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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第2章 学園に忍び寄る影
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魔法暴発事件

「それではみなさんよろしいでしょうか」


 霞が関 中央合同庁舎第二号館 一六階。

 大会議室を包む暗闇の中、一面に広がるスクリーンの光のみが瑠華の手元を確認するときの支えとなっている。瑠華は手元の資料を白い長机に置き、正面のスクリーンへと視線を上げた。

 スクリーンの横に立ち、会議室に集まる瑠華や官僚たちの様子を伺うのは漆原という若い男だ。瑠華との連絡役を務め、今回はとある事件の調査報告を任された。会議室に集まる者たちの顔が一様に自分の方へ向いたのを確認すると、「ふぅー」と呼吸を整え、その口火を切る。


「それでは会議を始めたいと思います。私は大臣官房・審議官の漆原といいます。よろしくお願いします。早速ですが、昨年から都内で猛威を振るっている連続魔法暴発事件の現状を報告させていただきます。まずはこちらをご覧ください」


 漆原が手に持った指示棒を伸ばし、スクリーンへ向ける。スクリーンには細長い東京都の全体図が映し出された。


「これまでもアプリの不調や携帯電話が原因となった魔法の事故というのは多数報告されています。我々が魔法暴発事件と呼称するものも、最初の段階ではただの事故として処理されていました。しかし、今回は年が明けてからも事故の数が増えるばかりで、四月に入った現時点ですでに前年を大幅に上回る数の事故が起こっています。これは全て事故と片づけるにはあまりにも不可解な件数です」

「漆原、具体的に今回の件を事故でないとする根拠はなんだ。これまでの事故と区別できるような明確な違いがあるのか?」


 漆原の上司である鈴木の言葉だ。瑠華の隣で足を組み、腕を組み、まるで漆原を品定めするようなその視線は瑠華が一番嫌悪するものだった。


「はい。スクリーンをご覧ください。今、地図上に表示された青い丸印。これは丸の大きさがその周囲での事故件数を表しています。そして――」


 漆原が指示棒で軽くスクリーンを叩く。すると、打合せをしていたように地図に赤い円があちこちで広がっていき、先ほどまで地図上にあったいくつかの青い丸を飲み込み地図は赤一色で蹂躙された。


「この赤い丸は今年の一月~三月までの事故の状況です。先ほどの青い丸は昨年までの平均件数を表示していました。この現象は都内に限定され、他県でこの現象は見られません。つまり、都内の事故に何者かの意志が介入していることが考えられます」

「都内の事故はキャリア別に差はありますか?」

 これは瑠華の言葉である。


 今回この場で話されることを瑠華はすでに聞いている。ゆえに話を円滑に進めるために、要所、要所で合いの手を入れる役を受け持っていた。


「三つの回線別に集計すると、イツモ・一三一件、ビーユー・一一五件、ハードバンク・八三件となり、市場占拠率を考えると妥当な割合だと考えられます。どこかのキャリアが特筆して多いというわけではありません」

「では魔法の系統別ではどうですか?」


 瑠華が確信に触れるようにわずかに語調を変えた。

 系統とは魔法の大まかな種類のことである。

 系統は色で分類され、赤・青・黄・緑・白・黒の全六系統。

 魔法の起動時は携帯の液晶が系統の色に発光する。


「はい。都内で事故と認定されていたものを系統別に集計した結果、赤・五六件、青・一九件、黄・二四件、緑・一三件、白・八件、黒・二〇九件となりました。もともと赤は危険性から、黒は使用率の高さから件数は多くなるのですが、この三か月間での黒魔法の事故件数は、はっきり言って異常です。そして、黒魔法の事故だけに絞ってみた結果、新たな事実が浮かび上がります」


 漆原がスクリーンを再度叩く。すると赤点と青点が消失し、新たに黒点が地図上にいくつも浮かび上がる。最も多いのはスクリーンのほぼ中央。二三区と東京都下と呼ばれる地区との境の辺りだった。


「これを拡大します」


 漆原が続ける。地図の縮尺が変わり地図中央が拡大された。


「おおっ!」


 会場がどよめき、息をのむ。

 そこには何者かの意志が介入していなければできないような模様が描かれていた。

 黒点は西東京市・小金井市・三鷹市・杉並区・練馬区と円を描くように集結していた。

 そして、五つの市と特別区の中心、武蔵野市。

 そこは時間が経過するほどにその黒点を大きくしていく。


「今、武蔵野市での事故件数が増加の一途を辿っています。市民には黒魔法に対する注意喚起を行っていますが、皆、他人事のように関心が薄いようです。また、黒魔法は生活との密着性が強く、依存度も高いので対応が追い付いていないのが現状です。市の通信省支部と警察組織では処理が追いついていません」

「紫丈大臣。あなたの弟君が武蔵野市へ入られたと聞きましたが、その後はどうなっているのですか?」


 鈴木が隣に座る瑠華に問いただす。敬語は使われているものの、そこに敬う気持ちは微塵も込められていない。


「昨日は始業式でしたから、本格的な調査は今日からになるでしょう」

「始業式ですか……。随分と悠長ですね。すでにこれだけの犠牲者が出ているというのに……」


 瑠華は心の憤りを抑えるので精いっぱいだった。腕組みをしている手に自然と力がこもる。

 彼女は武蔵野市の重要性を随分前から部下たちに発信し続けていた。だが、官僚の多くは聞く耳を持たなかった。だからこそ秘密裏に騎衛瑠を使って市内を調べさせたのだが、特に有力な情報は得られなかった。


 そして、最後の調査場所が聖央学園。


 ――かつては瑠華自身も通った母校。

 特に政府関係者の出入りを嫌う傾向があり、調査を後回しにせざるを得なかった。知人の教師を介して騎衛瑠を転校させるのにもかなりの時間を要してしまった。


「彼も今年一七歳になる学生ですから。皆さんに選出していただいた方にも調査には加わっていただいています。そちらに期待してはいかがですか? ご自分でお選びになったのでしょうから」

「…………」


 睨み合う二人。暗がりの中、両者の間で飛び交う火花が見えるようだった。漆原はこの場で話すことはすでに話し終えていたので、慌ててこの一触即発の空気をどうにかしようと話を切り出す。


「と、というわけで、そういうわけです。みなさん、こういうわけなんで、頑張りましょう!」


 静まりかえる場内。

 上司たちの静かな戦いは終わりを告げたが、ドすべりした漆原には逃げ場がなかった。


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