75 犯人たち
「この奴隷たちを処刑しなさい!」
連れて来られた料理人から事情を聞いたカールホルスは激怒した。
セベーロセベクを始めとする料理技能奴隷たちが、集団で、勝手に危険な魔法実験をして、王城の一部を壊したのだ。
セベーロセベク、クリスクヌム、他三名の料理人たちは何も弁明できず、黙って跪き、頭を垂れている。
守生だけは、感動と怒りに打ち震えていた。彼らは以前、守生が呟いた「圧力鍋」という言葉から発想を飛ばし、魔法と鍋でそれを作成しようとしていたのだ。
彼らは、ただ言われたことだけをする奴隷とは思えない勤勉さと向上心、行動力を持っている。
(たとえ才能がなかったとしても、裁判もなしに処刑なんてありえない!)
「王様、待ってください! 彼らの勤勉さと向上心は素晴らしいものです! 必ずこの国の料理の発展に役立ちます!」
「それまでに何回、爆発を起こすのでしょうね? セベーロセベクたちは兄王の時代にも爆発を起こしているのですよ!?」
「えっ」
(そう言えば初対面の時に、調理場の王じゃない、爆発王だと茶化されていたような……)
「兄は許しても、私は許しません! そもそも奴隷に、情状酌量の余地などありませんからね?」
「そんな……」
何か対価と交換に、と守生が減刑を求める前に、トリスタントートがくちばしを開いた。
「ちょっとお待ちなさい、カールホルス陛下! この者たちはすでに奴隷契約を終えているのではないですか!」
「なんですって!? そんな馬鹿な!」
セベーロたちも知らなかったのか、慌てて自分の二の腕や脇腹を見ている。当然、守生も知らないことだ。
騎士が料理人たちの服を剥ぎ、全身隈なく確認すると、奴隷紋が跡形もなく消えていた。
「……たしかに契約解除されていますね。シュー殿、心当たりは?」
「え? 知らないうちに任期満了したわけではないんですか?」
「そんなわけがないでしょう! この料理人たちは『金喰い虫』なのですから! いくら働いても、生きている間に贖うことなど」
「例えに虫を出さないでくださいっ!」
カールホルスの言葉に守生が立ち上がって怒鳴る。その場がしんと静まり返った。
国王に対する無礼と主人の怒りに、それぞれの護衛騎士が武器を構え直す。
「……【稀有なる光】、通訳の都合ではありませんか? 気を確かに持ちなさい!」
トリスタントートの言葉に、一同がそう言うことかと力を抜いた。守生は虫が嫌いなのだ。
「えーと、金喰い……、浪費家とは? 奴隷の給与はほとんどないと聞きましたが……」
「爆発事故の弁償費用だけでなく! クリスクヌムは高価な香辛料をバカスカ使うのですよ!? 挙句に『質が悪い』と捨てて! 信じられません!」
「あー……」
セベーロセベクは目を逸らし、クリスクヌムは誤魔化し笑いをしている。その後ろに跪く三人の料理人も同様だ。
(自覚ありかぁー! 仲間同士で注意し合おうよー!)
