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10 ソーセージの悲劇

 黒トキ頭の賢者トリスタントートとの夕食を終えて部屋に戻った守生は、通訳の魔道具を使って侍女ヘレナヘケトと初めてきちんと話をすることができた。

 これまでいろいろな手配をしてくれたことへの礼を述べ、食事についての要望を伝える。

 肉は食べられないので自分の前には出さないでほしいと言うと、守生の護衛をしているアベルアヌビスとドムトートが衝撃を受ける。


「えっ!」

「エェェ……」

 

「あー、えっと、僕が食べないだけなんで、ドムやアベルには出してあげてください。僕の分をみんなに回してもらっていいですから……って、僕が許可することでもないですね」

 

 あははと笑うと、ヘレナヘケトは真面目な顔でかしこまりましたと頷いた。


「明日の朝食はいかがなさいますか」

「豆や野菜のスープが食べたいです。あとはパン、チーズ、果物ですね」

 

 具体的な方がいいだろうと伝えてみたが、ヘレナヘケトは困惑している。

 

「あー、ダメですか?」

「シュー様、野菜はともかく、豆は家畜の餌だから王城では出ねェっす」

「そうそう」

  

 ドムトートの言葉に、アベルアヌビスが相槌を打つ。

 

「あー、家畜の餌って話は前にも聞いたなぁ。全然食べないの?」

「俺らは貧乏だったんでェ、喰えそうなモンなら何でも喰ってましたけどォ」

「豆はよく煮込まないと硬いだろ?」

「火で炙って喰ってましたねェ。ポリポリしててェ、食べ応えがあるっつーかァ」

「美味くはないっすけどねー!」

「……頑丈な歯だね」

 

(サル科はともかく、イヌ科の歯は噛み砕くとかすり潰すとか苦手じゃなかったっけ?)


 まさか口の中を見せてもらうわけにもいかないが、この世界の人間の人体はいろいろと不思議だ。

 牛頭の人間が牛っぽい怪物の肉を平気で食べたり、ほとんど汗をかかないイヌ科動物の頭の獣人が、何の抵抗もなくサウナ風呂に入ったりするのだから。

 

「オレ、雑用の騎士見習いから騎士候補生になったし、シュー様の護衛だから、前よりいい肉が喰えるんすよ!」

  

 アベルアヌビスが嬉しげに言った。大きく口を開けたせいで、鋭い歯が見える。

 

「えっと、ヘレナさん、無理だったらなんとかして自分で作りますけど……」

「いえ、そんな! 料理人にはきちんと、シュー様のご要望をお伝えいたします」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 

 

 翌朝、日の出頃目が覚めると、夜の警護をしていたアベルアヌビスがドアにもたれて座り込んでいた。どうやら眠っているらしい。

 

(外からの侵入は防げているわけだしね。お疲れさま)

 

 起こさないようにそっと自分の使っていた羊毛フェルトの掛け布団を叩き、アベルアヌビスの肩にかけてやる。

 それから部屋全体をパワースポット化し、光を呼び込む。防御の陣を張ったり氣功をしたりして、自分自身の波動を上げていく。

 途中からアベルアヌビスの目覚めた気配がしたが、壁の方を向いているので所作を見られてはいないだろう。

 どこにもプライバシーのない現状、見ていないのならいい。守生はそう折り合いをつけて、このまま瞑想をすることにした。

 

「アベル、ピピピピッて音が鳴るまで楽にしてて。あと、誰も入れないでほしい」

 

 そう言って、返事は待たずにベッドへ腰かけた。腕時計のアラームをセットして、体をリラックスさせる。

 深呼吸と共に体の力を抜いて、瞑想状態へと入っていく。

 

 数十分後に電子音が鳴って、守生はゆっくりと目を開けた。腕時計のボタンを押して音を止める。

 頭の中がすっきりしている。体を軽くほぐして手足に力を入れてみる。

 アベルアヌビスの方を見れば、立ち上がった状態で掛け布団を握りしめて固まっている。耳もピンと立ってピクピク動いていた。

 

「ごめん、びっくりした? これがピピピピピッて音」

「っす。あと、ドアの外にヘレナヘケトさんとドムさんがいます」

「ありがとう。入ってもらって」

 

