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   5話 止まぬ戦争の理由(前編)


 ジャックの前には、差し出されたさじ


 匙を握るのは細い指をした右手で、修道衣に包まれた腕の向こうには満開に咲いた笑みがあった。

 くすんだ赤のくせっ毛に、その赤に少し黄色を混ぜたような橙色の瞳。


 リアである。


「……いや、その、自分で」

「できないのだからそのざまなんですよ」


 狼狽するジャックにキヨナはからかうような声をかけた。

 ジャックが睨むのもどこ吹く風と、窓際に置いた椅子に座り、暗くなった外を眺めている。


 都市壁の存在する規模の都市では、夕陽が壁に遮られると急に明るさを落とす。

 空はまだ赤色を残すのに、辺りはすでに夜に近い暗さだ。


 キヨナの瞳は道を往来する人々に向けられていた。


 兵士などの戦う者や、輸送商人などのあきなう者の雰囲気を見れば、知ることのできることもある。

 緘口令かんこうれいを敷いたところで敗戦が濃厚なら兵士には絶望や悲壮感がまといつくし、軍の財政は商人の質や数でいくらかは類推できる。


 しばらくラクアレキを離れていたキヨナだが、都市の空気はさほど変わっていない。

 冒険者達は乾いた目つきで明るく笑う。刹那主義ともいえる、命の値が安い者ばかり。 

 兵士は使命感に殉じるような顔つき。こんな最前線でなお厳格な秩序が保たれているのは総司令官たるエグザリの器量だろうとキヨナが内心で称賛する。


 部屋の中に視線を戻すと、ジャックが不機嫌そうに食事をしていた。

 体がほとんど動かない自分の代わりに、リアが匙を口に運ぶのが気恥ずかしいのだろう。昏睡中いったい誰が下の世話をしていたのかを告げてみようか、と意地の悪い考えがキヨナに浮かんだ。

 リアの方は嬉しそうにジャックの世話をしている。ジャックの昏睡中も、リアは自分の怪我も構わずに甲斐甲斐しく看護していた。


 不思議な二人だ、とキヨナが思う。


 ジャックの方は、彼の語った元共和国の謀殺部隊といった経歴にそぐう雰囲気を帯びている。周囲の警戒の仕方や、絶えず視界全体を捉えている視覚の処理能力は特殊な訓練を受けた証拠だ。

