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18 パワハラ vs セクハラ

「昨日は訓練場にお出でになったそうですが、これからはお止めください、襲撃される可能性があります」

「騎士がたくさんいるのに?」

「だからこそです。あなたをよく思っていない勢力は、戦争をしたいんです」

「軍事力を持つ騎士団が主戦派ってことですか?」

「騎士団上層部の一部……いや、上層部の半分以上がそうかもしれません。【大いなる幸い】様は国王陛下の賓客で、陛下は和平派。その象徴があなたです。騎士団上層部の命令ひとつで、いつ誰が襲撃者になるか、分からりません」

 

「あなたは部隊長で、騎士団上層部の人ですよね? どうしてそんな情報を教えてくれるんです?」

 

 守生はマリアマァトに、本当に味方なのかと問う。

 マリアマァトは押し黙り、ガリガリと頭を掻いた。彼女のキリリとした雰囲気が一気に霧散する。

 

「……私は和平派です。亡き夫の遺志を尊重したいので」

御夫君(ごふくん)?」

「マリアマァト様は、パウルプタハ前国王陛下の正妃様であらせられます」

 

 控えていたヘレナヘケトが、そっと答える。守生は驚き、陶器のカップを落としそうになった。職業イメージのギャップがすごい。

 「元王妃様が、騎士団の部隊長なんですか!?」

「違います。王妃でなくなったから騎士団に戻ったのです。元々は第二部隊長だったのに、復職したらは第五部隊長ですよ? カールホルス、陛下が私の安全のためだと言って私を格下げしたのです」

 

 マリアマァトは不満げな表情を隠しもしない。急に子どもっぽくなったが、重苦しい空気が和らいだ。

 

「でもでも、第五部隊はおもしろい人ばっかりで、オレ大好きっす!」

 

 ドア近くの、マリアマァトに一番近い位置にいるアベルアヌビスがそう言った途端、マリアマァトの美しい顔がさらに崩れる。

 

「そうか~。アベルは、私の第五部隊が大好きか~!」

「はいっす!」

「まぁ、俺も気に入ってますけどォ。普通の騎士っぽくないヤツらばっかだしィ」

 

 守生の脇に立つドムトートが、照れ臭さを隠して気だるげに言う。

 

「フン、お前はもっと訓練に励め。ネイサン、しっかり指導してやれ」

「承知しました。正騎士として恥じないよう指導します」

「はァ!? 隊長、アンタ毎度毎度俺には辛辣すぎなァい!? そんでアベル贔屓が過ぎるんだけどォ!?」


 ドムトートが牙を剥き出しにして威嚇する。マントヒヒの顔を持つドムトートの牙は、どこに仕舞っていたんだと思うほど長く、守生はぎょっとした。

 だがマリアマァトは気にも留めず、鼻でせせら笑う。


「フン。ならば第五部隊から出ていってもいいんだそ?」 

 

(パワハラ……? まあ、本当に酷かったらアベルがドムを庇うだろうし……)

 

 守生が戸惑って静観していると、ドムトートがぼそりと言った。

  

「このおっぱい部隊長めェ……」


 確かにマリアマァトの胸は大きい。引き締まった体つきに、出るところはしっかりと出ている。ゆったりと着付けられていてなお、その豊満さが分かる。見ようとしなくても見てしまう気持ちも分かる。だが、守生は言った。

 

「ドム。謝りなさい」

「……すいませんでしたァ」

 

(パワハラにセクハラで返すって、どっちもどっちだけど! 前王妃にセクハラって、ドムの心臓が強すぎるけど! 男のセクハラ発言でどれだけ女性が傷ついていることか! 表面的な態度で判断するな! 集合意識なめんな! それでヒーリングするこっちの身にもなれ!)

 

 元の世界でのクライアントたちの心の傷を思い出し、守生は内心で頭を抱える。女性側が傷を理解せずに傷ついていたり、男性が「女々しい」と批判されたり、この問題は根深いのだ。

 

「あの、シュー、様」

 

 ドムトートが力なく呼びかける。

 

「ドム、アベル。以後、他人の身体的特徴を批判したり茶化したりすることを禁じます。もし僕が同じことをしていたら、すぐに注意してほしい」

「わかりましたっ!」

「っす」  

 

 アベルアヌビスは元気よく、ドムトートは意気消沈した態度で返事をする。

 

「ふむ、よく躾けているようですね」

「しつけ……。まぁ、話せば分かってくれるので」

 

「シュー様は二人をご寵愛されていますが、ドムトートはともかく、アベルアヌビスのこと、くれぐれもよろしくお願いいたします」

「いや、寵愛というか……」

「違うのですか?」


 守生を見つめる目が真剣だ。


(違うって言ったらぶっ飛ばされそうな目だよ……)  


「もぉー! 俺らはシュー様の護衛っすよ! 騎士としてお傍にいるんっす!」

「そうか」

 

(ナイス、アベル! 勢いに負けて、嘘をつくところだった……!)

