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Misericorde  作者: 浦辺 京
1st night ハイヒールと短剣
12/12

月蝕

 アルベルトの問いに、バルダーは肩を竦めた。

「知ってるも何も。中尉の時にナイアル諸島に派兵されるっていうから予防接種打たれたぞ? 致死率100%の感染症だろ?」

 月蝕病。主に衛生管理の徹底されていない発展途上国で発症するとされる恐ろしい病気だ。

 感染源は野良犬やコウモリなどの動物で、主に血液を介して感染する。

 月蝕、という名が付いたのはその症状によるものだ。

 最初は風邪のような症状が数週間続く。その後高熱が出る様になり、うなされるのだが――その際に奇行に走るのだ。

 犬のように暴れまわる、周りの人間に噛みつく、奇声を上げて周囲のものを破壊する。その様があまりにも狂気的であるため月――月の満ち欠けは古来から狂気と密接なつながりがあるとされるが――特に、月蝕のような災いを彷彿とさせた為、月蝕病と呼ばれるようになったのだ。

「ええ。その通りです」

「……で、それがどうしたんだ?」

「あのルプスの少女に、月蝕病に罹患した跡があるんです」

「は?」

 バルダーはその発言に怪訝な表情をせざるを得なかった。

「罹患した・・?」

「ええ」

「つまり今は完治したってことか?」

「ええ」

「何で分かるんだそんなことが」

「完治すると皮膚の薄い場所、特に腕の腹の関節辺りに独特のあざが残るんですよ」

 何故罹ったことが分かったか。その理由は理解した。しかし。

「いやちょっと待て。月蝕病は致死率100%・・・・・・・だろ? 何で死んでいないんだ」

 自分も予防接種を受けた際にその説明は受けた。月蝕病は罹ったら最後だ。どんどん奇行が目立つようになって、正気を失っていって、最後は高熱で苦しむ様に狂い死ぬのだと。だから何が何でも受けておけと。

 しかし、なのに何故。

 バルダーの問いに、アルベルトは笑顔のまま。

「致死率100%なのはルプス族以外の話なんですよ」

「……は?」

 基本的に、病気の原因となるウィルスというのは蔓延してナンボだ。出来る事なら宿主の身体を壊さず、自分のコピーを無数にばらまければ理想的だ。

 月蝕病のウィルスは、ルプス族をキャリア―として選ぶことで自分達の個体を増やそうとしたのである。

 元々ルプス族はナイアル諸島から奴隷として連れてこられた人種だ。奴隷として連れてこられたルプス族由来でこの大陸では過去何度か月蝕病が蔓延した。……もっとも、それは歴史上の出来事であって、今は奴隷制度もないし、衛生管理もちゃんとしている。だから、コウモリに噛まれるなどではない限り、ヒトの罹患者が出るのは極めてまれなのだ。(アルベルトの説明を聞く限りだと、あの少女は何かの拍子で動物の死体に触ってそれで罹ったのではとも言っていたが)

「ルプス族に限って言えば致死率はほぼ0%です。ルプス族が月蝕病に罹ると目が充血して顔が赤く腫れますが、症状としてはかなり軽症で済みます。更に外見に現れやすいので『月蝕病に罹った』と分かりやすく、治療や対策も取りやすいんですよ。飛沫感染も起こしませんし」

 アルベルトの説明に、バルダーは呆気に取られかけていた。しかし、アルベルトは気にする様子もなく一言。

「まあ、問題はそこではないんですよ」

「……は?」

「問題は月蝕病そのもの・・・・・・・にあります」

 その言葉に、バルダーは眉間にシワを寄せた。

 彼が言わんとすることは、つまり。

「つまり、吸血鬼騒ぎの原因は月蝕病の可能性があるってことか……?」

 アルベルトはそれに頷きを返した。

「ええ。この大陸でもコウモリやコヨーテ、オオカミなどから月蝕病のウィルスが検出されたということはまれにありますし……」

 バルダーは頭を抱えそうになった。仮に月蝕病が原因なら、これはとんでもないパニックを引き起こすことになるかもしれない。

「少佐殿はワクチン接種を受けたようですから不安は無いでしょうが……他の方はそうでもないと思うので。少佐殿の方からそれとなく注意して頂いた方が宜しいかと」

 月蝕病はルプス族以外が罹ると悲惨としか言いようがない。それはバルダーもよく知っている。

「……分かった」

 とりあえずモルガンとアーロン、シリウスには口頭で伝えるべきかと思いつつ、バルダーはため息を一つ吐いた。

「……それと、あの少女についてですが」

「……?」

「彼女の月蝕病は大分前に完治したようですが……『あの少女が感染源だ』というデマが広まらないよう留意して頂けないかと」

「ああ……」

 月蝕病が原因だとなったら多くのルプス族が疑われそうだ。あの少女も例外ではあるまい。バルダーはそれに頷きを返した。


 あのままスティレッタと少女を待たせているのも申し訳ないので、アルベルトと共に彼女達がいる場所に戻った時。

「よう」

 彼等を出迎えてくれたのは、アーロンとシリウスだった。当然ながらスティレッタ達もそこにいたのだが、最初にバルダー達に気づいたのがアーロンとシリウスだった訳で。

「……無事だったか」

「当たり前だろ? 怪我も無いさ」

 バルダーの言葉にアーロンはいつも通り肩を竦めて見せたが、その一方でシリウスはぼそりと一言。

「……不審者の男は取り逃がしたが」

 その言葉にバルダーはさして驚きはしなかった。相手が逃げることは十分予測できたからだ。

 逃げられようとも、その不審者の外見特徴さえ把握できれば御の字だ。そうとも思っていた。

「奴の人相は覚えているか?」

「ああ、まあ……記憶力のいいシリウスもいるしな? だが……」

「だが?」

 珍しくアーロンの返答は歯切れが悪い。どういうことかと思いつつ、眉根を寄せる。

 そして。

「……そいつ、眼鏡掛けて珍しい形のヘッドフォンしていたんだ」

 その言葉にバルダーは納得したものの、同時に途方に暮れる気持ちであった。

(何よ、眼鏡と珍しい形のヘッドフォンなんてすっごくいい手がかりじゃない)

 バルダーの様子を見ていた黒猫のスティレッタがそう聞いてくる。しかしバルダーは眉根を寄せたまま。

(馬鹿言え。眼鏡は古典的な変装道具だろうが)

 顔そのものならともかく、顔周りの装飾品というのは厄介だ。顔を見ているようでどうしてもそれ以外の部分を見てしまう。

「顔以外の特徴もまあ覚えてるがな。髪はグレーのショートヘア、瞳は銀色。身長はシリウスより少し低いぐらいで中肉だ」

「……よくある特徴だな」

 シリウスより少し低いとなると身長は180cm強ぐらいだろう。それぐらいどこにでもいる背丈だし、灰色の髪も銀色の瞳も珍しくはない。

 アーロンも自分の真っ白な髪をつまんで見せた。

「まあ僕も髪の毛の色素は薄いしな」

 バルダーは軽くため息を吐いた。


 モンタージュは最近導入されたばかりでその精度は極めて低い。この国には犯人の似顔絵を描く技能を持った警官などいない。

 そうなると、頼りになるのはシリウスとアーロンの記憶力だ。


 ――いや、それにしても。


 その不審者の目的は一体、何だったのだろう……?

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