の息子である有機と同じ高校に通う三年生。その背格好は彼の豪快さを表現するには充分で、さながら百獣のライオンを彷彿とさせる。黄金色の髪をなびかせ、どこまでも深い藍色の瞳はまるで大海原のように彼の自由人ぶりを表していると言ってもいい。


「オレ、今回はマチュピチュ見に来たんだけど、今がちょうど雨季の終わりらしいんだ。乾季の方が景色も良いらしいから、ちょっと寄り道をね。ただ待っているってのもつまんねえし、どうせなら隣のエクアドルにガラパゴスがあったから見に来たわけ。いやー、すごかったよ、ガラパゴス! まさに大自然の神秘って感じだったね!」

「なるほど、それでエクアドルに……でもマチュピチュ行くならこっちの国境じゃないでしょ?」

「そうなんだよ。間違えちまった! がっはっは!」

「まったく、皇君は相変わらず奔放だねぇ」


 仁は皇に抱えられながら余裕があればシャッターを切る。

 戦場を駆ける皇は飛び交う魔法・銃弾の雨を掻い潜り、時折、弾き返す芸当を見せながら安全地帯を目指す。


「仁さんも相変わらずだな。怖がりなのによくやるよ」

「僕はね……皇君。日本の人たちに世界のことをもっと知ってもらいたいんだ。僕たちの住む日本がどれだけ恵まれていて、平和なのかということを。そしてその平和が仮初のものだということを……」

「かりそめねぇ……」

「世界にはこんなにも狂気が溢れている。日本のメディアが報道するのは日本に影響を及ぼすような国で起こることばかりで、とても偏りがある。確かに限られた時間で報道するには情報の取捨選択は必要だ。それもわかるんだけど」

「だったら、自分が伝えようってか。仁さんは熱いねぇ……。燃える男だ!」

「大人をからかうのはよしてくれよ、皇君。君だって世界を知る男だ。何も思わないわけじゃないだろ?」

「うーん……。オレは世界遺産を見に来ただけだしなあ。日本のやつはもう全部見ちゃったからさ。ただまあ、仁さん程使命感に燃えてるわけじゃねえけど、世界遺産とか直に見ちゃうと、後世に残さなきゃいけないな、とかは思うぜ? そのためにはこんな争いをしてる場合じゃねえってこともさ」

「皇君……」

「ちょっとしがみついててくれるか?」


 皇は言うと、いきなり直角に道を曲がった。隣り合うビルとビルの間はちょうど1メートル程度で、そこを器用に交互の壁を蹴って屋上へと登っていく。その動作に魔法の発動はない。強靭な脚力と一言で片づけてはいけない光景がそこにはあった。

 片方のビルの屋上にたどり着くと皇と仁はそこから辺りを見回した。そのビルは一番背の高いビルではなかったが、地上よりは充分すぎるほど視界が広がる。

 荒廃した建物と大地。

 そこかしこに無残に散った人々の残骸と主人を失った兵器たち。

 戦場の端まで駆けて行くにはまだ距離がありそうだった。


「思うんだけどさ、安全地帯がねえなら作ればいいんだよな」

「……何をする気だい?」


 皇は仁をその場におろすと肩から斜めに下げた鞄から携帯電話を取り出した。ハードバンクが外国メーカーと提携して製作したハイスペック携帯。白と黒を基調としたシンプルなデザインのタッチパネル式である。


「音声認証モード。ナンバー8888 魔法『雷神のトニトルス・デウス・ラクリマ』!」


 ――天地鳴動。

 大気が、そして大地が震撼した。

 液晶の黄金色の発光と共に空を暗雲が覆い、ゴゴゴッ! と大太鼓を打ち鳴らすような重低音と共に光の矢が大地に突き刺さる。

 一本目を皮切りに空から降る幾千の稲妻の雨。

 この地にいた者は、そこに間違いなく世界の終わりを垣間見た。

 仁は思わずシャッターを切った。皇とはこうした紛争の場で幾度と顔を合わせているが、そのたびに皇の扱う魔法のスケールの大きさに驚かされる。


「仁さん、心配しなくともこの雷は兵器にしか落ちねえ。これだけ雷が降るってことはそれだけ多くの兵器がこの場にあるってことさ。この雷の雨がやんだら安全にこの場を離れられるぜ」


 皇は仁に向けて親指をぐっと立て、笑顔でそう告げた。


 ――西暦二〇三五年 四月九日。

 コロンビア・エクアドルの国境線で起きていた二年に及ぶ紛争は、こうして休戦状態に入り、

 後にこの日の出来事は『稲光の午後』と呼ばれるようになるのだが、二人はまだ知る由もなかった。


次回から第二章。

物語がようやく動き始めます。

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