49.5 余談:冷水浴槽の魔法事故 直後
余談なので短いです。テンポが悪くなると思って流したんですが、気になってしまって。精進します。
風呂上がりに部屋へ戻ると、花瓶の花が新しくなっていた。クリーム色、ピンク、藤色の、三種類のルピナスの花だ。
「ヘレナさん、いつもありがとうございます」
「いえ。エリスイシス姫殿下からお借りしている壺にも、飾りましょうか?」
「あー、どうだろう。聞いてみます」
「え?」
ベッド脇のチェストの上に置かれた、アイシャアイシスの壺を手に取る。壺の側面に描かれた長い髪の女性が、守生の顔を見て優雅に手を振ってきた。
「アイシャさん。花を飾りますか?」
『この壺に? そうねぇ……』
「気が進まないなら、無理にとは言いませんよ?」
『だって花を飾られても、わたくしには見えませんもの』
「あっ、確かに!」
『ですからシュー様のお好きなようになさってくださいまし。この絵の中にも花はございますから』
「分かりました」
「ヘレナさん」
「はい、シュー様」
「チェストに花瓶を移動させてもいいですか?」
「はい、それはもちろんですが……。いえ、何でもございません」
「じゃあ、この花瓶を移動させようかな」
「シュー様、どうかわたくしどもにお任せください」
「あ、素人が手を出してはダメですよね。お願いします」
守生はアイシャアイシスの壺をベッドに載せ、チェストの花瓶が見えるように調整する。
『あら、わたくしのことは気になさらなくてよろしいのに』
「でも、たまにはこういうのもいいでしょう?」
『ええ、そうですわね。この壺に描かれた花は一種類だけですから、他の花を見るのは新鮮ですわ』
「それは良かった」
守生はローテーブルで騎士コンビとお稽古トリオと共に水分補給をする。、
昼食以降、ドムトートの水を飲んでいるが、やはり美味しい。
午後はアリーアヌビスたちのお稽古を見守ろうかと考えていると、副部隊長のネイサンネイトがやってきた。
「シュー様、浴場での出来事、報告を受けました」
「あ、はい。お騒がせしてすみません」
「シュー様やご寵愛様方に怪我がなくて、大変よろしゅうございました」
「ええ、まぁ」
ネイサンネイトは、そこで一拍間を置いた。守生は何を言われるのかと身構える。
「シュー様、ひとつご提案させていただいてもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
「本官にも、ドムトート並びにアベルアヌビスへの指導をさせてください。恥ずかしながら、騎士の教練だけでは足りないようですので」
「げぇっ!?」
「うぉっ!」
ドムトートが顔を顰め、アベルアヌビスが驚き喜ぶ。
「こちらは構いませんよ。……お手柔らかに」
「それともう一つ」
「なんでしょう?」
「シュー様にも」
「僕にも?」
「魔石の取り扱いや主人として規範となるべき一般常識を。もちろん以前申し上げた通り、シュー様は国法の範囲内で自由にしてくださって結構です。常識外の行動でも結構。【大いなる幸いを運ぶ者】様ですから」
「はぁ」
「ですが! こういう常識があると知って常識外の行動を取ることと、常識をまったく知らずに行動することは違います。常識の中には慣例化されたものもございますが、そうなった文化的、歴史的な背景を持つものもございます」
「それはそうですね」
「ですので、そのご指導をさせていただきたく存じます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
守生と一緒に勉強できるようだと、アベルアヌビスは耳をピンと立てて喜び、ドムトートは大きな口でにっと笑う。
声を出さないのは、仕える主人と上官の会話の邪魔をしないためだ。ヘレナヘケトに見られているせいで思い出した作法だが、一応教育の賜物と言える。
「いつから始めますか?」
「急ぎのご予定がなければ、今からでも」
「じゃあ、お願いします」
そこから、ネイサンネイトが鬼軍曹へと変貌した。マリアマァト部隊長に怒られた時とまったく同じだ。
浴槽で魔法を使うな、そもそも魔石で遊ぶな、魔石を使ったなら個数を確認しろ。どれだけ貴重な品か分かっているのか、云々。
(うううっ、あの事故を体験した後じゃ、疑問も反論もないなぁ……。魔石は家電みたいなもので、事故注意。うん、覚えた!)
それは、国王カールホルスから場の設定のキラキラの範囲が足りないという、文句の伝令が来るまで続いたのだった。




