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無限地獄への片道切符

朝六時。

私は今日も、忌まわしい目覚まし時計の音で叩き起こされた。

かつては昼過ぎまで惰眠を貪っていたこの私が、今や朝日と共に目覚める健康優良児。

ああ、なんという堕落。いや、これは堕落の逆か? いや、それも違う。これは拷問だ。


「ふぅ…今日で一週間か…」


ピンクのクソダサジャージに着替えながら、私は鏡に映る自分の姿を眺めた。

なんということだろう。頬のたるみが消え、目の下のクマも薄くなっている。

肌にはハリが戻り、髪にも艶が。

最悪なことに、健康的になってしまっている。


「これだけトレーニングしたのじゃから、もう最強になってるじゃろ!」


私は腰に差した魔剣グラットンに向かって、希望的観測を述べた。

一週間。地獄の一週間だった。

朝のランニング、筋トレ、味のしない食事、プロテイン地獄。

これだけやれば、もう十分ではないか。そろそろ敵軍を一掃できる力が身についているはず。


『プッ…』


魔剣から、明らかに嘲笑の気配が漏れた。


『そんなわけ無いだろ、アホか。お前がやってきたのは、ただの基礎体力作り。戦闘訓練はこれからだ』

「は?」

『今までのは、訓練に耐えるための準備に過ぎない。さあ、今日から本格的な戦闘訓練を始めるぞ!』


ガシャン、と音を立てて、訓練場の扉が開いた。

そこには、王国騎士団の屈強な男たちが、ニヤニヤと笑いながら待ち構えていた。

手には木剣、身体には軽装の鎧。明らかに私をきびしーーく鍛える気だ。


「ちょ、ちょっと待つのじゃ! 我はか弱い王女ぞ!?」

『安心しろ。手加減はするよう言ってある。死なない程度にな』

「死なない程度って、それ手加減って言わんじゃろ!」


騎士たちがじりじりと距離を詰めてくる。

逃げ場はない。絶体絶命。

だが、私には切り札がある。そう、『願いを叶える魔剣』という切り札が!


「ならば願おう、グラットン!」


私は高らかに宣言した。


「戦闘訓練は一日で終わらせてくれ! たった一日で、我を戦闘マスターにするのじゃ!」


どうだ! これなら長期間の苦痛から解放される!

一日くらいなら、まあ、我慢できなくもない。多分。きっと。おそらく。


『ククク…面白い願いだ。よかろう、叶えてやろう』


おお、意外とあっさり!

これは勝利の予感! 明日には最強の私が誕生し、敵軍を蹴散らし、再びベッドで夕方までゴロゴロできる日々が…!


『では選ばせてやろう。精神と時の部屋で一年分みっちり修行するか、今日一日を無限にループさせるか。どっちがいい?』


「…………は?」


私の思考が停止した。

精神と時の部屋? それって、外界では一日でも中では一年が経過するという、あの伝説の…。

今日をループ? それって、同じ一日を何度も何度も繰り返すという、あの悪夢の…。


「ちょ、ちょっと待つのじゃ! それ、どっちも地獄じゃないか!」

『その通りだ。だが、お前の願い通り"一日で"戦闘訓練を終わらせてやる。さあ、選べ』


騎士たちが、木剣を構えた。

今にも襲い掛かってきそうだ。


「ぴえん…」


私の目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

なぜだ。なぜこの私が、こんな目に遭わねばならんのだ。

ベッドが恋しい。プリンが食べたい。ゴロゴロしたい。


『時間切れだ。では、私が選んでやろう。今日は記念すべき戦闘訓練初日だからな…両方だ!』

「両方!?!?」


次の瞬間、世界が歪んだ。

空間がぐにゃりと曲がり、訓練場の風景が変化していく。

気が付けば、私は真っ白な空間に立っていた。床も壁も天井も、全てが白。

そして目の前には、先ほどの騎士たちが、変わらぬ笑顔で立っている。


『ようこそ、精神と時の部屋へ! ここでは外の一日が、中では一年となる! そして、お前がちゃんと訓練をサボらずこなせば、一年後に外に出られる!』

「一年!?」

『だが、もしサボったり、手を抜いたりしたら…最初からやり直しだ! つまり、ループする! 完璧にこなすまで、何度でも、何度でもな!』


悪魔だ。

こいつは本物の悪魔だ。

魔剣とか言ってるけど、実は地獄の大魔王なのではないか。


「うわあああああん! 父上ー! 母上ー! 兄上ー! 助けてー!」

『無駄だ。ここは隔絶された空間。お前の声は届かない。さあ、始めるぞ。まずは素振り1000回からだ!』


騎士の一人が、私に木剣を投げてよこした。

ずしりと重い。か弱い王女の手には、あまりにも重い。


「もう嫌じゃー! 動きたくないー! 寝たいー! おやつ食べたいー!」

『泣いても無駄だ! さあ、構えろ! 一振り目から気合を入れろ! 腰が入ってなければやり直しだぞ!』


こうして、私の本当の地獄が始まった。

外界ではたった一日。

だが、この空間では丸一年。

しかも、サボれば無限ループ。


ああ、神様。

もし本当にいらっしゃるなら、どうかこの哀れな王女をお救いください。

せめて、せめて途中でおやつタイムくらいは…。


『おやつ? ああ、プロテインバーならあるぞ』

「ぎゃああああああっ心を読むなっ!!……でもプロテインバー意外とおいしい!!」


精神と時の部屋に、王女の絶叫が響き渡った。

きっと、これから一年間(+ループ分)、この絶叫は続くのだろう。

ああ、真面目に修行なんてしたくない…


読んで頂きありがとうございます!

☆・リアクション b・感想頂けたらメチャクチャ嬉しいです、次回の投稿のモチベーションになるのでぜひぜひ!

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