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89・疑心暗鬼

「調子はどうでござるか?」


 鋼の都メタリカ。

 都の中は工業地帯のような鉄と油の臭いが鼻に染み、威勢のいい職人が汗を流していた。

 そんな都の小さな工場。

 重厚なシャッターを開けると、塵埃が外気と入れ替わり、恰幅の良い背中が視界に入る。


「お、ジーク氏、丁度いいところに」


 飯尾の声に気付いたのか、錦は工場に入るジークを見た。

 ジークの視界にはこちらに歩いてくる錦が映っているが、注目しているのはその奥だ。

 巨大な砲身が、優希の視界に強烈な存在感を与えていた。


「これが火砲。これはほぼ完成?」


「いや、まだでござるよ」


「土台は完成に近いと言っても過言ではない。砲身は青銅を使い中にはライフリングも掘ってる。弾の装填は後装式鎖栓式閉鎖気で衝撃吸収に駐退復座機も搭載。理想には十分な仕上がり」


「……何か凄そうですけど、あと何が足りないんですか?」


 後半殆ど理解出来なかった優希は、語りのわりに腑に落ちない表情の錦に問いかける。


「あとは砲弾が問題なんだよね。ただ撃つだけなら十分なんだけど、それだとあまり威力は出ないんだよね。だから砲弾には爆裂式を仕込もうと思うんだけどそれだと撃ち出した時に衝撃で爆裂石が暴発する恐れがあるんだよね」


 爆裂石の中のマナは空気に触れると熱光と衝撃を作り出す希少石。

 魔石自体が脆い為、砲弾に組み込めば火薬の衝撃で敵に当たる前に暴発する可能性が高い。

 普通の砲弾でも威力は高いが、マナの鎧を破壊する爆裂石とは違って恩恵者相手にはただの飛来物に過ぎず、良くて打撃、練度によってはダメージすら与えられない。


「集落の人が使うのなら、弾丸に魄籠石を搭載して火薬で発射すれば? それなら恩恵者相手にも通用します」


「それも考えたんだけど、それだとそもそも当たらないんだよね。弾速は申し分ないんだけど、火砲なら長距離必須だし、それだけ距離があれば恩恵者の動体視力なら避けられる。反対に爆裂石の弾丸なら躱されても爆裂石の爆風で致命傷は確実」


 その威力は優希も身をもって体験している。

 ほんの少しひびを入れただけで、皮膚はただれ、肺の空気は焼かれ、細胞が焼き焦げるほどの威力。

 それが弾丸に込められれば、例え紙一重で躱してもその高熱の爆風でダメージは確実。

 直接当てることよりも、爆風範囲が攻撃の肝だ。


「なるほど。爆裂石の威力を受けないところまで飛ばそうと思えば相応の火力が必要になり、強い火力は爆裂石の暴発を招く」


「それに火薬の代わりにも爆裂石を使用している故、魄籠弾では発射すら出来ないでござる。やはり爆裂弾の方が攻撃するという点では有効でござるよ」


「飛ばせれば、の話だけどね。まぁもう案は出ているんだけど」


「案?」


 錦は重たい身体を動かして、机の中から一枚の紙を取り出した。

 そこには弾丸のような絵と、必要な材料が書き連ねていた。


「スライムによる衝撃吸収材を爆裂石と外装の間に仕込んで、爆裂石に届く衝撃を吸収するわけですね」


「そうでござる、しかし、この方法では敵に触れた、あるいは地面に落下しても爆裂石に衝撃がいかなくなるでござるよ」


 新尾が設計図を睨みつけて言った。

 優希も設計図を見つめて暫しの黙考。


「なら……弾丸の先に仕掛けをしてみれば?」


「弾丸の先?」


「はい。ライフリングを採用してこの弾丸の形状なら、どういう風に弾丸が飛んでいくか予想できます。先端に仕掛けをして着弾と同時に中の爆裂石に軽い打撃を与えるように作れば問題ないと思います。勿論、発射の衝撃で爆裂石に影響を与える可能性もありますが、そこは微調整して不発弾はあれど誤爆はない所まで持っていけば上々でしょう」


「それは良いアイデアでござるな! 早速設計図を練り直すでござるよ」


「今日は徹夜だね!」


「あぁ~でももう日が落ちますので明日にしません?」


 熱が入る二人に、優希の冷静な指摘。

 二人は窓から外を見ると、空はもう茜色すらも藍色に変わろうとしていて。


「それもそうでござるな」


「取り敢えず帰ろっか」


 

 

 ********************




 集落に戻ると、皐月が夕飯の支度をして待っていた。

 集落の人は仕事を終えて、すでに寝静まっているところもあるだろう。

 それくらいの時間帯に、優希達は夕飯を終えて宵時を過ごしていた。


 優希も自室でメテオールを手に馴染ませていた。


「抜いてから射撃まで0.5秒。まだ遅いな。それに照準も甘い……か」


 今日のはただ状況が良かっただけ。

 本当の強者にはまだ実戦の柱に出来るほどの実力はない。 


「こんな遅くまで熱心だな」


 その声は入り口から届いた。

 優希はすぐさまメテオールの銃口をその人物に向ける。

 銀色の髪、黒真珠の瞳、雪のような柔肌。

 

「どうだ? 多少は様になっただろ」


「いや、まだ欠伸が出るほどに遅い。それに銃口を向けた時僅かにブレがある。今のなら私でも躱せる」


 第三者、敵視点の意見を求めた優希に、メアリーは厳しく指摘した。

 優希は大人しくメテオールを机に置き、椅子を引いて腰かける。


「それで、夕方は何処に行ってた?」


「どこでもいいだろう。なんだ? お前は私の動向がすべて気になるのか? 私も罪な女だ。こんなにも幼気な少年の心さえも動かしてしまうとは」


「あぁ……もう面倒だからいい。で、何の用だ?」


「これと言った用はない。部屋に戻ろうとしたら物音が聞こえたんでな。様子を見に来ただけだ」


「お前こそ俺の動向が気になってんじゃねぇか」


「契約者のサポートは女神の仕事というだけだ。元女神の身なのに、私は律儀な女だな」


「律儀、ねぇ」


 お道化るメアリーに、優希は思わず疑心に満ちた目を向けてしまった。

 すぐに表情を隠すが、メアリーの眼はそれを見逃さない。


「なんだその眼は?」


「いや……別に」


 やはりどこかで、優希はカルトの言葉が脳裏によぎる。

 

「もう遅い。お前も早く寝ろ」


 強制的に、話を終わらせる。

 互いに僅かな疑心が生まれつつある夜は、少し居心地が悪かった。

 メアリーが部屋から退室したのを確認すると、優希はベッドに寝転がる。

 身体に掛かる重力を全て包み込むベッドの柔らかさを感じながら、優希は一旦頭を整理する。


「この状況はあいつの思う壺か。けど……」


 カルトは何処か、自分に似たものを感じていて。


「はぁ……考えすぎか。俺ももう寝よ」


 優希は脳の疲れを回復するように、静かに寝息を立てた。

  

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