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49 アベルアヌビスは女の子2

 約二十メートル四方の冷水浴槽の真ん中で、幼いアリーアヌビスを乗せた筏をウーナウヌトとレネーレネネトが押して遊んでいる。

 ドムトートは休憩を挟みながら、浴槽に手を差し入れて水魔法の練習中だ。

 その近くで守生は、落ち込んでいるアベルアヌビスと向き合う。

 

「……変な質問かもしれないけど。アベルは自分が女性だってことに納得してるの? その、認められないとか思ったりする?」

「いや、オレが女だってことは分かってますよ。ちんこないし!」

「ちょ、アベル!?」

「はい?」


 ドムトートがすっ飛んできて、アベルアヌビスのお尻を蹴り飛ばした。


 ばしゃーん! 大きな水音に、お稽古トリオが何事かと守生たちの方を振り返った。

 

「アベル! 大丈夫か!?」

「だ、だいじょ、ぶっ、げほっ」


 守生は浴槽の縁を掴んで咳き込むアベルアヌビスを引き上げ、その背中を摩る。

 

「ドム! いきなり危ないだろ!?」

「いや、だってよォ……」

 

 ドムトートは困って、水に濡れた白い頭を掻く。

 そんな兄貴分を無視して、アベルアヌビスは息を整えると静かに話し出した。

 

「オレがヤなのは、女だからって理由で仲間外れにされることっす。どんな理由でも仲間外れはイヤだけど、オレが女だってことはどうしようもないから」

「そっか」

 

「さっきもオレがちんこって言ったら」

「アベル!」

「そうやって怒るけど、前にドムさんが言った時はみんな聞き流してたっす……」

 

 マリアマァト隊長の胸をからかうドムトートに説教した時、ドムトートが自分の背の低さや性器の大きさをとやかく言われるようなものかと納得していた。その事を言っているのだ。

 

「いや、別に聞き流したつもりはないけど……。確かにはっきりとした注意はしなかったね」

 

(でもその時は、それ以上に注意するべきことがあったからであって……。うう、難しい)

 

(アベルは多分、おしゃれしたり女の子同士で楽しく過ごしたりする経験が圧倒的に少ないんだろうな。孤児院はともかく、騎士団って女性が少ないみたいだし)

 

「えーと、男同士でツルんでる時は大抵、馬鹿な話をしている時なので……」

「そのバカな話に、オレも混ざりたいっす!」

「……いやァ、無理だろォ」

「無理じゃないか、な?」


(だってそういうのって、大抵下ネタだろ!?)

   

 目を潤ませたアベルアヌビスが、守生をじっと見つめる。その両目は灰色だ。魅惑(チャーム)の魔眼で懐柔しようとしているらしい。

 

「うーん、じゃあ、男同士の話はナシということで……」

「だなァ。少なくとも俺は、シューとは話さねェ」

「了解、ドム」

「なんでっすかーっ!?」 


 アベルアヌビスの大きな声が、冷水浴槽室にこだました。

 

 

   ◆

 

 

 守生は以前貢ぎ物として贈られた三十個ほどの魔石をプールに投げ入れる。透明な水の底で、色とりどりの魔石が煌めく。

 コブラ頭の楽士レネーレネネトは、その様子を唖然として見つめる。

 

「魔石を使って遊ぶなんて、さすが貴人……」

「いやァ、たぶんシューは魔石の価値を分かってねェと思うぜ。割れにくいなら丁度いいとか言ってたしよォ」

 

 近くを通りがかったドムトートがレネーレネネトの独り言を拾う。

 

「そうなの!? ……ですか?」

「おう。贈りもんだから値段を知らねェんだろ。ああ、俺に敬語使わなくていいぜ。名前もドムって気軽に呼んでくれ。その方がシューも喜ぶ」

「……分かった。そうするわ、ドム。私のことはレネーって呼んで」

「おう」

 

「じゃあ、始めるよー! それぞれ散らばって立ってねー! その位置が拾った石置き場になるからねー」


「アリーくんにはハンデで、一つにつき二個分の価値ね」

「はぁーい!」

「疲れたら無理しないこと。喧嘩しないこと、怪我しないこと、僕に気を遣わないこと。……じゃあ、スタート!」

 