「で、一体どうして奴隷紋がなくなったのです? 直答を許します。心当たりくらいあるのでしょう?」
カールホルスが睨みつける中、クリスクヌムが声を上げた。
「あのー、シュー様の副料理人をさせてもらってますー、クリスクヌムと申しますー」
「昨日、一昨日と、我々五人は、シュー様からこれまでのお礼にと、ディーエヌなんとかという光魔法をかけていただきましてー」
その言葉に、カールホルスが自分のこめかみを指でぐりぐりと刺激した。
「それで?」
「その後、自分の体が白く輝きましてー。妙に頭と体がすっきりしましてー。今までなかった感覚と言いますかー。それ以外はいつも通りと言いますかー」
「あれ? もしかして僕のせいですか?」
守生は素っ頓狂な声を上げた。
「当たり前でしょう!」
「いや、でも、日々のお礼っていうか、踊り子と楽士に【DNAアクティベーション】をしたんだから、料理人のみなさんにも施術しないとフェアじゃないなと思って!」
「……シュー殿。お黙りなさい。……あなたたち、今の話は他言無用です。話すことでシュー殿がいかに危険な目に遭うか、想像できますね?」
カールホルスがまわりにいる騎士たちをギロリと睨みつける。そしてハピ兄弟たちから【大いなる幸いを運ぶ者】に贈られた奴隷をここへ連れてくるように命じる。
侍従が取り出した防音の魔道具を起動させてから、話を続ける。
「シュー殿。他の奴隷たちにもその、ディーエヌ、活性化とやらを?」
「【DNAアクティベーション】。直訳すると、【遺伝子の活性化】ですね! 人間には二十四本の遺伝子ストランド……鎖状になった遺伝子情報がありまして、【DNAアクティベーション】はその内の二十二本を活性化するんですよ。そうすることでその人の才能が開花したりするんですね! あ、僕のいた世界では科学的にはまた四本しか分かってないんですけど、形而上学的には」
突然べらべらと語りだした守生に、カールホルスは座ったまま大きな翼のついた手を振ることで止めた。
「もう結構です! ともかくその【DNAアクティベーション】という光魔法を、奴隷に施すことは禁止です!」
「えっ」
「え、じゃありませんよ! あなた、自分が何をしたのか分かっているのですか!?」
「えーっと?」
「【稀有なる光】、奴隷契約も一種の呪いなのですよ! それを無闇に解呪してしまうと、奴隷制度自体が崩壊するのです!」
「おー! すごい!」
「シュー殿、何を喜んでいるのですか! あなたは反乱分子として処刑……はできなくとも、処罰しなければいけなくなります! それに事が公になれば、商売を邪魔するあなたを狙う奴隷商人も現れるでしょう。奴隷を持つ貴族や市民も黙ってはいませんよ!」
「【稀有なる光】、あなたは今単純に喜びましたが、事はそう簡単な問題ではないのですよ! 解放された奴隷は正規の手続きを踏んでいません! そのまま市民になれるわけでもない! あなたはそんな彼らをどうするのですか? 自由になった分、あなたの命令を聞かないかもしれない。寝首を掻かれるかもしれないのですよ?」
セベーロセベクたちがとんでもないと一斉に首を振る。
「あなたは違うのでしょうがね! 奴隷の中には、長年ひどい主人に虐げられてきた者もいるのですよ!」
トリスタントートの言葉に、守生は親を昆虫族化されて殺されたレネーレネネトとアリーアヌビスを思い出した。踊り子ウーナウヌトは終始怯えて、パトリックハピからの暴力のトラウマに今も苦しんでいる。
「解放された彼らが、主人を殺す場合もあります。実際、手枷を外した途端に主人一家を虐殺した奴隷もいるのです! 彼らが主人を殺す可能性、さらには結託し、街単位で乗っ取る可能性もあるのですよ」
セベーロセベクたちが声を発さないまま、全力で首を振る。
(それでも僕は【DNAアクティベーション】を施術しませんなんて言えない。僕は、どうしたら……)
項垂れる守生に、すぐそばにいたドムトートがその肩をぎゅっと掴む。手のひらの温かさが、守生の顔を上げさせた。
「ドム……」
「落ち込むなってェの。普通の奴隷が銀貨百枚も出せるわけがねェ。下級騎士だってすぐには無理だ。シューが無闇に身内認定して施術しなきゃ、こんなことはホイホイ起きねェよ。光魔法をするには対価が必要なんだろォ?」
「あ、そっか……」
護衛騎士であると同時に友人であるドムトートの言葉に、守生は冷静さを取り戻す。
「まったく。セベーロセベクたちにはもう一度奴隷契約をしてもらいます。シュー殿、分かりましたね?」
「はい。ありがとうございます、王様」
処刑すると言っていたカールホルスが譲歩してくれたことに、守生も料理人たちも安堵する。
「もちろん壊した城の修理費用も新しい契約に含みます。あと、処刑から減刑したわけですから、その分の対価をいただきましょう」
跪いた料理人たちが、精いっぱいの感謝を込めて頭を下げる。
「まず、今日の昼食に出たテリーヌの調理法を、私の料理人へ教えなさい。それからシュー殿」
カールホルスは料理人の返事を求めず、決定事項として告げる。そして守生をじろりと見て言い放つ。
「私だけに、特別な何かを与えなさい!」




