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魔術監査官をクビになった俺、辺境の生活魔術を直して暮らしを立て直す  作者: 綴木 灯
第二章「直せる地域」

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直せる人

「これ、壊していいやつですか」


ニコが聞いた。


「壊す前提ではない」


ユリウスが答える。


「ただ、壊しても町の水は止まらない」


地域局の資材倉庫、その裏手。


屋根だけ付いた作業場に、古い生活魔術設備が一式組まれていた。


共同井戸から外した旧式の駆動部。


廃止された洗浄設備の配管。


新規格の保護器。


役目を終えた部品をつなぎ直し、実際に低い負荷までなら魔力を通せる訓練架台にしてある。


見た目はきれいではない。


管の色も太さも違う。


補修跡も残っている。


ニコはむしろ嬉しそうだった。


「新品並べるよりいいですね」


「新品だけ扱う研修なら、辺境でやる意味が薄い」


ユリウスは言った。


作業場には、ニコのほかに三人の修理人が来ていた。


バルトは、先日共同井戸で一緒に記録を作った男だ。


もう一人は、山側の集落で暖房と給湯を見ているリナという女。


最後はオド。白いものの混じった髪を後ろで束ね、腰袋には使い込まれた測り金と細い木槌を差している。


「四人だけ?」


マーヤが聞く。


「最初は」


ユリウスが答えた。


「人数を増やして見学会にするより、何を確認すれば次へ渡せるかを固めたい」


オドが架台を一周した。


「で、何を直すんだ」


レオンは一枚の紙を渡した。


「それを決めてください」


オドが紙を見る。


利用者報告。


朝の大量使用時だけ、保護器が一度警告。


昼は異常なし。


三日前から音が少し高い。


過去二か月、部品交換記録なし。


それだけだった。


「情報が足りん」


オドは言った。


「はい」


「わざとか」


「はい」


オドは口の端を上げた。


「性格が悪いな」


ニコが小さく笑う。


「ハルツさん、こういうの好きですよ」


「好きではありません」


「でもやる」


否定はできなかった。


*


最初に架台へ手を出したのはオドだった。


魔力はまだ通していない。


彼は保護器より先に、古い戻り管へ耳を寄せた。


木槌の柄で二か所を軽く叩く。


音が違った。


「こっちだな」


「何が?」


リナが聞く。


「内側の留めが痩せてる。朝に流量が増えた時だけ管が振れる。それを保護器が拾ってる」


オドは迷わず留め具へ工具を掛けた。


ニコが横から覗き込む。


「そこ、開けるんです?」


「見れば分かる」


「分かるのは、オドさんには、でしょう」


オドの手が止まった。


ニコは責める調子ではない。


「俺、今の音だけなら、戻り管よりここの継ぎ輪を疑います」


指したのは一つ手前の接続だった。


「古い輪だと、負荷が上がった時だけ擦れることあるから」


「そこは音が軽すぎる」


「俺にはまだ分からない」


ニコは素直に言った。


「だから、開ける前に経路を見たいです」


オドはしばらくニコを見たあと、工具を外した。


「なら見ろ」


二人で架台の裏へ回る。


バルトとリナもついていった。


レオンは口を挟まなかった。


実際、オドの見立てはかなり正しかった。


架台を組んだ担当から聞いている限り、仕込まれた摩耗箇所は戻り管の留め具に近い。


だが、今日の目的は当てることではない。


リナが古い図面を開いた。


「これだと、戻りは真っすぐ」


バルトが架台の裏から言う。


「実物は一回下へ落ちてる」


「増設?」


「たぶん」


「たぶん、で開ける?」


リナが聞く。


オドが鼻を鳴らした。


「開けりゃ分かる」


「止めた設備ならね」


ニコが言う。


「でも利用者報告だと、朝だけ警告なんでしょう。これ、今どこまで止めていい設定なんです?」


そこで四人が紙を見直した。


利用者報告はある。


だが、何の設備で、誰が使い、どこまで止められるかは書かれていない。


オドがレオンを見る。


「それも聞かないと教えないのか」


「聞けば答えます」


「面倒な監査官だな」


「元です」


マーヤが横から言った。


「利用者役は私」


四人がそちらを見る。


「共同洗浄場。朝は工房三軒が道具洗いに使う。昼はほぼ空く。手洗い用の低流量枝は別。全部止めるなら昼から二時間まで」


オドがすぐに言う。


「じゃあ昼に開ける」


「それまで?」


リナが聞く。


オドは架台を見る。


「朝の大量使用は止める。低流量だけ残す」


ニコが笑った。


「修理より先に、もう一個答え出た」


「うるさい」


それでもオドは、今度は利用条件を紙へ書いた。


