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護衛の話

 昔から、他人に興味が無かった。インキュバスの癖に珍しいと言われるのにも慣れきっていた。

 人間にはよく誤解されたが、淫魔族だからといってセックスしないと死ぬわけではない。他人との関わりをほぼ持たずとも、生命維持に支障はない。だから俺は、ずっと最低限しか他人と関わらずに生きてきた。

 女王に仕えることになった時も、正直面倒だと思った。初めて見たアウリは産まれたての赤ん坊で、それを男達だけで育てていくのだという。そんなものに付き合わないといけないのかと思うとうんざりした。

 幸いにも、俺には魔力があった。体格にも恵まれていたし、護衛として名乗り出ればすんなり受け入れられた。役目を果たすために付き従う必要はあるが、関わる機会はこれで減るだろうと思ったのだ。

 しかし思惑は裏切られた。なぜかは知らないが、アウリは俺に懐いたのだ。不機嫌な時でも俺が顔を見せるとニコニコと笑い、寝付けなくてぐずっていても俺が頭を撫でてやったらすぐに寝息を立てる。成長し自分で動き回れるようになると、俺の後をついてくるようになった。世話役には「お前が面倒を見たほうが早いんじゃないか」とすら言われた。

 役目を放り出し屋敷を去るのはプライドが許さず、さりとて女王を邪険にも出来ない。どうせ数十年の我慢だと己に言い聞かせる日々が続いた。

 転機となったのはいつだっただろう。アウリがしっかり自分の足で歩けるようになり、拙いながらも言葉を発し始めていた頃だったはずだ。

 その日は、屋敷の庭に出ていた。白詰草の咲く上に座り込み、アウリは世話役に教えてもらいながら花冠を編んでいた。幼いアウリの手では白詰草一本でもいっぱいになっていたことをよく覚えている。

 ゆっくり時間をかけて花冠を一つ編み上げたアウリは、真っ直ぐ俺の元へ歩いてきた。

「てせる!」

「……なんだ」

 女王はまだ小さいのだから、話しかけてきたら屈むようにと口を酸っぱくして言われてきたことを思い出し、片膝をついた。目を合わせると、アウリは目をキラキラとさせていた。

「あげる!」

 言うなり、アウリは俺の頭に花冠を乗せた。長時間握っていたせいかくたくたになっていて、あちこち茎が飛び出したままの、不格好な花冠。それでも彼女が一生懸命編んでいたことは分かる。それを、真っ先に、俺に与えにきたのだ。それを理解した瞬間、ぱっと目の前が明るく開けたような錯覚がした。

 あの時の気持ちはよく覚えているのに、今でも言葉に出来ない。ただ、あの出来事は、俺の中のアウリに対する感情を鮮やかに塗り替えてしまったのだ。

 あの瞬間から、アウリは俺の唯一無二になった。

 隣で眠るアウリの手をそっと握る。あの頃とは違う、細く長い指のある綺麗な手。でも、俺の傍に居たがるのは、彼女の好意は変わっていない。

 アウリは覚えていないだろう。彼女にとっては幼い頃のことだし、彼女にとって当たり前の取るに足らない出来事だっただろうから。しかし俺は、変わってしまった。

 護衛と言っても複数人いて、俺が四六時中付いている必要はなかったが、俺は自分の意思で彼女の傍に居るようになった。好かれていることのをいいことに軽く世話を焼くようにもなった。いつか、彼女が伴侶を選ぶ時、俺を見てくれるようにと。

 しかし、それ以上のことは出来なかった。自分でも分かっている、女王とはいえ幼い子供に、度の超えた執着をしていると。いつか彼女が、俺以外の男に笑いかける時が来ることを恐れているなんて。

 彼女が成長し美しくなるたびに、恐怖が増す。彼女が求めてくれるまで触れないと堅く心に決めていたが、だからこそ、他の男ににこやかに接しているのを見ただけで焦燥が喉を焼いた。

 だから俺は、獣の襲撃を利用した。

 あの時、狼が屋敷に近付いてきていることはだいぶ前から察していた。しかし思い付いてしまったのだ。俺が彼女を庇って怪我を負えば、彼女の心に俺という存在を刻みつけることが出来るのではないかと。

 ……結果として、それは間違いだったのかもしれない。彼女を余計に悩ませる原因になってしまったかもしれない。けれど、彼女が罪悪感を覗かせるたび、仄暗い喜びが湧き上がる。彼女は一生俺を抱えてくれるだろう。

「……アウリ」

 余程深く寝入っているのか、声を掛けても頬に触れても起きる気配はない。こんな俺に無防備な姿を見せてくれる。

 触れたら溶けて消えてしまいそうな淡い金髪、舌で確かめたくなる白い肌。キスを待ち望むかのように軽く突き出された瑞々しい唇に、甘い甘いストロベリーピンクの瞳。全身が砂糖菓子のように甘く誘うひと――俺の最愛。

 俺の全てを差し出すから、どうか。

「ずっと、俺だけにその笑みを向けてくれ」

 触れた唇は、苦くて甘い、罪の味がした。

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