74 爆発
台風、お気をつけくださいね! 私もドキドキ…
「ほう、これは新しいですね」
王城の庭園での昼食会中、小型の浅鍋がお披露目された。守生が料理人に伝えたフライパンを、トリスタントートが改良したものだ。
国王カールホルスと賢者トリスタントートは、供された熱々の肉と甘ったるいソースに満足そうだ。普段から肉を食べない守生だけが、その臭いに息を詰める。
(肉、臭ーっ! 気持ち悪い……。こっちが風下なのか。……風よ、吹き飛ばせ!)
守生が強く念じると、後ろから本当に風が吹いて、肉の臭いが逃げていく。守生はホッと息を吐き、それから新鮮な空気を思いっきり吸い込む。
斜め前にいる護衛騎士アベルアヌビスをふと見れば、守生の後ろを見て妙に得意げだ。守生が寝椅子から体を反って後ろを振り返ると、ドムトートがチドーのポースをしている。つまり、右手右足だけを前に出した姿勢だ。そこから風がゆるやかに出ている。守生のために、風魔法を使ってくれているのだ。
侍女ヘレナヘケトが不機嫌そうな顔でドムトートを見ているが、緊急事態だ。護衛騎士らしくなくても、許してほしい。
守生はドムトートにありがとうと目で伝えて、食事に戻る。
「ああ、そうそう。フィリップハピが行方不明になる前に聞き出したことですが、昆虫族化の毒の作成には神殿が関わっているようですね」
「神殿ですか?」
「ええ。毒と呪いの要素を結合させたもののようで、高位の神官と治癒魔法使いが同時に魔法を使わないといけないのだそうですよ」
「ほう! ですが実質、その解毒方法は使えませんね! 高位の神官と治癒魔法使いは数が少ない。何より彼らは、仲が悪いですからね!」
「えー……」
トリスタントートの言葉に、守生は脱力する。派閥争いと似たものは、どこにでもあるようだ。
「ですが【稀有なる光】は、解毒と解呪を成し遂げました!」
「【黒曜の頭脳】と一緒に、ですけどね」
「同時ではありませんが、治癒魔法をかけた後すぐに【ホーリーウォーター】を使いましたね!」
「それから数日空けて、【エンソフィックレイキ】をしたんですよね……」
そして一番重症だった騎士には【DNAアクティベーション】も行なった。最初から呪いだと分かっていれば、サイラスオサイリスの時と同様、すぐに【DNAアクティベーション】をしたのだが。なまじ「毒」という先入観があったために、三人の被害者には無駄な心労と時間をかけてしまったと守生は反省する。
「フィリップハピ氏のことは賢者殿の従兄弟殿に任せするとして」
「ちょっと! カールホルス陛下からも何かしらの支援してほしいものですね! こちらはただの一般人ですよ!?」
「ええ、その時は宰相経由でお声がけください?」
はやぶさ頭のカールホルスと、黒トキ頭のトリスタントートが見つめ合い、バチバチと火花を散らす。仕事の押し付け合いをしているだけなのに、すごい緊張感だと守生は呆れた。
「あの、競売のことも話しておきたいんですが……」
「ああ、そうでした。その話もありましたね。シュー殿は競売の前に何かしたいのですよね?」
「ええ。競売で私物を売る前に、それを展示してみんなに見てもらいたいと思って」
「みんな、とは?」
「騎士、市民、奴隷のみなさんですね」
「はぁ!? あなた何を言っているのですか!?」
「あれ、ダメですか? やっぱり奴隷はダメか……」
「違いますよ! いやそうですけど! どうして一般市民を王城に入れるのですか!?」
「あー、別に会場を王城にしなくても」
「駄目です! 王城でやるからこそ、国王の権威を示せるんでしょうがッ!」
「えー。王様が最初に挨拶するだけで良いんじゃないですか? 開会式みたいな感じで」
声を荒げて主張するカールホルスに対して、守生はのんびりと答える。
「【稀有なる光】、王城より大きな建物はありませんし、警備の問題もありますから」
「あ、そうか。キャパシティーの問題がありますね。展示会と一緒にヒーリングもしたいんで、広さは大事ですね」
