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45 みんなでご飯

 朝食の席についた守生は自分の食事そっちのけで、ローテーブルの隅でミーナミンにレタスに与えていく。

 侍女ヘレナヘケトを始め、騎士コンビも心配そうに見守っている。毒物事件が立て続けに起こったのだ。守生への被害が直接あったわけではないが、食欲が湧かないのを彼らも理解していた。

 

「おいしーの」

「良かったね」

「シューも、なの」

 

 ミーナミンが啄んだレタスをそのまま守生へ差し出す。これを食べろという意味ではなく、守生も食事をしろと言いたいのだろう。

 

「うん、うーん」

「ひとり、やーなの」

「そうだね。みんなで食べると美味しいよね」

「なの」

 

「アベル、ドム。外の騎士さんを一人中に入れて、ドムたちも席に付いてくれる?」

「はいっす!」

「了解ィ」

 

「ヘレナさん、ウーナさんたちを呼んで来てもらえますか。こちらで食事をとるようにと」

「かしこまりました」

 

 貴人である守生が騎士や奴隷と共に食事をするのを止めるはずのヘレナヘケトも、渋々ながら頷く。


「かしこまりました、シュー様。ですが奴隷たちはハピご兄弟から贈られた者たちです。どうか不要な接触はお控えください」

「はい、気を付けます」

 

「シューさん、オレらどこに座ったらいいですか?」

「アベルとドムは僕のとなりね。手を洗ってからどうぞ」

「はぁーいっ!」

「うっす」

  

 アベルアヌビスとドムトートが部屋の隅に置かれたたらいへ手を洗いに行く。ミーナミンは部屋の空気を察したのか、首を傾げた。


「シュー、たべるの?」

「うん、食べるよ。ミーナは?」

「まんぞくなの」

「そう、よかった。またおいで。……卵、ありがとうね」

「またくるの」

 

 そう言うとミーナミンは魔力で全身を光らせ、バスケットボールのように勢いよく飛び出して行った。

 

「じゃあ、僕も手を洗おうかな」

 

 魔鳥とはいえ、野生動物に触れたのだ。このまま食事をするのは衛生的に良くない。手を洗ってから三人で長椅子に座る。


「お肉がないけど、とりあえず我慢してね」

「我慢します! だってシューさんと一緒のごはんだし!」

「……失礼しまァす」

 

 ドムトートは軽口を叩くアベルアヌビスを速やかに殴ってから、席についた。後ろで騎士コンビに行儀作法を教えたヘレナヘケトが大きく頷いている。

 

「今日のシチューは、水墨画か……」

「スイボクガ? ってなんすか?」

「墨の濃淡だけで表現した絵、かな? 風景画が有名なんだけど」

「シューのはァ、オリーブの木だなァ」

「へぇ、これが」

 

 ドムトートとアベルアヌビスのシチューは普通のクリームシチューに黒いソースが少しかかっているだけだが、守生の皿にはオリーブの大樹が描かれている。

 ちなみにこの一品(ひとしな)を作るにあたり、料理人たちの間ではオリーブの木を描くなら茶色と緑色ではないのか、いやそれは色も味もありきたりだ、いやシュー様はバジルがお好きだから使いたいなどと口論になった。

 よって二杯目は刻んだバジルと茶色く焦がしたターメリックでオリーブの木を表現した皿が保温の魔道具の中に準備されている。調理場では絵を描いたロバ頭の料理人が【大いなる幸いを運ぶ者】様がおかわりをしてくださいますようにと熱心に祈っていた。

 

  

   ◆

 

 

「あの、もうお呼びがかからないかと思っておりました……」

 

 うさぎ頭の踊り子ウーナウヌトが、かすれた声で言うと、コブラ頭の楽士レネーレネネトが虚勢を張って声を上げた。

 

「解雇のお話ですか? 元のお屋敷に戻るくらいなら奴隷商人に売ってほしいのですが」


 たれ耳犬頭の幼い少年アリーアヌビスも、しょんぼりした様子で守生を見上げる。


「ちょっと待ってください! そんなつもりないですから!」

「ほんとー?」

「本当だよ、アリーくん。ちょっと疲れちゃって、休んでただけなんだ」

 

 話を聞いたアリーアヌビスは、守生に手を伸ばしかけてためらう。姉のレネーレネネトを見上げて、また守生を見る。

 

「ん? アリーくん、どうかしたの?」

「あのねー、なでなでしてもらうとうれしいよ」

 

(ズキューン!)

