王子様と王女様
「マルセルさんが…?」
「アイツは少しだけ複雑な環境で育っていてね。…母親が遠い所から来た妃だったんだ。それでトロメリン語が話せなかったせいで当時のザール地方で隠す様に育てられていた。」
「第一王子だというのに?」
「あぁ。トロメリン王家としては王妃に次の王子が生まれるまでは唯一の王子であるマルセルを密かに隠しておくしかなかったんだ。いずれは厄介払いするつもりだったのかもしれないが……アイツは小さい時から美しい容姿をしていたせいで色々と面倒な事に巻き込まれたりしてね。」
──トロメリン語が話せないだけで王子を厄介払い?そんな事ってあるの?
「トロメリン語を教えたらいいって訳ではなかったの?」
「……教えても本人に学ぶ意思がなかったらどうなると思う?それにマルセルの方にも最初から国を継ぐつもりはなかったんだ。」
クラリスはマルセルが薄く笑う様子を思い出した。確かにあのマルセルならば面倒だからのひと言で教育や権利を放棄してもおかしくないと思えてしまう。
「結局王妃に王子が生まれたことをきっかけにして、もともと表舞台に出たことが無かった第一王子の存在は病死ということで消す事が出来た。王位継承については弟に任せるということで一見丸く収まったかに見えたんだ。だがそこでまた新たな問題が生じた。マルセルのあの見た目だ、王子は死んでここに隠れ住んでいるのは双子の王女だと偽っても疑う者はいなかったんだが、美しい王女の噂がどこからともなく広まってしまった。おまけに公爵家の二男がそこに足繫く通い続けているとね。」
「私も知ってるくらいなんだもの、その噂は国中に広まってるはずだわ。そうなると今度は簡単に病死する訳にはいかなかったのね?」
ジャンは面白そうに微笑むと、机の上で手を組んだ。
「でも王女は男だ…。裏ではマルセルの処遇をどうするのか相当揉めた。それで結局ロベールはマルセル王女と婚約をする事になったんだ。」
「婚約?!待って?」
クラリスは急展開にまたもや思考が追いついて来ない自分に苛立っていた。
「その…ロベールは噂の公爵家の二男なの?それに、二人は男同士よね?」
「そうだ。ロベールはトロメリンの公爵家の二男だからこの国での身元は保証されている。だから王はマルセルの秘密を守る事を条件としてザール地方を持参金代わりにする事で公爵と話をつけたんだ。」
ジャンはひと息つくと、紅茶をまた飲んだ。その間にクラリスも混乱している頭の中を整理していく。
「……待って?マルセルは嫁ぐんだから降嫁するのよね?でもロベールは二男…ってことは継ぐ爵位を持ってないでしょ?だったらトロメリンで新しく爵位を賜るものじゃないの?公爵位とか?」
「流石、よく知ってるね。でもそうはならなかった。マルセルは王と掛け合って五年以内にザールに新しい仕組みを作って見せるから、それがうまくいった時には国として独立を認めて欲しいと持ちかけたんだ。」
「新しい仕組み?」
「そう。王族や領主のいない国だよ。」
トロメリンは代々王族が国を守ってきた。西の隣国も、北の島国も王国だ。クラリスには王族のいない国というものが全く想像出来なかった。ましてや領主のいない領土なんて一体どうやって管理していくのだろうか?
「まさか…。マルセルが言ってた大きな会社を立ち上げようとしてるって…その事なの?」
「あぁ。駄目だったとしたらザールはトロメリンの一地方にまた戻るだけだ。そしておそらくはマルセルもロベールも爵位や財産、全てを失う。トロメリンの国王は五年でそんな事など出来ないと思って許可を出したんだろう。」
クラリスは途方もない話に時が経つのも忘れていた。紅茶はすっかり冷めてしまっているがそんな些細な事はどうでもよかった。
「私……こんな話聞いちゃって良かったの?」
「……」
「その…マルセルの話は取り敢えず分かったわ。それで…ジャンは?」
クラリスは長い話の中で、一番知りたかったジャンの事がほとんど触れられなかった事が気になっていた。
「俺?」
「マルセルとロベールが国を立ち上げるのに協力しているのは分かったわ。ジャンの立場は?」
「マルセルは王族の地位を持ち戦略に長けてる。ロベールは行動力と人心把握、勿論トロメリン社交界での地位と堪能なトロメリン語も武器だ。俺はこれ──。」
ジャンは外套の上から剣の柄を覗かせた。
「剣の腕…?」
「そう、マルセルを守るのが俺の役目だよ。」
「……じゃあセブおじさんをザールに連れて行くって話は?」
「ザールにはまだまだ人材が必要なんだ。特に熟練の指導者が足りないんだよ。だから随分前から違う奴が交渉に来てたんだけどなかなかうまく進まなくてね。三ヶ月程前から俺が代わりに通い始めた。」
「三ヶ月…。」




