52 氣道(チドー);押されまくりのシュー先生
アケクの羽はドライフラワーと共に額縁に入れ、ドアの上に飾られた。尖った葉に黄色い小さな花で、なんとなく菊に似ている。
額縁にガラス板もプラスチック板もないが、保護の魔法をかけてあるそうだ。
(ん!? なんでカレーの匂いが!?)
守生はくんくんと匂いを嗅ぐ。
「どうかされましたか、シュー様」
「いや、カレースパイスの香りがするので……」
「ああ、このハーブの香りでございますね。この香りが魔除けになるという話もございますので、扉の上に飾ったのですが、気になるようでしたら別のものと取り替えましょうか?」
「いえ、このままで問題ありません。珍しいなと思っただけです。このハーブは食べられるんですか?」
「食用ではないと存じますが料理人に確認いたしますね」
「いやっ! ただの雑談なんで、そこまでしなくても大丈夫です」
「側仕えとしての知識でよろしければ、乾燥させて魔除けや衣類の防虫などに使います」
守生は頷く。
「じゃあ、そろそろ午後のお稽古をよろしくお願いいたします、ヘレナ先生」
「まぁ、先生だなんて……。かしこまりました、精一杯務めさせていだきます」
侍女頭ヘレナヘケトは、カエル頭をキリリとさせて答える。頼もしい姿だが、生徒である騎士コンビは震え上がった。
「あ、今日からネイサン副隊長さんも先生をしてくれるんでしたっけ?」
「はい。わたくしが前半、休憩を挟んだ後半にネイサンネイト副隊長が担当いたします」
「分かりました、副隊長さんが来るまで僕は自分のことをしていますね。護衛の方々も、どうぞよろしくお願いします」
ヘレナヘケトと護衛騎士二人が返事をする。騎士コンビはげんなりした顔だが、仕方がない。
昨日は浴場で遊びすぎて、ちょっとした事故になったのだ。守生も騎士コンビも、もっと一般常識を知らなければならない。
(魔法のことを学べるって、異世界っぽくていいよねー)
使えるかどうかは分からないが、理論を知るだけでも楽しみだった。
守生は場の設定を簡単に済ませると、氣道を行なう。本来の名称は恐らくチータオだが、何せ教えてくれたのがアイスランド人なので、中国語と日本語が混ざりあって定着したのだと守生は推察している。
ともかく氣道は氣功の一種で、氣を練るための方法だ。さらにいえば、氣の文字は四方八方に放つという意味を持ち、気はそれを止めてしまう。宗教などとは関係なく、文字の意味を大事にする人は氣という文字を使う。
守生は動けるスペースを確保すると、大地のエネルギーを感じながらゆっくりと息を吸い、手足を動かした。
息を吐きながら手足を戻す。呼吸と共にそれを繰り返していく。
守生のまわりを光の粒子が煌めき、守生の手の平に合わせて大量の光の粒子が動く。その光景を護衛騎士が、そして講義を受けていた者たちが気づき、驚き見つめる、
守生はまわりを見渡した。騎士コンビ、お稽古トリオ、ヘレナヘケト、護衛している騎士たち、そしていつのまに入ってきたのか、第五副部隊長ネイサンネイトまでもが守生を凝視している。
「えーと、どうされましたか?」
「シュー様! 何ですか、それは!?」
すごい勢いで近寄って来たネイサンネイトに、守生は一歩引いた。圧迫感がすごいのだ。
「気功の一種で、氣を練るためのものです、けど……?」
「教えていただけませんか!?」
(僕が魔法を教えてもらうはずでは!? まあ急ぐ話でもないし、いいか)
「ハッ! 申し訳ございません。秘術でしたら……」
「いや、これは別に人に教えても大丈夫なものですよ」
その瞬間、とネイサンネイトの顔がパァァと輝いた。
(え、ネイサンさん、キャラが変わってる!? どうしたのかな)
細マッチョな美人ながら、態度の厳めしいネイサンネイト。第五部隊のお父さん的存在だ。その姿は、影も形もない。
「じゃあ、今日は僕が講師ということで……」
「ありがとうございます! きちんと、きちんと対価をお支払いいたしますので!」
「あー、教えていいと許可はもらってるんですが、値段は特にないんで……」
(前に問合せしたけど、返事がなかったんだよな……。僕の技術が足りないからお金取れるほどの技術じゃないってことかなーって思ったんだよねー)
単に事務方のミスかもしれないが、なにせ神秘学校だ。謎なことはよく起こる。再度問い合わせをしなかったのは、守生が自分の至らなさに気づいたからだ。
「無料!? それはいけません!」
「いや、副隊長さんには魔法を教わりますし……」
守生の言葉に、部屋の空気が重くなった。騎士コンビや護衛中の他の騎士までががっかりしている。
「え!? どうしたの、みんな!?」
「オレ、シューさんに教えられることなんてない、ありません……」
「俺もォ……」
「同じく……」
「はい……」
「いや、あの……」
守生は困った。習いたい人に教えるのはやぶさかでない。お金を払いたいと言うのなら、ヒーリングを受けた対価としてほしい。守生はヒーラーなのだ。だがこの氣道を習いたいからヒーリングを受けると言われても不本意である。一番お薦めしたいのは、ヒーリング【DNAアクティベーション】だからだ。
「えーと、じゃあ、みなさんの魔法を何かひとつ見せてもらえれば……?」
「おっしゃ―! オレの火魔法が吠えるっすー!」
「昨日編み出したァ、水魔法と風魔法の合わせ技を、威力倍増で見せてやるぜェ!」
アベルアヌビスとドムトートが叫べば、護衛してくれている騎士も興奮し出す。
「【幸い】様、俺の土魔法をぜひご覧ください!」
「アベルアヌビスの先輩として、火魔法の多様性をお見せいたします!」
「ああああの、ありがとうございます」
(何なの!? 何なのーっ!?)
