30 フラグ:クリームシチュー
騎士コンビとお稽古トリオがヘレナヘケトの講義を受けている場を衝立で仕切り、守生はローテーブルに座って料理人コンビと向き合った。
ワニ頭の料理長セベーロセベクと、ヒツジ頭の副料理長クリスクヌムだ。セベーロセベクは茜色の肌で、クリスクヌムは水色の上毛とベージュ色の渦巻型の角持ちだ。
挨拶のために跪こうとした二人を止め、自分の前では跪かなくていいと伝える。
会釈の仕方を教えると、クリスクヌムが大げさなほど喜んだ。
「こりゃーいい。跪くと服のすそや膝が汚れるんで、いちいち浄化の魔法を掛けるのが面倒くさかったんですよー」
「気に入ってもらえてよかったです。僕の前ではそんな感じで」
「かしこまりましたー」
「承知した」
「あさりとアスパラのクラムチャウダー、美味しかったです。缶詰でもないのにあんなに柔らかいアスパラガスは初めて食べました。うどんも……この国らしさが出ていて楽しい一品でした。ありがとうございます」
「朝一で野生のアスパラガスを採取して来た」
「喜んでいただけたのなら幸いですー。オリーブオイルにもうひと工夫したかったんですが、一晩では時間が足りませんでしたねー」
「ん? もしかして徹夜したんですか!? 二人とも肌のつやが昨日より悪いような……?」
顔色は分からないが、なんとなく元気がない。なのに眼だけがギラギラしている。
「いやー、オリーブオイルにハーブやスパイスを漬け込んだものが何種類もありましてねー。俺の秘密兵器なんですけど。それをひとつずつ試して、ブレンドなんかもしてたらあっという間でした。結局決めかねて、今回は初回ということでシンプルに済ませたんですー」
「シンプル、とは……。いや、充分華やかで美味しかったですよ。僕の国のは、もっとずっとシンプルでしたし」
「あれ、そうなんですかー?」
「素材の旨味を楽しむ料理と言いますか」
「なるほど、なるほどー」
「オリーブオイルの工夫も楽しみですけど、胡麻油ってないんですか? 唐辛子入りの胡麻油とか」
「ごま! そうか! シュー様すごいです! 早速試してみます!」
目を輝かせたクリスクヌムが、はっと我に返ると身を縮めた。言いづらそうに口を開く。
「……あのー、シュー様。今日の朝食でウ・ドンの試作を下級騎士食堂で提供させていただきましてー」
「ああ、うちの護衛騎士から聞いてますよ」
「その時に【幸い】様の恩恵ってことで、お名前を使わせてもらったんですー。事後報告になってスミマセン」
「今回はいいですけど、僕の名前を使う時は、事前に報告してくださいね」
「はいー。気を付けますー」
クリスクヌムがぺこりと会釈する。すると、料理長のセベーロセベクが、もう待てないとばかりに身を乗り出す。爬虫類独特の目が守生を見つめる。
「クリームシチューの話を聞きたい」
「あ、ああ、そうでした。クリームシチューの材料は小麦粉、牛乳、水、白ワイン、魚醤、バター、チーズ、黒胡椒あたりですかね。何かコクの出るものがあれば美味しいと思います。はちみつとラヴィッジ以外で!」
はちみつとラヴィッジと胡椒の合わせ技は、アテナイュヌの貴人にとって定番の味付けだ。守生はすっかり苦手になったが。
守生の言葉をセベーロセベクは持っている木片に書き付けていく。
「野菜は玉ねぎ、にんじん、豆、エリンギ……、ブロッコリーやほうれん草など緑の野菜もあるといいですね」
「ふむふむー、ホウレンソウとやらは知りませんが、ブロッコリーはありますねー。レタスや不断草を使ってもいいかもしれませんしー」
「不断草?」
「おや、ご存知ない? ではブロッコリーかレタスにしておきましょうかー」
不断草は根や茎が赤紫や黄色の、甜菜(さとう大根)やテーブルビートと同種の葉野菜である。ベビーリーフとしてサラダに使われることもあるが、守生は認識していなかった。
「一口大に野菜を切って、バターで野菜を炒めて白ワインを少し入れて……、小麦粉を入れて粉っぽさがなくなったら水を入れて。野菜に火が通ったら、牛乳も入れて煮込むんです。トロっとするまで。分量は……牛乳多めで、その次に水かな。白ワインは風味付け程度で」
「ふむふむー。タンパクシツはどうしますか?」
「あー、牡蠣を入れてもいいですね。小麦粉をつけて軽く揚げてからシチューに入れると生臭さがなくなりますし」
「旬はまだ先だな、干した牡蠣ならあるが」
「北東にある海峡からの輸入品が有名なので、取り寄せたいですねー」
(あ、牡蠣の旬は冬だったっけ。でもそんなに長い間ここにいるつもりはないなぁ)
