64 コンプレックスとワーカホリック2
「わが師【賛美のすべて】からも、素晴らしい変化があったと聞いていますよ」
「へえ、どんなふうに?」
「確か……、ずっと忘れたかった憎い人たちが、どこか遠くへ行ってしまった感覚があったとか。ただそんな嫌なものでも、長い年月ずっとそばにあったために心もとなく感じたのだそうです。ですがその直後にシュー様とハグをして、その感情がするりとほどけた、と」
「ああ、【感情コードのカッティング】ですね。変化があってよかったです」
(【DNAアクティベーション】の感想じゃなかったー! いや、どっちにしろうれしいけど! けど!)
守生は心の中で想像の机をバンバンと叩く。【感情コードのカッティング】はたしかにすごいが、あくまでも無料オプションだ。【DNAアクティベーション】がもっと広がることを願っている守生は、複雑な心境になった。
ともかく、トリスタントートに良い変化があったことは喜ばしいことだ。
「……羨ましいことです」
ハルムイムホテップがぽそりと呟いた。
「はい?」
「いえ、何でもございません。それより、ドムトートと少し話をしてもよろしいでしょうか? お時間は……」
「いえ、大丈夫ですよ。お忙しいハルムさんと話せて、ドムも喜びます。……ドム、こっちに来てくれる?」
守生は防音の魔道具を停止させると、護衛騎士ドムトートを呼び寄せた。ドアの前で、ハルムイムホテップの護衛騎士と一緒に立っていたのだ。
「お呼びでしょうか?」
「ドムトート、あなたは【賛美のすべて】から、二つ名をいただいたそうですね?」
「はっ! 【継続の魔石】という二つ名を頂戴いたしました!」
「ドムは、『必要な時はいつでも教えを乞いなさい』と言われたんですよ」
「ほう! 弟子入りを許可されましたか!」
「えェ、そんな、賢者様の弟子だなんてェ……」
ハルムイムホテップは悔しいけどうれしいような顔をして見せ、ドムトートは困惑した声を上げた。身分のない自分が貴人で賢者と呼ばれる人の弟子だなんて、ありえないと思ったのだ。
「でも、僕にはそう聞こえたけど?」
「俺は、ちょっと質問するくらいなら良いと仰られたのだと思ってますがァ……」
「いえ、【賛美のすべて】が教えると仰ったのなら、弟子入りを願い出てもいいと思いますよ。ああ、対価は不要です。能力がないのに金や身分、権力でごり押ししてくる者たちが多いので、あくまでも能力重視なのです。もっとも? 【賛美のすべて】に質問するような水準の質問など、すぐに出るはずもありませんし?」
ハルムイムホテップの言い方は、少しカールホルスに似ている。つまり皮肉気なのだ。守生は光と繋がりながら、その様子を興味深く見守る。
「恐れながらァ! 賢者様の一番弟子であらせられる宰相閣下にお訊きしたいことがございますッ!」
「一番弟子!? いいでしょう! 【賛美のすべて】に質問する前に、一番弟子のこの私に、遠慮なく質問しなさい!」
ハルムイムホテップが立ち上がり、その翼がばさりと広がる。落ち着いた雰囲気は欠片もなく、その立ち姿は堂々としている。
(テンション似た者師弟……)
ドムトートは恭しい態度で、大量の湯をすぐに沸かせる魔法を考案したいと相談する。
「ふむ……。魔石を使うよりも魔石と魔法陣を仕込んだ魔道具のほうがいいかもしれませんね。どういう使い道を考えているのですか?」
「シュー様は熱い湯に浸かりたいそうで……」
「なるほど! これはシュー様だけでなく、国王陛下と相談中の、公衆浴場にも関わる話ですね!」
「あのー、熱いお湯が噴き出る魔道具ができたら、魔獣退治にも使えたりしませんか? 追い払うだけの時とか」
不必要な殺生をしたくない守生が、遠慮がちに口を挟む。
「ふむ、いろいろ応用が利きそうですね。【賛美のすべて】にご相談してみましょう。いや、私と【継続の魔石】とで試作品を作り、それから【賛美のすべて】にご相談申し上げるべきでしょうか?」
共同開発の話に恐縮するドムトートを置き去りにして、宰相は考えこむ。
守生はドムトートを護衛任務に戻し、防音の魔道具を起動させた。
その後、【DNAアクティベーション】を受けたハルムイムホテップは、治癒魔法をかけてもらっても再発していた腰痛が取れたと、喜んで帰っていった。
そして次々に湧いてくるアイディアを処理するため、さらにワーカホリックになる。
「ちょっと! どうして仕事が増えるんですか!? 宰相、いい加減にしてください!」
その影響を受けた国王カールホルスが、執務室で絶叫するのだった。




