第4話 Systemholder~能力者~Part.1
「おいロッド!起きろ!早く!」
水浸しでハンモックで寝ているロッドを仲間たちは急いで起こす。そんな大きな声を聞いて女たちと甲板長がやってくる。
「あれ……ここは……?俺さっきまで海を泳いでて……か、甲板長⁉︎」
「早いお目覚めのようだなローッドくーん」
「あ、あれ?」
甲板長は何も言わずに濡れたままのロッドの首根っこを掴み、水を含んで重くなった服を着たまま彼を水滴を垂らしながら連れ去っていった。
「なあカント、これ一体どういうこと……」
「ゼロ、お前と同じ能力者の仕業だ」
「!?」
『能力者』という全員が全く聞き慣れていない言葉を聞いて、皆がカントを方向を向く。
「普通なら泳いでてここにたどり着くなんて絶対にありえない事だ。ここは船底で、しかも穴一つない。となると、これは能力者の仕業だ」
「能力者ってなにいってんだよカント」
「話してもお前らは絶対に理解できないだろうが、この船のどこかにこんな芸当をできる奴がいるってことだ。そいつがいる限りお前ら全員、この船から逃げようとしても逃れられないってことさ。」
カントの言葉に皆がどよついた。能力がナントカもそうだったが、自分たちは大きな監獄の中に真の意味で閉じ込められているということにふさわしかったことだけだった。
「俺たちを逃さない結界だって・・・・・・?」
「実は私も心当たりがあるの」
後ろにいた女が気づいたことを語り始めた。
「かなり前に、私のミスでここの物資の入った樽を落としちゃったときがあるの。その時誰にも見られないようにこっそり逃げちゃったんだけど、落としたはずのそれが元の場所に戻ってきてたのよ。特徴的な樽だったから間違いないわ」
「俺がこの船に乗っている期間は約5年間。犯人はこの奴隷商を始めた時からいると思ってもらってもいい。大体、こんな時代に奴隷商をやるやつなんて、相当自分の腕に自身があるか、世界各国の人身売買業者と太っといパイプで繋がってるかくらいなんだ。だけど、船で奴隷を運んでる時点でパイプの線は消えたとみてもいいだろう」
カントの話によると、「5年前から船員として働いている」のだが、何度も船員が入れ替わっている時点で既に2人に絞られるらしい。それが船長と甲板長だが、船長は意識不明で倒れているのにこの大きな結界を維持できるとは思えない。したがって甲板長が犯人であると絞れるらしい。
名前は『エピクロス』と言われているらしいが、本名は誰も知らないらしい。少なからずカントはこれを知っているとゼロは見た。
「それにしてもすごい能力だよな。誰も抜け出せないなら空にも貼ってあるだろうし、ロッドが少し泳いで結界に触れるくらいだから相当でかいんだよね。砲弾だって弾けちゃうんじゃ……?」
「感心している場合か。ロッドを早く助けないと。あいつ今頃甲板長に……」
「そうだよカント。早く行かないとやべえぞ!」
カントの口の汚さがゼロにも感染ったようだ。お互い思春期にでも入ったのか。それはそうとして2人は急いで夜の甲板に出る。
「ぎゃあああああああぁぁぁああぁあああ!!!!!」
甲板長は既にロッドに1発ムチを振り回していたようだ。甲高く喘ぐ声が甲板から聞こえ、下の階にいても聞こえる。既に仕置は始まってしまっていたようだ。
「やめろエピクロス!」
カントの声に気づくと、エピクロスと呼ばれた甲板長はムチを振るうのをやめてこちらを見る。ガタイのいい体が振るう仕草は、ムチと合わせて恐怖を想起させた。
「寝室に戻れ奴隷ども。もしかしてお前らもこいつのように叩かれたいのか?なぁ?」
「能力者エピクロス。結界に触れたものを結界内の特定の場所に瞬間移動させるそれは、この船の内部の者を逃がさないのに都合がいい。船から積荷が落ちても戻ってくるなんて、さぞ理想的だろうな」
「何が言いたいんだ少年。どこで能力のことを知ったかは知らんが、井の中の蛙に大海を語られても滑稽だぞ?」
「イヌマエル。俺の名はイヌマエル・カントだ。聞いたことがないわけではないだろ?」
「お前が……カントだと?なぜここにいるんだ⁉︎なぁ‼」
ゼロは12歳の時にカントに語られたこの異世界の話以来この話に付いて行けなかった。むしろ、大陸が近いからか強い海風が吹いていてよく聞こえない。だが、重要ではない会話をしているというのは感覚的にわかっているつもりでいた。
「お前の顔を一度も見たことはないが、ボスの命により組織の裏切り者はここで排除する」
「まさかここでお前に出会うとは思わなかったが、私は今隠居するための金を集めているんだ。それも効率的に。お前なんかより長く生きてきた俺がお前なんぞに負けるとでも思ってんのか?なぁ?なぁ⁉︎」
お互いのそばにいる人のうち、1人は背中から血を吹いていて涙目で何かを訴えてくる者。もう1人は一触即発なこの状況にどうしていいか分からない者だっただろう。
「なあ、俺何してればいいんだ?」
「お前はまだ喧嘩慣れしてないだろうから、あいつのムチに叩かれないように逃げ回れ。俺はここであいつを倒す」
「あいつと因縁があるの?」
「さあな。離れてろ」
瞬間、カントが消えていつのまに10メートルは離れているだろう男に近づいていた。いや、遠くのカントの表情を見るからに、近づいたというより「近づかされた」。既に振りかぶっていた右手に持たれた鞭がカントの左腕に炸裂する。
しかしカントは同時に人間離れした身体能力ともいうべき体のひねりを空中で行い、左足でエピクロスの左耳を音が出るような勢いで蹴った。カントは右手と右足で態勢を立て直し、左腕を抑えるが、エピクロスはそのまま樽まで吹っ飛ばされて起き上がらなかった。
「大丈夫かカント⁉︎」
「ああ、左腕がちょっと痛いだけだ」
「嘘だ。服が破けて血を流してるじゃんか⁉︎」
「それよりあいつは?」
「思い切り吹っ飛ばされたよ。見たことないよあんなの、人間ができる動きじゃないよ!」
カントは左腕を抑えて壁に寄りかかった。あのムチを喰らうことは相当な痛手になるらしい。木屑に隠れて顔は見えないが、エピクロスは脳震盪を起こしているのか、しばらく立ち上がる気配はなかった。
「こんなのここの船の人にバレたらそれこそ罰を受けることにじゃねえかよ……大丈夫かな……死んでないよな……?」
ゼロはエピクロスの安否を確認するために近づいた。しかし、
「ゼロ!下がれ!」
カントが大声で呼びかけると同時に、壊れた樽の中からムチを持った右手が現れ、ゼロに襲いかかる。