第455話 第1決戦・ステア&スイvs那由多5
「やっ……」
「てない。……クソッ」
たしかに、ナユタの身体を貫いた。あと数秒もあれば、ナユタは死ぬ。
……その数秒を与えないために、頭を狙ったのに。
「!痛っ……」
「え?」
左手に激痛が走り、たまらず見てしまう。
太陽に手をかざすと、塞いでいるはずの日光が私の目に入った。
手のひらに、直径2センチほどの風穴を空けられているからだ。
「ステア!?いつ……!」
打ち出す直前、光魔法での脱出を封じるために闇魔法を周囲に散らしたのが裏目に出た。
スイが未来視で視認できないよう、建物の裏から、闇に干渉しないよう極細の光を通し、あらかじめ用意していた氷の鏡に跳弾させて、死角から私の手に当ててきた!
それで僅かに照準がブレて、脳を残してしまった。
ナユタは案の定、手に紙を持っている。札のような紙だ。
《戻れ》
ナユタ本来の魔法《言霊魔法》が、たちどころにナユタの傷を癒してしまう。
「私でも回避しきれない、科学と魔法を詰め込んだ一手。素晴らしい」
響く拍手の音も皮肉にしか聞こえなかった。
「レールガン……いや、リニアモーターガンってところかな。電磁浮遊させた弾丸を真空で放ち、打ち出す直前に極大の電流を流して超加速させたね。さすがに受けるしかなかった」
「……不覚。加速装置を長くして、もう少し、早くしていれば、衝撃で、身体を破壊できていた」
「いやいや、ただでさえミリ秒単位の調整を必要とする兵器運用に加えて、あれだけの魔法を同時に発動してるなら、ほぼ理論値の設計だったよ。実に美しかった。本当に君は退屈しない」
マルチタスク、頑張ったのに。
見せてしまった以上、同じでは通用しない。
「0.01秒でもズレたら、最悪電流暴走で2人とも即死だったのに。よく土壇場で成功させたよ。さすがは私に次ぐ天才だ」
「ちょっ―――!?そんなおっそろしいものだったの!?」
ナユタは私が今のを成功させたのが本当に嬉しかったのか、裏表のない笑みを浮かべていた。
「あの2人がピンチじゃなきゃ、あと数時間は体験したいところだけど……」
「そんな、時間は、ない」
「同意見だね。じゃあ、そろそろ終わらせよう」
けど、笑顔は一瞬。
すぐにナユタは無表情となる。……が、構えない。
まるで、準備は既に終わっているような―――!?
「!?」
「がっ……」
世界が回った。
いや、正確には違う。私とスイがおかしくなっていた。
真っ直ぐナユタを見てるはずなのに、そのナユタがぐるぐると回転する。
気持ち悪い。吐き気がする。その気分の悪さに集中してしまって、他のことに意識を割けない。
「《言霊魔法》も便利だけど、やっぱり私に一番合ってるのは《毒劇魔法》だね。オトハは羨ましい限りだ」
「ゔっ……ええっ……!」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
でも考えろ。何が起こった。
体内への毒物の直接転移は、私たちの体内を封印魔法で遮断することで防御していたはず。
なのにこの気分の悪さ。脳に影響を受けた?絶対にない。
ここは私の作った世界、いわば私が神の世界。その場で私の脳に影響を及ぼすなんて、いくらナユタでもこんな短時間では不可能だ。
なら、これはなんだ。体内に直接生成したわけじゃないなら、既存の組成の組み換え……?
「受容体の、組み換え……結合状態の、強制変化……?」
「大正解」
要は私たちの体内に、何かの毒を「あることにした」のか。
どれだけ、私に「ありえない」と思わせれば気が済む……!
「そんな、こと……」
「毒劇魔法には出来ないって?それは間違いだ。この魔法は『人体に有害な物質を生成する』魔法ではなく『人体に有害な現象を引き起こす』魔法だからね。生成だけが能じゃない、オトハだって既にある酸性液を強酸化するくらいは出来るだろう?」
細胞に直接干渉して毒物と同様の影響を及ぼすなんて、毒劇魔術師本人でもない限り無効化できない。
「いつ、だ……」
「いつ君たちに仕込んだかって?最初からだよ。水爆を放つより前だ。それでも有効化するまで結構時間がかかったけどね」
魔力無制限のこの空間では、魔力抵抗の値は最高に設定されている。
けど、細胞単位で極小の魔法を仕込まれたら、いくらなんでも塞ぎきれない。
それを見越して最初から仕組んでいたのか。何があっても、時間経過で私たちを殺せるように。
「う、ぐ、えぇっ……」
これほど頭の中を乱されたら、時間魔法の逆行も出来ない、か。
嫌になる。天才を迫害する一般人の気持ちが少しわかった気がした。
「打つ手なしかな。じゃ、終わらせよう」
あまりに強い毒だ。魔法も使えない、視界もぼやける、思考も10分の1以下まで鈍ってきた。
***
やっぱり……ナユタはすごい。
私なんて比較にならないくらいの天才なのも、クロに誰よりも好かれてるのも、私と違って運動できるのも、何もかも嫉妬の対象で、本当は何もかも気に食わない。
けど、尊敬してるし目標にしてる。誰よりも私に近くて、誰よりも遠い存在。
今の状況だって、芸術的としか言いようがない。毒劇魔法の感覚を初見で掴んで、歴史上誰もしたことのないであろう運用の仕方。ミクロレベルの魔力操作なんて、私なんてあと何十年修行しないといけないか。
敵わない。勝てない。
初めから分かってたけど、それでも挑みたかった。お嬢の役に立ちたかった。クロの覚悟の邪魔をさせたくなかった。
……全部言い訳だけど。
クロと同じだ。私はナユタに勝ちたかった。私の方が凄いんだって、ピースしたかった。
けど無理だ。スイの時間魔法による防御があっても、ナユタは平然とそれをすり抜ける。
本当にすごい。素晴らしい。
ああ、本当に……。
呼んでおいて良かった。
***
「な、に?」
もう何も見えない。
けど、耳は働く。むしろ普段より鋭敏に。
「……馬鹿な」
あと、鼻も少しはまだ動く。
これは、血の匂い。私やスイじゃない、恐らくこれは……。
「なぜ……いや、そうか……!」
さあ、ここからだ。
ここから勝つのは、不可能。これは断言出来る。
ああ、試合には負ける。悔しい。最悪だ。
けど、勝負には勝たせてもらう。
「おーい、聞こえとるか!偉いことになっとるが!」
この声、この口調。
初手の水爆で生きてるかが五分五分だったけど、さすがだ。
「(胸部……圧迫……呼吸を、強制的に……)」
蚊の鳴くような、いやそれより小さな声。ナユタすら聞く手段は無いはず。
けど次の瞬間、私の胸にはたしかな激痛と共に揺れ動き、一気に酸素が流れ込んだ!
「かはっ……はぁ、はぁ……!」
1秒も無駄にするな。
無理やり深呼吸して酸素を流れ込ませても、ほんの数秒。あと1分も経たないうちに私は死んで、現実でも行動不能になる。
その前に、終わらせなければ。
「ボタン……!手筈、通りに!」
「任せよ!じゃが、その前に……貴様かこらあああああああああああああ!!!」
「!?ごふっ……」
私の最後の一手。
ボタンの全力重力キックが、予想外の出来事に僅かに混乱したナユタの腹をぶち抜いた。




