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33 エリスイシス姫のお茶会2


「いやはや、遅れて申し訳ありませんな!」

 

 遅れてきたトリスタントートは椅子に座ると、優雅に足を組んだ。身体の向きを正面ではなく斜めにして、片腕は背もたれに掛けて自室のようにくつろいでいる。

 トリスタントートの正面にエリスイシス、そして斜めにいるのが守生なので、顔をとても見やすい。

 

「シュー様とゆっくり話せたので気にしないでくださいまし」

「ええ。お待ちしている間も、楽しい時間を過ごせました」

「それは良かった!」


 そう言うトリスタントートの斜め後ろに、人頭羽持ちの五十代の地味顔の男が控えていた。トリスタントートの見た目は四十代半ばだが、黒トキ頭なので守生にはよく分からない。人頭の男は肩布を掛け、賢者の従者とは思えないほど豪華な服装だ。

 

「あの、そちらは?」

「ああ、弟子のハルムですよ。姫殿下にお願いして参加させました」

「ハルムさん? 初めまして。菅見守生です。シューとお呼びください」

「ハルムイムホテップと申します。この国の宰相をしております」

「え! 失礼しました。宰相閣下!」

 

(宰相!? 総理大臣ってこと!? 官房長官?)

 

「いえいえ、どうかシュー様、私のことはお好きなようにお呼びください」

「ありがとうございます」

「私は弟子である彼のことを【かわいい雛鳥】と呼んでいるのですが、もう立派な宰相ですからね。この度、改めることにしましたっ!」

 

 ババーンと効果音を付けるように、トリスタントートが両の羽を大きく広げて宣言する。

 

「本当ですか【賛美のすべて】! 感激ですっ!」

  

 宰相ハルムイムホテップは賢者トリスタントートのことを【賛美のすべて】と呼んでいるらしい。宰相はまだ発表されていないにも拘らず、手で口を覆って感動している。王女はそんな二人を微笑ましそうに見守っている。

 

「では発表いたしましょう!」

  

 守生の頭の中でドラムロールが鳴り響く。


「その名は、【聡慧(そうけい)の空】!」

「なんと! そこまでわたくしめを評価してくださるのですか【賛美のすべて】!」

 

 宰相は顔をしかめ、必死で涙をこらえている。

 

(そうけい……早計かな? いや、早合点とか軽率って意味だから絶対違うな)

 

「宰相閣下の才知が大空に羽ばたく姿を表しているのですね。素晴らしい二つ名ですわ【不老の賢者】様」

「その通り! ありがとうございます。エリスイシス姫殿下」

 

 トリスタントートが立ち上がり、優雅に両の羽を上下に広げてから、自分を抱きしめる。一礼した、らしい。

 国王カールホルスは翼を豪華なアームカバーで包んで邪魔にならないようにしていたが、トリスタントートはその白い翼をあえてはためかせている。その度に大きな魔石の付いた指輪と腕輪がきらめき、甘ったるい香油の香りが漂った。

 

(この子弟、どっちもユニークだなぁ……)

 

 守生はいちごジャムを小さく切られたパンに少しのせ、口に運ぶ。甘酸っぱい良い香りがした。


(ん!? 酸っぱい!)

 

 レモンのように酸っぱいわけではないが、いちごジャムだと思って食べたので驚きが強い。青りんごよりも強い酸味だ。

 

「シュー様、どうなさいました?」

「いえ、いちごだと思ったら違ったようで」

「イチゴとは何でしょう? それはルバーブですね」 

「ルバーブ……初めて聞きました」

 

 お互いに首を傾げて見つめ合う。

 ルバーブは野菜であり、この国では薬草として用いられている。その太い茎を砂糖とシナモンで煮詰めたジャムが、守生の食べたものだった。

 

「アテナイュヌ北部の方からルバーブをいただいたのですけれど、こういった食べ方を教えていただいたのです」

「へぇ、いろんな作物があるんですねぇ。いちごは赤い果物で、砂糖で煮詰めた感じがそっくりです」

「そうなんですのね。あと、こんなものもご用意いたしました」

 

 エリスイシスの指示で、侍女が包み焼きを運んできた。そして熱いハチミツをたっぷりとかける。切り分けた後も、追いはちみつされ、黒胡椒が振りかけられる。

 

「チーズケーキの包み焼きですわ。冷めると皮が硬くなってしまうので、お早めにお召し上がりになってくださいまし」

「これは贅沢ですね!」

 