 入ってきたドムトートが警護に加わり、守生は衝立の影でヘレナヘケトに服を着つけてもらう。その間に侍女組が洗顔と朝食の席を用意してくれた。

 アベルアヌビスは、朝食のあとに仮眠を取るらしい。

 

 守生はたらいにお湯を魔法で出してもらって、顔を洗う。

 ドムトートがやりたそうにソワソワしていて、ヘレナヘケトに睨まれている。どうやらドムトートは風魔法だけでなく、水魔法も使えるらしい。

 

(でも、ヘレナさんが正しいよね。ドムは護衛役なんだし)

 

 キャリーケースに入れていたT字剃刀を取り出し、シェービングフォームを顔に塗る。

 ひげを剃っている間、護衛の二人や侍女たちから視線を感じた。珍しいのはひげを剃るという行為自体なのか、T字剃刀なのか、シェービングフォームなのか、それともシュッという噴出音なのか。もしかしたら、魔法か何かを使ったひげ剃りの仕方があるのかもしれない。

 

(ドムは頭がヒヒで、アベルはイヌ……オオカミだもんな。ひげなんて剃らないか。まあ、ヒーリング関係以外ならチラ見されてもいいや)


 なるべく気にせず、丁寧に剃ってすすぐ。侍女が差し出した乾いた布で拭いて、ローションを肌に塗った。

 

(ひげを剃らないのが当たり前ってこともあるんだよなぁ。肌荒れや怪我することもあるわけだし、必要ないルーティンなのかも?)

 

 常識とは何かを考えながら、寝椅子に座る。

 ローテーブルには、肉料理が一切ない代わりに、具だくさんのスープ、ゴマとナッツ入り揚げパンケーキのハチミツがけ、ロールパン、チーズ、マスカット、生イチジク、干しデーツ、シトロンを添えた水が並べられた。

 

(久しぶりの野菜だー!)


 いただきますと手を合わせてから、スプーンでスープを掬う。太い柄の大きなスプーンだ。

 器には、守生がサイラスオサイリスの小屋で調理に失敗したベージュの丸いレンズ豆、玉ねぎ、キャベツ、ニンジン、ソーセージが入っていた。

 

「ソーセージは、肉じゃないのだろうか……」


 思わずぼそりと呟く。


「え? ソーセージは肉じゃないっすよ」

「そうなの!?」


(肉の入っていない野菜餃子みたいなものかな? 思い込みってよくないよね!)

 

 アベルアヌビスの言葉に、さすが異世界だと感心してソーセージを齧る。

 口の中で、肉汁が弾けた。


「肉じゃん!」


 舌と鼻を刺激する油と肉の臭いにえずいて、手に吐き出す。

 レモン水で口を漱いでいると、ヘレナヘケトより早くドムトートが空いた容器を差し出してくれたので、そこに水を吐いた。出遅れたヘレナヘケトがタオルで手を拭いてくれる。

 

「思いっきり、肉だったんだけど?」


 嘘を吐かれたことと物理的な気持ち悪さに、思わずアベルアヌビスを睨んだ。

 ドムトートがアベルアヌビスの肩を思いっきり叩いた。しかし、こちらを向いたドムトートも困惑している。

 

「えー? 肉って塊っすよね? それ以外は肉じゃないっす。ねぇ、ドムさん。」

「だよなァ。」

 

「じゃあ、ソーセージは?」

「肉の代用品っ!」

「あと、保存食っすねェ」

 

「そういうことかー!」

 

 守生は、座っていた寝椅子に手をついた。いわゆる絶望のポーズだ。

 ここでは挽肉を加工した肉は、肉ではないのだ。

 例えるなら、魚肉ソーセージのようなものなのだろうか。食べる前に臭いを嗅ぐなり、もっと慎重になるべきだったと守生は反省した。

 ヘレナヘケトが、跪いて謝る。額を床に付ける勢いだ。

 

「シュー様、申し訳ございませんっ!」

「あー、いえいえ。大丈夫です」


 守生はあっさりと許した。えずいてしまったしひどくがっかりしたが、別に怒っているわけではない。アベルアヌビスに対しても、本気で睨んだわけではないのだ。はっきり話してくれたので、言葉の解釈が違いが分かってよかったと思ったくらいだ。

 

