53 賢者トリスタントートの詰問
「それで? あなたは何者なんですか? 一体何がしたいんですか?」
守生が治療費としてひとまず銀貨百枚を収納の羊皮紙に入れて渡し、オークションとフライパンの製作販売の話をすると、賢者トリスタントートは詰問した。それに合わせて、新しく仕立てたカンムリヅルのような冠羽がぶわりと大きく広がる。
「……僕は、ヒーラーです。何がしたいって、毒の被害に遭われた方の解毒と、今までの補償金を」
「そう! あなたはヒーラーなんですよ! ああ、【稀有なる光】! あなたは私のような治癒魔法使いではありません。ですが、あなただけの光魔法で、相手に何かしらの良い影響を与えているんです!」
「ええと、ありがとうございます?」
「褒めていません! 褒めてないんですよ、【稀有なる光】!」
トリスタントートは冠羽を広げたまま、両腕の羽をバサバサと振った。それから冠羽を閉じると言った。
「いいですか、【稀有なる光】。あなたがヒーラーなら、光魔法でお金を稼げばいいんです。フライパンとやらを考案するのは結構! 競売で私物を売るのも結構! ですがそんなもの、すべて誰かに任せてしまえばいいんです!」
「そんな、無責任な!」
「無責任なのはどちらでしょうか、【稀有なる光】?」
「えっ、と?」
「あなたは一人しかいないんです。少なくとも光魔法を使える「人間」は、あなただけなんです! あなたが光魔法を使わなかったら、あなたを必要としている人はどうしたらいいんですか?」
「でも、王様が」
「国王陛下には好きに言わせておけばいいんです。忙しいから時間が取れないというのは向こうの都合です。まあ、半分はあなたの提案の仕方のせいですが、構いません! この私が許しましょう! 宰相たる【聡慧の空】も許すはずです! 私の弟子ですからねっ! 何か言って来たら、光魔法こそが私の仕事だと、はっきり言っておやりなさい!」
「でも、あの、まだちゃんとした告知も、値段設定も……ああ、そうか」
「おや、分かりましたか?」
守生はトリスタントートのトキの顔を見つめる。その目には、もう迷いも気後れもない。
「値段設定をして、興味を持ってくださった方々にお声がけしてみます」
「ええ、そうですね。それがいいでしょう! ああ、真っ先に私が受けますよ!」
「はは、ありがとうございます」
守生とトリスタントートは、用意されたワインで口を湿らせる。守生の飲み物は、水とワインが九対一の割合だったが。
「【稀有なる光】、私はフライパンというものに、あまり需要があるとは思えないんですよね」
「え、そうなんですか!?」
「まず、鉄は貴重です。戦争をしていないとは言え、まずは武器として使われるのです!」
「あっ」
「あなたは庶民のためにと言いましたが、彼らの暮らしを知っているのですか?」
「え? いえ、護衛騎士から少し話を聞いただけですが……」
「あなたが言う一般家庭というのがどういう人たちなのでしょうか?」
「え? えーと、大多数の……」
「一番多いのは奴隷ですね!」
「え!」
守生が固まっていると、トリスタントートはフッと笑った。
「まぁ、これ以上意地悪をするのはやめましょう。私はあなたといい関係を築いていきたいのでね!」
「いえ、とんでもない。ご教授ありがとうございます、【黒曜の頭脳】」
守生は座ったまま、深々と頭を下げる。
「奴隷ではないけれど貧しい人々は、かまどを持っていません。食事は調理されたものを買うそうですよ。ですからフライパンがあっても家で使うのは危険ですね! いくら調理器具や火魔法を使える人がいても、設備がないと危険ですから!」
「それはそうですね」
「そして貴族や裕福な人々の家では、料理人に調理させます。もちろんかまどがあります。火であぶったり煮込んだり、熱した石の上で焼いたりしますね。まあ、この人たちにフライパンを売るというのなら需要があるんじゃないでしょうか!」
「え、本当ですか……?」
厳しい批評ばかりだったので、突然の良い評価に、守生は戸惑う。
「ええ! 一人につき一つのフライパンで熱々のまま肉料理を食卓に出せば、新しい食べ方として喜ばれると思いますよ! このままでは取っ手が邪魔なので、別の形にしたほうがいいと思いますが!」