*


昼になり、架台を停止させた。


オドが戻り管の留めを外す。


予想どおり、内側の当て材が痩せていた。


「ほらな」


小さな金具を掌に載せる。


「これで振れる」


ニコは金具を受け取った。


「ほんとだ」


「音が違うって言ったろ」


「これ、どう聞き分けるんです?」


ニコが聞いた。


オドは少し意外そうな顔をした。


「教えろって?」


「分かるなら」


「お前、さっき俺を止めただろう」


「止めたのは開け方です。音が分かるのは別」


オドは笑った。


古い管を指で押さえる。


「継ぎ輪が擦る音は、叩いた後に細く残る。留めが痩せてる時は、管そのものが一回だけ返す」


木槌で二か所を叩く。


ニコも耳を寄せた。


「……ほんとだ。こっち、一回返ってくる」


「新品じゃ分からんぞ。古管だけだ」


「うち、古いのばっかりです」


「なら覚えとけ」


さっきまでオドの手を止めていたニコが、今は同じ木槌の音へ耳を寄せている。


レオンには、その方が頼もしく見えた。


*


次の課題では、ニコが前へ立った。


「今度は俺?」


「現地加工と切り分けは、君の方が適任だ」


ユリウスが言う。


ニコは少しだけ背筋を伸ばした。


架台には、別の古い管が取り付けられている。


継ぎ手の周囲に白い粉が薄く付着していた。


「これ見て、何だと思います?」


ニコが三人へ聞く。


バルトが触ろうとしたので、ニコが止めた。


「先に目で」


「お前もそういうこと言うようになったな」


「触ると消える跡あるから」


リナがしゃがむ。


「漏れた?」


「可能性はある」


「腐食?」


「それもある」


オドが粉の流れを見る。


「上から落ちてきたんじゃないか」


ニコが頷いた。


「そういうのもある。だから、粉だけで継ぎ手交換って決めない」


彼は管の下へ小さな布を置き、周囲を順に拭いた。


「俺なら、まずここを分けます。管から出てるのか。上の壁から落ちてるのか。継ぎ手の隙間なのか」


工具で外装を一枚だけ開く。


「で、旧管は力掛ける向きが悪いと割れる。こっちを押さえてから回す」


リナが聞いた。


「どれくらいまで回していい?」


「管次第」


「それじゃ記録できない」


ユリウスが言う。


ニコは少し考える。


「じゃあ、回した量じゃなくて、外す前に管の状態を記録する。ひび、変色、叩いた音。これがある時は俺なら加工しない」


「俺なら、樹脂を含んだ旧管は春先に叩きすぎない」


オドが言った。


ニコが振り返る。


「なんで?」


「冬を越した直後は中の樹脂が硬い。夏と同じつもりでやると割れる」


ニコはすぐに紙へ書いた。


「それ、うちの工房じゃ聞いたことない」


「山側の古い管で多い」


リナも頷く。


「うちもあります。朝と昼で硬さ違う」


今度はニコが二人へ質問を続けた。


レオンは説明を足さなかった。


足せるものがなかった。


規格書には、山側の古管を春の朝にどう叩くかまでは書いていない。


ニコの注意欄には、やがてこう残った。


**山側の旧管――春先は硬さを確認。叩きすぎない。**


ユリウスが横から読む。


「地域共通の禁止事項にはしない」


「分かってます」


ニコが言う。


「山側の旧管で確認すること、にする」


「それなら追える」


誰でもオドと同じ音を聞き分けられる、と書いたわけではなかった。


*


午後の課題は、誰もすぐには解けなかった。


架台の一部だけ組み替えられていた。


図面では一本の枝が、壁際で二つに分かれる。


実物を追うと、一方は図面どおり。


もう一方が見つからない。


「裏?」


バルトが板を外す。


ない。


「下へ落ちてる」


オドが床を見る。


だが、床下へ入る穴もない。


リナは図面と実物を何度も見比べた。


「ここ、数が合わない」


「何が?」


ニコが聞く。


「入口は三本。出口は図面だと三本。でも実物の出口、見えてるの二本だけ」


「一本は壁の中じゃない?」


バルトが言う。


「かもしれない」


「なら試験で流せば出る」


オドが確認端子へ手を伸ばした。


リナが止めた。


「待って」


オドが眉を上げる。


「流せば分かるぞ」


「どこへ流れるか分からないから嫌です」


「訓練架台だ」


「本番だったら?」


オドの手が止まった。


リナは見えている二本へ札を付けた。


確認済み。


一方を弁で隔離する。


「こっち二本は、停止状態の圧なら見られる。見えない一本は、どこへ行くか分かるまで通さない」


バルトが図面へ点線を引く。


「未確認」


「そう」


リナはレオンを見る。


「ここで止めるのは正解ですか」


「私に正解を聞く前に、何ができますか」


リナは一瞬むっとした顔をした。


それでも、架台へ戻る。


