自分の非を認めるのは、難しいですね
どうしてだか、レオンハルトさんを見てると、如月を思いだしてしょうがない。
あいつは頭いいくせにミステリオタクだし、レオンハルトさんみたいにかっこよくないし、背も高くないし、顔だってガキっぽくて小学生にしか見えないし、つまり全然似てないんだけど。
――今から、料理作らなきゃいけないんだ。うちの姉さん、料理とか全然しないから、なんか、ぼくが母さんを手伝うようになっちゃってさ。宮坂のお姉さんはもう一人暮らししてるんだっけ。家にいたときは? ああ、しなかった? じゃあどこの姉さんも同じかな。
引きずられるようにして、如月の家に謝りに行ったときのことだ。
如月のほうが詫びてくれた後、向こうのご両親がもういいんですよと言っても、僕の頭に手を置いて下を向かせ、ずっと玄関先で頭を垂れたままの父さんと母さんに、向こうのご両親は辟易したらしい。
ほんとうにもういいですから、と、如月一人を残して奥へ戻ってしまった。
残された如月も、ちょっと決まり悪そうだった。
だから間が持たせるために、そんな話をしたんだと思う。でも手伝いはいつもしているんだろう、喫茶店のウエイターみたいな、黒いエプロンをつけていた。
僕は生返事をしただけで、何も言わなかった。
本当は謝りたくなかった。だけど父さんと母さんに急かされて、仕方なく、渋々、口先だけで謝ったんだった。
――おまえの欠点は、衝動的なところだと思うよ。でも長所は臨機応変なところだと思うから、あれだな、人間て表裏一体だよな。あのときはぼくも、言い方がくどかった。て、普段からくどい傾向にあるんだけどね。……今もくどいか。気をつけるよ。
如月は笑いながら、水に流すと言ってくれたのに。
学校に行かなくなった僕を心配して、何度か家に来てもくれた。具合が悪いからと言って、顔も見ずに帰ってもらったけれど。
たとえば、この世界に来たのが如月だったらどうだったろう。
気難しいマティアスともうまくやっていけたかもしれないし、今もレオンハルトさんみたいに、てきぱきと料理をこなして――いや。
僕だったから、この世界に来てしまったんだ。
如月のようなやつに、〈奇跡の扉〉は通じない。だって如月は、自分のいる世界に不満を持っていない。ゲームや小説を、逃避の手段にはしてないんだから。
「ナオキ?」
シチューが入った皿を受け取ったまま、動かない僕の前で、レオンハルトさんがひらひらと手を振る。
「レオンハルトさん。あの、お聞きしたいんですけど」
「おれが答えられる質問にしてくれよ。難しい話はアルトゥールに回してくれな」
「――勇者って、何でしょうか」
「あら」
シチューをすすっていたミレーヌケティが顔を上げる。
「それは私も、ぜひ一度聞いてみたいと思っていたわ。教えて欲しいわね、レオンハルト」
「食いながらでいいかな」
レオンハルトさんは、皿ごと食べかねない勢いでシチューをかき込んだ。
「ゆうひゃってのふぁな」
「食べるか喋るか、どっちかにしなさいよ」
「ごくん。ええと、勇者というのは、自分の非を認めることのできるやつを言うんだと、おれは思うが」
僕はまじまじと、レオンハルトさんを見た。
「そう……ですか」
そのまま、シチューに手をつけないで、じっとしていたので、レオンハルトさんはおろおろし始めた。
「なんだ。どうしたんだ。気に障ったか? どうしようミケ。おれ何かまずいこと言ったかな」
「ううん。いいこと言うじゃない。レオンハルトのくせに」
僕はしばらく目を閉じて深呼吸した。澄んだ夜の冷気が、体中にしみわたる。
皿に口を付ける。シチューはとてもおいしかった。
「でも、レオンハルトさん」
「ん?」
「自分の非を認めるのは、難しいですよね」
「だな。だから、勇者になるのは難しいんだよ」
「レオンハルトレオンハルト。じゃあさ、建国王レオンハルトをどう思う? 勇者だと思う?」
「あんなやつ論外だね。おまえを騙して裏切るような男を、おれは勇者とは認めない」
「ちょっとお、なんでそんなこと知ってんのよっ」
「あ。やっぱり図星かぁ。おまえの呪いは、色恋沙汰から発生してんだろうなぁと思ったから、言ってみただけ」
「………!」
ミレーヌケティは、顔を真っ赤にして頬をふくらませた。
はたで見てる限りでは、ミレーヌケティはレオンハルトさんが好きなようだけど、この二人の関係というのも、いまひとつはっきりしない。レオンハルトさんは、マティアスのお母さんが好きらしいみたいなことを、マティアスが言ってた気もするし。
「そういえばおれさぁ、ロスヴィーダさまに振られたみたいだな。いやもともと相手にされてなかったけどさ。さっき、牢獄で思いっきり魔法をくらったとき、そう思った」
「……レオンハルト」
「おれ一生、運命の女性に巡り会えないかもしれないや。きっと誰からも殺してもらえないんだ」
「そんなことないわよ。まだまだこれからよ。エドムント殺しの疑いがすっきり解けて、私の魔力が戻ったら、今度はもっと本格的に旅に出ましょうよ。広い世界にはきっと、あなたに激しい愛憎を感じる乙女がいて、どんな手段を使っても、あなたをちゃんと殺してくれるわよ」
