5話 止まぬ戦争の理由(後編)
前線都市ラクアレキの三番区。
ジャック達の通った大街門のある、外部との渉外を担当する区域。
冒険者ギルドがあり、彼らを相手にする武具屋やさまざまな消耗品を取り扱う店が集中する三番区には、当然宿屋が多い。
ジャック達の泊まる宿屋も、ネリア達の泊まる宿屋もその三番区に存在した。
ゆえに、外を出歩いていたリアとネリアが遭遇するのは不思議な事態ではなかった。
リア、と呟くネリアの顔を見た瞬間、リアは笑顔で体当たりをしてそのまま抱き着いた。
小柄な体の衝撃は軽くても、全身の経絡が痛む。
「良かった、生きてたんだね」
ネリアのローブに顔を埋めて頷くリアの頭が、優しく撫でられた。
気持ちよさそうにリアが微笑む。
「お知り合いですか?」
リアの後を歩いてきた人物が声をかけた。
赤橙色の髪を後ろでまとめた女性。質の良い装備を見れば、それを買える程度には腕の立つ剣士と分かる。
正式装備の兵士ではない。
冒険者かとネリアは警戒して、黒い帽子をきちんと被っていることを思い出す。
この前線都市で自分が亜人と知られれば、まず捕まる。
誰の奴隷でもないことを確認次第、尋問されて殺されるのだろう。
「ええと、あなたは?」
「キヨナ・リウェンと言います。この街の冒険者をしています。貴女はもしかしてネリアさん?」
答えるべきか、と一瞬躊躇するネリアに気付かずに、リアが振り返り笑顔で頷いた。
キヨナはリアに微笑み返してから、ネリアに視線を戻す。
「生きてたんですね。ジャックさんも心配していましたよ」
「彼も生きてるの?」
「はい、まだ満足に動けないようですけど。あなたも、体を痛めているみたいですね」
キヨナがさらりとネリアの状態を察する。
上級の冒険者であることは予測していたのでネリアも驚かない。
「事情をよく知らないのですが、とりあえずジャックと合流しますか?」
「あ、はい。お願いできる?」
「ええ。先に用事を済ませますが、すぐに終わります」
キヨナが言うには、冒険者ギルドへ依頼の終了を伝えなければならないらしい。
王都への届け物だったそうだ。
あ、とキヨナが声をあげた。
思い出したようにネリアに言う。
「やっぱり、ここで別れましょう。宿の場所はリアさんが知っています」
「はあ……」
「この都市の冒険者は目利きが多いですからね。ギルドは危険です。街も、あまり出歩かない方がいいでしょう」
見抜かれている、とネリアの背中が粟立つ。
キヨナという剣士は丁寧だが悠然とした態度だった。見下されているとさえ感じる。
余裕のある笑みで小首を傾げて、キヨナが去っていく。わざとらしい動作が不思議と似合う。
「なんか、凄い人ね」
ネリアの感想にリアは首を傾けた。
こちらはわざとらしさがない。幼い雰囲気のせいだろう。
「それじゃ、案内してくれる?」
頷くリアがネリアの手を引いて歩く。
少し年の離れた姉妹のような年齢差で、その姿は特に目立つものではなかった。
昼時の道は往来が少ない。だから、道の先がよく見える。
進行方向の先、広場に人が集まっていた。
群衆が壁のようになり、その中心で何が起こっているのかは分からなかった。
興奮した声が亜人の敏感な耳に捉えられる。
ネリアが舌打ちをしてみせる。
嫌な光景が広がっているのだと、予想してしまっていた。
周囲の人間は広場に向かって小走りに駆けていた。誰も彼も楽しそうだ。
この人の流れに逆らうのは目立つため、もう流されるしかない。
歯を噛みしめる。手を強く握られたリアが見上げるので、首を振って何もないと伝えた。
人の流れのままに広場に流れ着く。
盛況する周囲をリアが見回す。
何の祭りだろう、といった顔だ。
祭りといえば祭り。愉快と言えるかは、人次第だった。
広場は中心ほど高くなっていて、一番高い四段目の高さは子供の背丈ほどはある。
作られる人の壁の上に、中心の光景がよく見えた。
「殺せ!」
誰かが叫んだ。
陶酔した声だった。
「殺せ!」
「非人だ! 殺せ!」
人の山から木霊のように同じ声が返り、共鳴する。
男も女も大勢がいた。
職人や店員などが多く、冒険者は少ない。この街に定住する者ばかりだ。