「見える二本の経路確認。弁の閉位置確認。魔力を通さない圧試験。見えない一本は、壁を開けられる人に聞く。前の変更記録も探す」


「それで十分です」


「直してないけど」


「直せるところまで行っていません」


レオンは言った。


「分からない枝を、分かったことにしなかった。それで今回は成功です」


リナは点線を見た。


「地味ですね」


「事故も地味に避けられるなら、その方がいい」


マーヤが言った。


ニコが笑った。


「俺、最初なら流してたかも」


「今は?」


リナが聞く。


「たぶん、壁叩いてから悩む」


「止まってないじゃない」


「最後は止まる」


緊張が少し抜けた。


それでも、未確認の点線は消さなかった。


*


最後の課題は、工具を使わなかった。


四人が別々に書いた記録を、互いに交換する。


「次の担当者になったつもりで、続きからやれ」


ユリウスが言った。


バルトはリナの紙。


リナはオドの紙。


オドはニコの紙。


ニコはバルトの紙。


最初に声を上げたのはオドだった。


「ニコ。お前、ここ『旧管注意』だけじゃ分からん」


「え」


「何に注意したんだ」


ニコが紙を覗く。


「朝は硬いって話」


「ならそう書け。俺が明日見たら、腐食かと思う」


「はい」


ニコは素直に書き直した。


今度はバルトが言う。


「リナさんの、これは分かりやすい。見えてない枝が点線で、そこだけ試験してない」


「停止状態の圧は二本だけ」


「それも書いてある」


ユリウスが横から見る。


「試験済みと、試験できなかったを同じ空欄にしない。そこは通っている」


オドは少し不満そうに自分の紙を眺めた。


「俺の、他人には読みにくいな」


リナが言った。


「『音で留め判断』って、私には分からないです」


「そこまで教えろってか」


「教えられないなら、少なくともオドさんの判断って残して。私が同じことできるとは思わないから」


オドは黙って、作業者名の欄へ自分の名前を書いた。


「こうか」


「うん」


『音で留め判断』の横に、オドの名前が残った。


それなら、次の人は同じ耳を持っているふりをしなくていい。


レオンには、その方が重要に思えた。


*


夕方、四人の記録票は同じ評価にはならなかった。


バルト。


利用者聞き取り、経路確認、隔離、停止状態試験――実施可。


高負荷再投入――有資格確認要。


リナ。


利用者聞き取り、経路確認、隔離、停止状態試験――実施可。


未確認経路の上位確認判断――適切。


特定の旧式暖房枝は追加実習要。


オド。


現物診断、旧管作業――高い実務能力。


記録引継ぎ――要改善。


共通書式での試行、継続。


ニコ。


現物診断、現地加工判断、隔離、定められた試験――既存範囲確認。


研修補助――実施。


最終技術承認――資格外。


「俺の、先生って書かないんですか」


ニコが冗談半分に言った。


「資格欄にそんな区分はない」


ユリウスが返す。


「研修補助で十分だ」


ニコは少し笑って、自分の実務記録へ同じ言葉を書いた。


レオンの名前は、その横にはなかった。


必要がなかった。


*


翌日から、各地へ簡単な課題票と記録例が回された。


研修を受けた四人が全地域を教えるわけではない。


まず自分の集落で、普段の点検を同じ形で一件残す。


必要なら近隣の修理人と見せ合う。


有資格技師が巡回した時、どこまで現地で進められたかも記録する。


三日後、地域局の机に報告が集まり始めた。


「増えたな」


ユリウスが束を置く。


ニコは一枚目を読む。


保冷設備。


異常時代替――北の集落の小型庫へ搬送。


二枚目。


加工場。


停止時代替――南の町の共同工房を借用。


三枚目。


給湯設備。


停止時――隣集落の浴場を時間貸し。


マーヤが一枚を抜いた。


「これ、待って」


北の集落の小型庫。


別の報告では、その小型庫自身の故障時代替として、最初の保冷設備が書かれていた。


「お互いを代わりにしてる」


ニコが言う。


「同時に止まらなければ、成立する」


ユリウスが言った。


「同時に止まる条件は?」


レオンが聞く。


誰もすぐには答えなかった。


机には、それぞれの町の地図がある。


地図の中だけなら、どれも読めるようになっていた。


だが、代替先の文字は紙の端で切れている。


マーヤが二枚を床へ置き、端を寄せた。


「一枚ずつじゃ足りないわね」


ニコが別の地図も持ってくる。


紙の外へ出ていた矢印が、隣の紙へつながった。


直せる人が増えたから、見える情報も増えた。


その情報は、町の中だけには収まらなくなっていた。

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