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69 フィリップハピの冷たいお茶会1

大幅に修正案が出たため3話に分けて再掲します。前話「喝采」も後半の毒被害者のくだりを書き直しています。ブクマ&しおりをしてくださってる方々には特に、申し訳ありません。お暇な時に読んでいただければ幸いです。

 

 その日、大貴族フィリップハピは、数人の騎士とアケクに乗ってやって来た【大いなる幸いを運ぶ者】を満面の笑みで出迎えた。

 【大いなる幸いを運ぶ者】シュガーミッシューは、国王の執務室で会った時よりも、凛とした様子だ。


 だがこの日のために、こちらも準備は万端だ。貴重な昆虫族の素材をふんだんに使った椅子とローテーブルはもちろん、飾り棚には絵皿や銀の彫刻を配置した。金属的な輝きを放つ昆虫族素材の盾と鎧は、目立つところに真鍮の支えに掛けている。フィリップハピは文官なので、これは完全に見せるための鎧だ。

 挨拶と共に絵皿と金の彫刻は褒められる。だが、いつまで待っても、他の物にはすべて受け流された。

 特に昆虫族の素材には見向きもされないように思えた。

 

(残念なことだが、この装飾品に圧倒されているのだろうな。まさかこの貴重な品が分からないこともないだろうし……。あるいは、自分の部屋にある調度品と比べて、嫉妬したのか?)

 

 フィリップハピは気を取り直し、長椅子を勧めて自らも寝そべった。そして大きなローテーブルに並べられた手土産のワインと専属料理人が考案したという野菜を使った菓子に、思わず顔をほろこばせる。

 この貴人がいくつかの美しい料理を考案していることは、王城に出入りする者の間で噂になっているのだ。今日のために作ったものだと言われれば、自尊心が大いに満たされる。

 

「【大いなる幸い】様が持ってきてくださったお茶菓子は、まず見た目が美しいですねぇ。四角形の断面の中に配置された、左右対称の中身と野菜の色遣い。美食家の兄でも、感心して唸りそうですな」

「そこまで言っていただけて、うちの料理人も喜びます。味付けを変えればパンにも合いますし、お肉でも作れるんですよ。僕の世界ではテリーヌと呼ばれる外国の料理で……。まさかお菓子にアレンジできるとは思いもよりませんでした」

 

 【大いなる幸いを運ぶ者】が、フィリップハピへ笑顔で答える。【大いなる幸いを運ぶ者】のそばに立つ白い毛の護衛騎士が、なぜか顔を引きつらせている。まだ食べていないが、味が悪いのだろうかとフィリップハピは密かに首を傾げた。

 毒見のされたそれを食べてみると、甜菜糖と野菜の甘みのする繊細な味だ。添えてあるはちみつをかけて食べると、より美味しい。

 【大いなる幸いを運ぶ者】は、はちみつを使わないようだった。


(甜菜糖程度の甘さで満足するとは。貴人とは言え、よほど甘味の少ない環境で育ったと見える……)

 

「これは大変美味ですね。やはり兄にも少し残しておきましょう。頂戴した乾燥ウ・ドンも喜びます。ウ・ドンは王城の食堂でしか食べられないので、家族や親戚に羨ましがられるんですよ」

「そうなんですか、光栄です。それにしても、お兄様と仲がよろしいんですね」

「兄は……やはり兄ですからね。弟としてはいろいろ気を遣います」

 

 そう言いながら、フィリップハピは内心で反論する。

 

(兄と仲がいいなんてとんでもない! 子どもの頃から気にくわないことがあると、すぐに風魔法で人をいたぶるような男だぞ。嫉妬されないために贈り物をするだけだ!)

 

「そうなんですね。僕も兄がいるので、なんとなく分かりますよ」

「おお! 【大いなる幸い】様にも兄上がいらっしゃるのですか! それは親近感が湧きますなぁ」

「ははは。そういえば、お兄様はあごひげをたくわえていらっしゃいますが、あなたは剃られていますよね」

 

 【大いなる幸いを運ぶ者】は綺麗に剃ったあごをつるりと撫でて、そう言った。フィリップハピはその共通点にまたうれしくなる。

 

「よくぞ聞いてくださいました! このアテナイュヌでは多くの貴人があごひげをたくわえております。その方が威厳を示せると兄は言うのですが、私に言わせれば馬鹿げたことです」

 

 ひげ剃り同志の前なので、つい大げさな言葉を使う。兄や派閥の者には聞かせられないが、だからこそ解放感があった。

 【大いなる幸いを運ぶ者】はおもしろそうに微笑んでいる。

 

「お洒落とは画一的なものではなく、もっと自由度の高いもの。右にならえの考え方や合理性だけを求めてはいけません。兄に直接言えることではございませんが、私はあごひげを剃ることで自分の個性を見出しているわけですな」