 何よりも険のある目つきには、死の匂いがこびり付いている。闘争を追う戦士の瞳ではなく、死を商いにする者特有の瞳だ。


 リアは彼の傍にいるのが不似合いだ。

 発話障害を持っているようだが、そんなもの関係ないとばかりに明るく感情が豊か。

 文字もかけるようだし、キヨナが少し話した限りでは頭も悪くない。キヨナの好みで、素直で純粋な子、と一般的には称すのだろう。


 組み合わせとしては、違和感の多い二人だ。


 ただ、リアにジャックと似た部分があるとすれば、それは夕焼けのような色をした瞳の雰囲気だ。

 リアはその瞳に不意に陰を落とすことが多い。それは貧困街の住民がよく見せるものと同じ陰だ。


 聞けば依頼主とその依頼をけた冒険者の関係だという。

 それにしては仲が良い。というよりは、リアはジャックを慕い、ジャックもそれを邪険にせず気にかけているようだ。


「キヨナ」


 食事を終えたジャックが呼びかけた。リアは食べ終えた器を洗うために部屋を出て水場に向かっていて、部屋にはジャックとキヨナの二人。


「何でしょうか」

「他に生存者はいなかったのかな」


 襲われた地竜車のことだろうというのは言わなくても分かった。

 キヨナは落ち着いた声で告げる。


「あなた達が倒れていた場所からラクアレキへの道には死体が続いていました。火傷ではなく、煙を吸ったことによる窒息のようですね」

「いくつかは覚えてる?」

「いくつ?」

「死体の数」

「数えていません」


 死に体のジャック達を運ぶために急いでいたため、そこまで注意を払っていなかった。


「私がラクアレキに着いた時、竜の襲来についての聴取を都市兵にされました。その時、私よりも前に生存者が避難したという話はありませんでした」

「そっか、ありがとう」


 死体の数が分かれば、地竜車の乗客の数から生存者の有無を確認できたところだったが、上手くはいかなかった。


 ジャックは、ネリアが情報屋の少女と共に避難したことを確認している。

 あの黄色いケープの少女は簡単に死ぬような人物ではない。ネリアも含めて生きていることを期待していた。


 しかし、いくらひねくれ者のあの少女といえども、都市兵の聴取を受けないことはなさそうだ。

 山の異常は都市からでも分かるはずだし、そんな状況で訪れた者を素通りさせることもあり得ない。

 高い確率で死んでいる。


「そうか……」


 ジャックは苦い思いを噛みしめる。

 一体何のためにネリアの居場所を奪ってまで連れだしたというのだろうか。



  * *



「ところがどっこい、生きてるんだけどね」


 ジャック達のいる宿屋を丸い視界に収めて少女が楽しそうに呟いた。


 少女が腰掛けるのは街の時計塔の制御室に設けられた窓。片目に宛てがっているのは望遠鏡と呼ばれる南東の特産品だった。

 すでに王国軍でも普及を始めているが、まだ民間で購入するには高価なものだ。


 ケープを風に揺らしながら、少女は開いたままの窓を観察する。


 角度的にジャックの姿はほとんど確認できないが、窓際の女性剣士の姿ははっきりと唇の動きまでよく見える。

 女性の方の唇を読むだけでも会話の内容はだいたい推測できた。


「それにしても、あれはキヨナ・リウェンだよね」


 高名な冒険者や武具を、情報屋として少女は記憶している。

 聞いていた風体に似ているし、一瞬見えた剣は軌跡閃くアイペロスのように見えた。


「……」


 腑に落ちないのはああして呑気に会話をしていること。

 一等冒険者への昇格にはいくつかの義務が生じることを少女は知っている。竜の呪への対処もそれに該当するだろう。


 竜の呪についてキヨナが知らないという可能性もあるが、考えにくいと少女は思う。最近の呪の成った例には、剣士として最高峰の名前の者もいたはずだ。剣力を追うキヨナが知らないはずはない。

