46 デザートピッツァとふわとろ卵
「クリスさん!? おはようございます。いつの間に!?」
「おはようございます、シュー様。侍女頭さんの許可はいただきましたよー?」
「歓談なさっておいででしたので、僭越ながらわたくしが対応いたしました。確か浄化魔法がと呟いておられましたので」
魔鳥ミーナミンに卵をもらった後、呟いたかもしれない。昨夜からいろいろあって、多少混乱している。今朝は瞑想もできず、最低限の【場の設定】しかしてないせいもあるだろうとも守生は考えた。
「そうだったんですね。ヘレナさん、ありがとうございます」
「みなさんで召し上がっているとのことでしたので、多めにデザートをお持ちしましたよー」
クリスクヌムが持ってきたデザートピッツァは、どれも小ぶりサイズだ。
シナモンとくるみのハニーピッツァは、バターと蜂蜜、香ばしいくるみの香りがシナモンとマッチしている。
「シュー様は蜂蜜よりお砂糖のほうがお好きでしょうかー?」
そう言ってクリスクヌムがアップルシナモンのピッツァを差し出した。食べるとりんごの酸味と甘みがじゅわりと出て、シナモンの香りと砂糖の甘みが口いっぱいに広がる。デザートピッツァには牛乳も使っているようで、食事ピッツァとは違った趣があった。
洋梨とクリームチーズのピッツァには、酸味や塩味が少ないチーズが使われていた。
(マスカルポーネ・チーズっぽい感じかな。これも美味しい……!)
最後はキャラメルナッツ・ピッツァだ。緑が美しいピスタチオは砕いて、アーモンドはスライスしているのでざくざくした歯ごたえが楽しめる。キャラメルは王女エリスイシス主催のお茶会のために作り方を教えたものだ。
アベルアヌビスとドムトートがそろって黙々と食べているので、気に入ったらしい。
(ちょっと教えただけなのに、応用力がすごい。さすがプロ!)
「ご満足いただけましたかー? なんでしたら、バジルピッツァの追加もいたしますよー?」
「アベル、どうする? もうお腹いっぱいなら……」
「食べます! 食べるっすー! しょっぱいのから甘いの、甘いのからしょっぱいの! 最高っす!」
「……じゃあ、クリスさんお願いします」
「かしこまりましたー」
「やった! ありがとうございます、シューさん! クリスクヌムさん!」
「いえいえー。シュー様の食欲が戻られて、こちらも嬉しいのでー」
そう言ってクリスクヌムはにっこりと笑った。それは屋台のクレープなんかに負けはしないという、王城料理人の気合を込めた笑みだった。
◆
アリーアヌビスが食べ終わるのをみんなでのんびりと待っている間、守生はクリスクヌムに声を掛けた。
「クリスさん、あのー、もしかして太りました?」
「うっ! 実はそうなんですー」
「実は僕も、クリームシチューもピッツァが頻繁に続くと太るかなぁって心配してたところなんです」
「そうなんですかー!?」
「ええ。栄養素の、炭水化物……小麦ばかり食べていると太りやすいらしくて。あと、油と合わせて食べるとさらに太るとか」
「おやまあー」
「なので週に一回とか、頻度を減らしていただけると助かります。すごく美味しいだけについ食べてしまうので! あと、朝昼は構いませんが、夕食に出すのを控えてもらえるとうれしいです。あとは寝るだけなので」
「か、かしこまりましたー!」
それを聞いたクリスクヌムはギクリとした。最近、夜遅くまで試作と試食をしているからだ。
「あと、クリスさん。後で浄化の魔法をかけてほしいものがあるんですけど……」
「はい、構いませんよー」
「よかった、ありがとうございます」
全員が食べ終わり、ご馳走様と手を合わせた後、守生はクリスクヌムにミーナミンの卵を見せた。鶏卵より少し大きい、薄茶色の卵だ。
「これに、浄化魔法をお願いしたくて」
「これ、魔鳥の卵ですよねー!? おとぎ話で聞いたことはありますが、初めて見ましたー!」
「おとぎ話……」
「これ、神殿に奉納するんですか?」
「いえ、食べます」
「た、食べる!? 魔鳥ミン様の卵ですよ!? いいんですか!?」
「はい。遠慮したら、『捨てる』って言われちゃって」
「どなたに!?」
「だから、魔鳥ミンです。ミーナミン」
「ミーナミン、様?」
「ええ。その卵を産んだ魔鳥の名前です」
「なんとー! 名づけるほど仲がよろしいのですか?」
「いや、名付けたんじゃなくて、自己紹介されたんですよ」
「ええ!? 会話ができるんですか!?」
「ええ。この通訳のペンダントおかげです。つまり賢者トリスタントートさんのおかげなんですけど」
「なんとー!!」
興奮したクリスクヌムが、大きな声を上げた。
「調理道具を持ってきますね! フライパン! 作ったので! 調味料はどうされますか!?」
クリスクヌムは守生から必要なものを聞き出すと走って出て行き、すぐに料理長セベーロセベクを連れて戻って来た。
「魔鳥の卵を料理すると聞いたが」
セベーロセベクも以前守生と会った時よりもふっくらしている。
「ええ、そうなんです。でももしかして、宗教上の禁忌だったりします?」
「いや、明確に禁止されてはいないが、忌避する方は多い。そもそも魔鳥の卵は手に入らない」
「あ、手に入らないから食べないんですね」
「普通の卵を食べる人もいるかもしれないが、あまり大っぴらにはしないはずだ。王城の料理人は、貴人が相手だ。調理する機会はない」
「なるほど?」
(つまり僕は卵を食べていいのかな? 食べるけど! 絶対食べるけど!)