 ひとまず豆と野菜だけスープから掬って食べる。

 野菜にしみ込んだ肉汁の味が気持ち悪かったが、野菜不足を補うためだと我慢して食べた。

 

(前はソーセージもウィンナーもベーコンも、大っ好きだったのになぁ。あとでお腹下しませんように……)

 

 守生の器の、食べ残した肉を、もったいないからと護衛二人がその場で食べてくれた。

 食べ残しを食べてもらうことに躊躇いはあったが、二人はじゃれあいのような喧嘩をして奪い合うように食べていた。そんな二人を、ヘレナヘケトが行儀が悪いと言いたげな目で見ている。

 鍋に残った分は、侍女や下働きの者たちが食べてくれるらしい。

 

「オレらも食べるし、シュー様は気にしなくていいっすよ!」

 

 アベルアヌビスが灰色の目をきらきらさせて言うので、気にしないことにした。尻尾をブンブンと振る様子に癒される。

 今後肉なしスープを下げ渡されるのは可哀そうで、守生が食べた後に肉を入れるようにヘレナヘケトに頼んだ。

 守生は体調を見ながら自主的に、何年も掛けて肉を食べないようにしてきた。だが、強制的に肉を食べられなくなった場合の健康被害が怖いと思った。

 後で聞いたところによると、守生が残した分とは別に、下働きの人たち用の食堂で食事が出るらしい。下げ渡しは、貴人専属になった特典のようなものなのだそうだ。

 

 食器の片付けを終えたヘレナヘケトと共に、アベルアヌビスも退室する。隣に、専属用の小さな部屋がいくつかあるので、そこで仮眠を取るらしい。

 

「アベル、ゆっくり休んで」

「はいっす」

 

 アベルアヌビスは笑顔で頷いたが、尻尾に元気がない。

 警護しながら居眠りしたことへの罪悪感か、それとも皮肉を言われたと思ったのだろうかと、守生は首を傾げた。

 

 

 その後、朝食の後片付けを終えてヘレナヘケトが戻ってきて守生の前で跪く。

 そのまま頭を下げて口を開いた。

 

「シュー様、何か御入用のものはございませんか? 軽食、お酒、従者、装飾品、何でもご用意いたしますが」

「あー、じゃあ、僕の前で跪くの禁止で」

 

 ヘレナヘケトが戸惑いながらも立ち上がる。

 

「この部屋の中だけでも、僕の前で跪かないでください。お願いします」

「ですが……」

「人に跪いたり、人に跪かれたりすると、その分僕の寿命が縮むので……」

 

 精神的にという意味だったが、ヘレナヘケトは驚いた顔をした。うまく勘違いしてくれたらしい。

 

「分かりました。ですが、あの」

「代わりに、お辞儀でお願いします」

 

 守生は椅子から立って、軽くお辞儀をした。会釈だ。

 それを見たヘレナヘケトが、深々とお辞儀をする。ほぼ九十度の角度で、しかも時間が長い。バランスを崩すか腰を傷めそうだ。

 三十度の角度で三秒で顔を上げるよう手本を見せる。一番よく使われる敬礼だ。

 ヘレナヘケトはぎこちない動作で真似をした。それに頷いてから、他の侍女たちにも伝えるように頼んでおく。

 

「あと、一人掛けの椅子を一、二脚お願いします」

「はい!」

 

 ようやく物品の要望があったので、ヘレナヘケトの声が明るい。表情は読めない。カエル頭だから。

 守生はほしい椅子を具体的に伝えた。

 

 一人で動かせる重さであること。 

 背もたれは低めで、あまり角度が付いたものでないこと。

 肘掛け部分がないほうがいいこと。

 できれば早めにほしいので、すでにあるもので構わないこと。

 

 最後の項目は、ふと思いついて念のために伝えた。

 まだ慣れないが、守生は国王のゲストで貴人という扱いなのだ。今から注文して、装飾に凝った仕上がりの椅子が数か月後にできても困る。

 高級品というのはそれだけ波動がいいのだけれど、この世界に長居をするつもりはないからだ。

 形も軽さも一番使い勝手がいいのは、折りたたみのパイプ椅子だ。この部屋は広いから、折り畳む必要はないけれど、背もたれの高さはあれくらいがベストだと守生は思っていた。