「そんな女の子には永遠に会えない気がする。おれ、いっそ、おまえに殺してもらおうかなぁ」
「ななななに言うのよ」
ミレーヌケティはものすごく動揺したようだ。呪文も唱えてないのに、かまどの火がぼっと燃え上がって、シチューの残りを小鍋ごと焼いてしまった。
「あーあ。もったいねー」
「あなたが変なこと言うからじゃないの」
……僕は何となく身の置き場がなくなった。小川で手を洗ってくると言い残し、彼らから離れた。
近くの木の幹に手をついて、ほうっと息を吐く。
相変わらずの明るい月夜だが、もう夜の虹は消えてしまっていた。
だから僕は魔王にではなく、元の世界にいる如月に話しかける。
通じるはずもない、一方通行の愚痴だけれども。
――如月。
僕は強情だから、戻れたとしても、素直に学校には行かないと思う。
おまえにも、心の底から謝ったりはしないと思う。
人は、そう簡単には成長できない。
だけど少しずつ、変化はしていくものだから。
たとえばこの先、何年も過ぎて、いろんなことが余裕を持って振り返れるようになったなら。
いつか大人になったら、この世界で起こったことを、酒の上での冗談みたいに話せるかもしれない。
その時には、謝れるのかもしれない。
(それはともかくさぁ)
後ろの方からレオンハルトさんとミレーヌケティの掛け合いが聞こえてくる。
当人たちはどういうつもりだか知りようもないが、僕には腐れ縁のカップルのじゃれ合いにしか思えない。
(戻りづらいぞ)
……どうしよう如月。
なんか僕、ものすごくお邪魔だ。
僕の愚痴が、天に通じたのかどうなのか。
見上げた空のはるか彼方に、一点、銀にも青にも感じるきらめきが見えた。
レオンハルトさんとミレーヌケティもそれに気づいたらしい。指さして口々に言い合っているうちに、それはどんどん近づいてきた。
大きな膜のような翼を持つ、透き通った動物――さっき、マティアスが使った水の魔法の、水龍に似ていた。
僕たちが見つめる中、スピードを徐々にゆるめながら、水龍は草むらに着地したのだが――降り立ったときには、その姿は変わっていた。ミレーヌケティと同じくらいの背丈の、小さな人間の女の子に。
ただ、その容姿はミレーヌケティとは対照的だった。その子は、青い瞳に水色の髪で、しかも青い服を着ていたのだ。
唖然とする僕たちに向かって、青一色の女の子は、ぴょこんとお辞儀した。
「はじめまして。水龍のタイザーマーリアといいます。アルトゥールさまの使い魔です。これからみなさんを、ファルケンシュタイン城の麓までご案内させていただきます」
「タイザーマーリアですってぇ。なんでそんな名前つけるの。アルトゥールって趣味悪いのね」
「タマとお呼び下さい。アルトゥールさまもそう呼んでらっしゃいます。えと、こんにちはミケさん」
「あんたにミケ呼ばわりされる筋合いはないわよっ。……あぁ、さすがねぇ。魔王ったってやっぱりレオンハルトの兄弟なのよねぇ。脱力する省略様式がおんなじ」
「おー。可愛いじゃん、タマちゃん。よろしくな」
レオンハルトさんはにこにこしながら、タイザーマーリアの頭を撫でた。
「アルトゥールも気が利くじゃないか。おれたちをわざわざ迎えに来てくれるなんてさ」
「違いますよ?」
レオンハルトさんの手を頭に乗せたまま、タイザーマーリアは首をふるふるとさせた。
「私がお送りするのは、麓までです」
「城まで行かないのか? ファルケンシュタイン城って浮遊城なんだろ? それじゃアルトゥールに会えないじゃないか」
タイザーマーリアは、今度は頭をこっくりした。
「はい。いくら皆様とお会いしたくともアヴィリオンは鎖国中です。建前上、外部の方を客人としてお招きするわけにはいかないのです」
「おいおい。じゃあどうすりゃいいんだよ」
「アルトゥールさまからレオンハルトさまへ、ご伝言がございます」
青いオーガンジーみたいなスカートの両すそを軽くつまんで、タイザーマーリアは小さな姫君のように、レオンハルトさんに礼を取った。
「難攻不落の我が牙城、ファルケンシュタイン城を落としてみせるがいい。そうすればアヴィリオンの民も、そなたと私との会見を許してくれよう――とのことです」
レオンハルトさんは、無言で頭を掻く。
僕たちはしばらく、絶句して顔を見合わせていた。
「第5の証言 異世界の少年ミヤサカ・ナオキ」に お目通しいただき、ありがとうございます。
ナオキくんは、異世界(彼にとっての現実世界)で、友人とトラブって、メンタルがちょっち不安定になって、ドイツ旅行中にノイシュバンシュタイン城経由で異世界に来ちゃった少年でした。
異世界に来たのにチートになれない! と暴れるでもなく、せめて勇者の従者になって冒険! の希望も潰えたのに、彼なりに地味に行動している、平凡で堅実な子です。
こういう子も、異世界で大それたことはしない(できない)よね。
ブックマーク・評価・ご感想(合図の狼煙でも可/どうかお怪我のなきように)などいただけますと、気が遠くなって気が付いて、また気が遠くなるくらい喜びます。
次回は、魔王アルトゥールの過去語りとなります。
それでは、レディGO!