中央の見世物台にいるのは十数人の縛られた者達と、彼らを拘束する兵士達。
不吉に嘶くのは、調教された軍馬だった。
「これより、都市に不正に潜入していた非人どもの処刑を行う!」
兵士の一人が雄々しい声で叫び、それを増す歓声が広場を覆う。
怯えたリアが顔を向けてくるのが視界の隅に見えたが、何か安心させるような言葉を話す余裕はネリアにはない。
とっとと去るのが正解だが、そうする気は起きない。
人の流れは中心に向かっていて、大きく逆らえない。
自分が亜人である以上目立つこともできずに、何とかその場に留まるしかなかった。
拘束されているのは、一見して獣人と分かる者と、人の形をしているがどこか違う亜人。
ネリアのように長耳の種もいれば、極端に小柄な者もいる。
獣人や亜人の差別のない帝国ではそれぞれの種族や民族の名が呼ばれるが、王国では非人と統一されている。
非人。
人に非ず。
それは意訳すれば、迫害されるべき者達、という意味になる。
「殺せえ!」
隣の男が叫び、リアが震える。
おそらくこの都市ではわずかな娯楽なのだろう。
戦争で非人に家族を奪われた者も多いはずだ。
熱狂の理由は察せられても、恐ろしいものは恐ろしい。
少し目立つけれど、中央から離れるように移動した。
兵士が一歩前に出て、民衆が静まる。声を聴くためだ。
「一人目! 奴隷の身分にかかわらず、主人に手をかけようとした愚か者だ! 立場を弁えぬ蛮行はまさに死罪に値するものだ!」
兵士の言葉に民衆が呼応する。
そうだ! 殺せ! という言葉が群れをなして飛び交っていた。
兵士の隣に突き出されていた獣人の少年の手足に、縄が結び付けられる。
両手両足からのびる縄は、軍馬に一頭ずつ繋がれていた。
少年の口を塞いでいた布が剥ぎ取られ、途端に封じられていた呪詛の声が飛び出す。
「悪魔どもめ! 地獄に落ちろ!」
聞こえたのはそこまでだった。
群衆がそれを超える罵倒を、礫と共に投げつける。
兵士達は手慣れた様子で馬をそれぞれ離れた向きに立たせる。
馬力に逆らえる体力もないのだろう、獣人の四肢が四方に広げられていく。
「嫌だ、死にたくない……やめろ……」
ネリアの優れた視力が、少年の口の動きを読み取る。
目を背けたくなるような嫌悪感が走る。
いつからか腕にリアがしがみついていた。
兵士が腕を挙げる。
人々は慣れている様子で静まり返った。
「やめろ、選民思想者ども、やめろ、やめて、お願い、やめて、死にたくない」
死を前にして少年の心が折れる。
その言葉を聞くためだけの静寂だった。
兵士の腕が振り下ろされ、
その動きを真似るように、軍馬に鞭が振り下ろされた。
訓練された軍馬は鳴くこともなく走り出し。
馬の代わりに人々が動物のように鳴いた。
ネリアはリアの耳を塞いで、挟んだ頭を自らに押し付ける。
馬と獣人を繋ぐ縄が一瞬張りつめて、
子供が虫の足をもぐように、獣人の四肢が引きちぎられた。
大歓声。
噴き出した血が噴水のように太陽を反射し、
肉片が空を舞って、水気のある音を立てて落下した。
声を出すための器官は全て残されている獣人が、吼える。
見るだけで痛々しい光景の、その本人の感覚など推し量れない。
痛い、死ぬ、死ね。その3語だけが唯一聞き取れる言葉だった。
動かす四肢を失くして地面を転がる獣人を兵士は端に放る。血はあっという間に失われていき、絶命は時間の問題だった。
「次の者は、我が軍の施設の破壊工作を行おうとしたものだ」
子供の背丈ほどの女性が引きずり出される。矮人族と呼ばれる亜人の種族だ。
また同様のことを繰り返すのだろう。
見下ろすと、リアが怯えたような顔で見上げてくる。
それから視界の端に、リアとは別の修道女の姿も目に入った。
「大丈夫。行こうか」
頷くリア。はぐれないように手を繋ぐ。
広場への流入が少なくなり、少し移動しやすくなった人混みを抜ける。
残酷な歓声と、悲鳴が繰り返される。
向かう先、広場の出口に兵士が立っていることに気付いた。
特別に検査をしているわけではないが、出ていく人間に鋭い視線を向けている。
