13 アベルアヌビスの瞳
風呂上がりの服は、ライトグレーの巻きスカートにネイビーの上衣だった。鎖骨のあたりに、ペリドットのついた黄金の装飾ピンがきらりと光っている。
守生が部屋に戻ると、二脚の椅子が用意されていた。豪華な椅子と簡素な椅子だ。
豪華な方は、ちょうどいい背もたれの高さだった。できれば不要だと伝えた肘掛けがついている。そして重い。金箔がついていたり、椅子の足が動物の足の形に彫られている。
もう一つは、背もたれも低めで、肘掛けもない。装飾もなく、木自体が軽いようで持ち運びしやすい。守生がほしかったのはこちらだが、この客間には合っていない。
(その時々で使い分けるには、ちょうどいいかな)
「ヘレナさん、ありがとうございます。両方とも使わせていただきます」
礼を言って、夕飯まで誰も入って来ないようお願いして、退出してもらった。
アベルアヌビスに頼んで、寝椅子を入り口のドア前に移動してもらって、人避けに。そして長いローテーブルを部屋の中央に置いてもらう。アベルアヌビスはこの三人の中で一番背が高くて守生よりも力持ちだ。ドムトートは背が低いが体格はいい。ただ、足の怪我のことがあるので、念のために見るだけにしてもらった。
「じゃあ、ドムはドア前の寝椅子に座って、誰も入らないように見張りをよろしく。後ろは振り返らないでね」
「うっす」
「アベルも、もう一つの寝椅子に座って待っていてくれるかな? 壁を向いたまま、楽にしてて」
「はいっす!」
施術中に関係のない人間に見られると、施術の邪魔になるのだ。視線は思念の波動を伝える。可能な限り、無くしたほうがいい。
守生は豪華な金の椅子を部屋の中央に動かしたローテーブルのそばに移動させた。そして、北向きになるよう調整する。ちょうど、ドムトートが座っている姿を離れて見る形で椅子を置いたのだ。
豪華な椅子は少し重いが、男の手で動かせないほどではない。簡素な椅子は、邪魔にならないところに置く。
それからローテーブルにキャリーケースの中の仕事道具を置いていく。まず布を敷いて、ティーキャンドル、お香、金属のカップを置いた。ピラミッド型のヒマラヤ岩塩は、昨日「不慮の事故」で壊れてしまったので、代わりにタロット・リーディングの時に置く水晶を布に置いた。
キャンドルに火を灯し、お香を焚き、水差しの水をカップに注ぐ。これで、火・風・水・土が揃い、祭壇のセッティングができた。
ローテーブルのもう半分に、水晶のワンド(小杖)と鉱石のセレナイト、水晶、小石を取りやすい位置に並べる。
それから一時間ほどかけて、場の設定を丁寧に行なった。ホワイトセージも焚いて、部屋全体に煙を行き渡らせて浄化する。
それから最後に、アベルアヌビスとドムトートの進化成長をDNAアクティベーションによって手助けできるようにと、光の存在たちに祈る。
守生が場の設定をする間、アベルアヌビスとドムトートには何かが見えるのか、時々ビクッと反応していた。しかし守生の方を見たり声を上げたりすることはなかった。
「さて、と。じゃあアベル、こっちに来てくれる?」
「うっす!」
「これから、【DNAアクティベーション】って施術をしたいんだけど、いいかな? アベルが自分らしく……えーっと、今よりもっといい感じになるための……光魔法なんだけど」
「お願いしますっ!」
アベルアヌビスの長く尖った犬耳が、うれしそうにピクピク動く。
だがこの時、守生はもう少し説明したりアベルアヌビスの話を聞くべきだったと、後で反省した。いくら彼らが守生を全面的に信頼していたとしても、いつもの手順を踏むべきだった。
守生も少し緊張していたのだ。異世界で手順の複雑な【DNAアクティベーション】を施術することに。
「じゃあ、最初にハグをします。よろしくお願いしまーす」
「お願いしますっ!」
守生とアベルアヌビスは立って軽くハグをした。これは、ヒーラーとクライアントの間に信頼関係を作ると同時に、エネルギーラインの調整をするための準備だ。
それから豪華な椅子に座ってもらい、頭部のエネルギーを調整する。アベルアヌビスの耳は、和犬よりも長くピンと立っている。デリケートであろう耳には触れないように注意しつつ、守生は施術を続けていった。
胴体のいくつかあるエネルギーラインを整えた後、磁気エネルギーを整える。そして、体のまわりに花びらのように広がっている、十数箇所のエネルギー体を一つ一つ整えている時だ。
ふと、守生は自責の念を感じた。
それは午前中にタロット・リーディングで心の整理をしたはずの、クライアントへの申し訳なさ。
(来月もお願いしますって頼まれたのに、僕は嘘つきだ!)
