二人でお茶を
「あの人セブおじさんを送ってくれたのかい?」
「うん。おばさんを呼びに行こうとしたんだけど、いいからって言ってくれて。」
「へぇ…。流石に若いと違うのかね?あの人も随分飲んでたのにさ。」
「え?そうだったの?」
クラリスは思わず二人が先程まで座っていた席に目を向けた。そこには空になったグラスが四つ並んでいる。どうやらこれ以上の酒を二人は飲んでいたようだ。
しかもよく見るとテーブル席のジャンが座っていた側には銀貨が律儀に五枚も置いてある。
「あ、やだお金……」
「おじさんは何時でもツケで飲み食いしてるってのにさ。銀貨をこんな風に置きっぱなしにするなんて…あの人意外に良いとこの坊ちゃんなんじゃないのかい?」
クラリスは銀貨を手に取る叔母を見ながら無言で机を片付け始めた。ジャンの事を幾ら聞かれてもこちらだって何も知らないのだから答えようがなかった。
ジャンは毎日銀貨を一枚使っても痛くも痒くもない身分なのだろうことは既に知っていた。それに昼から酒を飲んでも許される身分の成人である事も今日やっと分かった事実だ。
──私に分かるのはただそれだけ。それにしても、セブおじさんとは一体何の話してたんだろう…。
クラリスは手を休めることなく机の上を片付けると、そのまま休憩をとるために奥の部屋に入った。
「クラリス?お客さんだよ?」
奥の部屋で紅茶を飲んでいると珍しく叔母が声を掛けてきた。
「え?私にお客?」
クラリスが慌てて振り返ると叔母の後ろには──ジャンがいた。
「……」
「ジャン…戻って来てくれたの?」
「…約束、したから。」
叔母はクラリスにウィンクをするとそのまま店に戻って行った。
「あ、紅茶でいい?ここ、座って待ってて?直ぐに戻るから。」
クラリスが慌てて厨房まで行き飲み物を準備して戻ると、ジャンはまだ立ったままで部屋の中を物珍しそうに眺めていた。ドアを開けたまま入口でどうしたものかと戸惑うクラリスに気付くと、ジャンもようやく慌てた様子で椅子に腰掛ける。
「どうぞ、紅茶。」
「……ありがとう。」
「……」
「……」
──どうしよう。まさか本当に戻って来てくれるなんて…。自分から話があるなんて言ったくせにいざとなると何から話したらいいのか…。
「セブおじさんの家、直ぐに分かった?」
「あぁ。女の人が店の前に迎えに出ていた。」
「……おばさん?」
「娘……?」
「あぁ、レイラさんね。」
「……」
「……」
──やばい、もう終わっちゃった。どうしよう、話が続かない…。
「……孫にも会った。」
「は?」
クラリスはジャンの口から飛び出した思わぬ言葉に驚いて、自分が思わず変な声を出したことに気が付いた。
ジャンも驚いた様子でクラリスの方を見ると、この三ヶ月で初めての笑顔を見せた。
──笑った…。
「……結婚相手だなんて聞いていたのに。まだ産まれたばかりの赤ん坊じゃないか?」
「…あ、そっち?そうなのよ。セブおじさんたらレイラさんのお腹に赤ちゃんがいると分かってからずっとそればかり言ってるのよ?」
「……」
ジャンは楽しそうに微笑んだまま小さく頷いた。
何だか分からないけれどクラリスはジャンの笑顔を見ていると落ち着かない気分になりソワソワとエプロンの端を握りしめた。
「……」
「ジャン、そう言えばおじさんに付き合って大分お酒飲んだんでしょ?大丈夫なの?」
「あぁ、あのくらいなら平気だ。」
「そうなんだ、それじゃ良かった。あ、それから忘れないうちに言っとくけど酒代とはいえ銀貨五枚は流石に貰いすぎだわ。それに、今までのご飯代も。一回で銀貨一枚なんて多すぎる。」
ジャンは窓の外を見ていたが視線をクラリスに戻すと戸惑った様に顎をポリポリとかいた。
「私計算したんだけど。昨日までで銀貨8枚と銅貨2枚分は多くもらってるわ。」
「計算した?君が?」
ジャンは今度こそクラリスをマジマジと見つめると訝しそうに目を細めた。
「そう。……だって、話しかけようとしたらいつもいなくなっちゃって。ジャンったら全然お釣りを受け取ってくれないんだもん。」
「……」
クラリスはエプロンのポケットから銀貨8枚と銅貨2枚を取り出すと机の上に並べてそのまま前に差し出した。
「……」
「……」
ジャンはじっと硬貨を見つめると固まったように動かなくなった。
「必要ないと……言ったはずだが。」
「……銅貨数枚なら私もその場で素直に受け取るわ。でもそれがこうも毎日続くようなら…正直私も困るの。」
「……困る…のか。」