 

 ヘレナヘケトは角度や高さをしっかり確認してから、椅子を探しに行った。

 少し戸惑っている雰囲気だったが、守生のやりたいことはいつもシンプルだ。

 

「シュー様、椅子を何に使うんすか?」

「ヒーリングする時に使うんだよ」

「癒し? 治癒魔法ですか? あ、あの光魔法!?」

「うーん、まあ、そんな感じ。ドムに遠隔でした時は、ベッドに座ってしたんだけどさ。対面でやるならやっぱり椅子がほしいなって」

「へえェェェ」

 

 興味深そうな態度に守生は安堵した。椅子が来たら、ドムトートにDNAアクティベーションを施術したいのだ。ヒーリングは本人の施術を受ける意思、光を受け取る意思が大事だった。

 

 朝食後の予定は、特にない。

 国王カールホルスからの呼び出しはないようだし、DNAアクティベーションをするための椅子は、今手配したばかりだ。

 守生は少し考えて、一人でタロットをすることにした。

 タロット・リーディング、いわゆるカード占いと呼ばれるものだ。

 タロットはトランプの原型と言われるカードで、トランプのカードサイズより少し大きい。

 一から十の数札と、キング、クィーン、ナイト、ペイジの人物札、合計十四枚が四組。これらを小アルカナカードを呼び、五十六枚ある。

 加えて、メジャーカード(大アルカナカード)と呼ばれる二十二枚のカード。

 合計、七十八枚を使って数か月先を読み解くのだ。

 

 ドムトートには壁を向いてもらって、タロットのための場の設定をさっと行う。

 それから、ローテーブルに自前のシルクの布を敷き、その隅に小さな水晶をいくつか置いた。

 知りたいことはいくつかある。タロットカードを持って太陽神ラーと繋がりながら、占う内容を決めていく。内容が決まったらノートにメモして、守生はタロットカードをシャッフルした。

 

 一番に質問したことは「いつ元の世界に帰れるのか?」だった、

 これは訊いておかないといけない気がしたのだ。

 だが、カードを十枚並べ終わった守生は、あぁーと脱力した。

 質問自体に抵抗感があると、カードが示していたからだ。

 

(確かに、帰れる気がしないと言うか……。でも早く帰らないと、予約を入れてくれたクライアントさんを裏切ることになるよな)

 

 順番にタロットを見ていき、守生はさらに頭を抱えた。

 

(うん、そうなんだよ。僕は期待してる。食事は合わないし、プライバシーも気になるけど、もしかしたら、キング・ソロモンみたいな人に出会えるのかもしれないって思ってる。そうじゃなくても、別の地球の、同じ霊統の誰かと出会える可能性にわくわくしてる)

 

 キング・ソロモン。

 ソロモン王とは、古代イスラエルの王であり、大魔術師だ。

 悪魔を使役して神殿を一夜にして立てたとか、魔法の指輪で鳥などの動物と会話ができたとかいう伝説がある。

 大岡越前が二人の女性が一人の子どもを自分の子だと主張して争っていたのを上手く裁いた話も、ソロモン王の逸話を基にしているという話もある。

 そして、DNAアクティベーションは、既存のヒーリングをソロモン王が整理し、体系立てたと言われている。

 言わば、守生の霊統の、ビッグスターなのだ。

 もしこの時代か紀元前の地球と同じなら、実際に会えるのではないかと守生は楽しみにしていた。

 ドムトートたちのように動物の頭の姿であるかもしれないが、そんなことは些末なことだと思えた。

 

(クライアントさんたちのことは、今考えても仕方がない。どうにもならないことを考えたって、落ち込むだけだ。僕が戻った時に、時間の経過がないかもしれないし。そうでなかったとしても、クライアントさん自身を信じて、それぞれの判断に任せよう。連絡の取れなくなった僕を怒るかもしれないし、前に伝えておいた公認ヒーラー一覧を見て施術を受けるかもしれない)

 

 守生は一旦ぎゅっと目を瞑る。そして、目を開いた。

 

(僕は僕で、今やりたいことを精一杯やろう。頭で考えないで、ハートが本当の喜びを感じるままに生きよう。だっていつも、クライアントさんたちにそうやって生きようって言ってきたんだから)

 

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