(いやいや、まだ来月になってないよ。未来をネガティブに想像するんじゃなくて、今を精一杯生きようって決めたじゃないか)
自責の念と理性が、ぐるぐると頭の中を巡り、施術に集中できない。
手を止めて、そっと深呼吸する。気持ちを切り替えてから、もう一度光と繋がる。順番にアベルアヌビスのエネルギー体の調整と活性化をしていく。
今度は、過去の失恋の傷を抱えたままヒーラーとして恋愛相談に乗る自分を嘘つきだと責める声が聞こえた時、守生はようやく気がついた。
(もしかしてこれ、僕の気持ちじゃない……? いや、元は僕の気持ちなんだろうけど、すごく増幅されてる気がする)
考えるのは後回しにして、なるべく頭を空っぽにしてどんどん施術を続けていく。
全身のエネルギーを調整した後は、再び椅子に座ってもらう。
アベルアヌビスの後ろからエネルギー調整をした後、DNAアクティベーションの根幹である、DNA活性に取り掛かる。
アベルアヌビスに小石と水晶をひとつずつ渡し、握ってもらう。
必要なイメージとそれに合わせた前傾姿勢を取るよう指示し、守生はアベルアヌビスの背後で、水晶と桜の木で作られたワンド(小杖)を構えた。
守生と守生のワンドを通して、アベルアヌビスに光が入っていく。
施術が終わったと守生が声を掛けると、アベルアヌビスはポロポロと涙を流していた。
守生は常に身に着けているボディバッグからポケットティッシュを一枚取り出し、アベルアヌビスに渡す。
「ドム、悪いけど部屋の外で待機しててくれる?」
「うっす。」
(あー、先に話を聞いておくべきだったなぁ)
あの自責の念は、アベルアヌビスのものなのだろう。
ごくたまにだが、強い感情を抱えているクライアントを施術すると、感情をトレースすることがある。
(施術前にカウンセリングしていれば回避できたのに! 緊張してた? いつも明るいアベルアヌビスだから、油断した?)
アベルアヌビスが落ち着いた頃を見計らい、守生は声を掛けた。
「あのさ、アベル。自分は嘘つきだーって、思ってたりする?」
「えっ、なんで分かったんすか!?」
「僕がヒーラー、えーと【大いなる幸いを運ぶ者】だから?」
「すっげぇ!」
アベルアヌビスの声が大きくなって、守生はホッとした。明るくて素直で一生懸命な、守生が知るアベルアヌビスだ。守生は簡素な椅子をアベルアヌビスのそばに動かし、座る。
アベルアヌビスが自分の座る豪華な金色の椅子と交換しようと立ち上がるが、手で制する。大事なのは椅子の豪華さじゃなくて、アベルの話だ。
「どうしてそう思うのか、聞いてもいいかい?」
守生は単にアベルアヌビスの感情を、自分に置き換えて感じたにすぎない。
その辛さや苦しみを自分の事のように感じたが、それは守生の事情から来る感情だ。アベルアヌビスがどういう理由でそう感じているのか、分かっているわけではない。これは、DNAアクティベーションの効果というより、守生の感受性の高さによるものだった。
目で見たり耳で聞いたりしてクライアントの状態を知るヒーラーもいるようだが、DNAアクティベーションは施術相手の本質を活性化させるものであって、相手の状態を読み取るものではない。
(毎回分かるわけじゃないから、僕も時々油断しちゃう……っていうのは言い訳だなぁ。ちゃんと気を付けないと)
「えっと、オレの目ってホントは灰色と水色で……」
アベルアヌビスの話によると、オッドアイ(虹彩異色症)である上に、魔眼というものを持っているらしい。
魔眼とは、それを使用することで魔法のような効果を発揮するものらしく、使用時には目の色が変わる。
そこまで聞いて、盗賊のサイラスオサイリスがアイシスという妹の話を守生から聞き出す時に、琥珀色の目が片方だけ、赤くなったことを思い出した。
