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32 エリスイシス姫のお茶会1

「シュー様、こちらの壺をよーくご覧になって?」

 

 王女エリスイシスのお茶会に招かれた守生は、黒地に赤茶色の壺を手渡されて困惑していた。

 よく見ろと言われても、丸みを帯びた空っぽの壺だ。大きさは守生が両手で持てる程度。一般家庭で花瓶にするには大きく、梅干しや梅酒を漬ける瓶と比べても大きめなほうだろうと思われた。 

 

「えーっと、髪の長い女性と花が描かれていますよね。後ろは風? それとも波かな?」

「……そうなのですね」

 

 エリスイシスは落胆したように俯いた。長い金髪で顔が隠れる。だが、ぱっと顔を上げて笑顔を見せる。

 

「変なことを申し上げてごめんなさい。さぁ、お茶会を始めましょう」

 

 侍女が守生の手から恭しく壺を受け取り、エリスイシスのそばの高く小さめの台に丁寧に置いた。ちょっと当たったら台ごと倒れそうだが、侍女は慣れている様子だった。エリスイシスの裏のあだ名は【壺姫】である。

 

「あの、トリスタントートさんは?」

「賢者様は少し遅れていらっしゃるはずですわ。でもわたくし、シュー様と少しお話がしたかったので」

「そうですか。じゃあちょうどいいですね」

 

 王女のお茶会に遅れてくるとは、豪胆な人だなと守生は思った。身分に囚われない考え方は、この世界では珍しい。

 

「そちらの騎士二人は、何かキラキラしていますわね。シュー様の光魔法かしら」

「ええ、数日前にDNAアクティベーションというものを受けてもらいました」

「そうでしたの。ぜひわたくしも受けてみとうございます」

「ええ、王様が受けた後にぜひ」

 

 小さな王女の凛とした態度に、守生はきりっとした態度で答えた。国王カールホルスと会話している時よりも丁寧な言葉遣いをしてしまう。

 一方、守生の後ろに控えている騎士コンビは、そわそわしていた。

 

「あの、護衛騎士が先日のお礼を述べたいそうなので、直接ご挨拶しても構いませんか?」

「あら。うれしいですわ」


 エリスイシスの許可が出ると、騎士コンビが少し近づき、騎士の敬礼をした。

 

「エリスイシス姫殿下、先日は昆虫族の領域に落ちた私ドムトートの捜索隊を派遣してくださり、ありがとうございましたッ!」

「無事でなによりです、ドムトート」

  

「エリスイシス姫殿下、先日は直接話しかけるという無礼をしてしまい、大変申し訳ありませんでしたっ! あと、私アベルアヌビスの願いを聞き入れ、騎士見習いだったドムトートの捜索隊を派遣してくださってありがとうございますっ!」

「あら。そういえばそうでしたね。でも、仲間を思ってのことですもの。気にしていませんわ」

「ありがとうございますっ!」


「二人とも、正騎士と騎士候補生になったそうですね。おめでとう」

「ありがとうございます!」

 

 騎士コンビが再度敬礼し、右拳を胸にバンッと強く当てた。


「すっかり騎士らしくなりましたね、二人とも」

 

 騎士コンビは誇らしそうな笑顔になった。昨日のヘレナヘケトの講義を受けて話し方が変わったばかりなのだ。

 ちなみに二人が「私」と言っているように聞こえるのは通訳のペンダントのせいだった。二人とも以前と同じ言葉を使っているが、全体の言葉の雰囲気に合わせて通訳されているにすぎない。

 

 

 侍女にハーブティーと水で割ったワインとどちらがいいか聞かれ、守生はハーブティーを頼む。

 テーブルにはゴマとナッツをハチミツで固めたお菓子や、クレープ生地にチョコソースをかけたようなもの、フルーツのハチミツ漬け、そして中央に生のフルーツがそのまま盛られていた。

 

 供されたハーブティーで口を湿らせてから、守生はクレープを皿に一枚取って食べてみた。

 チョコだと思ったソースは、黒蜜の味がした。

 

「これって黒蜜ですか!?」

「クロミツ? それはデーツソースではないかしら?」

「えっ、デーツ!」


 干したデーツの実は、度々供された覚えがある。親指の第一関節くらいの大きさで、食べると柔らかくニチャリとする。溶けたキャラメルに似た食感と言えるだろうか。

 

(言われてみれば確かにデーツの味かもしれないけど、でも少し粘度のある黒蜜だよなぁ……)

 

 守生が故郷の味を思い返していると、エリスイシスに見つめられた。座っていても身長差があるのでちょっと上目遣いだ。

 

「どうしました?」

「シュー様、普通に話してくださって宜しいのですよ? あなたは【大いなる幸いを運ぶ者】で、貴人なのですから。」

「ああ、うん。分かったよ。じゃあ、エリス姫って呼んでいいかい?」

「ええ! うれしいですわ」

「あと、できればエリス姫も楽にしゃべってもらえるとうれしいんだけど」

「わたくしはこのしゃべり方が楽なのですけれど……」

「そうなんだー」

 