 はちみつと黒胡椒の組み合わせを見た瞬間、守生の脳内で副料理長クリスクヌムが「貴人様には定番ですからー」とイイ笑顔で頷いた。

 

「黒胡椒の追加はお好みでどうぞ」

「【賛美のすべて】は黒胡椒がお好きでしたよね。追加しましょうか?」

「ぜひ! お願いしよう!」

 

 トリスタントートの隣に座ったハルムイムホテップが甲斐甲斐しく世話を焼き、トリスタントートが冠羽(かんう)を揺らすことで返礼した。

 

「ハルムさんは、トリスタンさんのことが大好きなんですねぇ……」

 

 守生は呟くように言った。テンションの高い二人に、内心エリスイシスのような胆力が欲しいと思い始めている。

 

「トリスタントート様は【賛美のすべて】! 新しい快適な馬車を風属性の魔石によって考案し! 貴重な薬草を採集してポーションを作り隣国の王の病気を治し! そのポーションを隣国のみならず、我が国にも卸してくださっているのです! 昨日は私もそのお手伝いをさせていただきましたっ! 城の調合師たちの視線を集める中、優雅に華麗にポーションを調合するその麗しいお姿! そして今一番ホットなのは、新たな収納の魔道具でしょう! 従来の革袋型とはまったく違う、指輪型と羊皮紙型! 羊皮紙のスクロールは大容量! 特筆すべきは中身が自動で記載されるので商取引で非常に重宝されております! さらには指輪型! こちらは容量こそ小さいですがまったく嵩張りません! 王城では信頼できる者しか携帯を許可されないので、一種のステータス! かく言う私も陛下からご許可をいただき、こうして付けておりますれば!」


 ハルムイムホテップは通販番組のように一気に話し終えると、シュビッと勢いよく手の甲を見せた。

その指には、魔石に幾何学模様が描かれた指輪が嵌っている。

 お茶会の手土産を準備した時、ヘレナヘケトが収納した指輪の魔道具と同じだった。

 

(あの指輪、王様の許可がいるのか。だからヘレナヘケトさん、ちょっと得意げだったんだなぁ)

 

「そういえば、あなたの移動用収納箱(きゃりーけーす)を魔道具で収納することもできたのですが、魔力がどう影響するか分からなかったのでね! そちらの騎士に担いでもらったんですよ」

「そうだったんですか! お気遣いありがとうございます。ドムもありがとう」

「いやァ……いえ、問題ありません」

 

 ドムトートが畏まって答える。


「もっとも彼には、私まで担いで運んでもらいましたがね!」

「え!?」

 

 守生がドムトートを振り返ると、アベルアヌビスが挙手した。

 

「お話しなさいな、アベルアヌビス」

「はいっ、御許可をありがとうございます、姫殿下! 私たちが迎えに行った時、ドムさんが四角い箱と賢者様とを両肩に担いで走ってましたっ!」

「えええー……」

「私は身体強化の魔法を使えますんで。怪我も治してもらいましたしィ。その節は大変助かりました。【不老の賢者】様、本当にありがとうございます」

「いえいえ、いいんですよ!」

 

 トリスタントートが鷹揚に頷く。ひょこひょこと冠羽が動いた。その隣でハルムイムホテップは、まるで運命の出会いのようですねぇ……と歯を噛みしめていた。

 


 続いて、チーズとケシの実入りの丸い揚げ菓子が供された。砂糖の代わりにはちみつをかけるのでハニードーナッツと言えなくもない。

 全体的に甘いものが多いので、守生は洋梨や持ってきた焼きりんごをメインに食べる。と言っても、切ったりんごではなくかまどで丸ごと焼いたりんごだ。

 丸ごとの洋梨も、守生が手に取るとすぐさまヘレナヘケトが剥いてくれるので楽だった。

 

(うーん、至れり尽くせりだよね。優雅だー)

 

「シュー様、この焼いたりんごに乗った茶色のソースがとっても美味しいですわ!」

「ありがとうございます」

「この硬貨も素晴らしいですねっ!! 異国の文字、異国の花、異国の建物……」

「わたくしまでもらってしまって恐縮です、シュー様」

「とても細かい作りですのね。美しいし異国情緒に溢れていますわ」

「みなさんに喜んでもらえて良かったです」

 

 賢者、宰相、王女から口々に褒められ、守生はほっと息をついた。正直、メンバーがVIPだ。国王と対面する時は気にならないのに。エリスイシスの気品のせいか、トリスタントートの過度な優雅さのせいか。

 