「じゃあ、白身魚の切り身や海老を入れるとか、それらをすりつぶして団子にするとか……」
「団子! ハーブでいろいろできそうですねー!」
腕が鳴ると言わんばかりに、クリスクヌムが張り切る。
「あとは、クミンとかスパイスを加えたらカレー風味になります」
「カレーとはなんですー?」
「クミン、コリアンダー、カルダモン、シナモン、レッドペッパー、ターメリック、ナツメグ、ガーリックなんかの香辛料を入れたスープ……でしょうか。香辛料の配合にはいろいろあるみたいですが。うちの国では小麦粉を入れてどろっとさせたものを主食にかけて食べるのが人気で」
「それは豪華ですねー。やってみたいですが、予算と相談する必要がありますかねー」
「ええ、カレーは美味しいですけど、シチューも美味しいので」
「そう言っていただけると助かりますー。でも試してみたいですねー」
クリスクヌムがうっとりした顔で言った。香辛料オタクの成人男性だが、見た目は羊頭なのでちょっとかわいいと思う守生だった。
「あと、シチューを平たい器に入れてチーズをかけてオーブンで焼くと、グラタンという別の料理になります」
「ほー!」
「厳密には作り方が違うと思うんですけど、僕はシチューを作った翌日にグラタンにして食べていました」
「一回で二度美味しいというわけですねー」
「そうですね。グラタンにはマカロニ……短く切ったうどんを入れるとボリュームが出ていいと思います」
「おお! かしこまりましたー」
(卵があればマカロニもどきが作れるのに……。いやあるんだろうけど、ここの人は食べないんだよなぁ……)
「あのー、シュー様はどうして料理にお詳しいのですかー?」
「あー、一人暮らしなので。自分で料理すれば好きな味付けができますから。簡単なレシピノートを作って、マンネリ化しないように頑張ってました」
「お一人暮らし、ですか? でも料理人や洗濯係は雇いますよね?」
クリスクヌムとセベーロセベクが目をぱちくりさせた。貴人なのに一人で暮らしているという意味がよく分からないのだ。
「魔道具のようなものがいろいろあるので、使用人を使う必要がなくてですね」
「そうなんですかー」
「その調理法をまとめた、ノート? とやらは持ってきてないのか」
「残念ながら、ないですね。まぁ手順というより、材料のリストとか下ごしらえのポイントとか、絶対外せないことしか書いてませんてしたが。材料だけ書いて「あとは圧力鍋で煮込む」とかも多かったですね。あれ。改めて考えると適当すぎるな、僕……」
実際、守生のレシピノートには、材料名すら適当だった。「炒め物用の野菜。玉ねぎ、きのこなど」とだけ書き、個数も書かない。買い物に行ってその場で決める余地を残している。
そのくせ材料名の下に、炒め物のソースの材料と作り方について細かく書く。だがこれまた分量などは書かない。その時々で味見しながら作ればいい、という大雑把なスタンスなのだ。
クライアントが来る前に作っておいて、施術の後に一緒に食べることもある。料理好きなクライアントからアドバイスをもらったり、常連客からおすそ分けをもらうこともあった。
「圧力、鍋?」
「密閉して加熱すると、中の圧力が変わるんで、短時間で調理できるんですよ。玉ねぎもキャベツも短時間で芯までトロトロになるし、すごく便利で重宝してました」
「ほう……」
セベーロセベクはそう呟くと、思案にふけりだした。
「あ、そういえば試食してほしいものがって。お湯……ヘレナさんは講義中か」
守生が呟くとすぐ、ヘレナヘケトが衝立からこちらにやってきた。できる筆頭侍女は常に主人を気にかけているものだ。
そら豆の花を飾った者が出たこともあり、ヘレナヘケトはいつも以上に神経を尖らせていた。
お湯とカップとカップに入るサイズのフォークを三つほしいと頼む。この国のカトラリーは全体的に大きめなのだ。
待っている間にキャリーケースから乾燥わかめスープの素を取り出す。
「それはなんですー?」
「いわゆる家畜の餌、あるいは肥料ですね」
「えっ!?」
驚く料理人たちに、守生は持ってきてもらったカップにわかめとお湯を注いだ。フォークで混ぜて、二人に差し出す。
「シュー様は本当に、海藻をお食べになるんですねー…」
「だが知らない海藻だ」
「歯ごたえは良いんですけどねー」
「磯くさい」
「スープは美味しいんですけどねー」
うーんと考えこむ二人に、守生もうーんと唸ってしまった。
(サイラスに勧めた時みたいに、見た目で拒絶されなかっただけマシかな?)