「シュー様はサイラスオサイリスとどうやって出会ったのですか?」

 

 守生は召喚された時のことを説明した。平野を歩いていたら、飛んできたサイラスオサイリスにキャリーケースを奪われたこと。そのキャリーケースを牛の魔獣の頭に投擲されたこと。通訳の魔道具を借りて意思疎通ができるようになり、一晩泊めてもらったこと。


「エリス姫こそ、サイラスのことを知ってたんだね」

「ええ、あの方はここ数年で有名になった義賊ですから」

「義賊!?」

「ええ。私腹を肥やしている貴族や商人の不正を暴いたり、お金を盗み出して市井の者に配ったりしているそうですわ。街の者に人気があるので、父王陛下も討伐しづらいのだと思います。無法者の集団なので、危険ではあるのですが」

 

(えー、イケメンで影のヒーローってずるくない? アジトの波動の低さから見て、やっちゃいけないこともいっぱいしてそうだけど)

 

「それと、あの方の妹様が……」

「ああ、アイシスさん」

「ご存知なのですか!?」

「いや、アイシスって名前の妹さんがいることだけ、サイラスから聞いたんだ」

「そう、なのですね」

「妹さんは、そのー」

 

 エリスイシスは無言で首を振った。守生はその動作で、亡くなったのだと理解した。

 

「それであの方は、どういった人物でしたか?」

「うーん、部下にすごく慕われていたよ。サイラスの命令は短いんだけど、部下が訓練されてるのか気が利くのか、家の細々したこともちゃんとやってるみたいで」

「そうなんですの」

「ああ、でも、僕が朝ごはんに豆を調理しようとしたら、手伝ってくれたんだ。水魔法と火魔法を使えるらしくて」

 

(あ、これって個人情報かな? でも相手は盗賊だし、騎士団には有益な情報かもしれない。)

 

 だが王女付きの警護騎士はともかく、エリスイシスはたた純粋にサイラスオサイリスの話を聞きたいだけのようだ。

 

「じゃあ、豆料理は美味しくできましたの?」

「いやぁ、水に浸けなかったから、硬くて食べられなくて」

「あら、残念でしたわね。でもわたくしも、豆を水に浸けないといけないなんて知りませんでしたわ」

「家畜に与えるならそのままでいいんだろうけどね。あ、でも野草をバターと魚醤で炒めたのは美味しかったよ」

「それは良かったですわ。シュー様は、お肉より、豆や葉っぱがお好きなんですの?」

「うん。こっちでは豆や野菜は人の食べるものではないみたいだけど」

「我が国ではその傾向が強いですね。でも他の国では積極的に育てていますし。アテナイュヌの港では、その種や加工品の中継をしていますわ」

「え! じゃあ、売ってるの!?」

「ええ。どういったものがあるかは聞いてみないと分かりませんけれど。あとは自生している植物と、薬として栽培されている植物ならございますね」

「そうなんだね」

「ただ、我が国では大きなお肉が好まれます。大きな獣を狩れるほどの強い羽持ちが建国の祖で、その王を尊び称えるために、特別な席で大きなかたまり肉を食べるようになったのです、最近は効率よく狩りができるようになったため、それが常態化したようですね」

「へえー!」

 

(肉がすごく好きってことは知ってたけど、そういう背景があったのかぁ!)

 

 エリスイシスは普段、勉強と運動、機織り、魔法陣に魔力を込めること、壺を眺めることをして過ごしているらしい。

 機織りは女子の嗜みで、魔法陣に魔力を込めることはここ何十年、王族の責務らしい。壺を眺めることについて詳しく話さなかったので、守生も質問することはなかった。

 

「お暇な時間がございましたら、わたくしの相手をしてくださいまし」

「んー」

「……不都合がございましたら、あの」

「いや、不都合っていうか。僕はエリスイシス姫より育ちが良くないので」

 

 守生はあえて自虐的は発言をした。

 

「そんなことは」

「だからそんな小難しい言い方より、『遊んで!』って言われたほうがうれしいと言うか」

「ああ遊んで!? そんなこと言えませんわ! もう十歳ですのよ?」

 

(まだ十歳、だと思うんだけど……)


「と言っても僕も、外出するなと言われてるんだ。部屋でできることでよければ、お相手させてもらいますよ」

「ありがとう存じます、シュー様」

「たとえば僕の国の話をするとか、ダンスや読み書きの練習をするとか……」

「シュー様の国のお話、聞きたいですわ! ……踊りも踊りますの?」

 

 エリスイシスは不安そうな声で尋ねた。踊り子は卑しい者だと教わったのだろう。

 

「ええ、運動になりますから。あとは水泳……はマズいな、氣功かなぁ」

「キコー?」

「氣っていう生命エネルギーを動かす練習だよ」

「魔力とは違いますの?」

「僕には魔力が分からないから……。でも生命エネルギーは誰もが持っているものだから。まぁ、やってみて確かめたらいいんじゃない?」

「そうですわね。魔力ではない力も感じられるかもしれませんし。楽しみですわ」

 

 そんな話をしていると、侍女がトリスタントートの来訪を告げた。

 

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