「ふふ、こういった芸術品はお父様が大好きですわね」

「王様には一枚だけ渡しましたけど……」

「ではわたくし、お父様に自慢いたしますわ」

 

 三人で分けたとはいえ、エリスイシスにはすべての種類を渡している。守生は父親に取り上げられたりしないか心配になったが、親子の問題なので気にしないことにした。嫌いとまでは言わないが、守生の中でカールホルスの株は低い。

 

 

「そういえばシュー様。今はどちらのお部屋をお使いになっているのですか?」

 

 客室は今、国王陛下が執務室にしておられますよね、とハルムイムホテップが言った。

 

「ああ、そうなんです。僕の場の設定……光魔法のようなものを気に入られて。今はその部屋のちょうど真上の部屋に泊っています」

 

 守生が言うと、三人の動きが止まった。そして賢者と宰相が王女を見遣る。

 

「分かりました。この件はわたくしが預かります」

 

 エリスイシスがきっぱりと言うと、賢者と宰相はほっと息を吐き、すぐさま話を変えた。

 

「ところでシュー様。その光魔法のようなもの、というのは、光魔法ではないのですか?」

「えーと、僕はあくまでのヒーラーで、でもトリスタンさんみたいに治癒魔法を使えるんじゃなくて……」

 

 守生の世界のヒーラーは、治癒魔法師ではない。そこから説明しなければと、守生はしどろもどろになってしまう。

 一度大きく呼吸する。光魔法だとか場の設定だとか、どうでもいい。今、守生が一番伝えたいことは【DNAアクティベーション】なのだ。

 

「あちらの護衛騎士を、今一度ご覧ください」

 

 ドムトートとアベルアヌビスの方を、バスガイドのように手のひらで示す。

 それに応じて、ヒヒ頭のドムトートと、黒犬頭のアベルアヌビスが改めて姿勢を正す。

 

「先日、僕から【DNAアクティベーション】という施術を受けた二人です」

 

 実際には【エンソフィックレイキ】も受けているが、話が複雑になるので省略する。

 

「あの二人、何やら体のまわりがキラキラしておりますね。ええ、ええ、ずっと気になっていたのですよっ!」

 

 目立つのが大好きなトリスタントートが真っ先に食いついた。

 

「施術後、彼らはずっと抱えていた悩みを解決する糸口を見つけたり、視力が良くなったり、魔法の威力が増大したそうです」

「ほう? それはすごいことですが……。結果がバラバラですね!」

「このDNAアクティベーションは、その人の才能や資質を引き出すものなんです!」

 

 トリスタントートの疑問に、守生はトリスタントートを真似て声を張って言ってみる。

  

「才能や資質を引き出す?」

 

 トリスタントートが首を傾げ、ハルムイムホテップがそわそわしている。

 

「他に、どんなことが起こりましたの?」

「そうですね、オーラに光を入れるので、美白やアンチエイジングになったと喜ばれる方もいますよ」

 

(でも、子どもに勧めるなら、暗記力向上かな?)

  

 実際、ヒーラーが自分の息子にDNAアクティベーションをすると受験勉強が捗ったと言われたそうだ。ただ、どうしてもっと早くにしてくれなかったんだと文句を言われてしまったという笑い話になっている。

 DNAアクティベーションによる変化は様々だ。だが、その人にとってその時必要なことを起こす。

 美白やアンチエイジング、アベルアヌビスのように溜めていた負の感情を解放するというのも、同じ原理なのではないかと守生は考えていた。つまり、肉体的・感情的な汚れを落とすのだ。そして、その人の持って生まれたピュアさや才能が顔を出す。

 状況は時間と共に変わるので、【DNAアクティベーション】を定期的に受けると良い。そして三回目以降に自分の明らかな変化に気づいたと驚く人が多い。変化の波は起きていても、最初は小さく気づく人が少ないのだ。それは裏を返せば、自分自身をよく見ていない人が多いとも言えた。

 

「まあ! アンチエイジングだなんてまるで【不老の賢者】様みたいですわ!」

 

「まあ、私のは……呪いに近いですけどね!」

 

 その言葉に守生は、サイラスオサイリスを思い出す。【悪意を光に変えて相手に返すワーク】をする直前の、恐れと期待と不安が混じった瞳を。

 

「呪いだなんてそんな。その秘密は賢者様を知るすべての女性の注目の的ですのに」

「はっはっはっはっはっ! 男は秘密を抱えてこそ魅力が増すというものです!」

「さすがです! 【賛美のすべて】!」

「うふふふ」

 

 エリスイシスがかわいらしく笑った。


次でお茶会は終わりです。

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