 開始の合図をして、守生も冷水浴槽に入った。

 息が続くまで潜って、魔石を拾い集めていく。適度なところで浴槽のふちに戻り、拾った魔石を置く。

 

 ふと見ると、近くでアベルアヌビスがひたすら潜って息を吸って、また魔石を拾っている。だが両手に持っている数が極端に少ない。そして胸元が変に膨らんでいる。ボコボコとした形で、何か硬いものを入れているように見える。

 

「えっ!?」

「あ、バレました? でも規定違反じゃないっすよね?」

「いやいやいや! なんで胸元に入れてるの!?」

「さっき、さらしを緩めて入れやすくしました!」

 

 アベルアヌビスが得意げに話すが、守生は頭を抱えた。確かにルール違反ではない。疲れて無理をしているわけでもないし、喧嘩も怪我もしていない。そして守生に気も遣っていない。

 

「分かった。ならば戦おう」

 

 守生は湯浴み着の裾を持ってそこに魔石を入れながら、息が続く限り潜水し続けた。

 結果、アベルアヌビスが一位、守生が二位となった。だがそのやり方はずるいとドムトートとアリーアヌビスが遠慮なくなく文句を言ったので、二人とも失格になったのだった。

 

 

 

「そろそろ休憩終わってもいいかなー? アリーくん、大丈夫? 疲れたなら筏に乗る?」

「のるー!」

 

 アリーアヌビスが元気よく立ち上がって、浴槽に漂う筏まで泳いでいく。レネーレネネトが慌てて義弟を追う。

 

「じゃあ、ゆっくり歩こうか。泳いでもいいし、好きにしていいけど、なるべく浴槽のふちに沿って、右回りにお願いね。疲れたら遠慮なく筏に乗るか、浴槽から出てねー!」

 

 守生の言葉に全員が頷き、歩いたり泳いだりし始める。

 浴槽内に少しずつ流れが生まれた頃、ようやく楽しさが分かってきたらしい。

 アリーアヌビスが筏の上に立ち上がり、サーフィンのように腰を揺らして喜んでいる。

 その筏に上半身を預けたレネーレネネトが楽し気に義弟を見ている。

 その近くでウーナウヌトは仰向きになり、プカプカと浮かんでいる。

 

「シューさん、見てみてーっ!」

 

 アベルアヌビスが足だけで泳ぎながら大きく手を振った。守生も手を振り返す。

 ドムトートは浴槽内を力強く歩きながら、水魔法で渦を動かす練習を続ける。


「うおっ!? いきなり速くなったっすねーっ」

「あの、なんか流れが……?」

 

 アベルアヌビスが尖った耳をぴんと立てて喜び、ウーナウヌトがうさぎ耳をぺたんと倒して戸惑う。

 

「いや、これ楽しいって! でもアリー、大丈夫!? 落っこちないで!」

「だいじょぶだよ、おねえちゃん! ちゃんといかだにつかまったからー!」

「あの、私も筏につかまってもいいです、か?」

「いーよー!」

「あの、ありがとうございます……」

「ウーナったら、なんでアリーにも敬語なの?」

「あの、だってまだ知り合って数日ですし……」

「いーよ、いーよ。さっきドムさんもドムで良いって言ってたし。私たちも楽に話そ」

「あの、ありがとうご、ありがとう……」

 

 そんな話をしている間も、浴槽の流れは速くなる。


「みんな! 逆回り! 逆回りしてー!」

 

 守生の指示に、全員が左回りに歩いているが、水の抵抗が強い。とてもじゃないが泳ぐのは無理だった。

 

「ふぬぬぬ……」

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 アベルアヌビスとドムトートが、似たような声を上げて一歩一歩進む。ドムトートは水魔法を中止したが、水の勢いは衰えない。

 

 流れに巻き込まれた筏が、浴槽の縁に当たる。流れながら、グラングランと何度も揺れた。

 何を思ったのか、アリーアヌビスが浴槽の外、いわゆるプールサイドにぴょんと跳んだ。

 