「翼を持つ鳥は神聖なものですしー、魔力を持つ魔鳥ならなおさらですー。それに貴人や武人はお肉を好まれますからー」
「魔鳥様は魔力が高い。卵を盗んで報復されるより、別の獣を狩ったほうがいい」
(やっぱりミーナって強いんだ! お祭り屋台のパチンコ玉並みに跳ぶもんなぁ)
「じゃあ、調理します、ね?」
守生の言葉に、全員の顔が緊張する。
(いつにないアウェイ感……!)
「まず、火を熾してもらえますか?」
「はーい! オレの火魔法で!」
「ダメだ」
セベーロセベクの短い制止の言葉に、アベルアヌビスがむっとする。すかさずクリスクヌムが説明に入る。
「火魔法だと火加減が難しいのでー、魔石を使うことをお薦めしますよー」
「だってさ、アベル。残念だけど」
「はぁーい、わかりましたっ」
守生が鶏の卵よりも大きめのミンの卵をボウルに割り入れると、それだけでどよめきが広がった。
牛乳、塩、白胡椒、乾燥バジル、小間切れにしたチーズと一緒に混ぜる。熱したフライパンにバターを落とし、馴染ませる。それからゆっくりと卵液を流し入れた。
ジュワッという音に、アベルアヌビスの耳が期待感にピクピク動く。アリーアヌビスは驚いてビクッと身を竦め、レネーレネネトの足にしがみ付いた。
守生は手早くかき混ぜる。火の止め方が分からなかったので、フライパンを布巾を敷いた台の上に載せる。あとは余熱に任せ、適当なところでスクランブルエッグを皿に盛った。
「じゃあ、いただきます」
スプーンで掬って口に運ぶ。
「う、うまぁ~! 濃厚ぉ~!」
ごくり、という音に守生は我に返った。アベルアヌビスの熱視線がすごい。
このまま全部食べたいところだが、それはダメだろう。なにせ朝食の席でアベルアヌビスを大人だと褒めたばかりなのだ。
「えーと、魔鳥ミンの卵を食べたい人ー?」
ざっと音がするほど、勢いよく手が挙がった。アベルアヌビス、クリスクヌム、セベーロセベクだ。
ドムトートを見遣れば、控えめに挙げている。ヘレナヘケトは無表情、お稽古女子は首を振り、アリーアヌビスはピョンピョンと跳ねている。食べたいのだろう。
「じゃあ、五人だね」
スプーンを五本用意してもらい、喧嘩しないように守生自ら分ける。
最後にほんの少し余った分を自分のスプーンに取り、五人に声をかけた。
「じゃあ、いただこうか」
「はいっ! いただきますっ!」
「すんません、いただきまァす」
「貴重な機会ですねー」
「む」
「いたらきまぁーす」
アベルアヌビス、ドムトート、クリスクヌム、セベーロセベク、アリーアヌビスが、パクリと食べた。
「ふぉっ!?」
「うめェ……」
「これはこれはー。シンプルな調味料は、この濃厚な旨味を味わうためのものだったんですねー」
「生焼けだが、良い食感だ」
「おいしー!」
異口同音に絶賛する声を聞き、守生は心持ち胸を張った。いわゆるドヤ顔になっている。
「今回は卵本来の味を味わいたかったので入れませんでしたが、タラゴンを入れるとさらに風味が良くなりますよ」
「タラゴン、ですかー? 歯痛を止める薬ですよね?」
「いや、効能は知りませんけど、僕の知ってるタラゴンはフレンチに欠かせないハーブだそうですよね」
「フレンチ?」
「えーと、フランスという美食の国の料理のことです」
「美食の国か!」
「美食の国ですかー!」
セベーロセベクとクリスクヌムが目をキラキラさせて守生を見つめる。
「それはともかく、クリスさんに浄化魔法をかけてもらったので、半熟にしました。ふわとろでしょ?」
「生焼けではなく半熟か。失礼した」
セベーロセベクが素直に謝った。
「半熟。素晴らしい言葉ですねー」
「ふわとろ-っ!」
「ふあとろー!」
アベルアヌビスとアリーアヌビスがスプーンを握ったまま拳を挙げる。
わんこコンビの愛らしさに、守生は内心で悶絶した。
(っ、これが萌えか。アリーくん加入でめっちゃ癒される……)
ドムトートは騎士精神を忘れて子どもに成り下がったアベルアヌビスに呆れたが、守生が満足そうなので後でぶん殴るのはやめたのだった。
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