「ほう? 光魔法を?」
「ちょっと! 二人で勝手に話を進めないでください! ちょっとは私を立ててください! いいですか、この国が平和なのは国王の威厳があってこそ」
ドォォォンと大きな爆発音がして、カールホルスは口を閉じる。すぐさま三人は立ち上がった。騎士は警戒態勢になり、従者たちはあたりを見渡す。
「何事です!? 報告を!」
「あそこ! 煙です!」
いち早くアベルアヌビスが王城の端を指すと、うっすらと煙が上がっている。
「何が起きたのですか!? 至急確認を!」
「はいっ!」
「エリスイシスの安全確認もしなさい!」
「はいっ!」
国王の命令に、二名の近衛騎士が走り去る。
「陛下、ここから一旦移動してください。襲撃の恐れがあります!」
「まさか自棄になったハピ兄弟の襲撃ですか!?」
近衛騎士の言葉に、カールホルスが守生の顔を見る。ドムトートが前に出て守生の盾となった。近衛騎士と侍従がカールホルスの移動を急がせる。
その時、耳を澄ませていたアベルアヌビスが言った。
「あれ? クリスクヌムさんの叫び声がします。怪我してるのは……セベーロセベクさんかな?」
「セベーロさん!?」
「セベーロセベクですって!?」
カールホルスが忌々しそうに顔を顰める。
「トリスタンさん! 僕の料理人なんです! 怪我をしているなら、助けてあげてください!」
「それは構いませんがね!」
「なんですかっ!?」
「【稀有なる光】、私の呼び名は?」
「え? ……あっ! 【黒曜の頭脳】!」
「よろしい! ……心配なのは分かりますが、少し落ち着きなさい【稀有なる光】」
「はい、すみません」
守生がトリスタントートに感謝していると、カールホルスの鋭い声が飛ぶ。
「ちょっと! 襲撃かもしれないのですよ!?」
「カールホルス陛下、私一人なら身は守れますので。そこの女騎士、案内しなさい。私は飛んで追いかけます」
「わかりましたっ! ドムさん、シューさんを頼みます!」
「言われなくともォ!」
ドムトートがそう言い終わる前に、アベルアヌビスとトリスタントートの姿は小さくなっていた。
◆
ドムトートになかば無理やり背負われて騎士の詰め所に到着した守生は、すぐさまドムトートに言った。
「ドム、椅子を借りてきてくれる? 僕と王様の分を」
それを聞いていた騎士たちが、すぐさま椅子をリレーのようにして運び、ドムトートに差し出す。彼らはチドー講習を受けて守生と国王に忠誠を誓った者たちか、その順番待ちをしている者たちなのだ。だからこそドムトートはここで安心して主人を守っていられる。
国王カールホルスもいるが、それを分かっていないようでソワソワしている。守生がチドーを始めるまで、騎士団上層部と国王は、対立していたのだ。
守生は当たりを見渡すと、部屋の隅で壁に向かってごく小さく【場の設定】を行なった。防音の魔道具で自分の声を消せば、力の言葉を聞かれずに、緊急時にも対応できる。
ドムトートから受け取った騎士用の大きな椅子に座ると、【エンソフィックレイキ】の準備を済ませ、セベーロセベクへ遠隔ヒーリングを施す。アベルアヌビスの言うことが本当なら、一番ひどい怪我をしているのは彼だ。
守生の頭上と手のひらから、光が伸びる。詰め所にいた騎士たちが、感嘆の声を上げた。
ドムトートは身振りだけで静かにさせると、主人の集中の邪魔にならないように彼らの視線を遮るように立つ。
(セベーロさん、あの時のドムよりひどい怪我だな……)
この王城に来た時に、行方不明だったドムトートへ今と同じように遠隔で【エンソフィックレイキ】を施したが、あの時感じたものよりずっと大きい手応えに、守生は気を引き締め直す。
しかしある瞬間から、急速に手応えが弱くなった。以前はこれに驚いてしまったが、恐らくトリスタントートの治癒魔法が始まったのだろう。
守生はそのまま、完全に手応えがなくなるまで、遠隔ヒーリングを続けるのだった。
夜にもう一度更新します。




