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11 幻肢痛とヒーリング

 その後ドムトートの提案で、騎士団の練習を見学した。

 城の裏手にある運動場のような場所で、五十名程度の騎士たちが走りこんだり、それぞれの武器を構えて演習をしたりしている。

 

「魔法は練習しないの?」

「ここは体力作りの場所っていうかァ。あと、でかい魔法が得意な部隊は、別の場所で練習してるっす。俺の部隊とは違うんでェ、詳しくは知らないんすけど」

「そうなんだ。それにしても……」

 

 全員、ねじった布を腰に巻いたふんどし姿なのがシュールだ。

 

「なんすか?」

「いや、みんなキビキビした動きで、すごいね」


 守生も体を動かしたくなってランニングすることにした。その場で簡単に、巻きスカートを短めに着付けてもらう。肩布も外して、ピンはなくさないように適当な位置につけ直す。いつも持っているボディバッグは斜め掛けしたまま、軽く走り出す。

 ドムトートも護衛騎士として守生の少し後ろを走る。

 他の騎士たちと一緒のコースだが、走るスピードが違いすぎて張り合う気にもならない。何度か周回しているうちに、護衛役のドムトートにまで追い抜かされた。その度にドムトートが慌ててスピードを落とす。

 そこで守生は、ドムトートの様子に気づいた。走り方が不自然だった。

 

「僕は充分走ったし、そろそろ戻ろうか」

 

 スピードをさらに落として、クールダウンする。

 控えていたヘレナヘケトからモスリンのやわらかなタオルを受け取って汗を拭く。清涼感のあるミントの香り付きだ。

 守生は部屋に戻って着替えを手伝ってもらってから、ヘレナヘケトには昼食まで部屋に誰も入れないようにとお願いする。ヘレナヘケトはランニング前に教えたお辞儀をして、静かに出て行った。

  

「ドム、もしかして太ももが痛いんじゃないか?」

「えっ、なんで分かったんすか?」

「後ろから見たらそっちの足が上がってなかったから」

「や、……追い抜いて、すんません」

「それは別にいいよ。ドムとアベルが身体能力高いのは知ってるし。昨日もサイラスの足をしっかり掴んでただろ。」

「振り落とされちまいましたけどねェ」

 

 ドムトートは頭を掻いた。ヒヒ頭の白い毛がふわふわしている。

 

「傷自体は賢者様の魔法でちゃんと治してもらったんすけどォ。変にビリビリするっつーか。騎士の先輩に聞いたら、治癒魔法の後によくあることらしいんすけどねェ」

 

「たぶん幻肢痛ってやつだと思う。怪我が治ってもエーテル体に傷が残ってて痛みがある現象。今からドムにヒーリングしようと思うんだ。少しはマシになるかも」

「あざっす。……あの、お代はいかほどっすか?」

「護衛してもらってるだろ。その分でいいよ」

「いいんすか? 俺ェ、城でメシ喰わせてもらってますけどォ……」

「それって、食事や寝る場所、衣服、最低限の生活の面倒ってことだろ?」

「そうっす。あと、給料が少しはもらえると思うっす」

「それでも僕がもらいすぎだと思うんだよ。ドムとアベルは昼も夜も僕の護衛してくれてるわけだから。よかったら一度は受け取って」

「うっす。あざっす」

 

 実際は部屋の外で護衛している騎士たちがいるのだが、三交代勤務だ。ドムトートとアベルアヌビスのようにつきっきりではない。

 

「あ、でも、次もし受けたくなった時はお金をもらうね」

「もちろんっす!」

 

 ミステリースクールは世界五十ヶ国以上に公認ヒーラーがいるが、それぞれの国ごとに料金が決まっている。

 それはヒーリングのエネルギーとお金の持つエネルギーが等価になるように設定されている。

 安易に無料ですることは、ヒーラーがカルマを料金の三倍、背負うとされている。

 ドムトートとアベルアヌビスには危ないところを間一髪で助けられたし、その気取らない人柄に救われている部分がある。

 異世界でのモニターという意味合いも多少あるが、カルマを引き受けてもいいと思った。

 だがそれでは、ヒーリングが広がらない。守生と親しいかどうかに関わらず万人がヒーリングを受けるためには、正しい料金設定が必要だ。

  

(けど、異世界での値段ってどうやって分かるんだ? 本部に問い合わせするわけにはいかないし)

 

 守生が決めるのならば、アテナイュヌ王国の通貨や物の価値を調べる必要がある。

 だが今は施術だと、守生は意識を切り替えた。


「さて。今から準備の時間をもらうね。声を掛けるまで寝椅子に座ってて。後ろさえ見なければ、何しててもいいよ。お酒はないけど、水はあるし」

「っす」

 