「肉料理……。熱々ハンバーグステーキ、鉄板が熱いのでお気を付けください、みたいな感じか……」
「【稀有なる光】? 大丈夫ですか?」
「あー、いえ、こちらの話です。すみません、参考になりました。……でも、優先的に武器として使うなら、鉄がないのでは?」
トリスタントートの冠羽がまた、ぶわりと広がった。そして椅子の上でゆっくりと一回転しながら守生に尋ねる。トリスタントートはかなり背が高い。守生はその突然の行動を、ただただ見上げる。
「【稀有なる光】、あなたは私をなんと呼びますか?」
「え? 【黒曜の頭脳】と……」
「そうです! 私は黒曜! 鉱物には縁があるのです!」
トリスタントートは椅子から降りると、腕輪から鉄の塊を取り出した。インゴットだ。控えていたヘレナヘケトが息を飲む音が聞こえた。
「まだまだあるんですが、戦争に使われるのは癪でしてね! いい買い手を探しているところでした!」
「【黒曜の頭脳】……! すごいですね! どうされたんですか!?」
「ふふふ、未開地で魔石を掘っていたら見つけました。ああ、もちろん作業したのは私ではなく奴隷たちですが」
「未開地? でもどこかの領土なのでは?」
「昆虫族の領域でしたね! まあ、別に問題はありませんでしたよ!」
「そ、そうなんですか? 危険な人々だと聞きました。よくご無事でしたね……」
「ええ、まあ。そうそう、思い出しました。確認したいことがあるのです!」
トリスタントートは防音の魔道具を取り出すと、側仕えの者や騎士に下がるように命じた。守生もヘレナヘケトと騎士コンビを同じだけ下がらせる。
起動させてからトリスタントートは口元を羽で隠して話した。
「確認したいことというのは、【我々】のことです。どこまでアイシャに聞きましたか?」
「えーっと、王子と姫がいて、賢い従兄弟がいた。従兄弟には兄がいて、彼と王子の父親……つまり国王が、お姫様を人質にして、王子と下の従兄弟を呪いの魔法陣に引っかかるようにしたんですよね?」
「まあ、大筋はそれでいいでしょう。呪いを掛けられたのはその二人だけだと?」
「いえ、奴隷が二人、運悪く居合わせたんですよね?」
「二人だけですか?」
「え? 違うんですか?」
ふむ、とトリスタントートは否定も肯定もせず、防音の魔道具を切った。秘密の話はここまでということだろう。
「ところで【希有なる光】は、大変興味深い実験をしたそうですね!」
「実験、ですか?」
守生は首を傾げた。
「おや、違うのですか? 【聡慧の空】から、水中で魔石を使った大規模実験をしたと聞きましたが?」
「あー……」
ドムトートをちらりと見遣る。
「水中と言うか、浴場の冷水浴槽で偶然起こったことです。風の魔石を取り出していないことに気づかず、水魔法を使ってしまって。魔力が吸収されて発動したとかなんとか」
「浴場、ですか。私、あそこには入れないんですよねぇ」
トリスタントートが残念そうに言った。
「そうなんですか!?」
「ああ、違いますよ、陛下から許可はもらっています。問題は私のほうにあるのです。ちょっと頭痛がひどくなると言いますか……」
「そうだったんですか」
「簡易浴場を使っているのでお気になさらず」
「はい」
「その魔法と魔石の組み合わせは、後ろの護衛騎士が? たしかドムトートでしたか?」
「ええ」
「名前を覚えてくださって、光栄でェす!」
ドムトートがその場で騎士の礼をした。直立不動の姿勢で、右拳を胸に当てるものだ。
「ふむ、後で話を聞かせていただけませんか? もちろん、あなたと【稀有なる光】の功績を取るような真似はいたしませんよ!」
「えーっとォ」
ドムトートが照れ臭そうな視線で、主人である守生の意向を確認する。
「僕は別に構いません。ドムの努力の結果ですし」
「では、決まりですね! 【稀有なる光】を部屋へ送り届けたら、こちらへ来てください。いいですね?」
「ええ」
「分かりましたァ」
トリスタントートは解毒が必要な人たちのために、明日の午前中出向くと行ってくれた。
午後は時間があると言うので、守生の【DNAアクティベーション】を施術することになった。改良版フライパンの製造と販売についても、商人に話を通してくれるそうだ。
(デキる人は話が早いなぁ……)
守生は自分の未熟さを恥じるのだった。