 あるとすれば、よほど上手にジャックが隠したか。


「それより気になるのは……!?」


 少女は慌てて身を翻して室内に戻る。


「……さすがというか」


 望遠鏡越しにキヨナの瞳がこちらに向かうのをはっきりと見た。

 少女の肉眼では窓の大きさは小指の爪ほどにも届かない。人の形を認識すらできないだろう。

 氣力による肉体活性か、所謂いわゆる第六感というものか。


 リバーシブルのケープを黒色から黄色に戻して、少女は時計塔から出る。


 夜というにはまだ浅い時間、急いで道を行く人に紛れた。まさかキヨナが追跡してくることはないとは思っているが、念を入れて損することもない。


 通行人は武器を携行させるものが多い。兵士や冒険者が多いせいか、浮浪者や街の不良のような人間は少なかった。


 裕福そうな商人の一団が通るので、少女や通行人が道を譲った。


 一団の最後尾には足かせを嵌めた亜人や獣人が死んだような表情で続く。

 奴隷として売られたのだろう。力の強そうな男の獣人や、容姿の整った若い少女の亜人など、商品価値の高そうな者ばかり。


 体が汚れ、傷だらけなのは何日も拷問にかけられていたからだろう。

 見るに無残な光景でも、通行人達はむしろ楽しげにその奴隷達を眺めた。


 非人が、いい気味だ。小さく呟いたひとりの言葉が、周囲の気持ちを代弁していた。

 どんなに残酷な行為でも、相手が悪であるならそれは正義となる。住人達はそんな論理を掲げているし、その論理に酔ってもいた。


 酔わなければ、やってられないのだろう。

 一〇〇年を超える戦争と、その間に加え、あるいは加えられた残虐行為は、素面しらふでは直視に耐えるものではない。


 少女は黄色いケープの下で侮蔑の笑みを浮かべた。

 つまらない連中だ、と心中で吐き捨てる。


 現実を見ない連中のことが少女は嫌いだ。

 熱狂で、あるいは周囲との同調で視界を歪めるようなやからは、正しく現実を認識しないままに死んでいく。自己満足の幻想を胸に抱えて、だ。


 現実を見ろ、と少女は思う。

 正しく認識した上での残虐な行為こそを、少女は望む。


 心の平静を保ちたいという本能を超えて、自らの意志で現実を歪めない愚か者が少女は大好きだ。

 正義は幻想に酔ったままでも行えるが、悪行は現実を認識したものだけが行える尊い行為。意志ある存在の意義である、と少女は考える。


 だから、この西方戦線でこれから起こることが少女は楽しみだ。

 一〇〇年間均衡を保っていた、ある意味で平穏だった戦況が崩れる。


 荒れた場では、意志ある存在が台頭する。

 それはどんなに楽しい光景だろうか。


 自分の想像で機嫌を直した少女は道の途中、屋台で軽食を販売している列に並んだ。

 温めなおしたパンに焼いた肉を挟むだけの簡素なものだが、鉄板の上で熱せられる肉やタレの匂いが食欲をそそるのかそれなりに盛況している。数分間は並びそうだ。


「ねえお姉さん、ちょっといい?」


 少女は前に並んでいた女性に話しかけた。

 扇情的に着飾った女性は化粧で誤魔化してはいるがお姉さんと呼ぶには熟成されている。色香だけは残しているので、娼婦としてはそれなりに稼げるだろうな、と失礼な感想はおくびにもださない。


 女性は振り向くと、娘ほどに小柄な少女に微笑んで見せた。


「あら、何かしらお嬢ちゃん」

「宿の名前と場所を忘れてしまったの。三番区の一番北側というのは覚えてるんだけど」

「北側ねえ、それならワチナシアかな。エルフの耳の形の看板に見覚えはある?」

「ある! お姉さんありがとう、助かった」


 もちろん初耳である。

 一番北の宿とだけ決めていたので、誰かに尋ねる必要があった。娼婦ならば宿にも詳しいと思ったが、当たりだったようだ。


 娼婦はそれからそのワチナシアという宿への道順を丁寧に教えた。順番待ちで暇なこともあったかもしれない。

 ひとりなんだから気をつけなさいね、と人のよい娼婦は軽食を手に去って、少女も軽食を買って歩く。


 聞いた通りの道を進んで、やがてエルフの耳を模した看板を見つけた。


「良かった良かった、綺麗なところじゃないか」


 低級冒険者向けの宿も覚悟していたが、ワチナシアとかいう宿は綺麗な四階建ての建物。増築の痕がわずかに見えるのだから、ずいぶん繁盛しているのだろう。


 入り口をくぐると、赤橙色の魔力灯が明るい。少女がざっと見ただけでも十以上の、二階より上の廊下も考慮すれば四〇個以上の魔力灯があると予測できる。やはり資金は潤沢なのだろう。

