12 貴人のたしなみ
昼食は朝食と同じようなメニューだったが、ソーセージはなかった。
代わりにバターで焼いたサトイモがあって、守生はバターの香ばしい香りを楽しんだ。完全な菜食主義者ではないので、乳製品や動物性の調味料は食べている。サトイモといえば和食のイメージだが、異世界で知っている食材と再会するのは嬉しい。
スープも野菜の種類が多く、魚醤と黒胡椒の味付けが美味しかった。豆の種類も朝食より増えていて、ベージュ色のヒヨコ豆以外にも、サーモンピンク色のレンズ豆もあった。ヒヨコ豆は少しクセのある味だが、レンズ豆は食べやすいと守生は思った。蛋白質が不足がちだったので安堵した。
果物はブドウとイチジクだった。ドムトートによると、魔法で季節関係なく育てられるが、そういったものは富豪や貴族のためのもので高価なのだそうだ。
ここの料理人の味付けは守生の口に合う。素材の味を生かし、かつ香辛料をうまく使っている。肉料理だって、いろいろな方法で調理されていた。まったく食べなかったのは申し訳ないが、研究熱心で腕がいいと感じていた。
午後は、風呂の時間だ。侍女ヘレナヘケトに毎日入りたいか確認されたので、守生はもちろんと答えていた。
「ドムさんっ! 昨日はオレも一緒に、サウナ風呂に入ったんすよー!」
アベルアヌビスが仮眠から戻ってきて早々、ドムトートに自慢する。
「そんで、俺が夜伽相手に選ばれてー!」
「はァ!? アベル、てめぇ!」
「ちょっと待って! 夜伽って何!? そんな事実ないよね!?」
ドムトートが怒るのは分かる。自分が死ぬかもしれない時に、弟分が呑気にサウナ風呂に入っていたと知ったら腹も立つだろう、と守生は思った。正直、昨日のことは申し訳ない思いでいっぱいなのだ。
守生が早く遠隔ヒーリングをしていれば、もっと早くに見つかったのだから。
それに、騎士候補生のアベルアヌビスが、男娼の真似事をさせられそうになったことも、怒りのポイントだろう。守生だって今聞いて驚いているのだ。ドムトートが驚くのも無理はないと、守生はドムトートに同情した。
「えー、だってシューさんが、風呂担当の綺麗な女の人と少年を追い出しただろ? でもオレが行ったら追い出されなかったから、オレが夜のお勤めをしろーってヘレナヘケトさんに言われて。だから昨日の晩もオレが夜の見張り役だったんだけど、シューさんさっさと寝ちゃうし」
(あ、だから朝食後に「ゆっくり休んで」って言った時、変な態度だったのか!)
守生はようやく気付いたが、今重要なのはそこではないと慌てて訂正する。
「いやいやいや、夜伽なんて頼んでないから! ていうか、アベルはそんな命令、受け入れられるのかい!?」
「んー、身分が高い人にチョーアイされるのはイイことらしい、から?」
「疑問形かっ!」
守生のツッコミに、控えていたヘレナヘケトが静かに説明し出す。
「男女問わず、権力者や年上の人間の寵愛と庇護を受けることは、大変名誉なことです。未成年者や後ろ盾のない者が拒否するなどありえません。ましてや、選ばれなかった者が嫉妬するなど浅ましいことです」
ヘレナヘケトは基本的に言葉少なく動く人なのだが、珍しく語気が強い。そしてドムトートをじろりと睨んでいる。
「あー、そうなんですか。そういう価値観なんですネー」
守生は遠い目で窓の景色を眺め、ドムトートはがっくりと肩を落とす。
ドムトートの恋愛対象は女性だけではなかったのかと、守生は首を傾げた。ドムトートと再会してから、まるで舎弟化したように感じているので、行き過ぎた敬愛の気持ちなのだろうかと考え直す。
価値観や事情が分からなくて、彼らの気持ちを推し量れない。
「あのー、質問なんですけど。僕に、というか【大いなる幸いを運ぶ者】って、どれくらい権力があるんですか?」
「国王陛下からは、シュー様のご希望を可能な限り叶えるように仰せつかっております」
「その代わりに?」
「……いえ、それ以上のことは、何も。ただ、国王陛下の相談役としてお力添えをお願いしたい、と」
「そうですか」
「浴場でのお役目は、今後アベルアヌビスでよろしいでしょうか? 他の者がよろしければ、ご用意いたしますのでご希望を。」
(ご用意いたしますって言われても、ねぇ)
守生はしばし考えた。
誰かを「寵愛」したとして、自分はそれを心から喜べるだろうか。
それが守生の召喚者としての立場によって作られた関係なのに?
一時的に肉欲は満たされたとしても、たとえ相手を気に入ったとしても、その先はない。
守生の立場が危うくなれば、相手も危うくなるし、相手が守生を裏切るかもしれない。
その恐れを抱いたまま関係を求めることが、自分にはできるのか、と。
(無理だろうな……)
形而上学的な考え方に、火・風・水・土の四大元素がある。
火は情熱ややる気を指し、これが一番最初に考えるべきことだ。
次の風は、思考し情報収集すること。そして水は計画。必要な時間や費用などを具体的に考える。
そして最後に土の行動を起こす。この考え方に沿わないと、大抵「火」で描いたビジョンを達成できない。
そして何より、情熱を持って取り組めないことは、やるべきではない。
守生がハーレムや美人との愛人関係を心から望むなら、この提案は願ってもないことだろう。
(でもたぶん、グイグイ来られても萎えるだけだろうし)
体だけ楽しもうとしても、守生は肌を合わせれば相手の疲れ具合や感情がなんとなく読めてしまう。きっと必要以上に疲れたりむなしくなる気がした。
「やっぱりやめておきます。できたら一人で風呂に入りたいんですが……」
「えっ!」
「えっ!」
「……かしこまりました」
「え、でも外聞が良くないっす!」
「え、なんで?」
「なんでだろ?」
首を傾げるアベルアヌビスの肩を強く叩いてから、ドムトートが代わりに答える。
「普通、貴人はいっぱい侍らして風呂に入るもんっすからァ」
「そうなんダー」
なんだその常識。じゃあカールホルス王もそうなのかと想像して、守生は下世話な思考を止めた。
「じゃあ、三人で入ろう。昨日みたいに。アベル、ドムにもちゃんと説明しておいてくれるかい?」
「はいっす!」
接触禁止、おしゃべりし放題のサウナ風呂は、誰かの安否を心配することなく落ち着いて入れて、守生は大いに満足した。




