第456話 第1決戦・ステア&スイvs那由多6
「イカサマ、教えて」
2ヶ月前、精神世界の構築が佳境に入ったころ、私は料理中のクロにそう言った。
「なんです、藪から棒に。近日中に誰かにペテン引っ掛ける予定でも?」
「そう」
「そうって……何をどうする気なんですか」
「言いたくない」
「えぇー……」
クロは言い渋った。
「こんなもの覚えるべきじゃない」って顔に書いてあった。けどそれは想定内。
「正確には、イカサマする時、大事なこと、知りたい」
「技術そのものじゃなくて、精神性についてってことです?」
「ん」
「まあ、それくらいなら?」
気は進まなそうだったけど、クロは教えてくれた。
「そうですね、まず……イカサマで勝ちを目指すのは三流です」
「なんで?」
「バレるからです。確実に」
私でも頭に?を浮かべたけど、クロはずっと複雑そうな顔で話を続けた。
「前提として、イカサマしてたら最終的に勝つのは当たり前なんですよ。だからこそ、イカサマをするなら『いかに勝つか』じゃなくて『いかにバレないか』を重視しなければなりません」
「なるほど」
「こなれた人ほど、ここを履き違えるんです。最初はバレないかどうかビクビクしながらやっただろうに、次第に慣れてしまって、イカサマした『先』を見てしまう」
バレたら命はないのに、とクロは遠い目をしながら言った。
……何か闇を感じたので、興味本位で心を覗くのはやめた。
「じゃあ、バレないためには、どうすれば?」
「表現が難しいですが……脈絡を作らない、ですかね」
「?脈絡」
「伏線、とか言い換えてもいいかもしれません。要は、イカサマというのは、常に突発的に行わなければならないんです」
大逆転するな。ピンチをひっくり返すくらいならそのまま負けろ。いきなり大金を賭けるなかれ。
「つまり、自分が勝ったことを含めて、全てただの予定調和であるかのように相手を錯覚させるんです。『今のは仕方ないな』って。そういう平坦な、言うなればつまらない物語作りが、イカサマの極意だとわたしは思います」
とってもためになる話だった。
けど、まだ気になることはあった。
「けど、ずっとプラスだと、いつか、バレる」
「ええ。実際それで何度も目をつけられましたからね」
「じゃあ、どうしたの?」
「簡単ですよ。イカサマしなければいいんです」
「……??」
「ああ、言葉が足らなかったですね。わたしはイカサマせず、正々堂々戦います。すこーしだけ『それらしい』仕草をしながらね」
「!なるほど。もう1人、使う」
「そういうことです。わたしがイカサマすると思っていれば、誰もがわたしに注目しますからね。自分を囮にしたミスディレクションってところでしょうか」
クロの話は、私でも思いつかないようなことだ。
誰もが一生体験できないような経験に基づく言葉は新鮮で、それ故に私に色々な策を授けてくれる。
「あとは?」
「うーん、難しいですが。そうですね、相手を満足させるというのも手です」
「自分じゃなくて、相手を?」
「そうです。『相手の予想通りに近い状況を作ってやる』とでも言いましょうか。こうなったらいいな、に近い、でもその通りではない、自分に有利な状況を作るんです。そうなるとたとえ勝ってなくても、向こうは勝手に気分が良くなって、細かい部分を見落としがちになるんです」
「私とか、ナユタでも?」
「……?そうですね。実際、ステアにもナユタにも仕掛けたことありますよ」
「!いつ?」
「半年くらい前でしょうか。バカラやったでしょう?あの時です」
たしかに、あの時は……妙に楽しくなってたというか。
それで、気づいたらクロに負けてて。
「ナユタには気づかれましたけどね」
「……そっか」
「不服そうですね。大丈夫です、ナユタも僅かな違和感とわたしの性格から『何かしてる』と察しただけで、何をしたかまでは分かってませんでしたから」
「ほんと?」
「はい」