 

「もちろんです」

「俺もいるんだけどォ……」

「マリー隊長、過保護っす! そりゃオレはまだ成人してないから候補生だけどっ!」


 とうとう我慢できなくなったマリアマァトの顔は笑み崩れており、それに困ったアベルアヌビスは、耳をへにゃりとさせている。


(隊長さんって少年好きなの!? いや、アベルは少年っていうか青年かな。体格良いもんなぁ。風呂で濡れた布越しに見た腹筋は割れてたし、胸筋も)

 

 アベルアヌビスをチラッと見た瞬間、マリアマァトから威圧された。

 それを不思議に思いつつも、守生はアベルアヌビスから聞いた話を思い出した。

 

『みんなオレを好きになる』

『オレは嘘をついてる』


「あー、アベル。目を戻してみて」

「えっ!」

「大丈夫だから」

「……っす」


 アベルアヌビスが魔眼を解除した。灰色と水色のオッドアイが、マリアマァトを見つめる。

 

「……アベルは、魔眼持ちだったのか?」

「はいっす。黙っててすみませんでしたっ! あの、オレ、もともとの目がこんなんで。それを隠すために魔眼、使ってて……」

「そうか、常時魔眼を発動するのは、大変だったろう。さすがはアベルだ! やはりアベルはすごいな!」

 

 事実を知ってなお、マリアマァトは甘い態度を崩さない。それが逆に、アベルアヌビスを困惑させた。

 

「あの、マリー隊長。魔眼……」

「うん? 私に魔眼は効かんぞ?」

「そーなんすかっ!?」

「うむ! アベルより魔力が多いからな! あと、精神操作系への耐性がある」

「えー!」

「それより、アベルの魔眼はどういう効果があるものなんだ?」

 

 マリアマァトはアベルアヌビスを手招きして呼び寄せると、その肩を抱き、安心させるように尋ねる。

 だが一瞬、守生へ送られた視線から、自分が聞いてないことを守生が知ってることへの苛立ちが微かに見えた。

 

(八つ当たりー!)

 

 アベルアヌビスが魔眼について説明し、ドムトートも知っている話を聞いた瞬間、マリアマァトの鋭い視線がドムトートへ飛んだ。まだ落ち込んだままのドムトートが、身を竦ませる。

 

「そうだったのか、アベル! ずっと気に病んでいたんだな。これからは気にしなくていいぞ! 私からも部隊のみんなに説明しておいてやろう」

「ありがとうございます、マリー隊長っ!」

「その上で何か気分の悪いことを言われたら、まず副隊長の俺に報告するように。隊長に言うと、そいつが消される」

「ありがとうございますっ。ネイサン副隊長!」

「おい、ネイサン」

「隊長はお忙しいので」

「フン」

 

「お見苦しいところをお見せして、大変失礼いたしました。こちらの話は以上になります」

「あ、はい。御足労いただき、ありがとうございました」 

 

 

 


「さて、と」


 マリアマァトとネイサンネイトが退出すると、守生はヘレナヘケトに席を外すよう頼んだ。届いた貢ぎ物を持ってくると言って、ヘレナヘケトは丁寧に会釈してから退出する。

 そして守生は、ドムトートとアベルアヌビスを向いの寝椅子に座らせた。

 

「さっきの話を蒸し返すようだけど、身体的特徴を言うのは、ただの世間話だって傷つく人はいるから。それはまぁ、仕方のない部分もあるけど、だからこそわざとやっちゃダメだ」

「はいっす!」

「……うっす」

 