「そういえば、ロールパンって一般的なんですか?」
「庶民は最近になってロールパンを食べれるようになりましたね。貴人でもお年を召した方は平たい無発酵パンを好む場合が多いですねー」
「どうしてですか? 柔らかい方が食べやすいのに」
「彼らは形が変わるものを嫌う」
「へえ。魔法を使うのにですか?」
「魔法は別に、何かを変化させたりしない」
「あれ、そうなんですか? いきなり火や水を出すのに? あ、出すだけだからか」
サイラスオサイリスの山小屋で食べたパンは、無発酵パンだった。技術的なせいかと思っていたが、彼は乾燥わかめスープを見て「形が変わるものなんか食えるか」と言っていた。膨らむ、つまり形が大きく変わるものを忌避していたのだろうかと思ったのだ。
「無発酵パンの方が腹持ちがいいという理由もありますねー。昔は今よりも小麦が貴重でしたから」
「食べなれたものが好きっていうのはどこでも一緒なんですね」
守生は適温になったわかめスープをぐいっと飲んだ。
「この海藻は、恐らくこの国にはない」
「そうですか」
守生は頷く。日本よりも乾燥して温暖な気候なのだ。ないものもあるだろう。
「だが、海藻自体はある」
「え、セベーロお前、料理に取り入れる気なのか!?」
いつも間延びしたふうに話すクリスクヌムだが、驚きすぎて口調が違う。
「当然だろう」
「マジかー。あー、シュー様。同じものは無理でも、やれることはやりますからー。スープ以外にどういう食べ方がありますかー?」
「うーん、酢の物、つまりお酢と砂糖……はちみつでもいいですけど、それと魚醤でできるのかな? それで海藻を和えるとか。さっぱりしてて健康にもいいですよ。ワインビネガーで作ったことはないんですが」
「お、これは俺の担当っぽいですねー。お任せくださいー」
「他には?」
間髪入れずにセベーロセベクが尋ねる。
「うーん、餅はないから……芋? あ、でんぷんってありますか?」
「白にんじんから取れる。芋は里芋だな」
「じゃあ、里芋を柔らかく蒸かしてから潰して、でんぷんを加えてよく混ぜて、丸めてプライパンで焼くんです」
「フライパンとは?」
「え!? あー、鉄板ですね。フライパンは鉄板に囲いと取っ手を付けたものです」
調理場では鉄板しかなかったことを守生は思い出した。
「で、その時に乾燥させて粉末状にした海藻と塩を混ぜて、水を加えて練ったら美味しいかな、と」
「芋の団子ですねー!」
うどんから水団を作りだして以降、クリスクヌムのお気に入りになりつつある。彼はハーブやスパイスの研究が好きなので、粉ものや練り物と相性がいい。
「そうですね。はちみつを掛けたり砂糖をまぶしたりしたらおやつにもなりますし」
「いいですねー。明日のお茶会に持って行くなら作りましょうかー?」
「じゃあ、お願いします」
その後、セベーロセベクにフライパンの形状について細かく聞かれたが、問題なく面談終えることができた。
(異世界うどんみたいに全然ちがう物が出てくるのも面白いけど、イメージ通りの物が食べたいなぁ)
それは、フラグである。
その日の夕食には、レンズ豆とにんじんのポタージュスープ、キャベツとエリンギの魚醤バター炒め、貝とレタスの蒸し物にシトロンを絞ったもの、ロールパン、チーズ、ヨーグルト・ドレッシングのサラダ、果物、オリーブの実を漬けたものが供された。
魚醤バターが好物になったばかりの守生は喜んだが、さらに喜ばせる一品があった。
バジルとチーズのピザである。
(ジェノベーゼ、来たぁー!)
新鮮なバジルとチーズ、そしてオリーブオイルの風味が口いっぱいに広がる。ヘレナヘケトが切り分けてくれるので、どんどん食べた。守生は下げ渡しのことを忘れている。
そしてさらに、もう一品。
「それからこちらは料理人から伝言がございまして、試作品ですのでぜひご感想を、とのことでございます」
薄いピザ生地を二枚重ねて中に何か入れて焼いている。ナイフで切り分けてみると、黒いうどんが入っていた。恐る恐る食べると、イカ墨入りのうどんだ。
(焼きそばパンみたいなやつだけど……)
バジルとチーズの大きなピザを半分も食べた後に、炭水化物IN炭水化物はきつい。
「これ、夕食に出すのはギルティですね」
「有罪でございますか。では、どんな罰を与えましょうか。わたくしの手で必ず実行いたしましょう」
「嘘です、すみません。撤回します」
「かしこまりました」
ヘレナヘケトは笑いもせずに淡々と受け入れる。
「これは腹持ちがかなりいいので、夕食より朝食に出す方が健康的ですね。騎士の方々にも喜ばれると思います。あと、長いロールパンを作って、切込みにうどんを入れたらどうでしょうか。うどんは濃い味付けの方が美味しいと思います。ピクルスのようなものを入れるとアクセントになるかもしれませんね」
紅しょうがはなさそうなので、代案としてピクルスを挙げておく。
異世界でピザうどん。美味だが守生の胃袋ははちきれそうだった。
サイラス(サイラスオサイリス):
守生がこの世界で初めて出会った人物。26歳くらい、羽持ち人頭、盗賊団首領。アイシャアイシスという妹がいる。