耳は隠れているが、この状況では少し怪しいだろう。帽子を取ってくれと言われてはまずい。
しかし人の輪をすでに抜けてしまっている。ここで振り返り戻ってもそれはそれで目立つ。
嫌な緊張が胸をきしませる。
「あの、もし」
袖を掴まれて振り返ると、修道服の女性が立っていた。
リアのものと似ているが縫い付けられた刺繍が少し違う。
ひし形の中に、より鋭い角度のひし形が描かれている。リアのものはひし形の中に円が描かれていて、違う宗派なのだと分かった。
「こちらへ」
女性は静かに手で招き、先導する。
突然のことでわけがわからない、とリアがネリアの顔を伺う。
「今は従うしかないね」
ネリアはそっと囁くように答えた。
リアの手を引いて、先導する修道女を追う。
修道女の進む先は広場に面した教会だった。
喧騒を背に内部に入る。
重い扉が閉まると、急に外の音が遠くなった。
「危ないですよ、迂闊に広場に入っては」
ステンドグラスからの明かりだけが光源の薄暗い礼拝堂に、修道女の声が小さく響く。
左右に並ぶ長椅子には誰も座っていない。
修道女は教壇の少し手前で振り返って、ネリアに微笑んだ。
「ねえ、亜人さん?」
* *
ギルドに入った瞬間に視線が集中する。
「キヨナじゃないか、死んだと聞いていたが」
「死にかけるような敵が欲しいところですね」
かけられた声に応えて、気楽に笑い合う。
もう何年も冒険者として活動しているので、顔なじみが多い。
ギルド支部の中でも水準の高いラクアレキであっても、一等階級の冒険者は多くない。
特に純粋な近接戦闘ではキヨナに敵うものはいない。
女性だからと喧嘩を売ってくる弱者が減ったことは、喧嘩を売ってきた男どもを全て打ちのめしてきた努力の継続によるものだろう。
羨望や畏怖の視線を無視して、キヨナは受付に向かう。
「請取状です。お使いの類はこれっきりにしてくださいね」
「すまんね。一等以上にしか頼めないものだったんで」
受付の男が書類を受け取る。
お偉い誰かからの依頼だったらしく、実績のある冒険者を使う必要があったらしい。
「報酬はいつも通りギルドでいいです」
一等階級の報酬は金額の桁が、それ以下の等級より二つ三つは増える。
中級下級のように貨幣を毎回受け取っていられないので、ギルドが銀行の代わりに報酬を預かっていた。
国や都市、あるいは金貸しが営む同業の方が利率は良いが、王・帝国に広がるギルドの方が破産の心配がない。
金が欲しいわけではないキヨナからすれば、手間もいらないため当然の選択だった。
受付は頷くと、一枚の紙をキヨナの前に差し出した。
「お前好みの依頼があるが」
「どんなです?」
「エグザリから直接のものでな、腕の立つ者を集めている。すでに一等階級が6人参加を決めているが」
「へえ、軍部が表立って依頼をするなんて珍しいですね」
「詳細は明かされていないが、どうする?」
「残念ですが先約があるので」
キヨナは微笑んで踵を返す。
そのままギルドを出るつもりだったが、途中で顔見知りの冒険者を見つけた。
キヨナと同じく一等階級だがその期間は倍ほどもある、歴戦の槍士だ。
昼間から酒を呷っているが、これが彼の仕事でもある。高位冒険者がいることで暴力沙汰の抑止力になっているのだった。
キヨナも暇な時に何度か請けたことがあるが、彼はとりたてて多い。酒を飲んでればいいというのが好都合なのだろう。
その席に向かう途中で空いている椅子を掴み、男の隣に置いて座った。
「なんだキヨナ、相変わらず飢えた目をしてるな」
酔っているせいか上機嫌な声だった。
キヨナは少しでも酔いをさまさせようと冷たい視線を送る。
「エグザリからの依頼を受けました?」
「ああ、あれか。きな臭えがな、王国民としては受けるべきだろう」
「不自然ではありませんか?」
キヨナの言葉に、男が口の端を曲げた。
気付くよな、と男が声に出さず口を動かす。
キヨナは小さく頷いた。
「ギルドが依頼を受理することがおかしいです」
「まったくなあ」
男が頷く。
西方戦線は、表向きは王国とそれに逆らう非人達の同盟との戦いだ。