「怒ってるわけじゃないからね? ただ、一人一人が唯一無二の神聖な存在だから。ドムもアベルも自分を大事にしてほしいし、まわりの人を大事にしてほしいんだ」

「分かったァ。つまりィ、自分の背の低さとかちんこのデカさをとやかく言われるのが嫌ならァ、他のヤツらにも相応の態度を取れってことだろォ?」

「ち……いや、言われたくないからやらないんじゃなくて。男のエロスは、そういう下品なものじゃないと思う!」

「おーっ!」

「男のエロスかァ」


 アベルアヌビスが拍手をし、ドムトートがニヤリとした。

 どう言えば伝わるのかと、守生は考える。

アデプトプログラムを受講すれば、もっとうまく伝えられるし、何よりその霊統のエネルギー、つまり高い波動で、論理を超えた理解を伝えられるはずだ。

 

(でも僕、講師じゃないからなぁ。……なんで僕が召喚されたんだろう。適任者ならいくらでもいるのに)

 

「身体的特徴を言う、特に性的なことを言うのは、相手を貶めることになるんだ」

「いや、でもあの人別に気にしてねェよ?」

「その確証は?」

「え、そんな難しいこと言われたって、なァ?」


 ドムトートが助けを求めるように、隣に座るアベルアヌビスを見る。

 

「んー、でもドムさんがそういうこと言うから、マリー隊長もドムさんに厳しいんじゃない? マリー隊長は優しい人なのに」

「相手は自分の鏡だからね。嫌なことを言えば嫌なことを言われたりされたりするものだよ」

「んぬぬぬ」

「オレ、マリー隊長のこと尊敬してるし大好きだから、マリー隊長はオレに優しいんだと思うっ!」

「そうかもね。ドム、別にペコペコしろとかそういうんじゃないんだよ? 僕とドムが対等なように、ドムもマリア隊長さんと対等でいてほしいって話」

「……あー」

 

 守生の言葉にドムトートが考え、ふっと表情を改めた。

 

「何か気づいた?」

「なんつーかァ、軽口叩くのが心開いた証拠、みたいな感覚があるっつーかァ」

「スラムの流儀っすね!」

「それを隊長にもやってた感じは、あるかもォ……」

「そっか。今まではそれが必要だったのかもしれないけど、一度考え直してみるといいかもね。ここはスラムじゃないし、スラムでも違うやり方で仲良くなれるかもしれないから」

「うっす」

 

「でも、シューさんがここまでマリー隊長のことを気にするの、意外っす!」

「え? 別にマリア隊長さんを気にしたつもりはないよ?」

「そうなんすか? マリー隊長は美人だし、惚れちゃったのかなーって!」

「ん? 確かに美人だと思うよ。大人の自立した女性っていうか」

 

(迫力あって怖いけど!)

 

「そうっすよね! マリー隊長かっこいいっすもんっ!」

 

 守生の言葉にアベルアヌビスは嬉しそうな顔をし、ドムトートは驚いた顔から悔しそうな顔になった。

 

「でもそれより、集合意識が気になってね……」

「集合、イシキ? なんすか? 難しい話なら別にいいっすけど」

 

 アベルアヌビスらしい率直な物言いに、守生はくすっと笑った。

 

「傷ついて悲しい気持ちが集まると、巨大な負のエネルギーになって危ないから、少しでも無くしたいねって話、かな」

 

 顔の見えないSNSを通して、男はひどい、女が悪いという意見が拡散され、ひどい論争になることが多々ある。具体的な出来事を知り共感することで、それぞれの性に対する心の傷が開き、攻撃という形で自分を守ろうとする。けれど、他者を攻撃し、相手の意見を否定しても、心傷は癒えないし、新しい怒りや恐怖を生むだけだ。

 女性性と男性性、あるいは陰と陽、光と影。地球には常に二極化のエネルギーがある。だが対立するのではなくバランスを取ることで、互いの価値を大いに発揮できるはずなのだ。

 

「ふーん。そんな危ないのはオレも無くしたい!」

「……俺もォ」

「ありがとう二人とも。もちろん楽しい気持ちも集まるから、そっちをたくさん集めたいよね」

「うんうんっ!」

「だなァ」

 

「じゃ、この話はおしまい!」

「じゃ、ヘレナヘケトさん呼んでくるっす! なんかシューさんへの貢ぎ物がいっぱいあるって言ってたし!」

「お前は美味いモンないか期待してるだけだろォがァ」

「えへへっ! だって肉があるかもだしっ!」 

「ヘレナさんに、お肉は見せなくていいよって言っといてほしいなぁ」




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