 借りてきた猫のようにおとなしく椅子に座るドムトートの後方で、守生はヒーリングのための場の設定を始めた。

 今から行うのは、昨日遠隔で行なったものの対面バージョンだ。

 部屋を神聖な空間にしてから、光を呼び込み、自身に防御の陣を張った。

 それから部屋の波動を上げ、宇宙の根源エンソフとしっかりと繋がる。

 小一時間かけて、ドムトートへの癒しのために波動を上げる。

 

「じゃあ、始めるよ。まず、後ろから頭に触れるから」

「っす」

 

 守生はそっと、座っているドムトートの側頭部に触れた。触れると言っても、ヒヒ頭の白くふわふわした長い毛に触れるか触れないかの位置だ。

 そのまま宇宙の根源のエネルギーを流す。数分でドムトートは寝てしまったが、守生はコクリコクリと動く頭を支えながら、エネルギーを流し続ける。

 数十分後、仕掛けておいたアラームが鳴った。音を止めて、ぐるぐると肩を動かしてほぐす。


 再度アラームを開始する。

 守生は寝ぼけたドムトートの隣に座り、靴を脱いで彼の方を向いて胡坐をかく。長い巻きスカートのおかげで、うまく足は隠れている。

 少し行儀が悪いが、跪くと高さが足りないし、木の椅子に正座するのはきつい。施術ベッドがあれば寝てもらうのもアリだが、自分のベッドへ誘導するのも変だと思ったのだ。

 

 守生は、ドムトートの足の患部にごく軽く触れた。太ももはプライベートな部分に近いから、あくまでも触れるか触れないかの位置だ。

 あとは思考を手放して、ただ宇宙の根源エンソフからの光を流す。ドムトートの足の反応が薄くなってきた頃、再びアラームが鳴った。

 

「んぁ……」

 

 よだれを垂らして眠りこけていたドムトートが目を開けた。

 

「ぅえっ!?」

 

 自分の隣に座っている守生の姿を見て、完全に覚醒する。

 

「はい、終わりー。どう? ちょっとは楽になったかな?」

「う……っす。すんません、爆睡してました」

「これ受けた人はみんな寝ちゃうよ。だから気にしないで」

「っす」

  

「それで一旦様子を見てみて。お酒と煙草は丸一日なしで」

「酒もォ!?」

「まあ、その方がいいってだけで、強制はしないけど」

「いや、せっかくしてもらったんだからァ、我慢します」 

「代わりに、水を多めに飲んで。もし明日になってもまだ痛かったら、遠慮なく言ってほしいな」

「うっす。ありがとうございます」

 

 ドムトートが立ち上がって、敬礼をする。

 

「ドムは、なんで僕の友達じゃなくなったの? 出会った頃はもっと気楽な感じだっただろ?」

「ダチって、そんな、畏れ多いっす。俺は一般人つーか、なんも後ろ盾のない、スラム出身の新米騎士で」

「僕だって一般市民だよ」

 

(後ろ盾っていうのがいまいちピンと来ないほど、それは僕が恵まれているからなのかなぁ)

 

「僕が【大いなる幸いを運ぶ者】だってことは、会った時から分かってたんだろ? なんで今更」

「いやァ、それだけじゃなくて。シュー様が俺に光を当ててくれたんっすよね? あれでクソムシたちに襲われなかったしィ、あの光があったから落ち着いてられたしィ、賢者様も俺のこと見つけてくれたわけでェ」

 

 守生の功績を一つ一つ数え挙げるように、ドムトートが言う。

 

「一番すごいのは、その光の魔法を、ただの騎士見習いに施すっつーのがすげェって言うかァ。あと、アベルと団長にあとから聞いたんすけどォ、王女様に俺を、つまり会ったばかりの騎士見習いを助けてくれって頼んでくれたんっすよね? そんなこと普通やらねェっすよ。団長だって俺らが使い捨てになってもいいと思って、盗賊の森に送り込んだと思うし……」

 

「なるほどね。僕としては、ドムが騎士か騎士見習いかってことより、僕のせい……というか悪いのはサイラスだけど、ともかく人が落ちた現場を見たんだから、自分ができることをやるのは当たり前の話だったんだよ」

 

「それに、僕自身が助けに行ったわけでもないのに、急に畏まられて距離を取られると、うーん」

 

 寂しいと言うのは子どもっぽい気がしてて、守生は言葉を濁す。

 

「ドムは、たとえばいきなり違う国に呼ばれてさ、『あなたは凄い! 特権階級です!』って言われたらどうする?」

「うーん、胸のデカい女をいっぱい侍らす、とかァ?」

「……率直な意見、ありがとう」

「うっす……?」

 

 

 

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