なんでそんなに深く聞くんだ、とでも言いたげなクロから目を逸らしながら―――私は、ナユタを超える方法をずっと考え続けていた。
***
「《全治の光》」
「《超過重力》!」
さすがのナユタも、腹部に致命的なダメージを負った状態じゃ、動きは鈍る。
ボタンの重力を受けきれていない。
「ぐっ」
「ククク……フアーッハッハッハ!!愉快!実に愉快じゃ!!」
なんか笑ってるのは聞こえるけど、相変わらず視界は鈍い。再び魔法が使えなくなるまで……11秒ってところか。スイは多分、もう少し短い。
「貴様がナユタじゃな?お初にお目にかかる、古き祖先よ。“交信術”の開発者よ。よくもまあこのワシの前に顔を出せたなぁ!」
「出したのは君だろう」
「やかましい!しかもそれに飽き足らず、このワシを殺そうとしおって!ズタボロで死にかけたんじゃぞ、このボンクラめが!」
「それがきっかけで親友と出会えて、愛する男とのフラグまで立ったんだからいいじゃないか」
言葉が止まった。
「たしかに」って思ったらしい。
「……ええぃ、もうよい!言い合いをしに来た訳ではないのでな。ステア女史、本当にいいんじゃな!?」
「いい、から……やって……」
今際の際にしてはうるさすぎるボタンの声にも、反応するのが精一杯。
けど、これで終わりだ。
勝ちはしない。
けど、負けもしない。
―――そもそも、なんでボタンがこの精神世界にいるのか。
言うまでもなく、あのボタンは本物だ。私がアマラを使った超長距離精神操作によって、事前に許可をとった上で招いておいた。
それこそ今日、ルクシアたちが到着するより前から。
何故そんなことをしたのか?決まっている。ナユタを倒すためだ。
ずっと伏せていた理由は、ナユタを油断させるため……ではない。
私にとってボタンは、切りたくない切り札だったからだ。
「なにをっ」
ボタンと会ったことがなく、かつ私の思考と策によって動くボタンの動きを、ナユタは即座に読み切れない。
必ずコンマ数秒、思考のために動きを止める。
「《虚無時間》」
「!」
「かふっ」
そこをスイが、吐血しながらでも全力で停止させる。
しかも、ナユタにとっては初見の魔法を。
以前の戦いで分かった。ナユタの未来予測は、完璧すぎる。
超解析力によってもたらされるそれは、完璧であるが故に綻びがある。
どうやっても解析出来ないもの―――初見の技には対応できない。100%ナユタは受けてしまう。
「こんなもの……!」
何故ならその解析力と魔法干渉によって、数秒あれば如何なる魔法でも破壊出来てしまうから。
「約束を忘れるでないぞ!この戦いが終わったら……」
『ん、オウランを剥いてあげる』
「よぉし!!」
でも、それでいい。
ボタンがいるこの状況で―――その数秒があれば「詰み」まで持っていける。
「《重力魔法》がどうした、私が使えないとでも―――」
「『願い申す』」
「……!?」
呟かれた、魔法ではない言葉。
ナユタもそれを聞いて、私の企みを理解したらしい。
「『代価を奉ずる』。……ワシの身体を。代わりに、重力魔法に“死後も残留する特性”を寄越せ」
それは、ナユタがスギノキに残した負の遺産。
代々の神皇を苦しめてきた、交神術の起動ワード。
ボタンから視力と味覚、自由、そして家族を奪ったそれを、精神世界での再現といえど、使って欲しくはなかった。
これが、私が最後まで切り札を残した1つ目の理由。
「クソッ……《姫氷の息吹》!」
ナユタは冷気によるボタンの凍結を試みる。
正しい判断だ。あらゆる物理攻撃を重力で叩き落とせるボタンを相手にするには、環境そのものを変化させる攻撃が最も効果的だから。
しかも、私とスイもしっかりと巻き込もうとしている。私かスイを殺せればナユタは即座にここから脱出できる、これも正しい。
けど、正しいだけだ。何とかは、もう出来ない。
「《転移》」
辛うじて魔法が使えるラスト1秒、スイを連れてボタンの背後へと移動。
「スイ」
「げほっ……《急速省略》」