ちらりとヘレナヘケトやお稽古トリオを見れば、何か言いたげだ。魔法を使えない人もいるかもしれないと思い至る。実際のところ、ヘレナヘケトは風魔法が使える。夏場、貴人の暑さを和らげるために使うのだ。
「あの、よかったらヘレナさんやウーナさんたちもどうぞ」
「お気遣いありがとうございます、シュー様」
「あの、ありがとうございます……習いたいです……!」
「私たちもシュー様に踊りを教えているから、資格はありますもんね!?」
「ぼくもー、ぼくもー!」
「うんうん、みんなでやる方がエネルギーも上がりやすいですし」
(あれ、これは瞑想の話だったかな? まあ、いいか)
守生は一同の前に立つ。
「まず、場所を確保しまーす。みなさん、両腕を横に伸ばしてくださーい」
他の人とぶつからないか確認した後は、口頭で簡単に動作を指示しながら真似てもらう。
始めは足を動かさず、手の動きだけを繰り返す。
「ゆっくりー、手のひらからの波動を感じてー」
何度か繰り返し、アベルアヌビスとアリーアヌビスが少し飽きてきたところで、足運びも加える。前方、左右と足を動かす。後方に回るのは少しコツがいる。
一発でできたのは騎士たちとウーナウヌトだけだった。
「まず目線を後ろに向けます。それから足運びは真後ろじゃなくて、斜め後ろなんですよ。そうすると、くるっと回転しても同じように立てます」
「わたくし、できました……!」
「ふーん、なるほど、こうするのね」
「ぼくもできたー。これたのしー!」
アリーアヌビスがダンスのように、くるくると回りだす。
「みんな上手ですね。この流れを繰り返していきます。二十分ほど続けて、最後に氣をお腹に収めて、終わりです」
その瞬間、新たに護衛任務に就いた騎士たちが、受講者に嫉妬の眼差しを向けた。彼らにとっては魔力操作と魔力量向上の秘儀を教えてもらっているに等しいのだ。
(怖っ! 僕に向けられてなくても殺気がすごい! 今まで自己主張しなかったのに何で!?)
「えーと、騎士の皆さんは日替わりでご参加ください、ねー……」
その瞬間、先ほどのネイサンネイトのように、騎士全員が顔をパァァと輝かせる。
「えーと、希望者は順番にどうぞ。ドムとアベルは護衛があるから一日交代ね」
「うっす。……アベル、見放題だからって気ィ抜くなよォ」
「はいっ! オレら、シューさんの専属護衛騎士ですもんねっ」
(あんまり贔屓するのも良くないからね。騎士コンビたちにはいつでも教えられるし)
また氣道を再開するが、騎士たちが明らかにソワソワしている。
「えーと、今度はどうかされましたか?」
「シュー様! 一日の参加人数が気になります!」
威勢よく手を挙げたネイサンネイトが質問する。
「あー、それは決めておかないといけませんね。じゃあみなさん、両腕を横に伸ばしたまま、なるべく詰めてくださーい」
衝立を片付け、ローテーブルや椅子を端に寄せると、あと十人は参加できそうだった。
「じゃあ、あと七人は参加できますね」
「えっ、十人はいけるのでは……」
「いや警備体制を考えれば……」
騎士たちが何か言っているが、守生は聞き流した。
(むさ苦しい男たちが大勢いたら暑苦しいよ……。アリーくんや女性陣が委縮するだろうし)
しばらく続けていると、伝令の使者がやってきた。
賢者トリスタントートが王城に戻って来たらしい。急ぎの用ならば今からでも来てくださいとのことだった。
すみません、時間も内容も予告詐欺してしまいました。この話はどうしても入れておかないとダメなんですが延び延びになってたことを思い出して……! 次回こそ、トリスタントート回です。
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