 

 アリーアヌビスの純朴さに父性を打ちぬかれた守生は、思わず胸を押さえた。

 

「生きるのが、辛い……」


 その言葉に、一同は騒然となった。


「シュー様、今すぐ賢者様をお呼びします。どうかお気を確かに!」

「シューさぁん! ご飯! ご飯食べたら元気になりますからーっ!」

「落ち着け、シュー! 陛下でもハピの野郎でも、俺がぶん殴ってきてやるからァ!」

 

 冷静沈着なヘレナヘケトが慌てふためき、アベルアヌビスが守生の背をさすり耳元で叫ぶ。ドムトートが立ち上がって部屋を出て行こうとする。

 

「あの、あの、シュー様! しっかり……!」

「だから死ぬならあたしたちを奴隷商人に売ってからにしてくださいってば!」

「わぁーん、シューさま、しんじゃやだぁー!」

 

 ウーナウヌトは今にも泣きだしそうで、レネーレネネトは怒っていた。恐慌状態の大人たちを見て、アリーアヌビスが泣き喚く。

 

「いや、大丈夫です。ヘレナさん、ドム、そんなことしなくていいから」

 

「本当によろしいのですか?」

「大丈夫なんすか?」

「本当に大丈夫なんだろうなァ?」


「あの、無理しないでください……」

「売り飛ばすのかここに残れるのか、はっきりしてください!」

「シューさま、なでなでする?」


「うん、アリーくんに撫でてもらおうかなー?」

「あいっ!」


 アリーアヌビスが座ったシューの膝をなでる。

 迂闊な接触にヘレナヘケトは渋い顔だが、守生の顔はほわわんと緩んだ。

 

「はぁ。アリーくん、ありがとうね。もう大丈夫だよ」

「よかったー!」

「レネーさん、ウーナさん、不安にさせてすみません。もし僕に何かあったら、そうだな、エリスイシス姫にみなさんをお預けします。彼女なら悪いようにはしないと思うので。ヘレナさん、あとで契約書を書くのでお願いします」

「かしこまりました」

「と言っても、あなた方から習いたいことはあるので、これからもよろしくお願いしますね」

「あの、こちらこそよろしくお願いします……」

「分かりました、先走ってすみません。よろしくお願いします」

「よろしく、しまぁす!」

 

 アリーアヌビスが片手を挙げて、元気よく言った。

 

 

 

「じゃあ、みんな、手を合わせて」

 

 守生が言うと、ローテーブルを囲んだ全員がぱちんと手を合わせた。

 

「いただきます!」

「いただきますっ!

「いただきまァす」

「「……いただきます?」」

「いたらきます!」


 守生の声に、騎士コンビが続く。踊り子と楽士は意味が分からないので、疑問形だ。アリーアヌビスは分からないなりに、元気がいい。


「おねえちゃん、お祈りはいーの?」

「今日はいいよ。熱いから気を付けて食べな」

「あい!」

 アリーアヌビスはうれしそうにピッツァを手に取った。一口ほおばると、暴れ馬を乗りこなすように腰を動かし、座ったまま踊る。

 慌ててレネーレネネトが義弟の腰を押さえて体を支える。

 

「シューさま、おいしーね!」

「そうだね、美味しいねぇ」


 守生とアリーアヌビスががほのぼの、にこにこしている一方で、レネーレネネトとウーナウヌトはひたすら恐縮している。肉類がないとは言え、華やかな見た目の見たこともない食べ物が多い。なにより貴人と向かい合って食事をしている状況に、緊張で味が分からない。