スイの最後を振り絞った魔法が、冷気を霧散させた。
「……嘘だろう」
「相変わらず恐ろしい女じゃのう。お主は!」
―――ズズッ。
「―――っ!」
久しぶりに見たナユタの焦ったような表情を見るまで、視界が持ってくれた。
「……悔しい、な。勝ちたかっ、た」
切り札を切りたくなかった理由、その2。
……切った瞬間、私が勝つ確率が0になるから。
「《重力崩壊》じゃない……何十倍もの密度……引力……!」
重力魔法を理解できていない私には、扱えなかった。
だから、代わりにやってもらうしか無かった。
「ブラックホールか!!」
「ワハハハ!!そういう名らしいのう!!」
***
私の最後の策。
使いたくはなかったけど、それでもちゃんと準備はしておいた。
この空間で、ナユタの勝利条件は『私かスイの死亡』。つまり、ボタンは判定されない。
交神術によって自らを代価とした魔法。その代価によって、ボタン本人は消える(現実世界でもしばらく行動不能になる)。
しかし未完成のブラックホールは、“死後も周囲の魔力を吸ってより強固な状態で残留する”という、封印魔法と同様の特性を禁術によって得ることで完成する。
昔、クロから聞いたブラックホールという現象。ナユタを確実に殺す方法はこれしかないと思っていた。
だけどブラックホールは『全てを飲み込む』特性上、どうしても私とスイも巻き込まれてしまう。
つまり使うとしたら、その場の全員巻き込んだ自爆以外に方法がない。
そして解放までの僅かな時間、ナユタはブラックホールをどうにかする方法を思考する。
けど、何もない。なぜなら無限大の密度を持つとすら言われるブラックホールは、『質量』が影響する闇魔法や時間魔法では消し去れない。
恐ろしいほどの魔力によって練り上げられたものだから封印魔法も不可能。耐性魔法はリニアモーターガンで使わせたから、《無敵化》はしばらく使えない。言霊魔法による不死化も、全身を一瞬で塵にされれば意味がない。
つまり、ナユタがこの技を防ぐ方法は何もない。
勿論私とスイも巻き込まれる。けど、超重力によって時間すらも崩壊させるブラックホールだ。私たちとナユタの死に、タイムラグなんて発生しない。つまり、私たち3人は同時に死ぬ。そして現実で行動不能になる。
そう、これはさしずめ―――。
***
「〜〜〜っ、負けそうだから回線ぶっこ抜くってことか!?冗談だろう!?」
……ナユタ、あなたは1つだけ読み違えた。
私は勝ちたかった。それは嘘じゃない。
今だって悔しすぎる。歯ぎしりしたいほどに。
だけど、私は……あの2人に比べれば、私自身の、身を焼くような対抗心と負けず嫌いすら捨てられる。
「……ごめん、スイ、ボタン」
「いや……いいよ。これで、皆……心置きなく、戦える、ならさ」
「ワシは報酬さえ貰えればなんでも構わん」
「じゃあ、早く、解放、して……そろそろ、死ぬ」
私たちを殺して脱出しようにも、あらゆる魔法は既に超引力を与えられているブラックホールに飲み込まれて消滅する。その引力を計算して私たちに魔法を当てる弾道を計算する時間は、もうない。
「……やられた」
ナユタが、悔しさで固められたような言葉を吐いたのが聞こえた。
「私との決着を望んでるって思い込まされたところから、この結果になるのは必然だったか……ステアちゃんのデータを、より私に近いよう上方修正しておけば……いや、今更だな」
やがてそれは、諦めたような声になり。
「はーーー……だから切断厨は嫌いなんだ」
最後によく分からないことを吐き捨てると共に、まだ光は捉えていた私の目にも、何も映らなくなった。
最終戦・第1決戦
ステア&スイ(&ボタン)vsナユタ
リザルト―――引き分け
決着技―――ブラックホール
もう書ききっちまえ!のテンションで書いたら長くなりました。
さて、次回更新は3月5日予定です。
第2決戦、オトハ&オウランvsケーラ&メロッタ
れでぃーふぁい。