 カウンターの男性が丁寧に頭を下げて挨拶をした。


「先に入ってると思うんだけど。こう、ひょろ長い男と金髪の女性の」

「はい、伺っております」


 部屋の番号を聞いた少女は、言われたとおりに二階に上り、奥から二番目の部屋の前に立つ。

 リズムカルな独特のノックをすると、扉が内側から開かれた。

 トビ鼠と呼ばれている男だった。


「ご苦労様」


 トビ鼠は無言で下がり、主に道を譲る。

 四人部屋だが、少女が思っていたよりも広い。雑魚寝でもさせれば五倍の人数が寝られそうだった。


「いやあ、ろくな説明もなしにごめんね。体の方は大丈夫かな?」


 少女は明るく言いながら荷物を床に放り投げる。即座にトビ鼠がそれを拾ってカバン掛けに掛けた。

 その様子をベッドの上から見るのは、ネリア・フォスターだった。室内だというのに帽子を被り、警戒したような目で二人を見ている。


 ネリアはゆっくりと口を開いた。


「体の方は動くようになった。生命力もある程度は」

「そう? それは良かった。でも経絡はまだ痛むのかな?」


 少女の微笑みにネリアが口を閉ざす。

 竜の炎弾を防ぐ際、ネリアが二回目の魔力障壁を張るために使った紫の魔力石は出力が大きすぎた。


 鉄砲水に川辺の地形が剥ぎ取られるように、ネリアの経絡は傷ついている。

 しかし、魔術はネリアのほぼ唯一と言っていい武器だ。それが封じられていることを明かせるほど信用は置けなかった。


「隠さなくてもいいよネリアちゃん。魔力砲に使うような高密度の魔力石だったから、傷んで当然」

「……なんでそんなもの持ってるのよ」

「えー? なんでだろうねえ。はい、これご飯。お腹すいたでしょ」


 はぐらかすネリアに、少女は買ってきていた軽食を渡す。

 香ばしい匂いのそれを見て、確かに空腹だったネリアはそれを食べ始めた。


「いやあ遅れてごめんね。トビ鼠はここを空けられないし、お腹空いてたでしょう」


 少女はネリアの隣のベッドに飛び乗って、手足を投げ出した。

 上等なベッドに沈み込む少女を、ネリアは訝しげに見つめる。

 少女がその視線に気づいて微笑んだ。


「どうかした?」

「どうかしたって……、その、説明をしてほしいんだけど」

「まあそうだろうねえ。トビ鼠は何か言ってくれなかった?」

「彼、寡黙な人ね」


 ネリアは呆れた目でトビ鼠を見た。

 トビ鼠は椅子に座って瞼を閉じている。この数日、彼とネリアとの間に会話はほとんど無かった。


「何を説明してほしい? ボクがどこにいっていたか、とか? それとも検問を避けて密入した理由? それとも……」


 少女がいたずらっぽく微笑む。

 あどけない見かけとは対照的に、続けられる言葉はネリアの肝に氷をあてた。


「ネリアちゃんが亜人だってことをなんで隠しているの、とか?」


 表情を固めたネリアが、少女を睨む。

 少女は気にせずに大きく伸びをして、それから息を吐いて脱力した。


「全部。全部、説明してほしい」


 硬い声のネリアに、少女は柔らかい声で答える。 


「嫌だね」


 端的な拒否だった。


「情報屋にものを教えてもらうには対価が必要さ。キミには魔術結界の借りがあるけど、こうして手当をして、検問を抜けさせたことでそれは返したつもり」


 少女の言葉に返せる反論はネリアにはない。

 魔術結界は結果的に少女やトビ鼠を助けることになったが、あれは自衛のためのもので、本来そこまで恩義を覚えるものでもない。


「あるいは、そうだなあ、ネリアちゃんは冒険者だよね」


 少女が微笑む。


「ボクの依頼を受けてくれるなら、その報酬として情報を渡してもいいよ」



   * *



 夜が更ける。

 眠ってしまったリアを別室に運んだキヨナが、ジャックの部屋に戻る。

 その手には酒瓶がひとつと、グラスがふたつ。


 ランプの中の炎が、揺らめきながら部屋をぼんやりと照らしていた。


「可愛いですね、リアさん。もし子供を持つような人生に生まれていたら、あんな子供が欲しいです」


 柔らかく言いながらキヨナはベッドの側の椅子に座る。

 サイドテーブルにグラスを置いて、酒を注いだ。


 ジャックは呆れたように返す。


「それが発話障害児でも?」

「誰だって障害児ですよ。分かりやすいかそうでないかの違いがあるだけです」

「生きるのに支障があるかないかだ」

「そこを議論する気はありません」