 そんな二人をドムトートは少し気にしているが、アベルアヌビスはマイペースだ。クリームシチューをおかわりし、たことオリーブの実のマリネを平らげ、ピッツァを頬張る。

 

「こうやって食べてると、孤児院を思い出す、ですー!」

「ア、アベルアヌビス! 何ということを!」

「あー、ヘレナさん、落ち着いてください」

「も、申し訳ございません。あまりの発言に動揺いたしました」

 

 ヘレナヘケトは右手で左手首をぎゅっと握りしめる。彼女の家は代々王城の側仕えをしている一族だ。その王城での食事を孤児院の食事と同列に言われ、本日三度目のショックになんとか耐えていた。一度目は謎の侵入者の報せ、二度目は守生の「生きるのが辛い」発言である。

 

 守生は帆立のサフランマスタードソースに満足しながら、アベルアヌビスに話しかける。

 

「アベルはいつも騎士食堂で食べてるんだろ? こういう感じじゃないの?」

「んー、食堂に入った順にトレイを受け取って、好きな席に座って食べるっす。でも孤児院ではみんな揃ってからお祈りして、食べるんです」

「あぁ、揃って食べるのが似てるんだね」

「ですっ!」

「僕はアベルが孤児院出身だって知ってるし、苦労したんだなって思うから別に構わないけど、貴人の中には孤児院での食事と自分の食事が似てるって言われて怒る人もいるかもね」

「え!? オレそういうつもりじゃないっす!」

「うん、わかってる。僕の前では気にしないで思ったことを言っていいよ」

「シューさん、ありがとうございますっ!」

「ただ、誤解されない言い方とかTPO……時、場所、場合を考えるのは大事かな。僕も勉強中だけどね」

「わかりましたっ! 気を付けますっ!」

「うん。言葉遣いもどんどんよくなってるし、これからもがんばって」

「はいっ!」

 

 アベルアヌビスがうれし気に頷いた。守生がヘレナヘケトをちらりと見ると、恭しく会釈をしている。


(これで、あとのお説教を回避できたかな。いや、食事のマナーが悪いとかって怒られてそうだなぁ。でもまだ習ってないと思うし、それは追々ってことで)

 

 

 ローテーブルに向かい合って座るアベルアヌビスとレネーレネネトが、バジルソースのピッツァに手を伸ばす。最後の一切れで、そのタイミングはほぼ同時だ。

 

「あっ!」

「すみません、アベルアヌビス様。どうぞ取ってください」

「いいですよー、レネーさんが食べてくださいっ! 俺は別のをもらうし。あと、オレに様付けしなくていいし、アベルでいいっすよー!」

「え、でも……」

「オレ、こっち食べますからー。ねっ!」

 

 気前よく譲るアベルアヌビスを、守生は意外に思う。

 

「なんすか、シューさん。オレ、年下をいじめたりしないですよー?」

「年下? レネーさんの方が年下なの!?」

「私は十七歳です」

「ほら。オレの方が年上なんです!」


(レネーさん、落ち着いてるし演奏技術もすごいから、二十歳はすぎてると思ったのに! コブラ頭だから顔で判断できないから仕方ない、仕方ない! 僕、アベルの性別も分からなかったけど!)

 

「いやぁ、アベルも大人になったねぇ」

「なんすか、シューさん。それ絶対馬鹿にしてるっすー!」

「いやァ、アベルも大人になったなァ」

「ドムさんまでーっ!」

 

 

「ほう、バジルソースとチーズのピッツァが人気ですかー。やはり【幸い】様が好むものを食べてみたいという従者の心理でしょうかねー」

 

 前触れもなく、副料理長クリスクヌムがにこにこ顔で現れた。


ブクマ、感想、それぞれありがとうございます。

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