左右の目の色が違うのは魔眼を発動している証しなので、魔眼持ちであることを知られないようにあえて常時魔眼を発動し、両目の色を同じようにしているとのことだった。
「へー、ずっとか。それは大変だね。疲れないの?」
「んー、小さい頃から練習したんで、今は別に」
「そっか。で、魔眼を隠してるから嘘つきだって思ってるの?」
「うー、それもありますケド、オレの魔眼の能力っていうのが……」
アベルアヌビスの魔眼は、それを見た者が魔眼所有者を好きになる能力。好きの程度は様々だが、嫌悪感を持っていれば平常になり、好意を持っていればそれがさらに増幅するらしい。
「みんながオレを好きになる力。だけどそれは、魔眼の力でそうなってるだけで、本当のことじゃないんだっ!」
「魔眼でみんなを好きにさせる……だから、嘘を吐いてるってことかぁ」
アベルアヌビスがこくんと頷く。
「ドムは知ってるのかな?」
「知ってるっす。オレとドムさん、スラムで一緒に育ったから」
アベルアヌビスの魔眼の影響力を確認したのは、幼いドムトートだったそうだ。影響力は小さいが、左右の目の色が違うことで魔眼を使っているとまわりに知られるのは厄介だ。警戒されてひどい目に遭うかもしれないし、最悪、人さらいに狙われる可能性もある。そう判断して、常に魔眼を使うように指示したらしい。
アベルアヌビスは訥々と、そう語った。
「そっか。じゃあ、この部屋にいる時だけでも、魔眼を使うのをやめてみたらどうかな?」
「え……」
魔眼を使うことで嘘を吐いてると思うなら、事情を知る人間といる時だけ、やめてみればいい。
恐らくアベルアヌビスは常時魔眼を使い続けているために、その能力を嫌悪しつつ、それに依存している。
能力も自分の一部だと思うか、能力を使わなくても自分を肯定できるか。
試してみることでネガティブな感情が癒されるかもしれないと思ったのだ。
「魔眼もアベルの能力のひとつだろ? 人の気持ちを強制的に変えるのは良くないけど、アベルのはそうじゃない。ただちょっと人の好意を大きくするだけだ。人に好かれたい、嫌われたくないと思うのは自然なことだよ」
「普通……」
「僕だって服装や言葉遣いを変えたりしたし」
守生は悪戯っぽく笑った。
見せたい自分を演出してる。以前は一人称を「俺」と言っていたし、服装もかっこよさを意識して選んでいた。
だがヒーラーとしてどうなりたいかを考えた時、格好つけるよりも穏やかさや優しさを表現した方がヒーラーとして有利だと思った。実際、服装を変えることで思考も穏やかになったし、人に優しくなれた。
格好をつける方が自分らしく生きられる人もいるだろう。そもそも、カッコよさや美しさは、人によって違う。
それぞれの内面の美しさを表現することを、守生は意識している。
「シューさんは、今もじゅーぶん、カッコいいっすよ?」
「はは、ありがとう。アベルのそういう素直でストレートに言ってくれるところ、大好きだよ」
「どういう自分でいたいか考える時に、アベルがみんなと何をしたいかとか、アベル自身が人にどんないい影響を与えたいかとかを想像してみてほしいんだ」
「オレが、みんなに……?」
「そう。例えば、一人前の騎士になってみんなとこんなことをしたいとか、してあげたいとか」
「ドムさんとか部隊のみんなと……、孤児院のみんなに……」
アベルアヌビスはそう呟くと、じっと遠くを見つめる。
いろいろな思いが湧き出ているのだろう。
DNAアクティベーションは、考え方の幅を広げるし、理想をイメージするからそれが現実化する。
発想、思考、計画、行動。火風水土、四大元素の理論だ。アベルアヌビスにとっての未来が良いものとなるように、守生はそっと祈るのだった。
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