「えっ!?」

「アリー!」

 

 動いている物から飛び出すのは危険だ。レネーレネネトとウーナウヌトはひやりとするが、アリーアヌビスは危なげなく着地した。離れていくレネーレネネトに向けて、格好いいポーズまで決めている。


「アリー! かっこいいっすねぇ!」

「えへへ! アベルさま、ありがと!」

 

「筏は危ないから、離れようか。みんな上がれる?」

「いけまーすっ」

「問題ねェ」

「あの、たぶん大丈夫です……」

「私もです」

 

 

 プールサイドに上がり、息をつく。

 

「ごめん、みんな大丈夫? 水飲んだりしてない?」

「大丈夫っすー!」

「あの、大丈夫です……」

「大丈夫です」

「だいじょーぶー!」

 

 アリーアヌビスが再び決めポーズを取って場が和んだが、ドムトートが守生の前に跪く。

 

「え? どうしたの、ドム」

「俺が水魔法を使ってたから、あんなことになったんだと思う」

「ん? 今まで成功しなかったよね?」

「それは、分かんねェけど。でもそうじゃねェと説明が」


「あの、あそこに沈んでるの、魔石ではないでしょうか……?」

 

 ウーナウヌトの指差す方向を見れば、浴槽の隅に魔石がある。今まで流れがあって見えなかったが、もう水も落ち着いていた。

 

「オレ、取って来ますね!」

「あっ、アベル!」

 

 アベルアヌビスがするりと飛び込み、守生が教えたクロールで素早く近づく。そして魔石を回収するとまた泳いで戻って来た。


「速っ! じゃなくて! 大丈夫だった!?」

「え? 大丈夫っすよー。魔石に魔力を込めたりしてないし」

 

 はい、と差し出された魔石に恐る恐る手を伸ばす。だが守生が受け取る前に、ドムトートが引ったくる。

 

「主人に危ねェもんを渡すんじゃねェ!」

「えー? だってただの魔石っすよ? 暑い時に風を起こすやつ」

「……風? 水のじゃねーのか? それか、壊れてるとか……」

「魔石って割れても使えますよね?」

 

 アベルアヌビスが怪訝な顔で問うが、ドムトートは魔石をじっと見て答えない。

 

「シュー」

「何か分かった?」

「ああ、たぶん。試していいかァ?」

「安全にできるなら」

「もちろんだ」

 

 ドムトートは魔石をアベルアヌビスに預けると、冷水浴槽に両手を浸した。それからそれぞれの手で別々に、水魔法と風魔法を発動させる。

 しばらくすると冷水浴槽の水がゆっくりと動き出した。それはゆっくりとうねりを作り、右回りの流れを作る。

 

「えっ! 動いたよ、ドム!」

「ドムさん、すごいっす!」

「あの、つまりどういうことでしょうか……?」

「水に溶けたドムの魔力を、風の魔石が吸って発動したんじゃない?」

 

 レネーレネネトの言葉に、一同がなるほどという顔をした。守生にはよく分からないことだが、そうなのかと頷く。

 

「水魔法だけじゃなく、風魔法も使わねェとダメだったってわけだ」

 

 静かにそう話すドムトートの顔は、満足気だ。魔石を見つけてくれたウーナウヌトと解説してくれたレネーネネトにも礼を言う。 

 

 その後、副部隊長ネイサンネイトからこっぴどく叱られた。

 魔石で遊ぶな、魔石の数を確認しろ、浴槽で魔法を使うな、等々。

 その一方で、水の中での魔石と魔法の行使についての研究課題に気づくワーカホリックな宰相もいた。

 そしてひとつの経験を通して、騎士コンビとお稽古トリオは少し仲良くなったのだった。

 

 

アベルが言ってた、スルーされたドムの問題発言は、「18 パワハラ vs セクハラ https://ncode.syosetu.com/n7809gz/18/」にて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女性と自覚してたんですね、こりゃ申し訳ない 当の本人にとっては仲間や友人と楽しく過ごしたいのに、自分の性が壁になってしまってるのか これは守生の施術で心持ちを何とかして貰うしか…
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