 キヨナはグラスを口につけながらジャックを観察する。

 寝たままのジャックは瞳だけをキヨナに向けている。


「私のお酒が飲めませんか?」

「いや、動けないんだけど」


 ジャックの戸惑うような返答に、キヨナが小さく笑う。


「回復しているでしょう?」


 見透かしたような言葉は、事実だった。

 諦めてジャックは起き上がる。気だるげで緩慢な動きだった。


「どんな観察力だよ」


 密かに生命力を回復に回していた事実を、どうやって気取けどったのか。


「感じられる生命力から計算しただけです。ずいぶん余裕があるようですね」

「俺も意外だよ」


 グラスを掴んだ右手を見つめながら、ジャックは自分の内部に感覚を集中させる。


「この数年強まるばかりだったツェルドーグの呪が、ずいぶん弱まっている。

 この前の竜の呪が静かに拮抗しているようだね。お陰でいつもより生命力を抵抗に回さなくて済む」

「いいことばかりでもないでしょう。二つの呪が戦っていて、体が無事なわけがありません」


 キヨナの言葉通り、ジャックは自分の体が静かに壊れていくのを感じていた。

 呪の進行と体の破壊のどちらがマシなのか、ということはジャックには分からない。しかし、後者の方がしばらくは自由がきくことも確かだった。


「それで、保留の件はどうなったかな」


 リアが来たために中断していた会話を、ジャックが再開させる。

 自分が処理対象であるかどうかの確認にしては平静とした態度だった。


「取引をしましょう」


 キヨナが微笑む。


「貴方が遭遇したという夢を喰らう竜のもとに、私を案内しなさい」

「……は?」

「呪を通じて分かるはずですが」

「できなくはないだろうけど」

「一度竜と手合わせをしてみたかったところです。渡りに船というやつですね」

「手合わせって、本気?」


 微笑むキヨナの瞳が豹のように好戦的な光を浮かべる。

 それは返答に充分であり、しばらくの沈黙が生まれた。

 ジャックが小さく息を吐く。


「剣囚、か」


 剣技や剣力を追うために全てを捨てる生き方を選んだ人間の蔑称だった。


「金や愛、神に囚われるよりも素敵な生き方でしょう?」


 キヨナは微笑みを崩さない。自覚していたし、それを恥じてもいないからだった。


「ここに拠点を置くのもそういうこと?」

「ええ。ギルドが干渉できない北方戦線と違って、こちらなら冒険者も前線に立てる。強敵に困らないから自分を研ぐのに最適な場所です」


 冒険者ギルドは王国と帝国の両大国の承認を得て活動しているため、両国の対立する北方戦線ではどちらにも加担しないことを宣言している。

 冒険者として最も多くの戦に接するなら、相手が王国への叛徒はんとである非人同盟との西方戦線が適している。


 戦争を肯定的に捉えているキヨナは、リアとは逆なのだろうな、とジャックが思った。

 あの子は戦争の悲しい面ばかりを見てきたのだから、と。


「見逃してもらえるなら、その案内くらいはする」

「では、取引成立ということで。貴方の呪が成就する寸前まで見逃すことを誓いましょう」


 キヨナの赤橙色の瞳は、すでに竜との戦いの仮想を見つめていた。

 期待を隠さない態度を見て、ジャックが計算する。


「こちらからの条件はひとつ」


 不意の言葉に、キヨナが驚く。

 ジャックは、そんな立場か、と口を挟まれる前に続けた。


「リアの依頼に協力すること」


 あつかましい条件に、即座に反発することをキヨナはしない。

 先ほどの一瞬、完全に油断をした。足元を見られた自覚があった。


 数秒考えて、あきれた口調で問い返す。


「認められない、と私が言えば」

「仕方ないね、俺は死んで、あんたは竜と戦えない。互いに損で残念だ」

「いいでしょう。私が未熟でした。ただし、それ以上の条件は認めません」


 竜と戦えないことは惜しいが、これ以上付け込まれると今後の冒険者としての活動に差し支える可能性がある。

 御しやすいという評判が広まるかもしれないからだ。


「しかし、安い値段の命ですね」


 キヨナの皮肉に、ジャックは自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。

 物心がついた頃からジャックの命は、容易に天秤にかけられる軽さだった。


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