しかし少し考えれば分かるように、帝国がそれを放っておくわけがない。亜人・獣人差別のない帝国と非人同盟は国交があり、王国を疲弊させるために戦力や兵站を援助しているのが当然だろう。
実質は王国と帝国の戦争。帝国側が、代理を立てているに過ぎない。
直接両者が戦っている北方戦線にはギルドの関与が禁止されている。そういう三者協定が結ばれているからだ。
結局は王・帝国の代理戦争であるがゆえ、ギルドは西方戦線に決定的な関与を避けてきたはずだ。
「正式にギルドが干渉していけないわけではないですけど、それでも今までは微々たるものだったでしょう? 冒険者にお呼びがかかるのは基本的には防衛線、臨時のものだけです。これは、ギルドが戦線に影響を与えたくないという証拠でしょう?」
「加えるなら、戦争特需だな」
男が酒を呷ってキヨナに付け加えた。
商売の基本が需要と供給との均衡式で表せる以上、大量の消費を行う戦争は経済的に優れた行為だ。
商人だけでなく、大量の死人によって冒険者の需要も高まる。
死亡率こそ高いものの稼ぐならラクアレキ支部、というのは冒険者の通説だ。
「つまりは、ギルドは戦線の膠着を望んでいるわけです。しかし、それに対してエグザリは優秀な将軍です。これほどまでに優勢を作った将軍に例はないのでしょう?」
「まあ、俺の知る限りでは群を抜いているよ。この数年で三つの拠点を取り返し、さらに二つの要塞を攻略したんだ。
王国軍の全てを探しても、五指に入る名将だろうよ」
「そんな優秀な者の依頼に、一等階級を放出するのは、やはり不自然ではないですか?」
「その通りだ。聞く限り、請けたやつらはみんな同じ事を思っているさ」
男は不敵に笑う。
それは、何かを期待するような笑みだった。
「だがね、俺に言わせれば簡単な話だ」
「どうぞ」
勿体付ける男に、先を促した。
男は酒を呷ってから、酒に焼けたかすれ声でしゃべる。
「エグザリは戦争を終わらせる、勝利する見込みをつけたわけだ。それならばギルドも勝ち馬に乗るしかない」
「できますかね」
キヨナの人生を三度繰り返したよりも長い間戦っているのだ。
一人の名将の存在によって変わるものなのだろうか。
「できるかじゃない、やるんだよ」
男が力強く言い切った。
「この戦争は命を吸いすぎている。ここらが落としどころでも、誰も文句は言わないさ」
* *
リアがそっと、ネリアを庇うように前に立った。
以前にもこんなことがあったな、とネリアが思い出す。
「亜人? 私が?」
「とぼけるのは面倒なのでやめましょう。耳を見せてください、と言えばおしまいですから」
修道女の微笑みは絶えなかった。
「あなた達、鋭耳族は見分けが付けにくいとはいえ、慣れたものが見れば分かりますよ。監視の兵士程度では五分五分といったところでしょうが」
「あなたは何なの?」
ネリアの疑問に修道女は頷く。
「気になりますよね。ですが、あなた達亜人や獣人の敵ではないとしか今は言えません。その証拠に、こうしてあなた達を兵士達から保護したわけです」
「あなた、天神教の教徒じゃないよね」
天神教の教会で、修道服を着ている相手にネリアが言った。
何故なら天神教は基本的に亜人や獣人の存在を認めていない。神が自分の姿に似せて作ったのが人間達で、亜人や獣人は人に非ざるものという教義だからだ。
その天神教が王国の国教となったからこそ、非人同盟の分裂が起こったとも言える。
「この教会の修道女ではありますけどね、信心が無い者を教徒と呼ばないのであれば、あなたの言う通りです。そこの修道女さんの前で言うのは申し訳ないですけどね」
修道女は違う教派の修道衣姿のリアを見て微笑んだ。
「処刑が終わってしばらくすれば安全に外に出られるでしょう。私は仕事に戻ります。何もありませんがゆっくりしていってください」
「あ、ありがとう」
修道女はネリア達の横を通って出口の扉を開ける。
明るい光が差して修道女の顔が照らされる。外の喧騒が漏れ聞こえてきた。
「ああ、それと、何か困ったことがあればいつでも来てくださいね。結構色々なことができると思いますよ」
そう言い残して、女性は扉の向こうに消えていった。