「個性は大事ですよね」

「分かっていただけますか!」

「剃る時はどうされているのですか?」

「それは――」

 

 お茶を飲み、菓子をつまみながら和やかに、途切れることなく会話が続く。

 フィリップハピは満足していた。まさか招待を受けてもらえるとは思っていなかったが、【大いなる幸いを運ぶ者】と屋敷で向かい合っている。フィリップハピにとって、さんざん抑えつけられてきた兄パトリックハピを出し抜けたのは、気分が良い。

 土産を持参すれば多少機嫌が良くなるだろうし、こちらは勝ち組なのだ。我慢できなくなれば兄と手を切り、国王と【大いなる幸いを運ぶ者】の派閥に入れてもらえればいい。

 

 兄の命令で派閥の人間が小さな嫌がらせをしたそうだが、フィリップハピには関係がない。毒薬の提供を頼まれたので分けてやったくらいだ。貴人を直接狙うよりも、その周囲を狙うべきだと助言したが、別に【大いなる幸いを運ぶ者】の名前を出したわけでもない。

 成功すれば派閥全体が有利となるが、失敗すれば実行犯の責任だ。フィリップハピはそうやって兄の権威と下の者を使い、時には派閥外の有力者に擦り寄り、バランスを取りつつうまくやってきた。

 

「では私の方から、ひげ剃り用の石鹼とナイフを贈らせていただきましょう。なんなら専門の奴隷も付けて……」

「いえ、それは大丈夫です。【不老の賢者】様から商人の方をご紹介いただきますので」

「ああ、そうでしたか。【不老の賢者】様は顔が広いということですから、良い品を手に入れられることでしょうな」

「ええ、楽しみにしているんです」


 今日の【大いなる幸いを運ぶ者】は、淡い紫色の服を着ている。細い見た目と焦げ茶色の髪に合った服装だ。ローテーブルを挟んで向かい合い、寝椅子にくつろぐ姿も申し分ない。さすが異世界の貴人だとフィリップハピは感心した。この日のためにカエル頭の侍女頭にしごかれたことなど、フィリップハピには知る由もない。

 

 貝紫色は貝殻から取れる染料だが、製造方法の分からない貴重な輸入品だ。どこの国でも王族しか身につけることのできない高価な代物だった。

 フィリップハピも秘密裏に薄い貝紫色の布を調達したが、薄くとも貝紫だ、その服で外出はできない。私室で愛妾を相手に見せる程度だ。

 

「綺麗な色ですね、よくお似合いです」

「ありがとうございます。僕は淡い色合いが好きなのですが、ちょうど王様が貸してくださったんですよ」

 

 にっこり笑う【大いなる幸いを運ぶ者】に、フィリップハピはなるほどと納得した。

 少し前から国王の様子が変わったという情報が入ってきていたが、つまりこの【大いなる幸いを運ぶ者】と良い仲になったのだろう。カールホルスは武人というより文官だが、この【大いなる幸いを運ぶ者】は、カールホルスよりも細い。

 自分の愛人に服を誂えることは、よくあることだ。国王と同等の地位とはいえ、【大いなる幸いを運ぶ者】は正式な王族ではない。そのため貸してもらったと表現したのだろう。

  

 これでは兄に勝ち目はない。やはり【大いなる幸いを運ぶ者】の陣営に入るほうが得策だ。カールホルスは気に喰わないが、美的感覚は合う。政治や家のことは息子たちに任せ、自分は服飾関係に専念してもいいと、将来に思いを馳せる。

  

「そうでしたか、国王陛下のご寵愛を賜ったようで、大変けっこうなことでございますな」

「……今、ご寵愛と言いましたか? なんだかうまく通訳されなかったようですね」

 

 【大いなる幸いを運ぶ者】が、胸元の二連のペンダントのうちのひとつを手に取る。賢者が作ったというペンダント型の魔道具だ。もう一つは銀製だ。コインよりも薄く丁寧に彫り物がされていたはずだ。あれも手に取ってよく見たいと、そわそわしてしまう。

 

「そう申し上げましたが……?」

「違います! 王様とは」

 

 その時、そばに控えていた侍女がコホンと小さく咳払いをした。途端に【大いなる幸いを運ぶ者】が口を閉じる。

 この侍女はたしか王城に古くから仕える側仕えの名門の出だ、とすると国王の寵愛は事実だろうと思い込みを加速させる。

 実際のところ、侍女ヘレナヘケトは召喚者の様子を探りカールホルスに確実に報告するために付けられた人間だった。今では両者の良き橋渡し役となっているが、そこまで分かるはずもない。

 

「失礼しました」

「いえいえ」

 

 恥ずかしがらせてしまったなと、フィリップハピは微笑ましく思った。

 

(やはり若いな。これなら篭絡するのも容易いだろう)

 

 フィリップハピは笑顔のまま甘いテリーヌを食べ終え、ワインの入った金のカップを掲げた。

 

 

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